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剣人  作者: はむ星
青年篇
107/113

70

次回で完結します。

「ほな、ついてきぃや」


 手をひらひらと振って誘う連華の後を、僕と砂城はついていく。

 一刀さんと真也は、来るときに使った車のところで待っているとのことで、結局行くのは僕と砂城の二人となった。

 和服だというのにそんなことを感じさせないほど軽々と山道を行く連華の後を追いながら、僕は砂城に話し掛ける。


「怪我はもう大丈夫?」

「心配掛けた。完全に治っているようだ」


 その言葉にほっとしたが、これで砂城も剣鬼に成ってしまったわけだ。

 少なくとも砂城に僕を責めるような色は無いが、独断で事を為した以上、僕には謝る義務があるだろう。


「ごめん。治すためとは言っても、承諾も無しに鬼人にしてしまった」

「何を言う。貴女が俺のためを思ってやってくれたこと。嬉しく思いこそすれ、悪く思うはずもない」


 元々は鬼人に対して敵対的だったはずの砂城だが、随分と変わったものだと思う。

 それにしてもこの物言い、そういうところは鬼人になっても何も変わっていないことに少し安心する。


「それに、すぐには無理としても大分にこちらに目が出てきたのだ。死んでいる場合ではあるまい。やはり鴻野が外れたのは大きい」

「何の話かな、それ!?」


 本当に変わっていない。

 緊張感の無いやり取りが耳に入ったのか、先を行く連華が袖で口を覆って肩を震わせた。


「ほんに甘酸っぱいわぁ」

「いやほんと、そういうのじゃないから」

「俺はそういうのだぞ」


 砂城にアッパーカットをかましたくなる衝動を抑えていると、何を思ったのか連華がころころと笑いつつ僕の方を振り返った。


「うちにもそういう時期があった言うんは自分でも信じられへんのやけども、実際にあったんよねぇ」

「……?」


 そりゃあ連華にも若い頃はあったんだろうし、確かに想像は出来ないけれど、美人ではあるんだから今までに恋のひとつや二つあったとして全然おかしくない。

 けれど、何故今そういうことを言い出したんだろうか。


「そん時に出来た娘がおってなあ。もう何代前かもよう覚えてへんけど、そん娘の裔が今の鬼神や」

「!?」


 え。

 ということは、鬼神って……。


「そう、今の鬼神の体はうちの子孫いうことや。名前は紅葉。歳は今年で三十やったかな。まあ成長が遅うてあんたらと同じくらいにしか見えへんのやけど」


 連華が一体何歳なのかは怖すぎて聞けない。

 ともあれ連華は、鬼神に対して加護を与えてくれた神であるという崇敬と、身内であるという情愛を持つことになる。

 鬼神が絡むと余裕が無くなっていたのも頷ける。


「連華さんが本気を出そうとしなかったのって、鬼神絡み?」

「……気付いとったんやね。油断ならへんなあ」


 微妙に殺気が漏れていて怖いのだが、僕がこれを口にしたということ自体が誠意だと気付いてくれたらしく、すぐに殺気は引っ込んだ。

 なにせ、これは気付かないフリをしていた方が有効なカードだからだ。

 いつかに備えて伏せておくことも考えたけれど、ハチの願いを考えるのならこれから先も連華と敵対することは避けた方がいいと思うし、そうであるなら出来るだけ誠実でいた方がいい。


「普通の鬼人ならともかく、うちは純粋な鬼人やからね。人として在る紅葉にうちの力を負担させるんは負荷が掛かりすぎるんよ」


 どういう意味なのか良く分からなかったので尋ねたところ、鬼人の力というのは鬼神から分け与えられた加護ものであり、その力は本来は鬼神に属するものらしい。

 つまり、本来はその力を使うとその分、鬼神に負荷が掛かるわけだ。

 ところが今の鬼人はその加護を受け継いで世代交代を繰り返した裔となる。

 これは鬼人と人間の血が混じって薄まっていることを意味し、その加護も鬼神との繋がりがとても薄くなっているらしい。

 血が薄まるということは加護の力が弱まるというデメリットを意味するが、鬼神に取っては負担が軽くなるというメリットもある。


「そうなると純粋な鬼人というのは……」

「せや。始まりの鬼人と言い換えてもええよ」


 何歳どころの話ではなかった。

 目の前の女性は剣人と鬼人の歴史を、最初から今に至るまでのすべてを直接見てきたということになる。

 見た目通りの年齢ではないことは分かっていたけれど、まさかそこまでとは。

 強いのも道理である。


「鬼神の力を百とすると、うちの力は大体一。百分の一に当たるわけやね。武鬼とかでも受け継いでる力はうちの百分の一にも満たへん」


 それは安仁屋さんの強さを何度も見ている僕にとって、俄には信じられない話だ。

 でもその疑問は、連華の次の言葉で氷解した。


「ただな、与えられた力は小さくても、己の才覚で伸ばすことは出来るんや。武鬼は受け継いだ力は小さいかもしれへんけど、うちと互角に戦える数少ない鬼人やね。当時でもうちと互角なんはそうおらへんかったわ」


 ころころと笑う連華。

 昔の鬼人は与えられた力は多かったけれど、人と交じっていくうちにその力は小さくなる一方だということか。

 それはつまり、昔の鬼人の強さって全員連華に近いってことになるけど、何その地獄。

 剣人も昔は強かったってことだろうか。


「そんで話はここからや。人になってもうた紅葉は元あった百の力の十分の一ほどしか使えへんのや」


 人の器に入ってしまったことで力が発揮出来なくなったということだろうか。


「百のうちの一なら使うても構へんやろうけど、十のうちの一は厳しいわな。繋がりが薄うなった言うても、残りで他の鬼人たちも賄う必要があるわけやし」


 始まりの鬼人であるがゆえに繋がりが強い連華が全力を出すと、鬼神に軽くない負荷が掛かる。

 それが連華が本気を出さなかった理由だと言う。

 実際、連華が本気を出さずとも、紅葉は力を温存するためにほとんど動けないのだと言う。


「……なら、なんで人になったのかっていう疑問があるんだけど」


 鬼神が人に転生したのは随分な横紙破りだとハチに聞いているし、繋がりが薄くなったとはいえ他の鬼人たちの力も賄わなければならないのに、力の上限を下げてしまうのは鬼神にとってもデメリットでしかない。

 ならばなぜ、という疑問は当然出てくる。


「簡単やな。もう見ているだけなんが耐えられんかった言うことと、鬼人の力はもうそれでも賄えてしまえるほど数が減ってもうた言うことや」


 つまりは危機感によって、直接現世へと介入するために人の身へと転生したということになる。

 自分の力が下がろうとも、座して見ていることが出来なかったわけか。

 まつろわぬ民を救おうとした優しい神であれば、そんな行動に出てもおかしくない気がする。

 ただ、それはあくまでも鬼人のためであって、それ以外について鬼神がどう考えているのかはいまだに分からない。

 それは直接対面することによって確認すべきことだろう。


「そろそろ着くよって。分かっとるとは思うけど、いらんことしたらどうなるか、覚悟しておきや?」


 連華が鬼神である紅葉のことを大事に思っているのは、態度や言葉の節々からも分かる。

 手出しする気もないが、誤解されるような行動も控えるべきだろう。


「うん、分かってる」

「なら、ええ」


 鬼神と会う。

 人に成っているとは言っても神様に会うということなので、やはり緊張する。

 ハチとは何回か会っている(?)ものの、何も見えない感じない状態での邂逅なのであんまり会ったという気はしない。

 威厳も無いし。

 道の先に明かりが見えてきた。

 暗闇も見通せる鬼人の目には、質素な神社が見えてきた。

 明かりがついているのは敷地内にある社務所だろうか。

 すたすたと社務所に入っていく連華の後について、僕たちも中へと入る。

 昔からある建物のようで造りがずいぶんと古いが、手入れが行き届いていて清潔に保たれている。

 出迎えは特にないようだったが、連華は気にした様子もなく板張りの廊下を歩いて行き、一室の襖を開けた。


「ただいま、紅葉」

「お帰り、連華」


 連華の挨拶に、透き通った水晶が鳴るような、澄んだ声が出迎えた。

 その声の持ち主は、連華と同じような和服を身に纏った白髪の美しい少女だった。

 確かに見た目は十五、六にしか見えない。

 動けないという話だったので布団に寝ていたりするのかと思ったが、そんなことはないようで普通に座布団に座っていた。

 その赤い瞳が僕たちの方に向けられる。


「……ハチの匂いがする」

「せや。ハチの遣いやて」


 ハチの名が出ても鬼神であるはずの紅葉に変化は見られない。

 ハチが鬼神を敵対視していないように、鬼神もまたハチを敵対視はしていないのだろうか。


「黒峰伊織。剣人であり、今は鬼人でもある」

「同じく、砂城紅矢」


 名乗りを聞いて首を傾げた紅葉が、何か聞きたそうに連華を見上げた。


「まあ、話を聞いてやってや。悪いことはないはずやさかい」


 紅葉に微笑みかける連華の顔は、見たこともないほど優しいものだった。

 僕はその場で桜花を朱鞘ごと『鞘』から取り出して足元に置いた。

 剣人には『鞘』からの抜刀術も存在するので、手に刀を持っていないからと害意が無い証にはならないと考えたからだ。

 それを見た砂城が何か言いたそうに僕を見たが、連華がこちらに害意があるのならとっくに襲いかかられているはずなので、結局は何も言わないことにしたようだった。


「それ……剣人の刀ね?」


 流石鬼神と言うべきか、桜花を見て一目で分かったのか紅葉が訊ねてきた。


「うん。僕の……大事な、師の刀」

「そう。強い想いを感じる。貴女がここに来れたのは、その刀を含めて色んなものに助けてもらったからかしら。それで、私にご用事?」


 威圧感は感じないのに、その赤い瞳と目が合った瞬間に、とても深い淵を覗き込んだかのように一瞬息が止まる。

 連華のそれすらも及ばない、まさに幾星霜の年月がそこに宿っていた。

 どれほど短く見積もっても、鬼人と剣人の歴史を下回ることはないその年月。

 この神様は、何を思ってここに立っているのだろうか。

 僕はそれを知らなければならない。


「僕はハチに、あなたの目的を知って、それが人の世のためにならないようなら止めてくれるよう頼まれた。それを前提に、まずこちらの希望を話すよ」


 連華にした話をもう一度する。

 剣人と鬼人の争わない世はハチも望んでいることなのだと。


「こちらの希望は今言った通り。それで」


 ここからが本題だ。


「あなたの望みを聞きたい」


 連華は僕がこれを問うことを予想していたようで、落ち着き払っている。

 激昂して襲いかかられても困るから、有り難いことだが。


「私の望みは鬼人が生きていける世を作ること」


 返事は即座に返ってきた。


「昔から、それ以外のことは考えたことがない。虐げられ続けてきたあの子たちが、安心して暮らせる世にしたい。ただ、それだけ」


 鬼人たちは元々虐げられてきたまつろわぬ者たちだ。

 彼らが鬼神の加護を得て鬼人となった。

 ところが彼らの力はあまりにも強かったため、それに対抗できる力としてハチによって剣人が生まれた。

 そして鬼人たちが本来虐げられてきた理由であるまつろわぬ者である事実が忘れ去られた現在、鬼人を害するのは剣人だけとなった。


「そのために紅仁散を?」


 連華が紅仁散を用いた目的は剣人会を崩すことにあり、それはそれで許しがたいことではある。

 ただ、長老たちは連華の目論見通りとは言え、自ら紅仁散を求めて自滅した。

 紅仁散は鬼神の血であり、その効果は確実に人の世にそぐわない。

 これを他にも利用するつもりであれば、それは止めなければならないのだ。


「紅仁散はあなたの血だよね?」

「紅……あの散薬?」


 名前は知らなかったのか、紅葉が確認を取るように視線を向けた先で連華が頷く。


「今後、あれをどうするつもりか聞かせて欲しい」

「せやねえ。あんたはんはうちらにどうして欲しいん?」


 こちらの希望は分かっているくせに、笑いながら問いに問いで返す連華。


「僕の希望は関係ないよ。そちらがどうするつもり・・・・・・・か、聞かせて欲しい」

「……可愛い顔してる割に可愛げが無い嬢ちゃんやなあ」


 可愛い顔のところで頷いている砂城の頭に八つ当たりチョップを食らわせたくなりつつも、我慢して下腹に力を込めて連華を見る。


「ふふ、仲が良いのね」


 そんな僕を見透かしたのか紅葉が笑いながら言う。

 その笑顔はとても綺麗で見惚れるほどなんだけど、その言葉の内容には同意しかねる。

 仲が良いって何、仲が良いって。

 やっぱり後で砂城にはチョップすることを決意していると、不意に紅葉は真面目な顔になった。


「あの散薬はまだある分は廃棄するし、製法も闇に葬るわ。鬼神の名に懸けて。いいでしょう、連華?」

「はいはい、もう用は済んどるしなあ。うちかてあんたの血ぃ使うんは苦渋の判断やったわけやし」


 肩を竦める連華。


「私としてはあなたの提案は魅力的。ハチが私のことを忘れずにいてくれたことも嬉しいわ。だから」


 微笑む紅葉だが、笑顔はそのまま不意にその気配が変わる。


「失望させないで。もしそうなったら、私は何をするか分からないから」


 まるで魂をそのままつかみ取るかのような圧迫感に、僕と砂城の顔色が青を通り越して白くなるが、その圧迫感は一瞬で去った。

 大きく息をつく。

 息苦しい、という生優しいものではなく、周囲の空気から一瞬にして酸素がすべて失われたかのようだった。

 ほとんど動けなくてこれなら、本来はどれほどの力があるというのだろうか。

 でも、相手がどれだけ力があろうと、あるいは無かろうとも、僕の言うべきことは変わらない。


「……僕は、ハチも、だけど。剣人と鬼人も同じだって思ってる。だから、同じ方向を向いて進んでいけると、信じてる」

「……そう。あなたはハチに似てるのね」


 そう言った紅葉の笑顔は、ごく自然に浮かんだもののようだった。

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