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剣人  作者: はむ星
【幼年篇】
13/113

12

 十二歳になった僕には試練が待ち構えていた。

 身長は結構伸びた。

 百五十五センチになったので結構背が高い方だ。

 体重はちょっと重めだけど……筋肉が多いんだから仕方ない。

 髪の毛は背中まで伸びた。

 光恵さん直伝の手入れ方法で結構綺麗な髪を保てていると思う。

 というか手を抜くと光恵さんが悲しむので、これでも頑張っているのだ。

 あと、胸はだんだんと痛みはなくなってきたけど、だんだんと邪魔にはなってきた。

 そろそろサラシか何かが必要かもしれない。

 うん、そのへんは別に良いのだけれど。


「やっぱり……着ないと、駄目?」

「中学校は制服だよ」


 そう、ついにスカートを穿かなければならないときがやってきたのだ。

 今までは光恵さんが僕に女の子の服を着せようとするたびに、逃げ出したり泣き真似したりして抵抗してきた。

 光恵さんは残念そうではあったものの、僕の意思を無視してまで押しつけることもなかった。

 そうやってここまで来れたものの、学校の制服というのはいかんともしがたい。

 どうやらこれを楽しみにしていたらしい光恵さんは容赦なく僕の寸法を測っていく。

 頼みのお師さんは完全に知らん振りで、この場の全権を光恵さんに明け渡していた。


「ううう、似合うとも思えないんだけど」

「なーに言ってんの。こんな可愛い娘に似合わないわけないでしょ!」


 背中をばんばん叩いてくる光恵さん。

 年を取ってもパワフルさが衰えることもなく、というか年々パワーアップしてる気がする。

 そんな光恵さんを相手にいつまでも抵抗ができるはずもなくて、制服一式を手際よく揃えられてしまった。

 いわゆるセーラー服であるそれの試着時に光恵さんに手放しで褒められてとても恥ずかしかったのと、感想を求められたお師さんが誰かに助けを求める目をしていたのが忘れられない。


 中学生になっても山王町まで走って行くことに変わりはない。

 スカートで山の中を走って行って鉤裂きを作らない自信がまったくなかったので、行き帰りは着慣れた道着で行き、更衣室なりで着替えることにする。

 小学生の間も道着のままではあったけれど、夏場は汗が凄く、着替え自体はしていたのであんまり変わらないとも言える。

 中学では部活動がある関係で更衣室もシャワー室も完備されているから、着替えに関しては逆にやりやすかった。

 中学では小学の頃とは学区の異なる隣町の生徒も二割ほど入ってくる。

 同じ学区の生徒は学年が違うとは言っても小学校の間、毎日走ってくる僕を見ていたので「またか」という生暖かい視線を向けてくる。

 たまに「何こいつ」という視線を向けてくるのが隣町の生徒なのだと思われる。

 まあ、朝っぱらから道衣に袴の女子が学校に走り込んでくれば、知らない人は奇異の目で見るだろう。

 春とは言っても走れば汗もかく。

 更衣室までノンストップで走り込んだ僕は、更衣室付属のシャワー(温水とかはない)をさっと浴びた後に覚悟を決めて制服を身につけ、教室へと向かう。

 どうせ中学の間はずっと制服だし、あとは慣れの問題である!と自分に言い聞かせる。

 一階の廊下を進むと三年生たちがたむろしてお互いに雑談などをしていた。

 小学生のときとは異なり、この三階建ての校舎は、三年生が一階で一年生が三階という配置になっていた。

 体に馴染んだ学生服に身を包んだその姿は、こちらと違って最上級生の貫禄に満ちている。

 それはいいんだけど、何かこっちをちらちら見てくる男子が多い。

 やはりこの格好は変なんだろうか。

 その割に女子は別にこっち見てこないんだけど……。

 居心地の悪い思いをしつつ歩いていると、見知った顔を見つけたので声を掛けた。


「おはよう、真也」

「ああ、おはよう、いお……」


 挨拶して近づくと、真也は振り返ってなぜか固まった。


「おーい?」


 目の前で手をひらひらさせると我に返ったようで、ばっと見事な身ごなしで後ろに跳び退った。


「おはよう、伊織」


 ごほん、と咳払いした真也は少し顔が赤かった。


「おまえが女子の格好してるんでちょっとびっくりした」

「うぐ。好きでしてるわけじゃ……」


 真也の言葉にちょっとへこむ。


「あら、真也さんに伊織さん」


 通りがかった清奈が目敏く真也と僕を見つけて手を振ってきた。

 清奈には僕を呼ぶときは伊織でいいと言ったのだが、本人がさん付けで呼ぶ方がしっくり来るようで直らなかったので、もうそのままにしていた。


「おはようございます、お二人とも」


 新しい制服を着こなした清奈はとても大人びて見えた。


「おはよう、清奈。制服似合ってるね」

「伊織さんもとても良く似合ってます。普段ももっと可愛い格好をすればいいのに」

「うぐぁ」


 傷口をさらに広げられて、僕は浜辺に打ち上げられたトドのようにびくん、と背を震わせる。

 それに不思議そうに首を傾げながらも、清奈は真也に両手を広げて僕と自分の制服姿をアピールした。


「どうですか、真也さん。似合います?」

「いや、俺にそういう同意を求めないでくれ……」


 じりじりと下がる真也に清奈は呆れた、というかヘタレを見る目を向けた。

 心なしか周囲の三年生の女子も同じような目を向けた気がする。


「もういいです。行きましょう、伊織さん」

「お、おい……」

「あっ、伊織、清奈ちゃん!」


 後ろから歩いてきたのは麻衣と悟志だった。

 麻衣もまたセーラーの青いリボンが似合ってとても可愛い。

 僕以外は問題ないんだけどな……。


「おはよう、麻衣」

「おはようございます、麻衣さん。制服姿、とても可愛いですね」


 清奈の言葉に同意して頷く僕と、三人から光速で目を逸らす真也。


「ありがとう! 清奈ちゃんも伊織も素敵だよ」

「馬子にも衣装ってほんとにあるんだな」


 後半は僕の方を見て言った悟志の台詞だ。

 うるさいやい。

 僕のダメージはさらに蓄積した。


「悟志お兄ちゃんデリカシーない!」


 ぷんすかする麻衣は実に可愛らしく、悟志のクラスメイトらしい男子たちが微妙に殺気を込めた視線を悟志に向けていたりする。

 そのままやられてしまえ。


「駄目な男どもは放っておいて行きましょう」


 心の中で悟志に呪詛を送っていたら、清奈が僕と麻衣を引っ張ったので、そちらに移動してその場を離れた。

 取り残されていた憮然とした表情の男二人は、僕たちが離れた途端に他の男子たちに取り囲まれていたのが、階段に行くときにちらりと見えた。


 その後も制服姿をクラスの顔見知りの男子に驚かれ、知らない男子にはちらちらと見られ、女子にはなぜか褒められ、僕の精神ダメージは入学式の終わり頃には限界に達していた。

 教室に戻ってぐったりとしながら麻衣と清奈に慰められているうちに、ホームルームが始まった。

 教科書が配られ、校則などの注意点が読み上げられた。

 その後は部活動の勧誘が体育館であるので、興味のある生徒はそちらに寄ってから帰るよう通知があった。


「ねえ伊織。私、剣道部に入ろうと思うんだけど」


 麻衣はとても分かりやすい。

 剣道部には悟志が所属しているのだ。

 麻衣に剣の才能があるとは思わないが、別に剣道ができないほど鈍くさいとも思わない。


「いいんじゃない? 悟志も喜ぶ……かどうかはともかく、邪険にもしないだろうし」


 ますます美人になった麻衣が入れば、他の男子は喜ぶだろうし。


「それで、一緒についてきてくれない? ひとりじゃちょっと心細くて」

「いいよ」


 部活動に入るつもりはまったくないが、今日は学校が早く終わったので鴻野道場の稽古の時間まで結構ある。

 それまで時間を潰さなければならないので、麻衣の部活動見学に付き合うくらいは問題ない。

 清奈は家が町内なので、いったん帰ってから道場に来るという話だった。


「それじゃ、行く?」

「うん」


 案外と体育館は人でごった返していた。

 割とみんな早く帰るだろうと僕は思っていたのだが、実はこの学校は部活動に力を入れていて、所属していると内申書の覚えがめでたいらしい。

 麻衣のお目当ての剣道部は結構大きなスペースを取っていた。

 運動部であることと、そこにアピールするように優勝旗やトロフィーが飾ってあるところを見ると、強豪なのかもしれない。

 受付の机にはやたら爽やかな笑みを浮かべた剣道着姿の青年イケメンが座っていた。

 見ると剣道部前の入部希望者には女子が多く、その青年に視線は釘付けだった。

 後ろには悟志も立っていて、僕と麻衣を見て渋面を作っていた。


「入部希望かい?」

「はい」


 目の前のイケメンを半分スルーして悟志に笑いかけている麻衣は、なかなかの強者つわものなのかもしれない。

 少し引きつった表情を浮かべた青年だったが、どうにかそれを笑みに戻して入部届を出してきて記入するよう麻衣に促した。

 美少女にスルーされるのはイケメンにとってもダメージが大きいのだろうか。


「そっちの君は入部希望じゃないの?」


 完全に他人事として見ていた僕に、その青年が声を掛けてきた。


「僕は部活はやらないつもりなので」


 そう答えれば終わりだろうと思っていたのだが、意外なことに青年は重ねて声を掛けてきた。


「君、鴻野道場に通ってる娘だろう? 悟志から少し聞いたことがあるんだけど」


 悟志の方に視線を移すと、慌てて視線を逸したのが見えた。

 別に責めたんじゃなくて確認の意味だったんだけど。


「強くなりたいならあんな道場よりも、うちの部の方が強くなれるよ。どうだい?」

「おい、池田!」


 鴻野道場をあんな呼ばわりしたことに慌てたのか、悟志が青年に声を掛けた。

 どうやら青年は池田という名前で、悟志の同学年のようだ。

 見たことのない顔なので小学生のときは学区が別だったのだろう。


「黙っててくれ、悟志。主将は僕だよ。それでどうかな。黒峰さんだったよね?」

「お断りします」


 笑顔を浮かべて言う。

 目はたぶん笑ってなかっただろう。


「なぜ? 強くなりたくないの?」

「相手の実力も知らないくせに『あんな』呼ばわりするような礼儀のなってない人が強い、とか冗談にしても出来が良くないよ」


 周囲がざわ、となった。

 しまった。

 ここまで言うつもりはなかったんだけど、自分でも思ってたより腹を立ててたようだった。

 覆水盆に返らず。

 悟志が右手で両目を覆って天を仰いだのと、麻衣があーあ、という表情を浮かべたのが見えた。

 だって仕方ない。

 僕だってお世話になっている道場を悪く言われて流せるほど、人ができてはいないのだ。

 当然ながら言われた側の青年、池田の表情が変わる。


「へえ。僕としてもそのセリフは見過ごせないな」

「先に看過できないことを言ったのはあなたの方だよ」


 もはや売り言葉に買い言葉。

 こうなった場合、最終的に相手の言う台詞などは予想のつくものだ。


「なら、勝負しかないな」


 池田の言葉に周囲がまたざわついた。

 優勝旗などの実績はともかく、池田の後ろにいる悟志の実力なら僕は良く知っていた。

 少なくともそんじょそこらの剣道家に負けるような腕はしてない。

 その悟志を差し置いて彼が主将になっているということは、それなり以上の腕はあるということだ。

 侮っていい相手ではなさそうだけれど、ここで退くくらいなら最初からあんなことを言わなければ良いだけだ。

 そうは言っても侮辱に対して侮辱で返すとか、僕は中身の年齢に比して大人になれていないらしい、と少々自己嫌悪に陥った。


「正々堂々と決闘で決着を付けよう。明日の放課後に体育館で。異議はあるかい?」

「別にないよ」


 すでに勝利を前提としているらしい池田が考えていることは大体分かった。

 体育館に生徒を集めてその面前で僕に完勝することで、剣道部の強さをアピールしたいのだろう。

 なぜその標的に僕を選んだのかは良く分からなかったが。

 僕としては面倒なことになったと言わざるを得なかった。

 負ければ鴻野道場の面子を潰してしまうし、勝っても悟志と麻衣が所属している剣道部の面子を潰してしまう。


(勝つつもりなら全力で行けばいい。負けるつもりなら手を抜けばいい。ただ、僕は鴻野道場を貶められたのが気に入らなかったんだから、負けるのはまず論外だ)


 わざと引き分けにする、という手もなくはないのだが、これは僕の技量が相手をかなり・・・上回っていることが前提になる。

 近い技量の人間が手を抜いた場合、それは相手に悟られるからだ。


(難題だよね……)


 ただ、多少の葛藤はあれ、負ける前提で戦うつもりはまったくなかったけれど。


*   *   *


「ごめん」


 体育館から出たところで僕は悟志と麻衣に謝った。

 麻衣が入部届を書いた後で僕と麻衣は体育館の外にすぐ出たのだが、悟志が心配したのかついてきたのだ。


「いや、伊織が謝ることじゃねえよ」

「うん……感じ悪いよね」

「いつもはあそこまでじゃねえんだけどな……ああ、あいつ、池田いけだ信道のぶみちってんだけど」


 それはそうだろう。

 あの熊に襲われた事件以降、悟志は何事にも逃げなくなった。

 剣術を始めたのも少しでも強くなりたいという思いがあったはずだ。

 その悟志がずっとあんな態度をしている池田をそのまま放っておくはずがない。


「でもどうせ勝つつもりだろ? 伊織」


 だから謝ったんだろ? という目を向ける悟志。

 さすがに付合いが長いせいか、そういうところはしっかりと理解されてしまっているようだった。


「勝てるとは限らないけどね」

「いや、百回やって百回とも伊織の勝ちだ。池田だって弱くはねえけど相手が悪い。あいつも相手見て喧嘩売れよな、ほんと」


 苦笑して答えた僕に、悟志がそうやって太鼓判を押した。

 悟志の言ってくれる通りだったとしても、さすがに百回やったらどっかで負けると思うけど。


「それにしても、何で僕に勝負仕掛けたんだろ、あの人」

「あー……」


 頭をがしがし掻く悟志。

 それを見て麻衣が何か悟ったような顔をする。


「ちょっとこっちこい」


 僕と麻衣を連れて悟志は人気ひとけのない体育館裏へと回る。

 そこで声を潜めて悟志は言った。


「あいつ、鴻野にライバル意識持ってんだ」

「真也に? それでなんで僕に勝負を?」


 首を傾げる。

 鴻野道場への態度の悪さはそれで分かったけど、真也へのライバル意識と僕に勝負を挑むことに共通項が見つからない気がしたからだ。

 その疑問は次の悟志の言葉で氷解した。


「オレがあいつに、伊織が鴻野より強いって言ったからだ」

「サートーシー?」


 逃げようとした悟志にすかさずヘッドロックを決める。

 週に二回しか道場に来ない分際で僕から逃げ切ろうなど片腹痛い。

 練習量はすべてに勝る勝利のカギなのだ。


「ちょ、ギブギブ! 痛ぇし当たってる!」

「伊織」


 なぜかむすっとした様子の麻衣が、ヘッドロックする仕草をした後で、自分の胸の横をぽんぽんと叩いた。


 ――あ。


 慌てて悟志の頭を解放すると、悟志は赤い顔で頭をひとつ振った。


「おまえちょっとは考えて技選択しろよな」

「いやその、ごめん」


 あれ、なんで僕が謝る流れになってるんだ?

 技選択がまずかったのは事実なので、次からはアイアンクローにしとこうと内心で決意する。


「まあ、それはともかくオレが悪かったよ。オレがあいつに余計なこと吹き込まなきゃ、伊織に勝負挑むなんてことはしなかったはずだからな」


 悟志は軽く頭を下げた。


「まあ、いいよ。ほっといたら真也に迷惑かかるんだよね、これ」

「そうなりそうだな。鴻野は池田を相手にしてないけれど、おまえにちょっかい掛けられてると知れば黙ってないだろ」

「そっか。逃げるわけにもいかないかぁ」


 ため息ひとつ。

 入学早々、面倒なことに巻き込まれてしまった。

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