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剣人  作者: はむ星
【幼年篇】
22/113

21

ご感想ありがとうございます。

青春とは複雑なもの……。

 三人の男はどうやら子供にぶつかられて激昂したところを止められたようだった。

 子供の前に立っている男は短めの黒髪に日に焼けた肌、渋めのサングラスをしていて顔立ちは分からないものの、割と二枚目なんじゃないだろうかと思える目鼻立ちをしている。

 年齢は三十代くらいだろうか。


 そちらを見た僕と真也、清奈に神奈はすでに行動を開始していた。

 男に加勢するかどうかはともかく、子供は放っておけない。

 走っていくうちにも事態は推移していく。


「確かに関係ないが、子供に暴力を振るうところを見逃せとでも?」


 張りのあるバリトンが男の口から流れ出る。

 その口調はとても抑制されたもので、男が冷静であることを覗わせた。


「ならてめえが責任取ってくれんのか? お?」


 数を頼んでいるのか、三人の男のうちのひとりが上半身を男の方に突き出しながら唾を飛ばす。


「チンピラ……」


 そばで走っていた神奈がそうぼそっとつぶやいたので、吹き出すのを堪えながら走る。

 騒ぎを聞きつけたのか、ひとりの女性が慌てて子供に駆け寄って抱き上げたのが見えた。

 母親だろうか。


「あ、あの」


 女性は男に話し掛けたが、男は首を横に振った。


「早く離れた方がいい。馬鹿どもに妙な要求をされる前にな」


 なかなかに辛辣なことを言う男。

 もちろんチンピラたちはそれを聞き逃したりはしなかった。


「てめえ……もうタダじゃ済まねえぞ」

「後悔してもおせえよ?」


 チンピラたちが男を取り囲む。

 その場にたどり着いた僕たちは、それを心配そうに見ていた親子に話しかける。


「危ないですから、下がった方がいいですよ」


 清奈が母親の手を引いて後ろに誘導すると、はっとしたように子供と一緒に下がっていく。

 荒事担当の僕と真也は男たちの方を見ていたが、囲まれている男の身のこなしに隙がない上に、チンピラたちの方は多少喧嘩慣れをしているようではあるけれど、その程度でしかない。

 これなら加勢をする必要はなさそうだと、僕と真也は顔を見合わせて頷いた。


 そのときに。


 糸の切れた操り人形のように、いきなりチンピラたちが三人とも、どさりと砂浜に崩れ落ちた。


「……!?」


 真也が何が起こったのか分からないといった、呆然とした表情を浮かべた。

 僕も似たようなものだったが、男が何をした・・・・のかはかろうじて捉えることができた。

 玉響のあの感覚を経験していなければ、捉えるどころか何が起きたのかすら分からなかっただろう。


 男はまさに目にも止まらぬ速さで三人の男の顎先を拳で打ち抜いたのだ。

 それも、足元の砂をほとんど乱さないほどの繊細な足運びで。

 結果として、男たちが勝手に倒れたように見えたということだ。

 人の技を見てこれほど衝撃を受けたのは、お師さんの技を見て以来のことだった。


「ほう?」


 男のサングラス越しの視線が僕を射抜いた。

 僕が男の動きを捉えたことに気づいたようだったが、すぐに視線は逸らされて、男は何事もなかったかのように立ち去って行った。

 助けられた子供の母親らしい人がしきりにお礼を言っていたようだが、男はほとんど取り合わなかったようだった。


「一体何が起きたんだ……?」


 呆然とした真也の声に我を取り戻して、僕は大きく息を吐いた。

 男に見られたことで、知らず息を止めてしまっていたようだ。

 真也も男が何かをしたことは悟ったようだったが、何をしたかまでは見えなかったようだった。


「えっと」


 何が起こったのかを、真也と、こっちにやって来た清奈と神奈にも説明する。


「あの一瞬で三人の顎を!?」

「ぜんぜん見えなかった……」

「伊織、おまえは見えたのか、それ?」


 真也の問いに僕は頷いた。


「かろうじて、だけどね」


 僕の言葉に真也が悔しそうな表情を浮かべる。

 自分にはまったく見えなかったという事実に忸怩たる思いがあるのだろう。


「ところでこの人たち、どうします?」


 気を失ってひっくり返っているチンピラたちを見て、清奈が思案げに言う。

 確かにこのまま放置しておくのも良くない気がする。

 目を覚ましたらまた誰かに絡むかもしれないし。

 おまわりさんでも呼んで来れれば一番なんだけれど、とりあえず春樹さんにもで報告した方が良さそうだった。


「それにしても、凄い手練だったな」

「うん。あんな動き、初めて見たよ」


 清奈と神奈の姉妹が春樹さんを呼びに言っている間、僕と真也が気絶しているチンピラたちの見張りとして残った。

 その僕たちの話題が、さっきの男についてになるのは必然だった。


「ほら、あの人がいた場所。ぜんぜん砂が乱れてないよ。目にも止まらないほどの速さだったのに」

「……父上でもそんな動きができるとは思えないな」


 真也の父親である春樹さんは剣人としても有名な人らしく、当然ながら剣士として超一流と言って良いほどの高い技量を持つ。

 その春樹さんであっても、先ほどの男の動きに匹敵する動きはできないだろう、というのが真也の見立てである。

 速く動ければ強い、というわけではないのでどちらが強いかについてはまた別の話となるが、あの男が今の僕たちでは足元にも寄れないほどの技量を持つことは間違いない。


「やっぱり、もっと強くならないとね……」


 僕を殺した通り魔がどれくらいの強さがあるのかは分からない。

 てんで弱いのかも知れない。

 けれど、先ほどのような男がいる以上、そういう強さを持つ可能性だって無いわけじゃない。

 何度も思っていることだけれど、一度しか無いチャンスを己の準備不足なんかで台無しにはしたくない。


「そうだな。俺もこの合宿中におまえに少しでも追いつかないと」

「真也は僕と同じくらいじゃ?」

「そいつは皮肉か。おまえ、この間のことで何かつかんだろう。あれ以来、一本も取れてないんだぞ」


 真也が言っているのは西木との戦いのことだ。

 奥義については口にしなかったのだが、毎日手合わせしていれば相手の体調の変化や精神状態など、細かいところまで結構よく分かるようになる。

 僕の変化に真也が気づかないはずもなかった。


「うーん、そう言われると確かに今は僕が一歩先に行ったかもしれないけれど、真也はすぐ追いつくと思う」

「ああ、当たり前だ」


 笑みを浮かべる真也。

 真也の剣への情熱と才能は本当に凄いものがあって、僕がちょっとでも慢心したり油断すれば、今の僕くらいはあっという間に追いつき、追い越して行くということを僕は知っていた。

 だから、自戒を込めて真也に同意してうなずく。


「真也にい、伊織ねえ


 息を切らして走ってきた神奈が、笑みを浮かべていた真也を見て何か言いたそうに一瞬口ごもってから、気絶したチンピラが目に入ったのか思い出したように自分の後ろを指差した。


「叔父さん呼んできた」


 神奈の態度に内心で首を傾げながらもそちらを見ると、春樹さんがおまわりさんを伴って走ってくるのが見えた。

 何があったのかを説明してチンピラたちをおまわりさんに引き渡す。

 何となく気になってさっきの男が立ち去った方向を見ていると、真也が声を掛けてきた。


「伊織、稽古始まるぞ。行こう」

「うん」

「やっぱりさっきの男、気になるか?」


 そう言ってきたってことは、真也もやはり気になるんだろう。


「そうだね。やっぱりあれほどの動きができるとか、気にはなるよ」


 一体、どこでどのように修練を積んできたのだろうか。

 お師さんほどには洗練されてはいなかったが、それに勝るとも劣らないほどの速度と技術。

 気にならないはずがなかった。


「そうか……」


 なぜか不満そうに黙り込む真也。

 その様子が意外で、思わず声を掛ける。


「どうしたの? 真也」

「え? いや……なんでもない」


 首を横に振った真也は、次に大きく首を捻った。


「本当にどうしたの?」

「いや、今の俺、何か変だったなと思ってな」

「今すごく変だけど……」

「えっ」


 友人との他愛ない会話。

 合宿二日目の午後は、それ以上は特に事件もなく終わりを告げた。


*   *   *


 その夜の晩御飯も豪勢だった。

「本職じゃないんだが」と岩村さんが謙遜しつつ握ってくれたお鮨が絶品だったのだ。

 ご飯が美味しいっていうのは本当に幸せな気分になれる。


「ふー、美味しかったぁ」


 今日も海の幸を堪能しきった僕は、食休みに夜風に当たろうと外に出ていた。

 昼の猛暑はともかく、やはり風があれば夜は若干涼しい。

 夜の砂浜は今は誰もいないようで、波が黒い影になって押し寄せては引いていた。

 それを眺めていると。


「黒峰さん」


 誰かが近づいてきているのは分かっていたけれど、掛けられた声は予想外の人物のものだった。


「唐沢先輩。どうしたんですか?」

「俺も食休み。美味しかったよねぇ、お鮨」

「はい、岩村さんは謙遜してましたけど、あれなら本職でいけるんじゃないかって思いますよね」


 僕の言葉にうなずきながら、唐沢先輩は僕の横に並んだ。


「あと、俺は今里先輩より年下なんだから、今里先輩に対するような口調で構わないよ」

「え、いや。悟志は幼馴染だからああですけど……さすがに先輩には」

「俺がそうして欲しいんだけどなあ。ダメ?」

「はあ」


 何を考えているのか分からない唐沢先輩の言葉に、僕は首を傾げて生返事を返す。

 一体どうしたものかと思案していると、また後ろから気配が近づいてきた。


「何してんだ、伊織?」


 今度はやって来たのは悟志だった。

 デザートのスイカを両手に持ったままここに来たようだ。

 いつものこととは言え食い意地が張っている。

 その姿を見て唐沢先輩が眉をひそめたのを横目に見ながら返事をする。


「食休みに涼んでたんだけど」

「唐沢と一緒にか? 誰かと一緒とは思わなかったからな、一個しかねえけど、ほら」


 片方のスイカを渡してくる悟志。


「ありがと」

「唐沢の分ねえけど、すまねえな」

「いえ」


 豪快にスイカにかぶりついてしばらくもしゃもしゃと口の中で転がしたあと、残った種をぷぷぷっと砂浜に飛ばす悟志。

 僕も同じようにかぶりついて、種を飛ばす。

 みずみずしく良く冷えたスイカは、それだけでごちそうだった。


「黒峰さんもそういうことするんだね」


 種を飛ばしている僕を見て、唐沢先輩が意外そうに笑う。


「こいつ男っぽいからな」

「そんなことはないと思いますけど」


 唐沢先輩はフォローしてくれたので良いとして、悟志には有罪判決を下す。

 僕は無言で食べ終わったスイカの皮を砂浜に埋めると、おもむろに悟志にアイアンクローを掛けた。

 日々の稽古で鍛えられた握力はそう簡単に抜けられるものではない。

 しばらく逃れようと頑張った悟志は、最終的には白旗をあげる羽目になった。


「あだだだだ、ギブ、ギブ! オレが悪かった、伊織は十分女らしい!」


 ギブアップ宣言を受けて僕は悟志を解放する。


「……黒峰さんと今里先輩は仲が良いね」

「え? まあ、さっきも言いましたけど、幼馴染ですし」

「おまえ……これを仲が良いと称するのか」


 痛みに頭を抱えていた悟志は、微妙に涙目になりながら顔を上げて唐沢先輩に抗議する。


「悟志がいらないこと言わなければいいだけだと思うんだけど」

「全部事じ……いや何でもねえ」


 両手をさっと上げて保身を図る悟志。

 そんなやり取りを見てなぜかため息をつく唐沢先輩に、悟志が急に真面目な顔を向けた。


「伊織、ちょっと唐沢と話があるんで外してくれねえ?」

「えっ?」


 唐沢先輩が意外さと不安が少し混ざったような声を上げる。


「いいけど。それじゃ僕、ちょっと散歩してくる」


 悟志があの顔をするのは本当に真面目になっているときだ。

 別に先輩権限で唐沢先輩に何かしようってわけでもないだろう。

 長い付き合いでそのくらいは理解しているつもりなので、僕は邪魔をしないようにその場を後にする。


 少し離れると悟志と唐沢先輩が何か話し始めたのが聞こえてきたが、今回は盗み聞きをする気は毛頭ないので、夜の砂浜をそのまま先へと進んでいく。

 ちょっと進むと悟志たちの声は聞こえなくなり、波の音と風の音が辺りを支配する。

 見上げると、夜空は少し薄曇りで月が隠れており、代わりに雲に掛かっていない部分の星は良く見えた。


(こうしてひとりでいるのも、たまには悪くないかな)


 そう思って夜空を見上げていた僕は、先の方からかすかな、しかし馴染みのある気配がするのを感じ取った。


(これは……)


 気配を殺してそちらへと歩いていくと、やがて人影がひとりで何やらやっているのが見えてきた。

 影が動くたびに、鋭い風切り音が響く。

 その動きは風に揺れる柳のようでありながら、大地に根を張る大樹を思わせ、岩をも砕く波のように力強くも、形を自在に変える流水を感じさせた。

 思わずそれに見惚れていると、その影が僕の方へと顔を向けたようだった。


「誰だ?」


 ちょうど月が雲から出て辺りを照らしだし、そこで練武をしていた人影を浮かび上がらせる。

 月の光に照らし出されたのは、昼間に見たあの男の人だった。


また少しお時間頂きます。

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