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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
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夢見る都(7)

 すでに部員はほとんど集まっていた。ほとんどというのは二人来てないからだ。

 今日来ていないのは愁斗と、そして、須藤拓郎――メサイ役を演じるはずの一年生が来ていない。

 麻那は昨日に引き続きご立腹だった。

「愁斗は今日も学校休みだったの?」

 翔子は麻那に睨まれて、背筋をピンと伸ばした。

「は、はい、今日も休みでした」

「一年! 須藤はどうだったの!」

 理不尽な麻那の怒鳴りに、女子三人組は後ろに大きく下がった。

 女子三人組の状況はこうだ。野々宮沙織は完全に怯えて宮下久美の後ろに隠れてぶるぶる震えている。久美はどうでもいいような感じで上の空。そして、早見麻衣子が代表して前に出た。

「須藤くんは今日もお休みだったみたいです」

「この大事な時期に休みっていうの!」

 カリカリしている麻那の肩に隼人がそっと手を乗せた。

「まあまあ、仕方ないと思うよ。須藤くんにもいろいろ事情があると思うし」

「でも、やっと漕ぎ着けた公演でしょ! ここでおじゃんなんてあたしは嫌よ!」

 麻那は隼人の襟首に掴みかかった。

「あんたはいつもそう、周りに流されて、自分のやりたいことを押し込めて」

「仕方ないだろ、来てないんだから!」

 隼人は怒鳴り声をあげた。思わず部員たちは身体を強張らせた。部長が怒ったのを誰もがはじめて見た。

 沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは彼女だった。

「あら、みんな練習はどうしたのかしら?」

 この場に現れたのは顧問の森下麗子先生だった。

 翔子はすぐに森下先生に駆け寄った。

「森下先生が練習見に来るなんて珍しいですね」

「大事な話があって来たのよ」

 いつのなく森下先生は真剣な顔をしていた。先ほどのこともあり部員たちは全員黙ってしまっている。

「一年生の須藤拓郎が行方不明なのよ。家出かもしれないし、何か事件に巻き込まれたのかもしれないけど、とにかく行方不明なの。それをあたなたちに伝えに来たのよ。じゃあ私は臨時の職員会議があるから」

 森下先生がいなくなっても声が出なかった。誰もが愕然としてしまい、頭を抱えてしまった。

 あまりにも急な出来事。それも、最悪の出来事が起きた。

 演劇部の活動は決して順調とは言えない。それでも、ここ数日間は世話しなく動いていた。それが突然の急ブレーキを踏まれてしまったのだ。

 翔子が小さく呟いた。

「公演中止ですかね?」

 誰もがその問いに答えられない中、麗慈が発言した。

「俺でよければ、メサイ役やりますけど?」

 公演まで一週間を切り、万全の準備でいつでも公演をしてもいいような状況だった。それなのに今更配役を代えるとは、無謀としか言いようがなかった。だが、今はその可能性に賭けるしかなかった。

 麻那がうなずいた。

「メサイ役は麗慈。それで、他の配役も少し代えておきましょう。隼人、フロド役できるわよね?」

「僕が?」

「みんなのセリフと動きを完璧に覚えてるのあんたしかいないんだから、愁斗がもしも当日に来れなかった時は隼人がフロドを演じるのよ。それで、宮下はあたしの補助はいいから、隼人の代わりに音響を覚えて」

 急に音響をやれと言われた久美は反論した。

「でも、先輩ひとりで照明やるんですか?」

「どうにかするわよ、その辺りは」

 撫子が大きく手を上げた。

「はい、は〜い。やっぱり二人分の衣装作り直した方がいいんですかぁ?」

「作り直すんじゃなくって、もう一着作りなさい」

 麻那の言葉に撫子は言葉も出なかった。正直、心の中では何て無理な注文をする女だと撫子は思った。

 無理な注文は続いた。

「撫子はフロド役としか絡みないから、帰ってよし。さっさと衣装作りなさい」

「爆うっそ〜!? でも、部長とアタシの練習はどうするんですかぁ?」

「隼人とならぶっつけ本番でも大丈夫よ。それよりも麗慈の練習をみっちりするわよ」

 こうして撫子が強制的に帰された後、猛練習がはじまった。

 麗慈は呑み込みも早く演技も上手だった。そして、隼人のフロドは、彼にしかできない隼人のフロドであり、その演技は完璧だった。

 隼人は演技ができるのにも関わらず、自ら裏方に回っていたのだ。それを知っていた麻那はどうしても今回の公演を成功させたかった。最後の公演は絶対に成功させなければならなかった。

 最初は順調であった練習も途中から乱れはじめた。原因は麻那と久美だった。二人とも勝手が変わり、ミスを連発してしまったのだ。

 舞台は演技だけでどうにかなるものではない。照明を点け間違えたり、音楽をかけ間違えたりしたら、その時点で観客たちは現実世界に引き戻されてしまう。

「駄目だ、いったんここ止めましょう」

 隼人の声が舞台の上に響き渡った。その声はいつもより厳しく焦りが含まれていた。

 隼人の周りに部員たちが集合する。その顔は皆険しい。誰もが息が合っていないことに自覚を持っているのだ。

 最初は麻那と久美のミスではじまり、その次にメサイとアリアのシーンでアリア役の翔子がミスをするようになって、ミスがミスを呼び全員の動きが徐々に可笑しくなってしまった。

 翔子がミスをしてしまうのは、相手役が麗慈だからだ。演技の技術的な問題ではなく、翔子が自然と麗慈を避けてしまうのだ。

 それに対して麗慈は翔子に対して何の素振りも見せない。麗慈は翔子と何もなかったように役に入り込んでいた。

 隼人は髪の毛をかき上げて頭を抱えた。

「みんなどうしたんですか。麻那と宮下さんはまだわかりますが、他の人もミスが目立ちますよ――特に翔子さん」

「はい、ごめんなさい」

 自分でも自覚しているだけに、翔子はよけいに罪の意識を感じる

「翔子さん、何かあったんですか?」

「いいえ、別に……」

 隼人に聞かれ、言葉に詰まってしまった翔子はうつむいてしまった。そんな翔子に麻那が鋭い口調で食って掛かる。

「あんたが演技に集中しないでどうするのよ! 私情を捨てて演技に集中しなさい」

「でも、麻那先輩ひどいじゃないですか! 私の事情知ってるくせにそんな言い方ないと思います」

「あんたの事情を舞台まで引きずって来ないでくれるだから、相談乗ってあげたんじゃない!」

 須藤が行方不明になったと聞いてからの麻那は、いつになくイライラして、怒りやすくなっている。

 急に麻那は麗慈を睨み付けた。

「あんたが翔子に変なことするからいけないのよ!」

「俺が?」

「そうよ」

「俺が翔子ちゃんに何したって言うんですか、麻那先輩は何を知ってるんですか?」

 麗慈の態度は少し挑発的だった。それに麻那はつい乗ってしまい、口を滑らせてしまった。

「あんたが翔子に無理やりキスしようとしたのがいけない言っんの! 翔子は愁斗が好きなんだからちょっかい出さないでくれる!」

 この言葉に回りの部員たちは凍りついた。まさか、麗慈が翔子にキスを迫ったとは、衝撃的な発言だった。

 当事者である翔子はものも言えなくなったが、やがて身体が熱を帯びて来て怒鳴り声をあげた。

「サイテーです麻那先輩! 麻那先輩なんて大ッキライ!」

 そう叫んで翔子は泣きながら走り去ってしまった。

「待ちなさい翔子!」

 頭に血が上っている麻那は自分が酷いことを言った自覚がない。

 場の空気が完全に悪くなり、一年生の久美が呆れた口調で言った。

「私帰ります」

 そのまま久美はスタスタと歩いて行ってしまい、その後を沙織が追った。

「待ってよ久美ちゃん、沙織も行くぅ〜」

 これに続いて麻衣子までも隼人に頭を下げて二人を追って行ってしまった。

 残っていた麗慈もだいぶ不機嫌そうな顔をしている。

「俺も帰らせてもらいます」

 麗慈はそう言って走ってこの場を後にした。

「もぉ、何なのみんなで勝手にしなさいよ!」

 喚き散らす麻那の前に真剣な顔をした隼人が立った。

「いい加減しろ!」

 バシンッ! と隼人の手が麻那の頬に強烈な一撃を加えた。麻那は頬を抑えてうずくまる。

「……打つんじゃないわよ!」

「いい加減にしろよ麻那。僕は怒ってるんだ」

「…………」

 麻那は泣いていた。

「あたしは、あたしは……最後の公演を成功させたいだけなのよ」

「知ってるよ。でも、麻那が輪を壊してどうするんだよ」

「知らないわよ、あたしだって壊したくて壊してるんじゃないもの。でも、そうなっちゃうんだから仕方ないでしょ……」

 体育座りをしている麻那は、嗚咽しながら身体を震わせ、うつむき何も言わなくなってしまった。

 隼人はそっと麻那の傍らに座った。

「明日みんなに謝んだよ」

「……わかってる。でも、みんな部活に来てくれないかも」

 顔を上げないまましゃべる麻那の声は震えていた。そして、隼人の服の袖をぎゅっと握り締めていた。

「じゃあ、今からまず翔子さんの家に行って謝る?」

「……今日は駄目、気分が落ち着きそうにないから」

「……じゃあさ、まず僕に謝るとか?」

 少し間があって、麻那は顔を上げた。

 涙で潤む瞳が隼人を見つめ、震える声で麻那は小さく呟いた。

「ごめんなさい」

 この言葉のお返しに隼人はニッコリと笑った。それを見た麻那も少し笑顔を見えたが、またうつむいてしまった。

 会話の無い時間が続く。そして、ややあってから隼人が適当な話題を話しはじめた。

「麻那ってさ、何で演劇やってるの? どう考えても、好きだからとは思えないんだけどさ」

「好きだよ、隼人の好きなことはあたしも好きなの」

「それってどういうこと?」

「超鈍感クンはこれだから困るわよ」

「そんなに鈍感かな、僕って?」

 うつむいていた麻那が急に顔を上げて、自分の顔を隼人の顔に重ねた。そして、すぐに離れた。

 隼人は一瞬何が起きたのかわからなかった。自分の唇に残る軟らかい感触。きっと、自分はキスをされたんだと隼人は認識した。

「あ、あのさ、今の……その、え〜と」

「……思ってたのと、何か、違うね」

「いや、だからさ、その、何ていうか」

「あたし帰るね」

「うん」

「最後の公演、頑張ろうね」

「うん」

 麻那は悪戯に笑いながら行ってしまった。

 残された隼人はしばらくの間、頭から湯気を立てながらぼーっとしてこの場に座っていた。

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