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剣人  作者: はむ星
青年篇
108/113

71

おまたせしました。

ようやくの完結です。

「それにしても、おまえは伊織のことが好きなんだとずっと思ってたよ」

「それは結婚式直前の新郎に対して言う台詞なのか?」


 癖のある髪を整髪料で固められた鴻野真也が、新郎の様子を控室までからかいに来た今里悟志の言葉に顔をしかめてみせる。

 出会えば睨み合いばかりしていた二人は、事ここに至っても関係性が変わっていないらしい。

 その睨み合いの原因となっていた人物は、今ここにはいないにも関わらず言い合いの原因とはなっているのだが。


「それに関しては自分がとんだ唐変木だってことは思い知ったよ。何せ気付いたのが清奈の気持ちに応えると決めた後になってだ。我ながら鈍いとは言っても自分の気持ちに気付かないにも程がある」

「恐竜並の鈍さだなおい。まあ、茨木に取っては良い結果なんだろうけどよ。おまえ結婚後も気をつけろよその辺」

「おまえに諭される日が来るとはな……」

「気楽な独身生活とは違うってこった」


 真也に先立つこと二年、悟志は長年自分を慕っていた水野麻衣と結婚を果たしていた。

 大学においてもアイドルに等しい扱いを受けていた麻衣と、彼女の卒業後すぐに結婚したため、同窓生の悟志へのブーイングは止むことがなかったと言う。

 もっとも、麻衣は幼少時より悟志以外は眼中に無かったため、何をどう言ったところで結果は覆らなかっただろうが。


「今日はさすがにあいつら来るんだろ?」

「ああ。そろそろ来るはず……」


 真也がそう口にした途端に、控室の扉が開く。

 入ってきたのは赤毛の印象的な、精悍な青年だった。


「鴻野。結婚おめでとう」

「紅矢。久しぶりだな。ありがとう」


 真也が砂城紅矢と会うのは実に二年ぶりのことであり、前回に会ったのがそれこそ悟志の結婚式でのことだった。


「伊織は?」


 後ろへと目をやって誰もいないことを確認した真也の言葉に、砂城は苦笑して肩を竦めた。


「黒峰ならちゃんと来ている。一直線に新婦の元へ行ったがな」

「そうか。来てるならいいんだ。清奈が楽しみにしてたからな」

「ってことは麻衣も今会ってるってことか。あいつも楽しみにしてたし、良かった」

「今里か。おまえも久しいな」

「ほんとにな。おまえらまだ忙しいわけ?」


 高校時代には接点の無かった二人だが、大学が同じだったことと、共通の友人である黒峰伊織がいることもあって面識が出来ていた。

 もっとも、その友人と砂城は大学時代もあちこちを忙しく飛び回っていて、大学には最低限しか顔を見せなかったのだが。

 当然ではあるが剣人のことは悟志には知らされていないのだが、伊織とも古い付き合いであり、勘も悪くない彼はある程度のことは察しているようだった。


「ようやく少し落ち着いてきた。今後はもう少し顔を見せられると思う」

「そっか。それはいい報せだな」


 悟志が頷いたときに扉が再び開いた。


「真也。新婦の準備が整ったようだよ」


 入ってきたのは真也の父である鴻野春樹だった。


「あれ、母さんは?」

「美紀なら清奈のところだよ。伊織ちゃんも来ているらしいしね」


 真也に答えながら砂城にも挨拶をしている春樹は、真也が大学在学中に伊織の知り合いの剣人、有塚美紀と結婚したのである。

 その年若い彼女を、真也はさほど抵抗もなく母さんと呼んだのだが、呼ばれる方に耐性が無くてその度に悶絶しているらしい。


「それじゃ、行くか」


 近年では剣人同士の結婚であっても教会式ということも多く、またそれが咎められることも無いが、今回は新郎新婦の希望もあって神前式となっていた。

 友人たちとたわいない話をしながら花嫁控室まで歩いてきた真也は、ひとつ深呼吸をして扉をノックする。


「真也さん? どうぞ」


 聞き慣れた声のいらえに扉を開けた真也は、白無垢を着た清奈を見て一瞬固まった。


「どうですか……?」

「うん、綺麗だ」


 おしろいの下の顔を赤く染めて上目遣いに聞いてくるその様は、とてもではないが道場で容赦なく真也に飛びかかって来ては全力で叩きのめそうとする幼馴染みには見えない。

 それでもその言葉にどうにか再起動が掛かった真也は、相手が望んでいるであろう言葉と、自分の素直な思いをかろうじて口に出来た。


「ほんと、真也にはもったいないくらい綺麗だよね、清奈」


 聞き覚えのある、それこそ数年前には毎日のように聞いていた声。

 そちらを向くと、二年前の記憶よりもずいぶんと柔らかい印象になった幼馴染みが立っていた。

 さすがにいつもの道衣ではなく、今日はお気に入りの色である淡い桜色の振り袖を纏っていた。

 どうやら花嫁の花婿へのお披露目を邪魔しないよう、麻衣や美紀、神奈と一緒に壁際に下がっていたらしい。


「久しぶり、真也。清奈から聞いたけど、そっちも色々大変だったみたいだね」


 喋り方は相変わらず。

 だが雰囲気が随分と女らしくなっていると感じるのは、真也の気のせいだろうか。

 振り袖などという、女性らしい格好をしているのが珍しい相手だからかもしれないが。


「ああ。そっちほどじゃないと思うけどな」


 剣人会が一度瓦解して以降、伊織は剣人と鬼人の融和を目指し、働いてきた。

 剣人会長老である神宮慈斎の代理となり、黄昏会のトップである熊埜御堂連華との交渉を一手に引き受け、さらには剣人と鬼人の犯罪を取り締まるために新たに創設された機関、剣鬼監察の実働部隊の長ともなっている。

 剣鬼監察のトップは五剣のひとりである大典太、金本敦であるが、伊織はある種超法規的な立場にあり、鬼人の犯罪については金本よりも彼女の方に全権が委ねられている。

 激変した剣人会の在り方に異を唱える者も多く、それらへの対応も含め、大学在学中の頃から彼女はまさに仕事に追われていたのである。

 卒業してそれに専念するようになったこの二年は、まさに激務と言うべきものだっただろう。


「まあ大変じゃなかったなんて言う気はないけど」


 場合によっては鬼人を庇って剣人を断罪することもある立場。

 慈斎から見ても連華から見ても、公平に取り締まりをしていると評価を受けているが、それでも剣人にも鬼人にも彼女を恨む者は少なくなかった。

 直接襲撃を受けたり、陰日向で大小様々な嫌がらせがあったりと、それを手伝い、近くで見ていた砂城は彼女が心を病むのではないかと心配だったと言う。

 幸いと言うべきか、そんなことになるよりも前に、仕事が落ち着いてきたようであったが。


「だんだんと理解も得られてきたし、リハビリと再教育のプログラムも出来たんだ」


 人の出入りもある場所なので固有名詞は口にしていないが、これは鬼人への対応の話である。

 人食いが常態化していて手遅れの鬼人は止む無く排除し、熊埜御堂連華と紅葉という黄昏会トップの二人の協力を得て、手遅れな鬼人以外の更生の道筋を付けたのだ。

 鬼人が破壊衝動があるのは、強い力を持つがゆえ。

 それでも武鬼のように強い力を持っていても己を律する術を持つ者もいる。

 そこに目を付けた伊織は散々に安仁屋を追いかけ回し、そのほとんど無理矢理に引き出した協力によって、再教育のプログラムを組んだという話である。

 そのために本気の安仁屋と組手をする羽目になり、生死の境を彷徨って鬼人の力があるのに一週間も寝込んだと言う。

 なお、勝敗自体は伊織の勝ちだったという砂城の証言がある。


 伊織は過去に人を食ったことがあるかどうかではなく、更正の意志があるかどうかで処断の線引きをした。

 それは連華や紅葉への配慮でもあり、過去を問わないことで鬼人たちの理解を得るための計算でもあったのだろうが、それがようやくに実を結んだと言える。


「でも、めでたい日にこんなこと言いに来たんじゃないよ。ご結婚おめでとう、真也、清奈。小さい頃から知ってる二人が、幸せになってくれて本当に嬉しい。お師さんも小さい頃から見てた二人がこうして結婚して、草葉の陰で喜んでると思うよ」

「ありがとう、伊織」

「ありがとうございます、伊織さん」


 幸せそうな笑顔を浮かべる二人を見て、伊織もまた微笑んだ。


「特に清奈は茨木の実家と仲直り出来てほんとに良かった」

「はい。伊織さんのお陰です」

「僕は何もしてないよ。清奈と神奈が頑張ったから」

「私も何もしてない。伊織姉と姉さんのおかげ」


 実際には清奈の実家への働きかけと、神奈の殊勝な態度、そして剣人会の崩壊と鬼人との融合という状況の変化。

 この三つが合わさったことで清奈たちの母親の心境に変化が出た、というのが正しいところである。

 ともあれ、そのお陰で今日の結婚式を神前式で挙げることが叶ったという訳だった。


「おお、清奈よ、また一段と綺麗になったの」


 扉から入ってきた神宮慈斎が白無垢の清奈を見て感嘆の声をあげた。

 次代が十分に育ったとしてすでに剣は置いているものの、いまだかくしゃくとしている。

 その彼が清奈に近づこうとしたときに、後ろから入ってきた偉丈夫に首根っこをつかまれて吊り下げられる。


「親父様よ。いくらなんでも花嫁に手を出すのは不味いだろ」

「不肖の息子よ、いくらなんでもやるわけがなかろうが」

「普段の行いって知ってるか?」

「せめて伊織の方には」

「このまま放逐してやろうか?」


 五剣筆頭、三日月の銘を戴く神宮一刀とその父である慈斎のいつものやり取りに、周囲から笑いが零れた。


「黒峰さんも来てたの。もう、二人とも結局剣華隊うちには入ってくれなかったわね」


 一刀の隣には戸根崎一華改め神宮一華が並んで立っていた。

 彼らもあの出来事の後にくっついたうちの一組だ。

 その際、剣華隊が大荒れに荒れたという話は、いまだに一刀をしてげんなりさせるほどの騒ぎとなったようだった。

 一華本人は「一刀が頼むから結婚してあげたのよ」とけろっとしていたが。


「済みません。でも私は真也さんと一緒にいる方が大事でしたから」


 あの戦いの中でコツをつかんだらしい清奈は、真也と共にめきめきと力を付け、そろそろ銘を得るのではないかと言われるほどだ。

 真也の方は父である春樹の一期一振を襲銘することを目指しているようだが、新たな剣人会に五剣のひとりにと嘱望されているという噂もある。


「仕方ないわね。茨木さんの鴻野くんへの傾倒っぷりは有名だったし、黒峰さんに至っては大学にもあまりいない有様だったしね」


 年頃になって評判の美女になった清奈には、大学時代、剣人からもそれ以外からもアプローチが激しかったのだが、まさに鎧袖一触ですべてを撃沈させていた。

 ちなみに伊織はたまにしか出現しない袴美人という位置づけだったのだが、いつものように砂城がガードしていたのでほとんど接触の機会がないレアキャラ扱いだったらしい。

 もちろん本人はそれに全く気づいていないのもいつも通り。


「さ、そろそろ時間だよ。二人とも、準備はいい?」


 春樹の言葉に、真也と清奈が緊張した面持ちで頷く。


「行ってらっしゃい。また後で」


 伊織が二人にひらひらと手を振る。

 神前式は身内のみで行う式のため、友人や知り合いは列席はしない。

 周囲から眺めるのは問題無いので、見届けはするつもりなのだが。


 そして式が始まり、笙の音が響く中、神社の敷地を参進の儀の行列が進んでいく。

 その中で、主役たる真也の紋付袴姿と、清奈の白無垢の姿が一際目を惹いた。


「ふむ……鴻野の式にしては随分と荘厳だな」

「それってどういうツッコミをすればいいのかな」


 伊織に対する砂城の距離制限はだんだんと短くなっており、今は体に触れなければ隣に居ても良い、という風になっていた。

 そうなって以来、砂城のポジションは常に伊織の右隣となっている。

 なお触れるなという指示は律儀に守っているらしい。


「一期一振の息子で、しかも次代の五剣に推されるほどの剣人の式なんだし、ちゃんとしたのするに決まってるでしょ」

「まあ、それはそうか」


 式は滞りなく進み、神職が祝詞を朗々と読み上げる声が、行列が入っていった本殿から響いてくる。


「黒峰は神前式が良いのか?」

「誰とも挙式する予定はありませんけど……?」


 微妙に睨まれた砂城は、だが莞爾として笑った。


「そうか、それは安心だ。俺以外に可能性がある奴がいないということだからな」

「なんでその耳は都合の良いように聞き間違えるのかな!?」


 容赦なく耳を引っ張られた砂城は、両手を挙げて降参の意を示す。


「……まあ、他に可能性のある人なんていないのは確かだけど」


 耳を離しながらの、そんなかすかなつぶやきが聞こえたように思った砂城が訝しげに伊織の方を見るが、彼女はそんなことは知らぬげに本殿の方を示した。


「あ、ほら。出てきたよ。終わったみたい」


 目をやると、確かに式次第をすべて終えたらしい新郎新婦とその親族が、本殿から出てきて記念撮影を始めていた。

 そちらに行こうとしている伊織についていこうと足を踏み出しかけた砂城は、手に暖かい感触を覚えて困惑した。


「どうしたの?」


 見ると、伊織が彼の手を取っていた。

 今まで一度もしたことが無い行動に、一瞬混乱する砂城。

 それを見た伊織は、若干顔を赤くしてこう言った。


「色々と手伝ってもらってるお礼。今は、それ以上じゃないから」

「……そうか」


 伊織の言葉に対する砂城の短い答えには、落胆ではなく強い情動が込められていた。


「ああ、今はそれでいい。今は」

「ほら、真也と清奈が待ってる。行こう」


 二人はそのまま、未来の希望へと満ちた新郎新婦の元へと歩き始めた。


 まだ状況は完全に落ち着いたわけではない。

 だが、剣人と鬼人は新たな道を歩み始めた。

 黒峰伊織はその立役者として剣人の歴史に名を刻むことになるのだが、それはまた別の話である。

作中で結婚しているのが多いですが、作者も結婚しました。

最後まで読んでくださった皆様、お付き合いくださいまして本当にありがとうございました。

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