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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
狂い咲く奈落花
51/54

草稿

 戦争があったのか、自然災害があったのか、その都市は瓦礫の山と化していた。

「彼らにとっては箱庭でゲームしてる感覚なのかなぁ」

 廃車の上に立ちシグレは死都を眺めていた。

「ボクらの世界とはまた違う世界。とても似てるけど」

 脱線して横倒しになった電車車両には見覚えがある。遠くに見える駅も原型は残していないが、周りのビルとは違う洋館なので、それがその場所だとわかった。

「歴史もほぼ同じってことかな」

 D∴C∴の末端であるシグレが本来ならば任させるはずのない任務だった。

 この場所はD∴C∴にとっての秘境。

 詳しい話はシグレも聞かされていないが、彼はD∴C∴内で独自の捜査と情報収集をして、少しばかりの知識はあった。

 秘密結社ダークネスクライ。その組織の歴史は古く、時代によって名前は違うが、神話の時代に発生したとされている。結成ではなく発生なのは、多くの宗教や崇拝が自然から生まれたのと同じだ。D∴C∴の初まりも古代人の信仰からであった。

 その神には名前がなかった。本当に名前がないのか、秘匿とされているのか、組織内では〈神〉と呼ばれている。だが、外部からはこう呼ばれることもあった〈闇の子〉と。

 D∴C∴の上層部は〈闇の子〉こそが魔導の祖にして、世界の創造主だと信じている。

 そして、この場所の奥深く、さらに奥深くに〈闇の子〉は眠っているのだと云う。

「教典さえ読めれば、もっと知ることができるんだけどなぁ」

 秘術と秘密の書かれた教典は一冊だけ存在しているが、その一冊はD∴C∴の首領が隠し持っているとされていた。

 それは風のように吹いてくる。

 悲鳴、泣き声、嗤い声。

 〈闇〉が吹く。

 躰をくねらす蛇のように〈闇〉がシグレに襲い来る。

 刹那、腰に下げていた鞘から妖刀が抜かれた。

 水面のような輝きを放つ妖刀は水飛沫を上げながら〈闇〉を切り裂いた。

「属性でボクの勝ち」

 斬られた闇は蒸発するようにして消えた。

 目的を果たすためにシグレは先に進むことにした。

 沼地を越え、眼前に広がる異様なジャングル。木ではなく、シダのようなものや、見上げるほどの茸、分類がわからない見たこともないような植物で、このジャングルは構成されていた。 

 常人では気付かない細い糸。魔導を感知する視力が良い者には、オーラのようなものを発しているのが見えるので、糸は細くとも淡く不気味に輝いて見えていた。

 生い茂る足下に張られていた妖糸だ。

「知らないで通ったら脚が切断されるね」

 妖刀をふるって妖糸を断ち切った。

 次の瞬間、巨大な丸太がシグレに向かって飛んできたのだ。

「跨ぐのが正解ね」

 妖糸に触れれば肉は切断、妖糸を切れば丸太が飛んでくる二重トラップだった。

 水飛沫をまき散らしながら丸太は真っ二つに割られた。〈闇〉のようなものだけでなく、物理的な物に切れ味は抜群であった。

 生い茂る植物の合間から見える。紅い影が逃げていく。

 すぐさまシグレは影を追う。植物を断ち、飛んできた長い舌を斬り、羽根の生えた異形の生首を斬り、何匹も飛びかかってきた腕ほどあるヒルのようなものを切り刻んだ。

 そして、ある場所に出たのだ。

 そこにはさきほどのまでの異形なものたちはいない。植物すらも生えていなかった。広く拓かれた大地には巨大な線が引かれていた。上空から見ればそれが巨大な魔法陣の中だとわかるだろう。

 紅い男はその場で待っていた。

「よぉ、色男さん。あんたはここがなんだか知ってるか?」

「さあね、ボクはD∴C∴のバイトだからね、あんまりよく知らないんだ」

 この任務を任されたのは、目の前の紅い男がD∴C∴のことを調べ、この場所の所在を探していると知ることができたからだ。組織の敵とされる紅い傀儡師――蘭魔。

 のちに愁斗の父となるこの男は、愁斗が産まれる以前からD∴C∴と敵対していたのだ。

 蘭魔は深くうなずいた。

「そうだろうな。あんたはオレが結界に穴を開けなきゃ、ここに入ってくることもできなかったんだ」

「彼らは〈裁きの門〉と呼んでいたね。ここはその先にある世界であってるかな?」

「あんまりよく知らないなんてのはウソだろ」

「よくは知らないよ。この場所がボクらの世界以前からあった捨てられた旧世界で、ボクらの知ってる世界の歴史と同じような歴史を歩んでいたんだろうね」

「おいおい、その話マジで言ってるのか? オレより詳しいぞおまえ。オレはてっきり平行世界だと思ってたんだが」

「ボクらの世界に似てるのは、平行世界だからって考えるのは普通だよね。実際にはボクらの世界は、この世界に似せて創られた世界なんだよ。まだボクらの世界はここみたいに滅びてないけどね」

 シグレは妖刀を鞘にしまった。

「ちょっと質問していい?」

「ああ、いいさ。オレも気になったら知らないと気が済まないタチでね。答えられる質問ならな

んでも答えてやるさ」

「キミの目的が知りたい。ボクはさっきも言ったけどバイトだからね。たまたま団に指名手配されてるキミを追いかけて、ここまで来ちゃっただけなんだ」

「そこ答えを知るためにオレもここに来た」

「はぁ?」

「知りたきゃそこでじっとしてろよ、今に見せてやる」

「バイトとはいえキミの敵なんだけどなぁ。あとさ、この場所がどんな場所か少しでも知ってるなら、あんまり派手な真似をして刺激しないほうがいいと思うよ」

「気になったら知らないと気が済まないタチだって言ったろ」

 蘭魔は妖糸を放つ気だ。

 呼応してシグレは妖刀を抜いた。

 一筋の輝線が宙を翔る。

 妖刀が妖糸を切断する。

 蘭魔は妖しく笑った。

「おいおい、邪魔するならおまえから先に斬るぞ」

「キミの力ならさらに奥の世界に行けるかもしれないが、人間が踏み入れていいのは、この世界までだよ」

 魔法陣が描かれた大地の上空にシグレが目を配った。そこに目で見えるものはなにもなかった。先に見えるのは不気味な灰色な雲海だ。蘭魔の一撃目はその場所を狙っていた。

 二撃目は違う。蘭魔はシグレと対峙して妖糸を放とうとしている。今度は両手から合わせて10本もの妖糸だ。

「喰らえデビルクロスッ!」

 十字を描く10本もの妖糸がシグレに牙を剥く。

 煌めく水飛沫の中を踊るように舞う。

 次々と妖糸が切断される。

 しかし、すべては防ぎきれなかった。

 腕から迸る鮮血、さらに脚からも血が滴る。それでもシグレは春風駘蕩な物腰で大地にしっかりと立っていた。

 少し眼を丸くして蘭魔は驚いたようすだ。

「あんたさ、マジでバイトかよ?」

「そうだけど?」

「オレがやり合ってきたそこいらの団員より強いぞ?」

「正社員になれるかな?」

 春麗らかなシグレの笑みは戦闘を忘れさせる。

 対峙する蘭魔は余裕のようで、近所でばったり友達にあったような雰囲気だった。

「つーかさ、あんたなんでD∴C∴なんかに入ったんだ?」

「日当がいいんだよ、月給かってくらい」

「あんたなら別の稼ぎ口もあるだろ」

「あーね、ホストとかはムリだよ。お酒飲めないし、女の子と話すの苦手だし、すっごい精神的に疲れそう」

「ホストなんて言ってねーし」

 蘭魔は呆気にとられた。

 シグレは蘭魔の表情も気にせず話を続ける。

「世界の謎や不思議が好きで、資金を貯めたらトレージャーハンターになろうと思ってるんだ。この場所もいわゆる秘境って感じでしょ?」

 もう蘭魔は呆れっぱなしだ。

「D∴C∴って選択肢は間違っちゃいねぇけど、もっとマシな組織とか研究所とかあるだろ?」

「D∴C∴以上に隠された歴史や存在たちに迫れるところってある?」

 神はいる。少なくとも人智を超えた崇拝対象となる存在がいる。そして、この荒果てた世界は平行世界ではなく、旧世界なのだとシグレは云う。

 首を横に振る蘭魔。

「ないな。普通の暮らしをしてたら、こんな場所には一生来ない」

「そうなるでしょ?」

「だがD∴C∴はやめとけ」

「そのうちやめるよ。たとえばD∴C∴の〈神〉についてもっとわかったら」

「だったら今すぐやめろよ。その神様のことならオレが教えてやる」

「じゃあ、やめるよ」

「おいおい、あっさりしてるな、あんた」

「自分で今すぐやめろって言ったんじゃないか。もともとただのバイトだし」

 やめるという言葉に嘘偽りはないと蘭魔は確信していた。

「オレは傀儡師をやっていてな。多くのモノを使役してるせいか、人を見る目はそれなりにあるんだ。だからあんたには教えてやってもいい」

「神様のこと?」

「そうだ、〈闇の子〉と呼ばれる存在のことだ」

 話しながら蘭魔は空を眺めていた。見えないなにかを探している。

「探してるのは〈タルタロスの門〉かな?」

 尋ねるシグレに蘭魔は溜息を落とした。

「あんたさぁ、オレより詳しいだろ?」

「D∴C∴の知識程度だよ。〈裁きの門〉のさらに先、〈タルタロスの門〉を越え、行き着く深奥に〈闇の子〉が眠る〈聖なる柩[アーク]〉がある」

「そうだ、オレの技はその〈闇の子〉の力を借りている」

「魔術におけるエネルギーソースみたいなものかな?」

「オレの目的はさらなる力を得ること。そのエネルギーソースに近づくのが目的だ」

「愚か者か、恐れ知らずか……」

「ただの天才だ」

 蘭魔はにやりと笑いながら妖糸を軽く放った。

 なにもないはずの頭上で妖糸が弾かれ燃え尽きた。

「さすがのキミでその結界を破り門を開くのはムリだと思うよ」

「オレに斬れないモノはない。なぜならオレは天才だからな」

「それでも門は開けない」

「そうだ、門は開くのは無理だろう。だがな、少しばかり穴を開けることはできるだろう。斬れないモノはないってのはそういう意味だ」

 妖糸が再び頭上高くに放たれた。

 闇を帯びた禍々しい妖糸だ。

 悲鳴、泣き声、嗤い声。苦悶に満ちた呻き声。

 妖糸がなにかに当たった瞬間、蛇のように蠢く〈闇〉が幾つも降り注いできた。

 慌ててシグレは妖刀を振るいながら舞った。

 水飛沫によって〈闇〉が昇華されていく。

 無差別に降り注いでいた〈闇〉はやがて意思をもったように動き出す。

 蘭魔の頭上に迫っていた〈闇〉は、急に方向転換して躰の横を擦り抜ける。そのままシグレに襲い掛かった。

「ちょっ、ボクのとこばっかくるんだけど。キミが操ってるわけじゃないよね!」

 追跡型ミサイルのように躱しても追ってくる。斬っても斬ってもその数は減らない。それどころか怒り狂うようにシグレにますます襲い掛かってくるのだ。

「オレは操ってないぞ。たぶん、その刀が目の敵にされてるんだろ。〈闇の子〉に対を成すやつの力だからな」

「この刀のエネルギーソースは、なんか〈闇の子〉に怨まれることでもしたの?」

「昔から兄弟ケンカが絶えなかったらしい。この先に〈闇の子〉を封じ込めたのも、その双子だってD∴C∴の教典に書いてあった」

「教典の中身を見たことあるの!?」

「盗んだ」

 首領が隠し持っているとされていた教典は、蘭魔によって盗まれていたらしい。それがD∴C∴の団員たちに伝わっていたのは、盗まれたと知れれば混乱が起るためだろう。そのため、いまだ首領が隠し持っていることになっている。

 〈闇〉の追撃は収まることを知らない。頭上から蛇口をいっぱいに開けたように、〈闇〉が噴き出し続けているのだ。

「そろそろ体力の限界なんだけど、キミさちょっとは助けてくれないかな!」

「オレは攻撃を受けてないからな」

「仲間を平気で見捨てるタイプ? 友達いないでしょ!」

「昔はいたさ。同盟と呼べる友が……」

 蘭魔は妖糸をシグレに向けて放った。

 裏切りか?

 〈闇〉の相手で精一杯だったシグレは、妖糸が迫ってきたことに寸前で気付き、躱すこともできなかった。

 片手を押えて怯むシグレ。妖刀は水飛沫を撒き散らしながら、宙を回転してシグレの手を離れて飛んでいった。

 武器を失ったシグレに〈闇〉が襲い掛かる。が、急に〈闇〉は方向転換して妖刀に向かっていったのだ。

 恨めしい眼でシグレは蘭魔を睨んだ。

「痛いじゃないか」

「手加減はした。助けてやったんだから礼ぐらい言えよ」

 妖刀に喰らいつく〈闇〉が次々と昇華されて消えていく。やがて噴きだしていた頭上からも跡形もなく〈闇〉は消えていた。

 頭上を見つめながら蘭魔は探るようにして辺りをうろつく。

「次元や空間を斬り場合はコツがいる。オレのような繊細な人間にしかできない作業だ」

「それは同意しかねるね。今の絶対失敗したんだよね?」

「失敗なんかするか。ちょっと試し斬りしただけだ」

「そうかなぁ?」

「とにかく黙って見てろよ」

 蘭魔は話し続けながら一点を見つめていた。

「〈闇の子〉の力を借りているが、どんな存在なのか詳しくは知らない。オレは知りたい、あんたにも教えてやる約束だ。斬ってみれば答えに近づける」

「短絡的だね。なにが起こるかわからないけど、たぶん悪いことが起きる」

「新たな発見をするには、一歩踏み出す勇気が必要なんだぜ」

「踏みとどまるのも勇気だよ」

「そろそろ斬るぞ?」

 結界に少しちょっかいを出しただけで、〈闇〉が豪雨のように降り注いできた。穴を開ければどんなことが起きるのか。

 シグレは妖刀を地面から拾い上げた。

 刹那の速さで蘭魔の手が動いた。

 煌めく妖糸。

 風が絶叫した。

 裂かれた空間から覗く夜よりも暗い闇。

 深淵からこちら側を覗く何か。

 空間にできた傷口は唸り、周りの空気を吸い込みながら広がっていく。

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ち

ている。

 嗚呼、嗤い声が聞こえる。

 それは老人か、はたまた子供か、それとも異形の存在か。

 蘭魔が後退った。

「やっちまった」

 なにが起こったのかわからなかったが、それが鬼気迫る状況だというのはわかる。

 裂けた空間から闇色の羽虫が大量に溢れ出てきた。羽虫の顔はまるで人の髑髏のようだ。

 鬼気迫る。

 〝向う側〟から〈それ〉の呻き声がした。空気を振動させ、大地を震えさせ、おぞましい〈死〉をこの世界に解き放った。

 巨大な黒馬に跨る赤黒く逞しい巨躯を持つ戦士。六芒星が刻まれた指輪をはめた異形の手に持つは、投げ槍と蠍の尾でできた鞭。そして、皮膚も肉もない剥き出しの頭蓋骨には、王者の象徴である冠が見るものを畏怖させた。

 鬼気迫る。

 〈それ〉の呻き声に合わせて何かか遠吠えをあげた。この世界に迷い込んだ四つ足の魔獣。

 漆黒の毛を持つ三つ首の巨大な狼。蛇のたてがみを持ち、竜の尾で地面を叩き、青銅の声で吠える番犬。

 裂けた空間から闇色の棘が降ってきた。まるでそれは矢の雨。

 蘭魔は十の指から妖糸を放ちそれを防いだ。

 地面に堕とされた闇の矢は、蛆となって地を這う。

 〈死〉の持つ投げ槍が放たれた。

 蘭魔が振り向いて叫ぶ。

「だいじょぶかっ!」

 眼に映った蒼白な顔をした青年の姿。

 胸を貫く巨大な槍。

 駆け寄ろうとした蘭魔の躰を闇色の人影が突き抜けた。

「うっ……なんだ、今のは……」

 そのまま蘭魔は気を失って倒れてしまった。

 闇色の人影を追うように、空間の裂け目から輝くなにかが飛び出してきた。

 輝きは弱く今にも消え入りそうだった。

 女の声がした。

「我が母の名において……〈死〉よ……この場から去りなさい」

 シグレの躰から投げ槍を抜き、黒馬と共に〈死〉が還っていく。

 槍を抜かれたシグレは地面に倒れた。その躰を優しく淡い光が包み込む。

「このままでは……」

 血の海の中で死がもたらされようとしていた。

 だが、シグレが死ぬことはなかった。

「しばし……借りるぞ……」

 輝きはそう言ってシグレの躰の中へ吸いこまれていった。

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