63
投稿間隔が落ち着きません。
ですが、もうまもなく完結すると思います。
もう少しのお付き合いを……。
そもそもの前提として、剣神であるハチが鬼人を敵対視していないというものがある。
伝承によれば、鬼人はまつろわぬ者への鬼神の慈悲より生じ、剣人はその鬼人の抑止力としてこの世に生じた。
その事実のみを見ると鬼人と剣人の対立は避けられないもののようにも思える。
だが、抑止力というのは相手が何もしなければ発動しない類の力だ。
それはハチの鬼人に対するスタンスを見ても、解釈として間違っていないと感じる。
「そもそも、鬼人と共存って言うけど、今は僕だって鬼人だよ」
「む……」
剣鬼は元が剣人だけに、自分が鬼人であるという意識が薄い。
ゆえに先ほどの新良木のようなことも言ってしまうわけだが、それは問題提起としてふさわしい。
「人としての法を犯さない限りは、鬼人だからと討ちに行くような真似はするべきじゃない」
「線引きは明白なようやけど……それ、誰が管理するん?」
連華が尋ねているのは、普通の社会において警察が果たしている役割を、誰が果たすのかということだ。
鬼人が犯罪を犯した場合に、警察にその対処をするのは不可能に近いのだから。
「それは新しい剣人会、それと黄昏会がやればいいと思う」
「へえ? どういうことなん、それ」
基準というものはひとつでないとブレる。
それが物事が決まらないことを意味する以上、剣人会と黄昏会二つの組織にそれをやらせるということは、予め火種を内包するようなものだ。
けれど、僕はそれが必要だと考える。
「最初に言うと、僕は剣人も鬼人も区別はないと思ってる。鬼人にも安仁屋さんのような立派な人もいれば、剣人にも数珠丸のようなどうしようもない人もいた」
お師さんは当時の三日月を殺した鬼人を憎んだが、安仁屋さんを憎んではいなかったし、それどころか信頼していた節がある。
安仁屋さんもお師さんを憎んでいたが、それを振り払っただけでなく、僕に力を貸してくれたりもした。
「だから、最終的には剣人会と黄昏会がひとつになればいいと考えてる。いきなりは無理だろうから、まずはその警察的な役割を持つ機関から始めたらいいと思う」
「つまり、剣人だけでなく鬼人も合意の上で、裁くっちゅうわけやね。理には叶っとるわなあ。当然、鬼人だけやなく剣人も裁くんやろ、それ?」
「もちろん」
警察が裁けないものを裁くわけだから、剣人が法を犯せば当然、この機関によって裁かれることとなる。
そこから融和して行って最終的に剣人と鬼人が協力して生きていくようにすれば、共存は叶う。
僕が無理を言っているのは分かっている。
千年以上の永きに渡って、剣人と鬼人は敵対してきたのだ。
それを急に仲良くしましょうと言ったところで受け容れることは難しいだろうし、それは虐げられてきた鬼人側からすれば尚更。
それでも、僕がこの提案をしたことには意味がある。
「鬼人が虐げられない世を創る。それが、あなたの……いや、鬼神の望みでしょう?」
ハチのスタンスが変わっていない以上、鬼神だって変わっていないのだろう。
ならば、鬼神の望みはそこにしかないはずだ。
虐げられたまつろわぬ者たちの苦しみを放っておけず、手を差し伸べた優しい神なのだから。
「……成り立ちはハチに聞いたんやね?」
「うん。もし、僕の推測が違ってて、鬼神の望みがそこに無いのなら、この交渉はここまで。その目的如何によっては僕は鬼神を止めなきゃならない」
「真面目やねぇ」
ころころと笑う連華。
うん、これ、悪くない手応えなのでは。
「せやけど、無条件には聞かれへんなぁ。そこに話をご破算にしとうてたまらん言う顔しとるのもおるさかい」
一刀さんに牽制されて、動きの取れない新良木へと視線をやる連華。
新良木は一見大人しく佇んでいるように見えるが、そこから放たれる気配はかなり剣呑なものになっている。
「無条件には、ってことは条件が満たされればいいってこと?」
「せや。うちがそこの小僧に好きにさせとったのは何故やと思う?」
新良木の実年齢は七十を越しているはずだが、連華にかかれば小僧でしかないようだ。
「……利害が一致したから?」
「それもあるけどなぁ。鬼人は力を尊ぶんよ。強うなかったら命があらへんかったからね」
迫害されてきたまつろわぬ者である鬼人たちは、その迫害から逃れるために強く在らなければならなかった。
その元締めたる連華から強さを認められるほど、新良木は強いということなのだろう。
「よってな、御遣いのお嬢ちゃん。あんたはんの言葉、うちに認めさせたかったら」
連華は妖艶に微笑んだ。
「うちにその力、今ここで認めさせてみいや」
* * *
「と言うてもうちに勝てとは言わへんわあ」
それはそうだろう。
連華がこの提案を受け容れる理由のひとつには、彼女自身が戦わずに済む、ということもあるはずだからだ。
もっとも、連華に勝つのは至難の業なので、そこで気を変えられても困るのだが。
「丁度そこにうちを裏切りはった上にあんたはんらの敵の男がいはるなあ?」
当然、新良木のことだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、新良木は連華を睨む。
「私には益が無い」
「せやねぇ。じゃ、あんたはんが勝った時はうちは手出しせえへんし、その娘も好きに浚うとええわ」
「な、勝手を言うな!」
砂城が叫ぶが、僕はそれを制止する。
「そのくらいは承知でここに来た。けど、僕ひとりで新良木に勝つのは難しい。助っ人を頼んでいいかな?」
「三日月はあかんえ?」
「そこまでは言わないし、一刀さんだったら僕が戦う必要がない。そうじゃなくて、真也を」
「黒峰!?」
自分が外されたのが納得行かないのか、抗議の声を上げる砂城。
「……ごめん。でも、あなたの僕を好きという感情に付け込んで、死ぬかもしれない戦いには参加させられない」
最初のアレはともかく、砂城が僕に向けてくる気持ちは、以前に僕を好きだと言ってくれた悟志に劣らず真っ直ぐだ。
たまに絆されそうになるくらいに。
この戦いにも参加してくれと言えば、喜んでしてくれるだろう。
けれど、僕の方が彼の気持ちに応えられるのかと問われれば、それは分からないとしか言えない。
そんな見返りも用意できない僕に、その思いを利用して命を懸けさせるなんて真似は重すぎる。
「俺はいいのか、伊織」
「真也は剣術馬鹿同志って感じだし」
「なんか酷いな、それも」
苦笑しながらも、真也は何か吹っ切れたような顔で僕の隣に並んだ。
真也の向けてくる友情に対して、友情を返すことは出来る。
最近、真也が清奈に向ける表情が少し変わってきていることに、僕は気付いていた。
それに対して、少し喉に引っかかるようなものがあることも。
「ただな、伊織。砂城も加えろ。俺たち三人でようやく新良木に届くか否かってとこだ」
「でも」
「まあ聞けよ。連華と最初に戦ったときのこと、覚えてるか?」
自分の名前が出たことで、ようやく思い出したのか、連華がぽんと優雅な仕草で手を打った。
「ああ、あのときの小僧っ子らやね。確かかなり無理しはってたんちゃう?」
そう言えばあの時砂城は僕を心配する余り、脇腹に爪が刺さっていたにも関わらず、無理して動こうとしたんだっけ。
「ここでおまえが新良木と戦って死にでもすれば、紅矢はそれを見ているだけだった自分に耐えられず自害する」
いかにもありそうな話で僕はこめかみを押さえた。
「死なずに浚われたとしても、新良木を追いかけて返り討ちに遭って結局死ぬ」
「おい、鴻野。勝手に人を殺すな」
話の中だけとは言え、ぽんぽんと殺されていく自分にさすがに顔を歪めて抗議する砂城。
しかし真也はそれを無視して話を続けた。
「俺は神奈に応えらない、と前に言った。それでも神奈が戦いに身を投じることを、もし俺が止めたら伊織はどう思うんだ?」
「それは……」
神奈が神奈の意志で戦う限り、それを止める権利は誰にだってない。
つまり、そういうことなのだ。
「ごめん」
さっきとは違う意味で砂城に頭を下げる。
「黒峰……」
「砂城先輩が自分の意志で戦うというなら、僕は喜んでその力を借りる」
「ああ、無論だとも」
これから命懸けになるのだというのに、ほっとしたように笑う砂城の笑顔が少し眩しかった。
「鴻野に借りひとつだな」
「高いぞ」
「ふん、すぐに返してやろう」
僕を挟むように、真也と砂城が左右に立つ。
「青春やねぇ。妖怪の出る幕は無いんとちゃうのん?」
「ふむ。だが青春というものは常に大人の理不尽に晒されるもの。多少の才能があろうとも所詮子供。群れようとも、それで剣術一筋に生きてきた私に伍せると思うのであれば、その思い違いを糺さねばならんだろうな」
焦る様子も無く刀を抜く新良木は、念を押すように連華へと問う。
「私が勝てば、三日月はおまえが抑えるのだな? 連華よ」
「あらぁ、きっちりと念押しされてもうたわねぇ。しゃあないわあ、約束やしな」
何というか権謀術数に満ち溢れた妖怪同士の会話はよく分かりません……。
「ふん、伊織たちが納得ずくで挑む戦いだ。汚しゃしねえよ」
「まあ、うちと三日月が立会人や。剣人と鬼人の最高峰が見とるんやさかい、あんじょう気張りや」
さすがに連華の人を食った言葉に苦々しげな表情を浮かべた新良木だが、それ以上は無駄と思ったのか僕たちへと向き直る。
「先に言っておこう」
その身体から鬼気迫る殺気が迸る。
今までの新良木が、本気でこちらを殺す気など無かったのだということをまざまざと見せつけるようなそれは、確実に真也と砂城へと向けられていた。
「私が用があるのは黒峰伊織のみ。おまえらがこの戦いに割って入るというのであれば、容赦など微塵もするつもりはない。いまのうちに引き下がるのが得策だと忠告してやろう」
あくまでも上から目線だが、それを裏打ちするだけの実力がある。
だが、これだけあからさまに威圧するということは、それだけ加勢を嫌っているということの裏返しでもある。
新良木の実力をもってすれば、僕たち三人を相手に勝つことも可能ではあるが、僕ひとりを相手にするのと比べれば勝率は確実に下がる。
あまりに実力が隔たった者同士であれば加勢は足を引っ張る結果にしかならないが、最近急激に力を付けてきた二人であれば、僕を主軸としての連携が可能だ。
「余程俺たちが怖いと見える。底が知れたな、新良木賢造」
「抜かしたな小僧。後悔しても知らんぞ」
「ここで退けば一生モノの後悔になりそうなんでな!」
……前から知ってはいたけれど、何て頼れる仲間たちだろうか。
もはや恐れることはない。
僕も桜花を抜刀して前に出る。
ここが僕の天王山。
決して負けるわけには行かない。
「青春が大人の理不尽に晒されるものだと言ったね」
「その通りだ。所詮この世は弱肉強食。力が無き子供は大人に食い物にされるのみ」
「けど、そんな理不尽を跳ね除けるのも、若者の特権だよ」
すう、と正眼に構える。
もはや数え切れないほどその構えを取ってきた。
相手は格上、三四半世紀近くも剣術を磨き、そして全盛期の力を取り戻した化物。
修練というものは長く続けなければその花を咲かせることはない。
そして、ただ長く続けるだけでも身になることはない。
「新良木賢造、あなたのその永きに渡る研鑽には敬意を表する」
「ならばそれなりの態度で示して欲しいものだ。まあ、そうしたところで小僧どもへの手心など無いが」
「それは無用だよ。だって、僕たちが勝つ」
研鑽の長さではどうあっても新良木に勝つことは出来ない。
それは時間のみが解決することであり、インスタントに出来ることではないからだ。
だが、それは新良木に勝てないということを意味するわけではない。
「研鑽の長さでは勝てなくとも、深さで上回ってみせる。技で及ばなくとも、発想で。そして、僕たち三人の力で」
「ほう、我が技の深みよりも、貴様らの方が上だと?」
深みで上回ると言われたのは聞き流せなかったか、新良木が皮肉げに嘲笑う。
「僕がひとりで修練していたのなら、上回ることはなかったと思う」
ひとりでの修練は、どうしたって僕ひとりの発想に留まる。
それでは練度を増すことは出来ても、深みを増すことは無い。
「僕の技は、僕だけのものじゃない」
そう、僕ひとりであればこんなところまで来れるはずもなかった。
「清奈、神奈、真也、砂城先輩、春樹さん、一刀さん、一華さん、慈斎さん、安仁屋さん、そして」
何よりも大事な、僕の中の基準となっている存在。
「お師さん――黒峰平蔵の技が、僕の中に息づいている」
新良木の目がお師さんの名を聞いた瞬間に見開かれる。
やはり、新良木にとってもお師さんは特別な存在なのだろう。
僕はそれを澄んだ心持ちで見やり、戦いの火蓋を切って落とす言葉を口にした。
「五十四代、対鬼流正統継承者、黒峰伊織――いざ、参る」