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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
狂い咲く奈落花
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狂い咲く奈落花(7)

 病院の受付でこう告げられた。

「面会謝絶となっております」

 息を呑んで蒼白になった麻耶は崩れるように倒れ込んでしまった。

 麻耶の肩を支えながら隼人はカウンターから身を乗り出した。

「そんなに瀬名さんは悪いんですか?」

「患者さんの病状についてはお答えできません」

「友達なんですけどダメですか?」

「ご家族でないとプライバシーに関わりますので」

 仕方がなく隼人は麻耶を支えながら、この場から立ち去ろうとしたときだった。廊下の奥から見覚えのある姿があらわれた。向こうもこちらに気付いたらしい。

「あ……、あれガッコーのセンパイにゃんで、ちょっくら行ってきます」

 撫子は亜季菜に一言告げて隼人たちのもとへやってきた。

 首から提げた包帯で片腕を固定している撫子の姿を見た麻耶は、口元を抑えて深刻な顔をした。

「大丈夫なの? 翔子は?」

「アタシはぜんぜんへーきっス。かる~く全身打撲と片腕骨折」

 隼人が会話に入ってくる。

「それは平気じゃないよ、ベッドで寝てないと」

「あたしなんかより翔子が……」

 肉体的ではなく精神的な傷を深く負っている。

「ねぇ、翔子の病室まで案内して?」

 友人を心配してお見舞いに来たようにしか見えなかった。蒼白な顔をして、なにかに怯えているような雰囲気の麻耶は、事故に遭った二人を危惧しているように見えた。その奥に隠された感情を撫子は読み取ることができなかった。そのためすぐに病室に案内してしまったのだ。

 病室の前にきた麻耶は撫子にここで待つように告げた。不思議な顔をする撫子。なぜ自分が席を外さねばならないのかわからなかった。

 不安そうな顔をしている隼人は、麻耶を見つめていた。

 病室のドアが閉められた。

 キメラとして造られた撫子は猫の鋭い聴覚を持つ。ドア越しに姿は見えなくても会話を聞くことはできるのだ。

「怪我の具合は?」

 まず麻耶は翔子を案じる会話からはじめた。

 次になにがあって、どうしてそうなったのか、これまでの経由に質問が及び、翔子はときおり口を閉ざしながら、なにかを隠すような素振りで会話しているのが聞き取れた。

 しばらくして中の会話が途切れた。

 そう長い時間ではなかったが、沈黙は長く感じられるものだ。

 場を取り直そうと隼人が口を開く。

「そういえばさ」

 それを遮るように麻耶が口走る。

「愁斗のことどう思っているの?」

 今までの会話から脈絡のない質問だった。すぐに翔子は答えない。このとき翔子には愁斗に対する疑念があったからだ。

 隼人が麻耶の腕をつかむ。

「翔子ちゃんの体が心配だから、もう帰ろう。遅くまでいると悪いよ」

 静止させようとしたのだが、それを振り切り麻耶は口を開いてしまった。

「人が死ぬのを見たの……それに愁斗が関わっているかもしれない」

 突拍子もなく、麻耶が可笑しくなったのではないか、これを聞いて普通はそう思うだろう。だが、翔子は違った。知っているからだ、みんなが知らない愁斗の姿を……。

 さらに麻耶は口を開こうとしたが、それは隼人によって静止させられた。

「麻耶! 翔子ちゃん気にしなくていいから、そんなわけないんだから。行くよ麻耶」

 無理矢理に腕を引っ張り麻耶を病室から出そうとする隼人。少し取り乱した様子で麻耶は抵抗して腕を払い口を開く。

「だって私見たのよ、うちの学校の女の子がほかの女の子が殺されるところを! そこに――」

「いい加減にしろよ麻耶、少し冷静になるんだ!」

 隼人は麻耶を後ろから羽交い締めにして口を押えた。

 興奮しきっている麻耶はそれでもなにかをしゃべろうとしている。

 黙していた翔子。

 そこに――愁斗がいた。

 話の脈略からそうに違いなかった。翔子はさらに考える。

 同じ学校の女子生徒はだれか?

 自分と関係のある生徒なのか?

 渦巻くように考えが廻り、自分と麻耶が見た何かを、不安を入り混ぜながら繋げて考えてしまう。愁斗のことを考えるあまり、なんでも自分と結びつけずにはいられなかった。

 怖ろしい考えがある。

 もしも愁斗が本当になんらかの殺人に関与しているのならば、そしてそれが同じ学校の女子生徒ならば、そう、自分をイジメていた生徒なのではないのか!

 その推測は当たっていた。けれど、麻耶は女子生徒がだれなのかわからず、翔子も自分をイジメていた生徒を特定できていない現状では、それを知ることはできなかった。

 不安だけが膨らんでいく。

 翔子が口を小さく開けた。その顔は蒼白い。

「ごめんない、少し体調がすぐれないみたいで……」

 その言葉で麻耶の躰から力が抜けていった。

 ぎこちない笑みを浮かべる隼人。

「また来るから、お大事に」

「また……ね」

 麻耶の言葉は少なかった。

 病室から出て行く二人。

 ドアが閉まってすぐに翔子は目を伏せた。

 廊下に撫子の姿はなかった。二人が病室から出てくるのを察して隠れたのだ。

 撫子は二人の背中を見送ったあと、顔を少し上げた。

「つまりそういうことらしいですけど?」

「情報が少ないのでなんとも言えませんね」

 そこにいたのは白衣に身を包み医師に変装していた影山彪彦だった。

 中での会話を盗み聞きした撫子は彪彦に説明していたのだ。

「で、にゃんでここに来たんですか?」

「君の体内に埋め込まれた発信器が、この場所を示したものだからね」

「ストーカーっスか?」

「この場所がどんな場所か知ってるのかね?」

「病院」

「表向きはそうだが、実際は生体分野における魔導研究所なのだよ。そして、重要な点は姫野グループの傘下ということだ」

 撫子は車椅子の女性を思い出す。初対面だったが、適当に雑談をした。愁斗の監視役として亜季菜の存在と、その姉について表面的な情報は知っていたが、それだけの存在だった。

「姫野グループってただの大企業じゃにゃいの?」

「たしかに第二次大戦前からの名家ではあったが、ここまで急激に成長を遂げたのは先代、成長率で言えば今の会長のほうが上だが、産業分野に魔導を取り入れたことが大きい。もちろん表向きにはなっていない事実だがね」

 それは亜季菜も知らない事実だった。彼女が魔導を知ったのは愁斗と出逢ってからだ。

 運命には引力がある。

 張り巡らされた糸が結びついていく。

「姫野悠香――彼女自信は魔導士ではない。が、彼女はもうこちら側の人間だ。ただの令嬢に過ぎなかった少女が、あるときある少年と出逢った。人の結びつきは交差するものなのだよ」

「にゃに言ってるかわかんにゃいですよ」

「観察したまえ、すべては結びついている」

「まどーしってどーしてぼやーんとした思わせぶりなセリフ吐くんですかねー」

「魔導の世界の言語化はじつに困難なのだよ。とにかく君は今まで通り観察して私に情報をくれたまえ。とくにこれから秋葉愁斗の監視は強めたほうがいい」

 なにかが起ころうとしている。

「にゃんでですか?」

「どうやら彼に復讐をしたがっている者がいるらしい。ひとつではない。多くの復讐が折り重なっている。敵は魔導士だ、元は我らの同士であった女にして、かつての指導者の愛人」

「それってまさか……邪眼使いの魔女……」

「狂人にして凶悪の母」

「どうして愁斗クンが狙われてるんスか?」

「折り重なっている運命により」

「だーっもぉ! わかりづらい!」

 なぜメディッサが愁斗を狙っているのか?

 そして、もうひとり愁斗に復讐を誓っている麗慈の存在。彪彦はそこまで把握しているのだろうか?

「また組織に大きな変化がありそうですね。君も身の振り方を間違えぬように、今のは長生きしてきた歳よりからのアドバイスです」

「だから漠然とした感じじゃにゃくて具体的に」

「では、さようなら」

 白衣の中身が急に消失して、ふわりとその場に服だけが落ちた。すぐに撫子は窓の外を見た。黒い鳥が暗い空に飛び去っていく。

 息を呑む撫子。

「やにゃ予感がする」

 動物的な勘。研ぎ澄まされた人間を超えた野性的な勘が何かを予感させている。

 糸は絡み合っている。

 ずっと昔から、その糸は続いている。

 撫子は病院を後にすることにした。忠告である監視をしなくてはならない。まずは愁斗を探し出し、魔女の存在を知らせなくては。それと同時に愁斗のことを考えると、麻耶の話も気になってくる。

 とにかく事はすでに起きていたと撫子は実感した。

 病院を出た撫子は振り返る。考えを巡らせていくと、翔子のことも気になる。

 魔導の世界に足を踏み入れた者は、知識としてではなく実感としてそれを識っている。

 ――この世界に偶然などないのだ。

 翔子の身に起こったことは、今起こっている何かと関係あるのではないか?

 そうなると翔子を残して行くは心配だ。少なくとも同じ学校の生徒に殺されかけたのを撫子は見ている。狂人に命を狙われているのは起った事実だ。

 なにを優先すべきか?

 もつれ合う糸の中心はどこか?

 真っ先に浮かんだのは秋葉愁斗の顔だ。

 やはり愁斗を探すのが先決だと考え、ケータイをポケットから出そうとした。

「しまった、爆砕したんだった。バックアップはウチにあるから、とりまそれ持ってケータイショップで……っ?」

 耳がキーンとした。音は遅れてやってきた。

 猛烈な爆発音が上からした。

 硝子片が地上に降り注ぐ。

 病院だ、あの部屋はどこだ、煙が室内から外へ立ち上っている。

 爆発物があんな場所にあるわけがない。

 煙の隙間から男が吹っ飛ばされたように落ちてきた。爆発から時差があったことから、その影響ではなく別の力によって落とされたに違いない。ならばこう考えるのが打倒だ。

 戦闘がはじまっている。

 問題は誰と誰が戦い、その目的はなにかということだ。

「まさか翔子の病室……でもまたあの女に命を狙われたにしては」

 翔子を道路に突き飛ばした女子生徒の仕業にしては、事が大きすぎる。

 考えていても答えは見つからない。今は急いで現場に駆けつけなくては。

 すでに院内は火災報知機が鳴っていた。騒然として慌ただしい雰囲気。

 周りに構わず撫子は廊下を走る。現場はそこか断定はできないが翔子の病室に急いだ。

 しかし、その前に立ちはだかった警備員たち。

「この先は危険ですので、現在通行を規制しておりますので、どうぞ安全な場所へ引き返して下さい」

 違うと撫子は直感した。

 ただの警備員ではないのだ。中年のアルバイトではなく、完全に訓練された戦士だ。プロテクターを装備して、この日本でサブマシンガンまで持っている。

 こいつらが敵かと撫子は勘ぐった。下手に刺激しないで、別ルートを探すべきか?

 そのときだった。激しい駆動音を鳴らしながら、バイクのようなスピードで車椅子の人影がこちらに向かってきた。

「退きなさい!」

 謎の警備員たちが機械のように道を開けた。

 撫子の横をすれ違う寸前に悠香はこう言った。

「足に自信があるなら付いていらっしゃい!」

「にゃ? はい!」

 あんなスピードで走る電動車椅子など見たことがない。

 魔導産業という彪彦の言葉を撫子は少し脳裏に浮かべたが、それよりも今は車椅子に追いつかなければ。

 曲がり角でドリフトする車椅子。追って曲がった撫子の髪を何かが掠めて舞い上がった。

 髪の焦げた異臭。

 銃声がした。だが、撫子の髪を掠めたのはそれではない。

 警備員たちと何者かが交戦中だった。

 足止めを食らう悠香が苛立つ。

「地下施設を破壊された上に、表でも暴れてくれちゃって。なにが腹立つって、地下が囮でこっちが本命だったことよ。子猫ちゃん、道を開けるからお友だちを助けに行きなさい」

「子猫ちゃんってワタシのこと? つーか、翔子が危ないってこと?」

 質問は無視され、車椅子の背もたれに内臓されていたランチャーがお目見えして、それを悠香が構えた。

「目をつぶってスリーカウントでダッシュするのよ!」

 蒼白い閃光がランチャーから放出された。

 弾丸ではなく光線だ。

 衝撃でタイヤを逆回転させながら悠香が後退する。

 目が眩む閃光の中で呻き声に混ざって叫び声がした。

「とっとと走りなさいドラ猫!」

「は、はい!」

 目をつぶっても、その閃光は網膜に焼き付き、まだ視力が戻らない。それでも悠香の激昂に押され撫子は全速力で走った。

 肉の焼ける臭い。

 ここを抜ければ翔子の病室はすぐそこだ。

 ドアは開いていた。

 飛び込むように撫子は部屋に入った。

「にゃ……!?」

 巨大な漆黒の影が撫子の前に立ちはだかったのだ。

 妖しいまでの静寂がこの部屋を包んでいた。

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