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剣人  作者: はむ星
青年篇
101/113

64

ブックマークが丁度300まで行きました。

ありがとうございます。

100話突破の良い記念になりました。

「先に言っておくぞ、伊織。主軸はおまえだ。おまえさえ倒れなければ、俺たちの勝ちになる」


 油断無く新良木を見据えながら、真也が言う。


「俺と紅矢に何があろうと集中を切らすな。俺たちは足を引っ張るためにおまえに加勢するわけじゃない」

「鴻野の言う通りだ。俺たちはサポートに徹する。貴女は心置きなく戦ってくれ」

「……分かった」


 真也と砂城の言う通り、新良木相手に二人を庇うなんてことを少しでも考えれば、僕は負けるだろう。

 それに、それは二人の技量に対する侮辱でもある。

 幼少の頃からずっと互いに切磋琢磨してきた、最初で最大のライバルである真也。

 そして、その真也が認める剣士である砂城。

 この二人のサポートを最大限に活かせるかどうかは、僕の働きに懸かっている。

 無様は見せられない。


「行くよ!」


 踏み込んだ僕に一歩遅れて真也と砂城が続く。

 僕の突きを予め知っていたかのように最小限の動きで躱した新良木は、続く真也と砂城の斬り下ろしも、それぞれを半歩ずつ体をずらすだけで回避する。


「未熟」


 その言葉と共に放たれた三連撃は、それぞれの刀を狙って放たれた。

 耳障りな甲高い音がして、手に重い衝撃が響く。


「む」


 困惑したような短いつぶやきが新良木の口から漏れる。

 三人が三人とも、刀も折れず、取り落としもしなかったからだ。

 取り落とさなかったのは、全員があの一瞬で武器が狙いと看破して対応したから。

 桜花が折れないのは当然として、砂城の刀は三弥さんの作だから耐えたのだろうが、真也の持っている刀は一体?

 その疑問は棚上げにして僕は新良木へと体当たりするように踏み込み、その脇腹へと桜花の刃を走らせながら背後へと回り込む。

 刀は防がれたが背後に回ったことで三方からの攻撃が可能となる。


「ぬう、剣鬼となって間もないというのに良く動く」


 人の身体能力と剣鬼の身体能力は、言うなれば軽自動車とF1マシンくらいに差がある。

 力と速度という出力が劇的に向上する分、その操り方の難易度は跳ね上がる。

 ことに車であればトップスピードの領域に位置する戦闘という行為においては、剣鬼となった神奈が己の剣技を今の力に合わせることに苦労しているように、その影響が顕著となる。

 僕がその影響をほとんど受けていないのは、多分ハチがそのあたりを調整してくれたのだということと、もうひとつ。


「おいおい、体は若返っても頭はボケてんのか? 伊織は前からそんくらいの速度で動いてただろうがよ」


 一刀さんの言うように、玉響による加速時に、僕がこの速度領域で動いていたからだ。

 まさか常にそんな速度で動けるような体になるとは、自分でも思ってもいなかったけれど、人生何が幸いするか分からない。


「ち、厄介な」


 それでも新良木は僕の攻撃をことごとく捌いていく。

 起こりを読まれているのか、それとも何か別の理由か。

 以前、玉響による加速すらも通じなかった新良木には、もうひとつ上の何かがあるのかもしれない。


「そこだ!」


 僕の攻撃を躱した新良木の足を掬うように、真也が斬りつける。


「小癪!」


 それを受け流した新良木は返す刀で真也の顔面へと鋒を突き込む。

 慌てて下がりながら、それをぎりぎりで弾く真也。

 真也の手にある見覚えの無い刀は、小揺るぎもせず新良木の刀を弾いた。


「それは……鹿島の白霞か。あのくたばり損ないめが、余計な真似を」

「同年代じゃないのか?」


 何がどうなってそうなったのかは分からないが、真也は鹿島老の刀を借りてきたようだ。

 それで先ほどの新良木の一撃にも耐えたのだろう。

 以前に真也の刀が新良木に破壊されたように、得物の差は場合によっては致命傷と成り得る。

 ここでその心配が無くなったのは大きい。

 だが得物が対等になろうとも、腕の差は依然として大きい。

 それを埋めるための三対一。


「ふん、若返ることを拒否した臆病者と、私が同じであるはずもない」


 するりと砂城の攻撃を躱しつつ、新良木は鹿島老を嘲る。


「その言い方で行くと、あなたは老いることを拒否した臆病者、ってことになるけど」

「……少し躾けが必要なようだな」


 重い怒りを含んだ言葉と同時に、新良木の姿がゆらりと霞む。

 玉響で把握していたにも関わらず、気付いたときにはその気配は背後にあった。


「く……あっ!」


 咄嗟に身を前に投げ出すも、右の肩口に灼けるような感覚。

 斬られたのだと知覚するよりも速く前転しながら身を捻り、背後に現れた気配と正対するように起き上がる。


「伊織!」


 その時にはすでに新良木の気配はまたしても背後に在った。

 離れていたことでその気配を追い切った真也の警告に、僕は咄嗟に体を半身に開いて背後へと桜花を突き込む。

 斬られた肩に激しい痛みを覚えるが、歯を食いしばって耐える。


「ぬっ!」


 跳び退った新良木へと、間髪を入れずに砂城が迫る。

 先ほどの動きは剣戟の応酬をしながら繰り出せるものではないらしく、仕方なく新良木は砂城の刀を受ける。

 そこに暇を与えまいとする真也も加わり、新良木の動きを牽制する。


「……成る程、黒峰伊織に手傷を負わせても、貴様等が回復を手助けするというわけか。厄介極まりない」


 苦々しげにつぶやく新良木。

 そう、今は僕も剣鬼。

 先ほど肩に受けた傷は、深くは無かったこともあってすでに塞がっていた。

 これに頼るつもりは無いが、今は勝つために何でも利用すべき時だ。


「ありがとう。もう大丈夫」

「良し」


 新良木と鍔迫り合っていた砂城が、タイミングを見計らって一気に下がる。

 その砂城も真也も、額に玉のような汗がびっしりと浮かんでいた。

 そもそもが三人で新良木ひとりと釣り合っている以上、ひとり足りない状態で渡り合うことは、その時間が短くとも二人に多大な負荷を掛けていることは間違いない。

 これ以上、負担を強いるような油断は許されない。

 先読みは出来ずとも起こりを見逃すことの無いよう、これまで以上に玉響に集中する。


「死ねい」


 新良木の姿が再び、ぶれるように霞む。

 一切の無駄の無い歩法と鬼人の身体能力による速度。

 その二つによって、まるで縮地を使ったかのように砂城の背後へと回り込むのを知覚する。

 先ほどの僕と同様、砂城にそれは見えていないが、今度は僕がそれをフォローする番だ。


「させない!」


 技を繰り出そうとする新良木の刀を受けるために桜花を伸ばす。


(……?)


 微妙に、新良木が二重になったかのような映像が僕の目に映る。

 まるで今からこう動きますよと言わんばかりの幻と、まさに今動かんとしている本体のように。

 それは一瞬で消え失せたが、続く新良木の動きはまさにその幻そのものだった。

 反射的に映像に従っていた僕は、それを余裕をもって防ぎ、反撃する。


「ちいっ!?」


 防がれることはともかく、反撃までの余裕がこちらにあるとは思っていなかったのか、慌てて下がる新良木。


「休ませるな!」


 砂城がそこに果敢に斬り込んで行く。

 剣人は普通の人より鍛え込んではいるが、その体の作りは同じものだ。

 体力においては鬼人に敵うべくもない。

 それでも砂城が新良木に息つく暇もなく斬りかかっていくのは、体力を奪うためではない。


「分かってる!」


 真也、砂城、そして僕で波状攻撃のように連続して上から下、左から右へと縦横に攻撃を仕掛けていく。

 それに押されるように新良木がじりじりと下がりだす。


「く……!」


 戦闘というものは人に強い負荷を掛ける。

 自らの命が危険に晒される行為なのだから、当然と言える。

 それは攻撃側であれ防御側であれ変わらないが、ひとつだけ決定的に違うものがある。


 それはタイミング。


 攻撃側は自分のタイミングで攻撃できるが、防御側はそうは行かない。

 自分のタイミングでは動けないというのはそれだけでストレスになるものであり、そして人はストレスが掛かれば掛かるほど判断力が低下し、視野は狭まる。

 それは剣鬼であろうとも鬼人であろうとも、元が人であった以上は例外ではない。

 僕たちが矢継ぎ早に仕掛ける攻撃は有効打にはならなくとも、新良木が取れる選択肢を奪い、余裕をこそげ落としていく。


「小童ども……!」

「まだまだァ!」


 真也の斬り下ろしの直後に反撃を入れようとする新良木。

 それを牽制するように突きを入れると、新良木は歯噛みしながらも剣を止めて回避。

 体勢に十分に余裕を残したそれを引き戻すと、それと入れ替わるように砂城が腰を両断せんと斬り込む。

 いかに新良木の熟練と言えども、高いレベルにある連携を凌ぐのは容易なことではない。

 ついに砂城の一撃が新良木を捕らえ、その躱し損なった脇腹から血がしぶく。


「今!」


 体勢を崩した新良木に、僕たちは三方から一斉に斬り付ける。

 打ち合わせたわけでもないのに、僕は首への水平斬り、砂城は心臓への突き、真也は腰への斬り払いと見事に狙いは分散していた。

 それは躱す側にとっては三箇所を同時に処理しなければならないことになる。

 一箇所でもミスをすれば、それ即ち致命傷。


「舐めるなァ!」


 叫んだ新良木は僕の攻撃のみを己の刀で防ぎ、砂城の突きはわずかに急所を外してそのまま体で受けて、真也の斬り払いは体を捻ることで両断ではなく半ばほどに留まらせる。

 さらにそれに留まらず、回避のための捻りを利用して真也を蹴り飛ばした。


「真也!」

「ぐ、大丈夫だ!」


 蹴られたダメージはあるものの、意識はしっかりしている様子の真也の声が背後から届いてほっとしながらも、今の新良木の動きに戦慄する。

 鬼人であるからこその、死ななければ良いという捌き方。

 咄嗟にそういう動きが出来るのは、さすがというべきか。

 だが、ダメージは小さくないはずだ。


「暇など与えん!」


 新良木に刺さった刀を引き抜いた砂城が、そのまま追い打ちの一撃を浴びせる。

 だが新良木はそれを半歩引いて半身になることでぎりぎり回避する。

 その執念と、ここまで追い込まれても足掻き、対処する力量は驚嘆に値する。

 だが、ここが勝負の決め所だ。

 ここまで追い詰めたのであれば、例え相手が新良木であろうとも、この技が使える。


 ゆらりと前に出た僕に、新良木が目を瞠る。

 相手に反撃を許さず、だが回避だけはぎりぎり出来そうな絶妙の拍子。


「その技……!」


 後ろに下がれば突き、左に躱せば袈裟斬り、右に躱せば逆袈裟、しゃがむならば斬り下ろし。

 お師さんが得意としたこの技の名は、対鬼流真伝『鬼門』。


「いええええい!」


 気合一閃。

 桜花は反射的に左に躱そうとした新良木を見事袈裟斬りにして、その半ばまでを切り裂いた。


「鬼門、か。確かにその技、平蔵のもの」


 口から血を溢れさせながら、つぶやく新良木。

 僕の手には、致命傷であろう手応えがあった。


「終わりだな、新良木……!」

「そうだ、な……。――などと殊勝なことを言うとでも思ったのか?」


 砂城の言葉を嘲笑うと、新良木は懐から何かを掴み取り、口に含んで嚥下する。


「くくくく、はーっはははははは!!!」


 狂気に満ちた哄笑が新良木から発せられたかと思うや、桜花を握る僕の手に何かがひゅるりと巻き付いた。


「な――!?」


 それを視認する暇もなく、視界が急激にぶれて激しい衝撃が僕を襲う。


「伊織!」

「黒峰!?」


 何かに持ち上げられて地面に叩きつけられたのだと理解はしたが、なぜそうなったのか。

 瀕死であるとは言え、新良木から目を離してなどいなかったはず。


「ふはは、ははははははは!」


 両手に絡みついた何かは、そのまま僕を引きずって狂ったような笑い声を上げ続ける新良木の横へと僕を吊り下げる。

 見上げると、青黒い内臓のような色の、ぬめりとした触手のような何かが、僕の両手に絡みついていた。

 どうにか手放さなかった桜花の刃を、手首のスナップを利用してそれに当てるが、力が入らないせいか、それともその触手が硬いのか、びくともしない。

 そしてそれは、僕が斬った新良木の傷口から生えるようにして伸びていた。


「あんたはん、それ……」


 僕たちの戦いを傍で眺めていた連華が眉を顰める。


「く、くくく、終わらぬ。終わりはせぬ! 我が執念は鬼神の力なぞ捩じ伏せる!」


 喋るうちにも、新良木はその輪郭を歪ませていく。

 腕、足からばらりと解けるように触手が生え、その目が真っ赤に染まり、声はくぐもって聞きづらいものへと変化する。


「おいおばはん、何だあれは」

「紅仁散の過剰摂取やな。普通、それをしはったら暴走した挙げ句に死ぬんやけど……」


 一刀さんの問いに連華が答えを返す。

 どう見ても暴走はしているのだが、いまだ意識を保っている新良木が自滅をするのかどうかは分からない。


「黒峰を離せ!」


 触手に吊り下げられて身動きの取れない僕を解放せんと突進してくる砂城の足元に、異形と化した新良木の腕の触手が線を引くように叩きつけられる。


『動くな。その線よりこちら側へ入れば罰を与える』

「何が罰だ!」


 砂城が叫んでその線を踏み越えた途端。


 ぞぶり。


 そんな鈍い音がして、新良木の左腕から伸びた触手が、僕の腹を貫いた。

しばらく更新は不定期になりそうです。

3~5日に一度くらいだと思ってください。

済みません。

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