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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
狂い咲く奈落花
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狂い咲く奈落花(6)

 撫子からのメールで二人が交通事故に遭ったことを知り、麻耶は自宅マンションを飛び出した。

 雲一つない真っ赤な夕焼け。

 エレベーターで降りようとドアの前で待っていると、階段に人影を見た。

 不思議な顔をする麻耶。

「愁斗?」

 見間違いだろうか?

 麻耶はその人影を追いかけた。

 屋上へと続く階段。その先のドアは開かれたままで、人の気配がした。

 少女たちの話し声。

「翔子が救急車で運ばれたって知ってる?」

「なにかしたの? ちょっとやり過ぎじゃない?」

「うん、殺そうとして失敗しちゃったの」

 ただ事ではない言葉を盗み聞きして、麻耶は気配を殺してドアの前で身を潜めながら、そっと首を伸して少女たちの顔を見た。自分と同じ学校の制服だが、同級生ではないということまでしかわからなかった。

 不気味に嗤っている少女。

「美緖も意識が戻んないし、わたしが最後に残ったら、愁斗君はわたしのこと見てくれるかな?」

「なに言ってるの?」

「愁斗君はわたしだけのものなの。だから死んでくれない?」

「え?」

 驚きの顔は一瞬にして恐怖へと変わった。

 今の今まで友達だと思っていた相手が包丁を握っている。

 背を向けて逃げようとする少女を、狂乱の少女が飛びかかって押し倒した。

 躰の内側から焼かれたような激痛。制服をどす黒く染める滲み出てきた血。包丁は肺に達していた。

 苦しみ藻掻きながら地面を這って逃げようとする少女。

「ギャアアアアッ!」

 そのふくらはぎが刺された。

 さらに太腿、腰、背中。

 のたうち回って仰向けになった少女を見下す狂乱の少女。

「死んでも友達だからね」

 包丁は胸を突いた。

 何度も何度も、抉るように、肋骨に当たった刃が毀れるほどに。

 夕焼けよりも朱い。

 満面の笑みで狂乱の少女は振り返った。

「わたしよく殺ったでしょ? 褒めてくれるよね、愁斗君」

 その名を呼ばれ物陰から、なんと愁斗が現れた。

「頭を撫でてあげるからこっちにおいで」

 甘く優しい声で誘われ、狂乱の少女は足を弾ませながら駆け寄った。

 笑顔のまま首は宙を舞った。

 躰は愁斗に辿り着くことなく崩れ落ちる。

「バカな女だ……クククッ」

 夢を見たまま狂乱の少女は死んだ。

 血の臭いは麻耶の元まで漂ってきた。

 吐き気を催しながら麻耶は口元を押えて逃げた。

 悪夢を見た。

 現実のはずがない。

 頭は混乱していたが、これが夢ではないという自覚はある。

 ひとりで抱えるには恐ろしい出来事。

 麻耶は震える手でケータイをポケットから出した。真っ先に浮かんだ顔。

「もしもし隼人?」

《なにかあった? 声が変だけど》

「今すぐ会いたいから家の外で待ってて」

《どうしたの?》

 恐ろしくて口にすることができなかった。今はとにかく隼人の顔が見たい。

 二人は同じマンションに住んでいる。電話をかけてすぐに会うことができた。

 心配そうな表情をしている隼人に麻耶はなにも言わず抱きついた。凍りつくような震えが隼人の躰にも伝わってくる。

「なにがあったの?」

「……人が殺されたの」

「まさか」

「下級生だと思う。刃物でもうひとりの子を刺して、嗤いながらだよ、何度も何度も、そしたら愁斗が現れて……いやっ!」

 強く目を瞑って麻耶は隼人の背中を握り締めた。

「落ち着いて、大丈夫だから」

「落ち着けるわけないでしょ!」

 急に叫んだ麻耶は涙を零しながら錯乱寸前だった。

 現場はこのマンション。

 屋上で人が死んでいる。

 愁斗はまだいるのか?

 この場から一刻も早く離れたいという気持ちが麻耶を支配していたが、隼人と2人ならば真実を確かめたいという気持ちも芽生えた。

「いっしょに来て」

 不安と真剣さの入り交じった眼差しで見つめられた隼人は、なにも言わず固い決心で頷いた。

 屋上へ向かう2人。

 ひとの気配はしなかった。

 生き物の気配はしなくても、そこには屍体があるはずだった。

「っ!?」

 麻耶は驚きで息を呑んだ。

 なにもなかった。

 風の吹く屋上。人影も、屍体も、血の痕も、そして臭いも、なにもかもなかった。

「本当に見たのよ!」

「疑ってはないよ、でも……」

 当然の反応だった。麻耶のことをよく知っている隼人が彼女を疑う余地はない。だからと言って、信じがたい話であり、証拠もなく、鵜呑みにはできなかった。

「本当なんだから!」

「だから信じてないわけじゃないけど、殺人があった証拠もないし、ましてや秋葉が関わってるなんて僕には思えないんだよ」

「なら愁斗を直接問い詰めて……でも怖ろしくてあたしにはできないから」

「僕だって殺人事件に関わってますかなんて聞けないよ。でもとりあえず電話はしてみるよ」

 それで麻耶の不安が解消されるならと。

 だが、愁斗のケータイは繋がらなかった。2度続けてかけたが留守番電話。

 それによって麻耶の不安は増すばかりだ。

「翔子にあたしが見たことを話すわ」

「見間違えだったとき見間違えでしたじゃ済まされない話だよ」

「でも話さなきゃ。だって本当に愁斗が怖ろしい殺人者なら翔子に教えてあげなきゃ。彼女今病院にいるの」

「翔子ちゃんが病院に?」

「交通事故に遭ったんだって、撫子といっしょに」

「いつ? 怪我の具合は? そんな事故のあとで彼氏が殺人犯だなんてこと話すのよくないよ」

「でもだって!」

 白昼夢のはずがない。

 連続した時間の中で、今が現実ならば、屋上での凄惨な出来事も現実であったはず。そうとしか思えないから、不安と恐怖に麻耶は押しつぶされそうになる。

 隼人は麻耶の手を握った。

「秋葉には連絡がつかないんだ。ここに証拠もない。翔子ちゃんと撫子が心配だから、病院に行こう。それでいいよね?」

「うん、わかった」

 消えそうな声で返事をした。

 屋上から二人が消えたのを見届けてから、その人影は姿を見せた。

「危ない危ない、包丁が残ってたぜ」

 異形の手が拾い上げた包丁から血が滴り落ちる。

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