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剣人  作者: はむ星
【幼年篇】
19/113

18

ご感想ありがとうございます。

感想が来てます、の表示があると、やった!と思いますね(笑)。

励みになっております。

 僕が目を覚ましたのはそれから二日後のことだった。


「起きたか、伊織」


 お師さんがその間、僕の面倒を見てくれたようだった。

 外れていた右肩は僕の意識のない間にお師さんがはめてくれたとのことだった。

 戻すときとても痛いそうなので、意識がなかったのは幸いだったのかも知れない。

 もっとも、まだ右肩は痛むけれど。

 あばらも折れてはいるものの、内臓を傷つけたりはしていないようで、安静にしていれば問題ないようだ。

 他の傷もお師さんが手当してくれたようだった。


「あの小僧は昨日目を覚まして自首しに行ったぞ。おめえには言葉に尽くせないくらいに感謝する、だそうじゃ。……ふん」

「そっか」


 感謝されたくてやったわけじゃなかった。

 それでも、やり切った末に感謝を貰ったというのは悪い気分じゃなかった。

 お師さんが微妙に不機嫌なんだけど、何なんだろうか。

 寝ていた間、学校には体調不良による欠席と連絡をしてあるということだった。

 早くも皆勤賞は露と消えたわけだが、それは仕方ない。


「さて、伊織」


 お師さんが居住いを正してこっちを向いたので、僕も姿勢を正す。

 ……布団の上ではあったけれど。


「おめえは儂が試練と定めた戦いを見事乗り越えた。よって、儂はおめえを対鬼流の後継者と認める」

「………え?」


 お師さんが何を言っているのか、一瞬理解できなかった。


「ちょうどいい機会だと言ったじゃろう。生成りを死なさずに人に戻すのはそれだけ難しいことなんじゃ」

「で、でも、それは僕がやるって言ったからで……」


 そう、僕が勝手にやったことだったからだ。

 それにお師さんの弟子ではあるけれど、正面から後継者と言われると僕なんかでいいのかと思ってしまう。


「だからちょうどいい機会だったんじゃ。それに儂がおめえを認めたということで、別におめえの許可がいるわけじゃねえ」

「あ……」


 僕が自分のことをどう思おうと、お師さんは僕をそう認めてくれたのだ。

 お師さんの言葉にようやく、そう思い至る。


「ありがとう、お師さん」

「礼を言われることじゃねえ。儂が好きで選んだんじゃ」


 深々と頭を下げて頭を上げると、ちょっと赤くなってそっぽを向くお師さんというレアなものが目に入った。

 気づかないフリをしたものの、頬が少し緩むのは抑えられなかった。


「それでじゃ」


 お師さんは僕に膝を崩すよう身振りで示しながら、自分も胡座をかいた。


「対鬼流後継者と見込んだからには、おめえには奥義を身につけてもらうことになるんじゃが……」

「?」


 何やら歯切れの悪いお師さんに首を傾げる。


「おめえ、あの戦いの最中に相手の動きをすべて把握しておったじゃろう」

「あっ」


 思い出した。

 皮膚感覚が道場全体に広がったかのように、相手の動きのみならず空間そのものまでをも把握しきったかのような感覚。

 覚えてはいるものの、ほとんど朦朧とした意識での出来事だったから、まるで夢のような感じもする。

 

「あれこそが対鬼流奥義『玉響たまゆら』そのものじゃ」


 お師さんの言葉に僕は目を丸くする。

 確かにあれはとても不思議な体験だったが、僕が知らずして奥義を使うなんていうことがあるんだろうか。

 それに奥義っていうと一撃必殺なイメージがどうしてもあった。


「対鬼流は知っての通り鬼人を相手とする。鬼人は超常の力を操る上に膂力も人間を軽く凌駕しておるが、儂らは普通の人としての能力しか持たん。よって奴らの攻撃を一撃でも受けてしまえば、それだけで戦いに敗れてしまう可能性が高い」


 ここでいう「儂ら」は剣人のことを指しているのだろう。


「ゆえに剣人は『読み』を重視する。呼吸を読み、間合いを測り、拍子を見定める。それを究極まで突き詰めたものが『玉響』じゃ」


 つまり、鬼人の攻撃は強力だが「当たらなければ意味はない」という思想で練り上げられた奥義が『玉響』であるらしい。


「本来は極限状態に追い込んだときに鋭敏になった感覚を思い出し、それを日々の呼吸を読む修練と合わせていって徐々に修得していくものなんじゃが……」


 腕組みするお師さん。

 確かにあの感覚を他の人に伝えろと言われても、とても難しい、というか不可能のような気がしてくる。


「おめえはすでに一度極限状態で『玉響』を経験したわけじゃが……今はどうじゃ?」


 言われてあの不思議な感覚を呼び戻せるかどうか試してみようと集中してみる。


「………」


 しかしあの全周囲すらも把握しきったような感覚は、どうやっても戻ってこなかった。

 さすがに奥義は簡単に修得できるものではないらしい。


「まあ、そうじゃろうな」


 僕の様子から失敗に終わったことを看て取ったのか、お師さんは特に意外そうでもなく頷いた。


「おめえはこれから、あのときの感覚を思い出しながら常にそれができるようにならねばならん」


 あの状態が常に、となるとなかなかしんどい感じがするが、お師さんは実際にそうやってるんだろう。

 お師さんがインターホン要らずで来客を察知するのはこの奥義を常にやっているからか。

 そう思えばやはりやらねばならない。


「ところで伊織。玉響は個人によって捉え方がかなり異なる奥義じゃ。それが教えるに当たって弊害にもなっておるんじゃが……」

「捉え方?」

「うむ。おめえ、あのとき周囲をどのように捉えておった? 人によっては危険な間合いが赤く見えて安全な間合いは青といった風に色で捉えたりするな。儂の師は張り巡らされた糸のようなイメージを持っていて、それのたわみ具合によって隙のあるなしを判別したりしていたようじゃが」

「色……糸……。お師さんはどのように見えるの?」

「儂か。儂は影じゃな。相手の影が数手先まで先に動くイメージじゃ。儂の動きによってそれが刻々と変わっていく感じと言えば伝わるじゃろうか。その中でも最も濃い影が一番そう動いてくる可能性が高いものになる。来客なんぞは感知範囲に来たときに影が揺れる感じがして分かる感じじゃ。遮蔽物越しでも影の濃さでどこにおるのかは分かる」

「………」


 なんかどれも僕の感じと随分違う気がする。

 とは言えみんなイメージの捉え方が異なるという話なので、そういうものかと自分を納得させて口を開く。


「えっと、自分の感覚が周囲に広がった感じがして、動きや空間が全部把握できる感じがする、かな。本当にクリアに把握できてたから、呼吸とか完全に読める感じ。そっち見なくても見えてる、って言ったら分かるかな?」

「………」


 今度はお師さんが黙り込んでしまった。


「お師さん?」

「……おめえがおかしいのは分かっていたんじゃが」


 片手で目を覆ってつぶやくお師さん。

 っていうかおかしいって、ひどくない!?


「そこまでの境地は恐らく対鬼流開祖、彦五十狭芹彦ひこいさせりひこ以来のどの継承者でも至ったことはねえんじゃねえか」

「ひこ……誰?」

「彦五十狭芹彦じゃ。またの名は吉備津彦きびつひこ。おめえに分かるように言や桃太郎侍じゃな。正確にはその原型じゃが」


 まさか自分の習ってた剣術が桃太郎と関係があるとは、まさにお釈迦様でもご存じあるまい、と言った感じだ。


「あれ、でも大毅流って江戸時代に成立した流派じゃ?」

「大毅流はそうじゃ。じゃがその根幹となっておる対鬼流はそれこそ紀元前に発祥しておる、と言われておる。昔過ぎて本当のところは誰にも分からん話じゃが、少なくともそう伝わっておる」


 お師さんの話が良く理解できなくて首を傾げる僕を宥めるように、お師さんは僕を抑えるように軽く手を上げた。


「戦のある世、平和ではない世にあって、剣術はそこにあっておかしくない代物じゃった。じゃが江戸の太平の世において、我らが先祖は気づいたわけじゃ。剣術が世にあって当然の時代はもう終わるとな」


 確かに江戸時代が終わって文明開化の到来と共に廃刀令が布告され、武士の世が終わり剣術が身近であった時代も終焉を告げている。

 それを江戸に入ったときから見通していたというのは、随分な慧眼だ。


「そこで対鬼流を真伝とし、一般に流布しても問題ない部分を初伝、中伝、奥伝と体系立てた大毅流として、剣術道場を開いた。その狙いは平和な世においても人の側にあっておかしくない商売という隠れ蓑じゃ」


 つまりお師さんのご先祖様は剣というものが一般的でない世になったとしても、技術を後世に伝えるのに不自然でない体裁を整えるために、人の世に知られてはいけない対鬼流を伏せながら、大毅流という流派を興したということのようだ。


「でも、なんでわざわざ? 剣人って血筋なんだし、普通に親から子に隠して伝えていけばいいと思うんだけど」

「伊織、儂らは鬼人なんぞという常識外れの代物を相手にせねばならん以上、常に鍛錬しておかねばならん。じゃが、人は食わねば生きていけん。剣術そのものを食う手段とできるなら、それが最も望ましいのは分かるじゃろう」


 ちなみになぜ江戸時代以前にそれをやらなかったのかは、それをしなくても傭兵稼業のようなことをすることで、戦いの中に身を置きつつ食べていくことができたかららしい。

 それって一歩間違えば流派が途絶えることになりかねないと思うんだけど、そうなってないってことは代々の対鬼流の伝承者はよほど強かったんだろう。


「まあその話は置いといてじゃ。そこまで高度な感覚となると儂の手には負えん。幸いおめえはそれを自分で一度体感しておるから、その再現を目指して鍛錬すべきじゃな」

「お師さんの感覚で教えてもらうのは?」

「それはいかん。さっきも言ったように玉響は個々の捉え方が異なる奥義じゃ。儂の捉え方をおめえに教えても身にならんばかりか害にしかならん。結果としては似たようなものになるが、言ってしまえばおめえだけの奥義とも言えるんじゃ」

「僕だけの、奥義」


 それは心くすぐられる言葉だった。

 お師さんはますます緑が匂い立つような山々を道場の格子窓を通して眺めながら言った。


「とはいえ、修得には時間がかかるじゃろう。早くてもあの山に雪化粧が掛かる頃に、と言ったところか。それでも修得は完璧とはいかん」

「はい、お師さん」


 奥義の修得に時間が掛かるのは当たり前だ。

 例え一度使うことができたものであっても、あの感覚をそう簡単に再現できるとはとても思えない。

 今まで習ってきた技術の総決算と言っても良いわけなのだから、相応の覚悟は必要だ。


「よし。では明日から奥義修得のための修行を始めるが……」


 お師さんはそう言いかけて口を閉ざす。

 何かと思った僕は、すぐにその原因に気づいた。

 玄関の方から人の気配がしたからだ。

 すぐに玄関の引き戸が開く音がした。


「こんにちは。伊織、いるか?」


 来たのは真也のようだった。

 道場に出稽古に来る日ではないから珍しいこともあるものだ。

 あばらと右腕以外、特に体調に問題はなさそうだったので僕はそのまま玄関へと出ていく。


「ああ、伊織……」


 僕の方を一瞬だけ見た真也は、すぐに目を逸して少し顔を赤くして口を開いた。


「おまえな、寝間着で出てくるなよ」

「あ、そうか」


 そういえば寝間着のままだった。

 僕の服は基本的に和裁の達人でもある(洋裁もできるらしい)光恵さんのお手製だが、最近はお世話になりっぱなしも良くないからと、僕も少しずつ和裁を覚えていっている。

 今着ている寝間着は自分でどうにかこうにか、寝間着用に縫い上げた木綿製の長襦袢だ。

 人前に出すこともないからと練習用に縫ったやつだけど、それで人前に出ていれば世話はない。

 取り急ぎ真也にはあがって居間の方に行ってもらいつつ、急いで着替えて居間へと戻る。


「ごめん、お待たせ」

「いや、急に来て悪かった。おまえが学校を二日も休むなんて珍しいからな。何の鬼の霍乱かと思ったんだが……また何かやったのか」


 僕の負傷を看て取ったのか、鋭いことを言う真也。

 それにしても鬼の霍乱ってヒドいと思うんだけど。


「うんまあ。真也も無関係じゃないから話すけど」


 二日前の出来事をかいつまんで真也に話す。

 もちろん、奥義については口にしなかった。

 お師さんに口止めされたわけじゃないけれど、軽々に人に話していいことではないはずだ。


「……おまえな」


 なぜか深い溜息をつく真也。


「なんでおまえが一昼夜も戦ってあいつを元に戻してやらなきゃならないんだよ。おかしいだろ」

「やらなきゃいけなかったから」

「……はあ、もういい。おまえ変なところで頑固だからな。」


 お師さんと同じような諦め顔をする真也。

 そんなに頑固なつもりはないんだけどな。


「それ、他の奴らにはどう説明するんだ?」


 真也が言っているのは鬼人の話ができない相手、つまりは悟志や麻衣にどう言うのか、という話だった。


「うん、まあ大筋はそのままにして、薬の中毒症状で暴れる相手を押さえつけたことにしようかと」


 改変はシンプルにしておいた方がボロが出にくい。

 デモンという薬については不明な点も多いし、実際の流れとしては間違ってもいないのでこんな感じでいいはずだ。


「そうだな……確かにその方がいいかもしれないな。まあ一昼夜暴れてたとかはぼかした方がいいだろうが」


 真也がそう言って頷いたときに、また玄関に誰か来たのを感じ取る。

 今度は三人くらいかな?


「こんにちはー!」


 元気な声は麻衣だ。

 玄関に出迎えに行くと、そこには麻衣の他に悟志と清奈までいた。


「あ、伊織!」


 いきなり抱きつかれそうになったので思わず回避。

 悲しそうな顔になる麻衣に慌てて弁明する。


「いやその、今ちょっと肋骨折れてるからハグは勘弁して」

「……やっぱり何かしたんですね」


 麻衣の隣にいた清奈が呆れ顔で僕を見やる。

 やっぱりって何。

 さっきからなんか僕の評価が散々な気がするんだけど。

 ともあれ玄関でやりあってても仕方ないのであがってもらう。


「なんでいるんだよ」

「いたらいけないのか?」


 早速睨み合いを始める悟志と真也。

 基本的に悟志が一方的に絡んで、真也が気分を害して睨み合いになることが多いんだけど、今日もご多分に漏れずそのパターンだった。


「行くなら言ってくれれば一緒に来たんですけれど」

「来てすぐ戻るつもりだったしな。今日も稽古があることだし」


 真也の隣に座る清奈。

 麻衣はいつも通りに悟志の隣だ。

 ぶれないなぁこの娘。


「えー、本当に? こっそり伊織に会いたかったんじゃないの?」

「なんでだ? 別に堂々と会いに来ればいいだろう」


 からかうつもりで発したらしい麻衣の言葉は真也に正面粉砕されてしまった。

 処置なしといったように肩をすくめる麻衣。


「それで何があったんだよ」


 出て当然の問いは悟志から発せられた。

 先ほど真也と一緒に作った筋書きを説明する。

 中毒症状で暴れる相手を取り押さえて怪我をした、という話はそれほど無理がなかったようで、悟志も麻衣も疑問には思わなかったようだった。

 鬼人のことを知っている清奈には、後で真也が真相を説明してくれるだろう。


「にしてもおまえは毎回無茶するな」

「そうだよ。そういうのは大人に任せたらいいのに」

「本当に。二日も休むなんて大怪我じゃないですか」

「あー、うん、ごめん。心配かけて」


 三者三様に心配してくれているのは分かったので、頭を下げる。


「それじゃあ、しばらく鴻野道場の稽古はお休みですね、伊織さんは。ライバル不在は残念ですけれど」


 はっ、そうだった。

 清奈の言葉に、しばらくまともに稽古ができないことを思い出して暗澹となる。

 腕は数日あれば動かせるだろうけれど、あばらはすぐには治らないし、無理をすると悪化してしまう。

 稽古するにしてもレベルをかなり落としてやる必要がありそうだった。

 奥義の修得に掛からなきゃならないのに。


「うー、稽古ができない……いや、テーピングすればなんとか……」


 僕が必死で策を練っていると、ゆらりと皆が立ち上がる気配がした。


「なあ、こいつ布団に縛り付けた方が良くないか」

「そうですね。怪我してるのを自覚していない気がしますし」

「伊織、それは私もフォローできないわ」

「俺も手伝おう」


 え、ちょ、ちょっと待って……!

 慌てて見回すと四人全員が僕を取り囲んでいた。


「一体僕が何をしたー!?」

「「「「黙れ!!」」」」


 綺麗に唱和する四人。

 結局、そのまま四人がかりで部屋まで運ばれて布団蒸しにされたのだった。

 理不尽だー!


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