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剣人  作者: はむ星
青年篇
34/113

再開します。

お休み前と同じく、二日か三日に一度の更新頻度になると思います。

 サイコパスになりたかった。

 情というものを感じることがなく、良心の呵責など覚えることもないなんて、なんて素晴らしいんだろう。

 もし自分がそうだったなら、こんなに苦しい思いをしなくて良いのに。

 こんな罪悪感に苛まれることもなく、人のことなんて思いもせずに自分の思いを貫けたのに。

 なんでこうなったんだろう。

 自分はどうなっていくんだろう。

 ほんの少し前までの平穏はどこに行ったんだろう。

 その問いに答えてくれる人たちは今はいない。

 いや、今でも問いかければ答えてくれるだろうが、自分が遠ざけた。

 自分の中で渦巻く、この醜く赤黒い感情を知られたくなくて。

 でも苦しい。

 これ以上は耐えられそうにない。

 自分の持たないものを持つ人たちが、自分が得られないものを得る人たちが、この世にいることを。

 そう思ってしまったことに罪悪感を抱き、そして思いは最初に戻る。

 堂々巡り。


 ため息をつく私の前に、その少年のような顔に笑顔を浮かべたひとりの男が現れた。


「やあ、元気がないね。どうしたんだい?」

「アントさん……」


 アントと呼ばれる彼の本名については、私は知らなかった。

 ただそのアントという呼び名と、町の若い者たちの間で顔が効く、面倒見の良い人だという評判を聞いただけだ。

 私がアントさんと関わりを持つきっかけになったのは、夜の町で遊んでいた私と友人たちに絡んできた男たちを返り討ちにしたときだ。

 かなり手酷く男たちを叩きのめしたので、私自身が彼らの仲間から狙われるようになったのはまあ別に構わなかった。

 ただ友人たちはごく普通の女の子であってそういう荒事には慣れていない。

 私に敵わないからと、男たちはそんな友人たちや、家族を巻き込もうとしたようだ。

 卑怯にもほどがあるけど、どうやったのかそれを収めてくれたのがアントさんだった。

 それ以降も何くれとなく気を遣ってくれたり、私や友人たちに便宜を図ってくれている。

 彼自身は優しい性格をしている上に童顔ながら顔も整っているとあって、友人たちはすっかりアントさんに懐いていた。

 私自身も何回か相談に乗ってもらったりしていて、それなりに気を許している人物のひとりになっている。


「いつもの、アレ」


 何度か相談しているからか、彼はそれだけで私の言いたいことを察したようだった。


「ああ、そっか。君は優しいからなぁ」

「……優しい?」

「うん。まあ、それも時と場合によりけりだけどね。今みたいに自分自身を傷つけることもあるし」

「……」

「はは、まあそうは言っても性格は一朝一夕に変えられるものじゃないし、それとは向かい合っていく必要があるよね。まあ、ウサ晴らしに友だちと遊び歩くのもいい」

「それでも……」

「うん?」

「それでも、晴れないときは、どうしたらいいの」


 俯いて言う。

 だから、私はアントさんがそのときどんな顔をしていたのか、見ることができなかった。


「それならいいものがあるんだけど――」


*   *   *


 桜舞う季節。

 僕はついに十五歳になり、高校の入学式を迎えていた。

 身長はついに百六十九センチになっていた。

 体の成長は止まったような感じがあるので、ここから伸びるかどうかは不明。

 身長が追いつきかけた真也からはこれ以上伸びなくていいとか言われたし、完全に置いていった清奈からは悔しがられた。

 女子としてはかなり高い方なんだけど一センチ足りない……。

 高校は別に行かなくてもいいと言ったら春樹さんにぶっ飛ばされそうになったので、清奈と一緒に大人しく受験してどうにか受かったのだ。

 勉強を真面目にしておいて良かった。


 通う先は真也も在籍している、山王町の隣である平池市にある私立日之出高校だ。

 居候の身で高額の費用が掛かる私立高校なんてとんでもないと思い、最初は悟志たちが通う同じ学区の市立高校の方を選ぼうとしたのだ。

 ところが春樹さんによれば、この日之出高校は剣人会の息の掛かった学校であり、剣人に対してかなりの便宜が図られるということだった。

 剣人である真也や清奈はもちろん、それに近い立場である僕も、そこに通った方がいいと言われた。

 春樹さんは剣人会から距離を置いているはずなので、その息の掛かった学校に息子を通わせるのを不思議に思って尋ねたのだが、「利用できるものは利用しないとね」という黒いお答えを頂いた。


 たまに怖いです春樹さん。


 もちろん剣人のみで構成されているわけではなく普通の生徒の方が多いという話なので、僕が所属することに何も問題はないらしい。

 剣人である春樹さんにしてみれば、剣人会から補助金が出るこちらの高校に通ってもらった方が負担が軽いというお話だったので、ありがたくそちらに通わせて貰うことにした。


 なお、お隣の市なのでまた走って通学なのだが、距離が増えて二十キロになった。

 平地で今までより楽なため、速度をアップして負荷を増やすことにする。

 ちなみに学内には剣人専用の寮があるということで、真也はそちらに入っているし、清奈もその予定なんだそうだ。

 なので今は鴻野家には僕と春樹さんの二人だけだったりする。

 もっとも、真也は一日置きに道場の稽古に顔を出すし、週末は帰ってくることが多いのであんまり状況が変わった気はしないんだけれど。


 お世話になっているお礼に鴻野家の家事一般は僕がほとんどこなしているんだけれど、春樹さんはこれを殊の外喜んでくれた。

 ことに食事関係は今まで春樹さんと真也が当番制で作っていたらしいのだが、味はともかくレパートリーがあまりなかったという話で、僕が来てからは毎日の食事が楽しみらしい。

 家事を仕込んでくれた光恵さんには本当に感謝だ。


 初日なので今日はだいぶ早めに鴻野の家を出て、通学路とペース配分の確認も兼ねて流し気味に走って行く。

 早朝の空気のほどよい冷たさが心地よい。


(あと一ヶ月、か)


 僕が転生した最大の目的である、暴漢から彼女を救わなければならない日まで、あと一ヶ月と少し。

 冬休みの間にアルバイトをして旅費は貯めた。

 そこで死んだ当人なので場所はもちろん覚えているけれど、それでも道順などの確認のために一度出かけて現地に出向いて下見もした。

 僕が休みに稽古以外のことをするのは初めてだったので、春樹さんだけでなく真也にも清奈にも怪訝な顔をされたけれど、ある程度自由になるお金が欲しかったのだというと納得はしてくれた。


 幸いにしてあの日は日曜日だったので、前日入りするとしても学校を休む必要はない。

 転生してからこの方、このためにたゆまず努力し続けてきたわけなので、Xデーに向けて体調も整えていかなければならない。

 怪我をしないのはもちろんだが、戦うのに最高のコンディションを整えなければならない。

 場合によっては相手を殺さなければならない覚悟もしておく必要があるだろう。

 人を殺しに来ている相手を殺したくないばかりに、守るべき人を守れないのは本末転倒もいいところだからだ。


 そんなことを考えながら走っているうちに、町並みが三隅村はおろか、山王町ともまったく別物になっていった。


(こうして見ると――やっぱり山王町もまだまだ田舎な方なんだな)


 転生前は都心圏に済んでいたわけで、都会と呼ばれる場所がどのようなものかは知っているはずなのに、もはや三隅村が僕の標準になっていて、地方都市である平池市の規模でもとてつもない都会に見えてしまう。

 人が多い分、早朝でも相応に人がいて、道衣に袴なんていう姿でひとりで走っている僕を見て目を丸くしている人もいた。

 人数がたくさんいたら部活の朝練と思って貰えたかもしれないなどと思っていると、綺麗に外見を保たれた校舎が見えてくる。


(あれかな)


 平池市内には三つの高校がある。

 その中で唯一の市立高校である平池高校に通うのが悟志と麻衣であり、残る二つの私立高校のうちのひとつである日之出高校が僕の通う学校だ。

 校門まで走っていって学校名を確かめようとした僕に、知った声が掛けられた。


「来たな、伊織」

「真也」


 校名を確認する必要がなくなったので、僕は校門をくぐってそちらへと小走りに近づく。

 まだ登校時刻には早いのか、他に人影はない。

 その真也の隣には見知らぬ赤毛の青年が並んでいた。

 顔立ちはかなり整っているけれど、どうにも我が強く他人を基本的に見下している感じがある、と思うのはイケメン滅べと怨念を抱いていた前世からの偏見だろうか。

 僕を見るとその顔に強い興味の色を浮かべつつ、青年は真也を確認するように見た。

 何となく嫌な予感がする。


「おい、鴻野」

「ああ……伊織、こいつは砂城すなしろ紅矢こうや寮に入ってる・・・・・・奴だ。砂城、こっちが黒峰伊織だ」


 かなり不承不承と言った感じで僕を紹介する真也。

 寮に入っているということは剣人のはずなので、あまり僕に接触させたくなかったのだろうか。

 真也の様子からはそれだけではないようにも見えるが、どうしても嫌なら真也は断りそうなものなんだけど。


「そうか。ふむ、予想以上に美しいな」


 はい?

 いつの間にか目の前にいた砂城と呼ばれた青年は、僕の頭に手慣れた様子でに手を添えた。

 何をしているのかあまりにも意味不明で、僕も真也もあっけに取られる。

 その隙を捉えたように、視界に彼の顔が大映しになった。


「!?」


 唇に何か押しつけられた時点で僕の脳裏は真っ白になる。


「砂城、おまえっ!」


 真也が叫んで砂城を僕から引き剥がそうとするが、思考停止した僕の体はそれより速く動いた。

 両手を上げて手を組み、それを目の前のバカの脳天に振り下ろす。

 刀で叩き斬る要領のそれは、素手であろうと馴染んだ動き。

 相手が真也の何であろうと関係ない、まさに一刀両断するつもりで振り抜いた。

 確かな手応えとともに速やかに男の顔が目の前から消え、潰れた蛙のような声をあげて地面に叩きつけられる。

 それでも溜飲が下がらなかったので、おまけとして右足で思い切りその頭を踏み抜いて、僕は口を押さえながら水道の蛇口を求めて校舎内へと走り出した。


*   *   *


「く、くはははははは!!」


 伊織が走り去った後、上体を起こした砂城は憮然とした真也の視線を受けながら、楽しくて仕方がないとばかりに哄笑する。


「突き飛ばして拒否するか、噛みつくくらいは予想していたが、まさかスレッジハンマーとはな! いや、面白い!」

「面白い、じゃない。俺の友人にいきなり何してくれてんだよ、おまえ」


 砂を払って立ち上がる砂城の胸倉をつかむ真也。

 砂城はそれに逆らわず、しかし気圧された様子もない。


「見目が気に入ったから無理にでもモノにしようかと思ってな。この間も言ったろう、取られたくなければ先んじろと」


 返答は右ストレート。

 躱す素振りもなくそれを受けた砂城は、今度は予想していたのか倒れることはなかった。

 すでに流れていた鼻血がその衝撃で飛び散り、それに気づいた砂城はポケットティッシュを取り出して自分の鼻に押し当てながら、真也に意味ありげな視線を向けた。


「だが、それはやめたぞ、鴻野」

「そうか、それは何よりだ」

「勘違いするな。無理にそうするのをやめると言ったのだ、俺は」

「なに……?」

「あの気の強さ、そしてあの技の冴え。流石は先代三日月の愛弟子と称賛しよう。あの女にはこの俺が本気になる価値がある」

「おまえ……」

「取られるのが嫌なら俺に先んじることだ。さすがの俺も俺が認めた奴の女に手を出す趣味は持ってない。まあ、朴念仁のおまえにできるのなら、だがな」

「俺は、そういうんじゃ……」

「はははは、だろうな! おまえはそういう奴だよ。剣を大事にしすぎるあまりに視野が狭い。ライバルとして忠告しよう、鴻野」


 ぽつぽつと登校する生徒が増え始めた。

 ここでこのまま言い合いをしていてはあまりにも目立つため、校舎の片隅へと場所を移しながら砂城は真也に薄い笑みを浮かべた。


「おまえがそうやって剣の他へ目を向けないのは間違っている。それはおまえも、おまえの周囲も幸せにしないだろうよ」

「どういう意味だ……!?」

「言葉通りの意味だよ、鴻野。そのままではおまえは必ず、おまえの大事にしている剣すらも伸び悩む」

「な……っ!」

「俺のライバルとして無様は見せてくれるなよ」


 校舎内へ戻っていく砂城の背を見送りながら、真也は今言われたことの是非を考える。

 砂城に指摘されるまでもなく、真也は最近、己の剣に伸び悩みを感じていた。

 最大のライバルと目する伊織は、師と死別してからその剣に風格すらも感じるほどに成長しており、今の真也では敵うべくもない。

 砂城とは現在のところほぼ互角だが、彼には余裕があり伸び代をまだまだ感じさせる。

 それは伊織にも言えることだ。

 彼女はあれほどの腕前に達しながらも、まだまだ余裕を感じさせる。

 翻って自分はどうなのか。


「余裕の……無さか……」


 手をぐ、と握りしめる。

 今まで剣一筋に生きてきた。

 己にとって剣こそが生涯をかけるべきものだと思い極めてきたからだ。

 それでこそ良いと思っていた。

 しかし、今、それが揺らいでいる。

 拠って立つべきものが剣しかない真也は、それが揺らいだときに他に支えになるものがない。

 砂城の指摘は正しい。

 そう認めざるを得なかった。


(だが……どうしたらいい?)


 剣術馬鹿として生きてきて十七年。

 剣以外に目を向けろと言われても、何をすれば良いのか分かるはずもない。

 まさか砂城のように女を口説くわけにも……。


「あ、伊織!」


 そこでようやく、登校初日でとんでもない災難に遭った幼馴染みのことを思い出す。

 自分が連れてきた友人があんなことをしたのだから真也も謝る必要があるだろうし、フォローも必要だろう。

 とりあえず一発殴られるくらいは覚悟しておかなければ。

 それとは別に、己と同じく剣一筋に生きてきた伊織のことだし、自分の伸び悩みについて彼女に相談するのもいいかもしれない。

 そう考えて真也は幼馴染みの姿を捜して走り出した。

ご感想ありがとうございます。

そう感じて頂けると、二人の絆を積み上げてきた作者としてはとても嬉しいことです。

今後も見守っていただければ幸いです。

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