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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
5/54

夢見る都(5)

 森下先生が乱入して来たことにより、パーティーはドンチャン騒ぎとなり、やがて終わりを迎えた。

「あなたたち、そろそろ下校しなさい。部員の帰りが遅いと私の責任問題になるのよ」

 一番騒ぐだけ騒いでいた森下先生がそう告げると、ちらばったお菓子の袋などを全員で片付けはじめた。

 ゴミを見て森下先生が忠告をする。

「ゴミは各自持ち帰りよ、間違っても学校のゴミ箱になんか捨てるんじゃないわよ。わかったわね」

 みんな適当に返事をするが、ゴミを持ち帰るのは少し嫌な感じがする。そのことをわかっている隼人はゴミ袋を全部自分の方に回収しはじめた。

「僕が持ち帰るから」

 それを聞いて翔子は慌てる。

「ダメですよ、部長ばっかり」

「いや、いいって、僕にできるのはこんなことぐらいだからね。じゃあ、みんな解散」

 部長の言葉を合図にみんな帰っていく。

 森下先生がまず部室を出て行き、愁斗がその後を足早に帰って行き、女子三人組も帰って行った。

 身体を伸ばして大きなあくびをした撫子は翔子の方を振り向いた。

「じゃあ、アタシたちも帰りますか」

「うん」

「アタシと翔子で帰るけど、麗慈クンも一緒に帰るぅ?」

「俺も? いいよ、一緒に帰ろう」

 部室を出て行く三人に隼人が手を振る。

「じゃあね三人とも、また明日」

「お疲れ様でした」

 翔子は隼人に頭を下げて、二人とともに部室を後にした。

 廊下を抜けて、下駄箱に来ると、外からの秋風が昇降口に流れ込んで来た。

 外はすっかり黄昏色に染まり、秋の哀愁が漂っていた。

 グランドでは運動部が練習をしている。それを尻目に三人は学校の正門を抜けた。

「爆楽しかったよねぇ〜」

 撫子はお腹をパンパン叩きながらそう満足そうに言った。楽しかったというより、お腹いっぱいといった感じである。

 麗慈は遠い空を無表情に眺めているので、翔子はそれが少し不安になる。

「麗慈くん、もしかして楽しくなかった」

「え、ああ、楽しかったよ。ひさしぶりにおもしろかったかな」

 笑顔でそう答えているが、本当にそうだったのか、少し疑問が頭に過ぎる。

「本当に楽しかった? 撫子にまとわり付かれて迷惑だったとかないよね?」

「ひっど〜い翔子。アタシは麗慈クンを楽しませようとがんばってんだよ」

 顔を膨らませる撫子を見て麗慈は笑顔を浮かべた。

「楽しかったよ、本当に……ただ」

 麗慈は寂しそうな顔をした。

「俺、秋葉に嫌われてるのかな?」

 思わぬ発言に翔子は戸惑ってしまった。彼女はふたりをよく見ていたから、今日のふたりが口を聞いていないこと、目線を合わせなかったことを知っていた。愁斗は明らかに麗慈のことを避けていた。

「そういえば愁斗クン烈機嫌悪そうだったかもねぇ〜、もしかして、麗慈クンに嫉妬だったりしてね」

「俺に、どうして?」

「愁斗クンの専門家の翔子ちゃんに聞いてみたらぁ〜。じゃあ、アタシはあっちだからおふたりさん、さらばにゃ〜ん」

 Y字路に差し掛かったところで、撫子はふたりと別の方向に走っていってしまった。残された翔子はひとりで気まずい雰囲気になる。

 翔子は最後にあんなことを言い残した撫子を少し恨んだ。

「何で別れ際にあんなこと言うかな……」

「ところで、愁斗クン専門家って何のこと?」

「え、いえ、あの、別に専門家じゃないです!」

 しどろもどろになった翔子の顔は真っ赤だった。それを見た愁斗は笑みを浮かべる。

「もしかして、翔子ちゃんって秋葉のことが好きなの?」

 あまりにもストレートな言い方に翔子は頭の中が真っ白になった。

「あ、あ、あああ、あの、別に……」

「わかりやすいな翔子ちゃんは、そんな翔子ちゃん、好きだよ」

 優しい笑顔で見られた翔子の頭は爆発した。

「えぇーっ!? あの、なに、今の!」

「俺は翔子ちゃんのことが好きなのに、翔子ちゃんが秋葉のこと好きなら……あきらめるしかないな」

「だから、それって、どういう意味!?」

 聞かなくても、相手の反応を見ていればわかるが、それでも『好き』という意味を聞かずにはいられなかった。

「俺は翔子ちゃんのことを愛してるってことさ」

「…………」

 はっきり言葉に出されると、もう何も言えない。翔子その場に固まってしまった。

「大丈夫翔子ちゃん?」

「…………」

「俺の声聞こえてるよね?」

 麗慈は自分の手のひらを翔子の目の前で上下に動かすが、反応がない。

「大丈夫?」

「…………」

「動けないなら、おぶって行こうか?」

 この言葉に翔子ははっとした。今の状態で麗慈におぶられるなんて、自分がどうなってしまうかわからない。

 まだ動けずにいる翔子の肩に麗慈の手がそっと触れた。

「きゃっ!」

「あ、ごめん」

「……あ、あのごめんなさい!」

 翔子は顔を真っ赤にしたまま逃げるようにして行ってしまった。

 残された麗慈は悪戯な笑みを浮かべた。そして、麗慈は何事もなかったように無表情な顔をしてひとりで歩き出したのだった。


 住宅地を抜けて、ビルかなにかであろう巨大建造物の建設現場の前で、鋭い目つきをした麗慈の足が止まった。

 回りに人がいないことを確かめた麗慈は建設現場の中に入って行く。

 人の気配はない。鉄骨やそれでできた建物の骨組みがあり、クレーン車などの重機がある。

 誰もいないはずの建設現場で、麗慈は声をかけた。

「ずっと見張っていたんだろ、そろそろ出て来いよ」

 秋風が吹いた。それと同時に物陰から茶色い布を羽織った人物が姿を現した。布はフードのようになっていて、顔はよく見えない。

 謎の人物を確認した麗慈は嗤った。

「ひさしぶりでいいかな、紫苑」

「挨拶はいらない。これは愚問だが、なぜ貴様は私の前に現れたのだ?」

「自分で愚問だって言うなら、わかってるだろ。おまえを殺りに来た、ククッ」

 殺伐とした空気が二人の間に流れる。部外者がここにいたならば、息もできないくらいに苦しい空気だ。学校では見ることのできなかった麗慈がそこにはいた。

 紫苑が麗慈に一歩詰め寄る。

「では、なぜ私をすぐに殺さない?」

「俺はいつでもおまえを狙っている。そして、俺はいつでもおまえを殺せる。だから殺らない」

「目的は自己の欲求を満たすためか?」

「気まぐれさ、おもしろいやつらがいっぱいで、嗤い転げるほど楽しい。俺はもう少し学校生活ってやつを楽しみたい。おまえを抹殺したら地獄に逆戻りだろうからな。だからおまえもいつでも俺のことを殺そうとしていいぜ」

「では、今だ!」

 細い線が煌いた。麗慈の頬に紅い線が走る。

「危なかったな、おまえのテンポが遅くなかったら、俺の首は宙を舞ってたな」

「次は外さん」

 再び線が宙に煌く。だが、それは輝く線によってプツリと切られ、揺ら揺らと地面に舞い落ちた。

 地面に落ちたそれは、細い糸であった。

 紫苑の操る武器――それは魔導具である妖糸であった。そして、麗慈の操る武器もまた妖糸である。

「クククッ、古の血を受け継ぐ魔導士も、現代の科学には形無しだな」

「それは違うな。貴様は出来損ないのコピーだ」

「俺様が出来損ないだと!? 訂正しろ、俺は完璧だ、完璧だ、完璧だ!」

 狂気ならぬ狂喜に打ち震える麗慈は高らかに嗤った。

「クククククククククク……」

 狂った麗慈の手から妖糸が放たれた。

 茶色いぼろ布が裂けた。

 しかし、紫苑は上空を舞い、建設中の建物の骨組みに降り立った。その飛翔距離、実に一〇メートル以上。人間とは思えない業だ。

「ククッ、逃げるなんて卑怯だぞ、かかって来い!」

 紫苑が宙を舞い降りてくる。襤褸布が風に揺れ音を立てる。

 頭上から襲い掛かってくる紫苑を向かい撃つべく麗慈の手が動く。

 地面に落ちていた鉄骨が宙に浮いた。麗慈が妖糸で持ち上げたのだ。その光景はまるで魔法を見ているようだ。

 鉄骨が矢のように飛び、舞い降りる紫苑の腹に直撃した。

 鈍い音が鳴り響く――骨や内臓が砕けたのかもしれない。

 トラックに轢かれたような衝撃を受けた紫苑の身体は高く吹っ飛んだ。

 上空で紫苑の身体が回転する。そして、落下。

 蛙のような格好になりながらも紫苑は地面に着地した。なぜ、紫苑は動くことができるのか?

 蛙飛びをした紫苑が麗慈の横を掠め、その瞬間に麗慈の胸を切った。しかし、紫苑が狙ったのは腕であった。

 制服が切られ、そこから鮮血が滲み出す。

「ククッ……制服を切るのは止めてくれないか? 一張羅なんでね、明日から学校に行くのに困ってしまう、ククッ」

 麗慈は余裕であった。彼は明日も何食わぬ顔をして学校に行く気だった。

 紫苑の手が煌いた。

 妖糸が針のようにして幾本も麗慈に襲い掛かる。それを麗慈は軽々とアクロバットを決めて避けながら、紫苑に近づいた。

 白い腕が紫苑の顔を掴んだ。否、顔ではなく、別の物を掴んでいた。

 対峙する二人。麗慈の腕の先にあるもの――それは仮面であった。

 そして、麗慈の手は獲物を?む鷲のように、真の顔を隠す仮面を剥ぎ取った。

 なんと、そこには美しい女性の顔があった。

 糸が煌く。麗慈は慌てて後ろに飛び退いた。

「クククククククク……雌の顔か。はじめて見た顔がそんな顔だったとは、可笑しくて笑っちまうな。本物はどこだ?」

「私が紫苑だ」

 玲瓏たる声を発した紫苑に、麗慈は仮面を投げつけ走った。

その後を紫苑が追う。

 建設中の鉄骨の上を飛び回る麗慈に妖糸が浴びせられる。だが、鉄骨が切断されるだけで、麗慈は無傷だ。

 建物が揺れた。行く本もの柱を切られたために建物は崩れようとしている。

 大きく建物が揺れた、そして――轟音を立てながらついに倒壊した。

 二人は同時に空にジャンプした。地面との距離は三〇メートル以上ある。

 地面を砕き、足をめり込ませながら二人は着地した。

「ククク、地面が少し軟らかいな」

「落ちながら考え事をしていた」

「落ちながら考え事なんて、おまえも頭がだいぶイッてるな」

「組織はどこにある?」

 最大の目的はそこにある。組織への復讐と私怨。紫苑は麗慈のような刺客を待ち望んでいた。

「さあな、俺が知るわけないだろ」

 これは惚けているのではない。麗慈は本当に知らない。そう教育されているのだ。

「では、私が逃げた後の状況は?」

「おまえとおまえの親父がいなくなっても、プロジェクトはまあまあ進んでる。が、俺以降は全部戦力にならない遣いっパシリだ。やっぱオリジナルがいないとダメなんだろ」

「そうか、なおさら貴様を殺す理由ができたな」

「殺れるもんなら殺ってみな。オリジナルにコピーが劣るなんて大間違いだ。俺はただの複製じゃなくって、そこに科学のうんたらのプラスアルファがあるからな」

「その代わりに、魔導の力は削られている。真物を知れ!」

 紫苑の糸が空間に一筋の傷をつくった。その傷は唸り、空気を吸い込みながら広がり、空間に裂け目をつくった。

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。

 紫苑の腕が前に伸びた。

「行け!」

 完全なる使役。

 裂けた空間から〈闇〉が叫びながら飛び出した。それは麗慈に襲い掛かった。

 〈闇〉に腕を掴まれ、足を掴まれ、胴までも掴まれてしまった。

「な、何だこれは!?」

 身体に纏わり付く〈闇〉振り払おうとするが、妖糸を操る手が動かないのでは、どうすることもできなかった。

「放せ、放せ、放せ、放せ、放せ、放せってイッてんだろーが!」

「〈闇〉に侵食されるがいい」

「これはいったい何だ!」

 麗慈の身体は顔を残して全て〈闇〉に包まれていた。

「ヒトの〈闇〉だ。これがオリジナルの技であり、あやとりで遊んでいるだけのコピーにはできぬ芸当だ」

 次の瞬間には麗慈の身体は全て〈闇〉に呑まれ、〈闇〉は空間の裂け目に吸い込まれるようにして還っていった。

 空間の裂け目は轟と言う音を立てながら閉ざされた。

 戦いは終わった。

 いや、まだだ!

 空間の裂け目から白い手が、こちらの世界を覗いている。

 この場を立ち去ろうとした紫苑の腕が宙に飛んだ。血飛沫が地面を紅く染める。

「クククククククククク……帰還成功だ。オリジナルも大したことないな。詰めが蕩けるくらいに甘すぎる」

 裂けた空間から声がして、手が出て、次に足が出て、麗慈が姿を現した。

「ま、まさか!?」

 この時はじめて紫苑の顔に表情が浮かんだ。

 驚愕する紫苑。まさか、〈闇〉に呑まれたものが還ってくるとは……!?

「ククッ、地獄を生きる俺様が、天国でぬくぬくと生きる紫苑ちゃんに犯られるわけないだろ?」

 残った紫苑の腕が素早く動く。が、妖糸はプツリと切られてしまった。

「俺、ちょっとハイになって来ちゃってさ、もう抑えらんないって感じ……ククク」

 嗤い震える麗慈の目が紫苑を舐め回すように見た。

「クククククク……切り刻んでヤルよ」

 相手の動きが速すぎて紫苑は出遅れた。

 残った腕が飛んだ、

 成す術もなく、やられるがままだった。

 足が切断され、胴が地面に落ちた。それを見て麗慈が舌なめずりをする。

「メインディッシュだ」

 首が飛んだ。美しき女性の頭が宙を舞った。そして、地面に鈍い音を立てて落ち、転がる。

「クククククク……ヤッちゃった」

 麗慈は地面に落ちた頭を蹴飛ばして、嗤った。

「ククククククククク……ククククククク……ククク」

 遠くからサイレンの音が聴こえる。パトカーがこっちに向かって来ているのだ。

 建設中の建物が倒壊した時に、誰かが警察に電話したのであろう。

 警官がこの場に駆けつけた時には、麗慈の姿はなく。残っていたのは地面を染める紅だけだった。


 麗慈から走って逃げた翔子の顔は真っ赤だった。もちろん走っているせいもあるが、それ以上に麗慈のあの言葉が、頭を振っても振っても耳から離れない。

 ――俺は翔子ちゃんのことを愛してるってことさ。

 あれは愛の告白以外の何でもない言葉だ。

 翔子は頭が可笑しくなりそうで、何度も躓きそうになった。

 自分は麗慈くんに告白されてしまった。でも、自分が本当に好きなのは、どっちなのだろうか。翔子の頭の中で二人の男が戦っていた。

 頭の中で戦う二人の男――それはまさにあの演劇と同じであった。しかし、それは翔子の頭の中での出来事。愁斗が自分のことをどう思っているのか、翔子にはわからない。

 二人のどちらが本当に好きなのか、本当にどちらかが好きなのか。真実が全く見えなかった。

 今日はじめて逢ったばかりの男性を好きになって、愁斗への愛は嘘だったのか?

 嘘ではなかった。でも、麗慈のことも好きなんだと思う。そう、二人はの性格は違うけれど、何かが同じような気がする。翔子はそこに惹かれた。

 どこを走ったのか覚えていないまま、翔子は自宅の前に立っていた。

 こじんまりした家だが、一軒やであることには変わりない。

 家の中に入った翔子は二階に駆け上がって、自分の部屋に飛び込んだ。

 部屋に入った翔子はそのままベッドに飛び込む。そして、枕をぎゅっと抱きしめた。

「あーっ、もぉ、何だかわからないよぉ!」

 今まで男性を好きになったことは何度もあったけど、ふたり同時に好きになったことははじめてだった。いつも一途に想い続けて、成就したことなんて一度もなかったと翔子は思った。

 今回は違う。麗慈も自分のことを好きだと言ってくれた……けど、愁斗への想いは消えない。消えるはずがない。

 二人の男性に想いを寄せるなんて、罪の意識を翔子は感じてしまった

 愁斗が二年生のはじめに転校して来て、すぐに翔子は声をかけた。誰よりも早く。

 もちろん、演劇部の部員勧誘のために声をかけたのだが、最初はいい返事がもらえなかった。それでも、声をかけ続けていたら、最初は冷たい態度だった愁斗が明るくなってきて、愁斗は誰にでも優しい人になっていった。転校してきたばかりで、きっと他の人にどう接していいのか、わからなかったのだと思う。

 翔子は愁斗への想いを馳せた。

「優しい愁斗くんが本来の姿だったんだと思う……。笑顔の愁斗くんが好き」

 でも、今日の愁斗は様子が変だった。撫子の言うとおり、今日の愁斗は麗慈を避けているようだった。

 冷めたような表情を時折みせる愁斗は、転校して来た時と同じだ。そして、哀しい顔をする時もある。最近は笑顔だけだったのに、愁斗はどうしたのだろうか?

 愁斗のことを考えると胸が苦しくて、でも、どうしたらいいのかわからくて……。

 自分は愁斗に何もしてあげられないのだろうか……。と翔子が想った時、答えが少し見えて来たような気がした。

 部活の勧誘を何度もして、ついに部活に入ってくれると言った――あの時の笑顔。その笑顔は翔子の脳裏に鮮明に残っている。

「……あの笑顔が一番うれしかった」

 その時、答えがはっきりと出た。

「やっぱり、私は愁斗くんが大好き。麗慈くんへの想いは、麗慈くんが愁斗くんと重なって見えたら……でも、何でだろう?」

 全く違う人間なのに、どうして? とその疑問だけは解けなかった。

 枕を抱きしめて、ずっと考え事をしていたら、部屋の前に誰かが歩いて来る音が聴こえた。

 足音は翔子の部屋の前で止まり、コンコンというドアをノックする音が聴こえて、そのすぐ後に翔子の母親の声が聞こえた。

「夕飯とっくにできてるわよ」

「いらなーい」

 ベッドに横になりながら、翔子は気のない返事をした。すると、ドア越しに母親はまだ話し掛けてくる。

「どうしたの、体調でも悪いの?」

「ピザ食べたからお腹いっぱいなの」

「もお……」

 呆れた声を出して母親は行ってしまった。

 遠ざかっていく足音を聴きながら、翔子はため息をついた。

 お腹がいっぱいというのは本当だが、いろんなことを考えすぎて、物が喉を通らないという理由の方が大きい。

 麗慈に告白されて、愁斗が好きだと確認した。けれど、明日から麗慈にどんな顔をして接したらいいのかわからない。翔子はいっそうのこと明日学校を休んでしまおうとも考えた。

 けれど、それは問題の根本的な解決にならないので、翔子の中ですぐに却下された。

「お風呂入ろう。お風呂入って全部水に流……せないよね」

 ため息をつきながらも、翔子は結局お風呂場へと向かった。

 脱衣所についた翔子は服を脱ぎ、お風呂場に入った。

 少しお風呂場は寒かった。床のタイルに足の裏が触れると、全身にゾクゾクと寒気が走る。

 シャワーを出して床を濡らして温め、その後に自分がシャワーを浴びる。

 ボディーソープをスポンジに取って、足の先から上へと洗っていく。そして、全身の泡を流して、お湯に浸かる。

「はぁ〜」

 と思わず年寄りのような声が出てしまう。

 目をつぶり、至福の時を満喫する。

 だが、お風呂に入り目をつぶると、いろいろなこと考えてしまう。お風呂に入っている時と寝る前は、考え事をしたくなくてもしてしまう。

「はぁ〜」

 と今度はため息が出てしまった。

 やはり、翔子は麗慈にどう接していいかわからない。こんな経験はじめて、対処の仕方が全く思いつかない。

 テレビやマンガの恋愛物で、同じような話はなかったかと考えるが、思いつかない。

 お風呂で全部水に流すつもりが、すっかり浸かってしまっている。

 いつもよりも早くのぼせてしまった。そこで、お風呂を出て、少し冷たいシャワーの水を頭から浴びた。

「はっきり言わなきゃ……全部」

 翔子は決心した。麗慈に自分の気持ちをはっきと告げて、そして、愁斗にも……。

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