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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
39/54

未完成の城(20)

 揺れが治まり、翔子はやっと立ち上がることができた。

「沙織ちゃん、私たちと元の世界に帰ろう!」

「ヤダもん、沙織帰らない」

「家族の人たちも心配してるよきっと」

 沙織を説得しようとして言ったこの言葉が逆効果となった。これこそが帰りたくない理由。

「パパとママなんかいらない、沙織は帰らない!」

「帰る必要なんてないさ、ボクらはずっと子供のまま、未完成のままでいい……」

 そこには雪夜が立っていた。その手には彪彦の入れられた鳥かごを持っていた。

 雪夜は沙織を手放したくなかった。

「ボクらは同じ、同じ痛みを分かち合える……。ボクはボクが創り出したこの城の意味がやっと理解できた」

 鳥かごを床に下ろした雪夜は微笑んだ。そして、沙織の傍らにそっと近づいた。

「ボクらにあるものは過去と現在。この空虚な城の中にはいつも誰かが必要なんだ」

 この城は雪夜を象徴するもの。城とは雪夜の心であり、その中には常に誰かがいること必要だった。それが沙織だった。

 沙織は涙ぐんだ瞳で雪夜を見つめた。

「雪夜くん……」

「世界は壊れてしまったけど、また創ればいいさ。けど、その前に彼女らをどうにかしなきゃいけない」

 雪夜の言葉に沙織は無言でうなずいた。

 撫子は雪夜に見据えられて身構えた。

「にゃ、にゃに? このスーパー美少女撫子ちゃんとヤル気!?」

 戦闘体勢に入っている撫子を見ながら雪夜沙織に聞いた。

「彼女らをどうしたらいいと思う? きっとあっちの世界に還してもすぐにまたここに来ようとすると思うんだ」

「捕まえて牢屋とかに入れて置こうよ」

 そう沙織は屈託のない笑みで言った。

 魔導を使う才能があったとしても、目覚めたばかりの沙織には耐性がなかった。恐らく沙織も魔導に魅了されているに違いない。

 雪夜は沙織の手をぎゅっと握り締めた。

「新しいマジックを見せてあげるよ」

 新しいとはいったいどのようなものなのか?

 雪夜の使うトゥーンマジックや世界を創り出す能力はもととなる材料が必要だった。

 今は崩壊してしまったあのテーマパークも、雪夜がパソコン上でデータとして作ったテーマパークを実体化したのだ。新たな『マジック』も原理は近かった。

「ボクが沙織さんのイメージを具現化する。だから、沙織さんは彼女たちを捕まえる何かをイメージして」

 それはテーマパーク造り変えた時の応用技だった。

 沙織はたくさんのぬいぐるみを想像した。それを雪夜は握り締めた沙織の手から感じ取って創造する。

 大中小いくつものぬいぐるみが突如いろいろな場所から現れた。この魔導を使えば銃でも戦車でも出せるかもしれない。だが、沙織の出したものはぬいぐるみだった。

 ぬいぐるみが撫子に襲い掛かる。

「こんにゃのと戦うの!?」

 鋭い撫子の爪がぬいぐるみを切り裂き、彼女の周りに綿が散乱する。

 ぬいぐるみは決して強くもなく、攻撃をされても痛くもない。だが、その数は無限と思えるほど、次から次へと現れる。

「撫子ーっ!」

 翔子が助けを求めた。撫子が翔子の方を振り向くと、翔子は人間サイズのクマのぬいぐるみに捕まっていた。ぬいぐるみと言えど、普通の女の子と変わらない翔子を捕まえるだけならば、何の問題もなかった。

「翔子のばかぁ! 捕まってどうするのって、わぁ!?」

 撫子が後ろを振り返ると大波のようなぬいぐるみを押し寄せていた。これに立ち向かっても勝てない。撫子は逃げた。

 幸い中身の全くない城の中は広かった。逃げ場ならばいくらでもある。

 押し寄せて来るぬいぐるみから逃げ回る撫子。いつまでも逃げていてもしょうがない。この元を断たなければ。

 撫子は沙織に向かって走り出した。その前に大きなぬいぐるみたちが立ちはだかる。

 鋭い爪を振り回しながら撫子は沙織に接近していく。

 もう、手を伸ばせば沙織に――。

「センパイ来ないで!」

 沙織が叫んだのとともに撫子の身体が後ろに大きく吹き飛ばされた。

 上空をくるくると回りながら吹き飛ばされた撫子は自慢の運動神経で軽やかに地面に着地した。

「近づくこともできにゃい」

 それに近づいたとしても、撫子はその後どうしたらいいのかわからなかった。

 できることならば撫子は沙織を傷つけたくない。では、雪夜ならば?

 撫子は雪夜に狙いを定めた。だが、雪夜は沙織の近くにいる。どうやって近づけばいいの?

 やはり近づくことは無理だった。撫子は追って来るぬいぐるみから逃げ回ることしかできなかった。

 辺りを走り回る撫子を見て雪夜は沙織に言った。

「このままじゃいつまで経っても捕まえられない。他のものを想像して!」

「他のもの?」

 雪夜は撫子を捕まえることのできる何か的確に沙織に説明することができた。だが、雪夜は沙織に任せた。

 沙織が考えごとをはじめたことによって、新たなぬいぐるみが現れなくなった。そして、隙もできた。

 全速力で走った撫子は雪夜に近づき鋭い爪を大きく振り上げた。

 接近して来た撫子に気がついた沙織が叫ぶ。

「センパイダメ!」

 再び撫子の身体が吹き飛ばされそうになったが、撫子はその瞬間に雪夜の腕を掴んでいた。

 吹き飛ばされる撫子に巻き添えを喰らった雪夜は思わず沙織の手を放してしまった。

 大きく吹き飛ばされる二人。叫ぶ沙織。

「雪夜くん!」

 吹き飛ばされつつ雪夜は掴まれた腕を掴む撫子の腕を掴み返した。

 高らかに雪夜は声をあげた。

「トゥーンマジック!」

「にゃ〜っ!?」

 撫子はねこのぬいぐるみにされてしまった。

 相手がこんな技を使えるなど撫子は全く知らなかった。どうりで彪彦がブリキの人形にされていたはずだと今になって思った。

 ぬいぐるみにされた撫子は辛うじてしゃべることができたが、彪彦と違って動くことはできない。撫子は魔導士ではないので魔導力があるわけではない。撫子が持っているのは多少の耐性とズバ抜けた感知能力だけで、彪彦のように無理やり魔導力で身体を動かすようなまねはできないのだ。

「にゃーにゃーもぉヤダーっ! 早くプリティ美少女の身体に戻してよ!」

「それはできないよ」

 この場に駆け寄って来た沙織は嬉しそうな顔をしてねこの人形と化した撫子を抱きかかえた。

「可愛いですぅセンパイ! 沙織が大事にしますからねっ!」

「大事にしにゃくてもいいから、もとに戻して!」

「だから、できないって――!?」

 雪夜は首に違和感を感じ、何を見た翔子が声をあげた。

「愁斗くん! それに二人も!?」

 全員の視線が愁斗と久美と麻衣子に集まった。

 愁斗は妖糸をしっかりと手で握り締めている。その妖糸の先はしっかりと雪夜の首に巻きつけられていた。

「動くな、動くと貴様の首を飛ぶことになる」

 冷たく言い放つ愁斗は本気だった。

 雪夜は何もすることができず、近くにいる沙織も動けずにいた。

 愁斗は命じた。

「まずは瀬名さんを解放してもらおう」

 この言葉の後に翔子は身体を掴まれていたクマのぬいぐるみから開放された。

「あ〜、助かった」

 緊張の糸が解れて翔子は地面にへたり込んだ。

 ぬいぐるみにされた撫子が沙織の腕の中で叫んだ。

「アタシも早く人間に戻してーっ!」

「ボクの首に巻きついた何かをどうにかしてもらえないと無理だよ」

「愁斗ク〜ン、この子に巻きつけた糸解いてよ〜ん!」

「駄目だ」

 撫子の言葉に愁斗は即答した。

「そんにゃ〜」

 愁斗の手から妖糸が放たれた。それは雪夜を操る妖糸であった。

 人形のように操られる雪夜は自分の意思とは関係なく沙織から撫子を受け取った。そして、愁斗が命じる。

「撫子を人間に戻せ」

「しかないな、トゥーンマジック!」

 撫子は人間の姿に戻ってすぐに翔子のもとへ駆け寄って行った。

 床に置いてあった鳥かごがガタガタと揺らされた。

「わたくしももとの姿に戻していただきたい」

「――だそうだよ」

 雪夜はそう愁斗に告げたが、愁斗の反応は冷ややかだった。

「彼は……影山彪彦か、彼はもとに戻さなくてもいいだろう」

「にゃにゃにゃに言うの!? ちゃんと戻してくれにゃいとアタシが後で困るよぉ」

 喚き散らす撫子を翔子が後押しした。

「愁斗くんお願い」

 雪夜の身体が動き出し鳥かごの中に入っている彪彦を抱きかかえた。

「トゥーンマジック!」

 彪彦の身体がもとの鴉に戻った。

「助かりました愁斗さん、ありがとうございます」

 鴉の姿をしている彪彦を見て愁斗は何も思わなかった。すでに彪彦の本体が鴉であることには気づいていたのだ。

 一段落ついたところで麻衣子がしゃべりだした。

「帰りましょう沙織さん」

「沙織帰りたくない」

 後退りをする沙織に久美は怒鳴るような口調で言った。

「あんたね、せっかく私たちが迎えに来てあげたんだから、一緒に帰るわよ!」

「ヤダヤダヤダヤダ! 沙織はこの世界から出たくない。ずっと子供のままでいたいんだもん!」

「あんたわがまま言ってないで私たちと帰るのよ!」

 久美は怒りながら沙織に詰め寄ろうとした。だが、沙織が叫んだ。

「来ないで!」

 久美の身体が吹き飛ばされ、麻衣子が地面に倒れながらそれを受け止めた。

「久美さん大丈夫ですか? 沙織さんなんてことするんですか!」

「ヤダヤダヤダヤダ! 沙織は久美ちゃんと麻衣子ちゃんとこの世界で暮らしたいの!」

 起き上がった久美は再び沙織に詰め寄った。

「私はもとの世界に帰るわよ、あんたを連れてね」

 麻衣子も沙織に向かって歩き出した。

「一緒に帰りましょうよ沙織さん。なぜ、帰りたくないのですか?」

「あんな世界つまらないもん!」

 沙織の言葉を聞いて怒った顔をした久美の手が沙織を掴もうとしたが、沙織はまた叫んだ。

「だから、帰りたくないの!」

 久美の身体が再び後ろに飛ばされて麻衣子に受け止められた。

 今ので久美は足をひねってしまったが、それでも再び沙織に近づこうとした。

「あんな世界ってどういうことよ! それって私や麻衣子と遊んでる時もつまらなかったってこと!」

「そ、そうじゃないよぉ」

「だったら私たちと帰って、あっちで遊べばいいでしょ?」

「だから、違うの違うの違うのぉ!」

 再び久美の身体が吹き飛ばされた。

 状況を静かに見守っていた愁斗が静かに口を開いた。

「この世界さえ消えれば、沙織がここにいる意味がなくなる」

 それはつまり、雪夜を殺すということだった。

 妖糸を持つ手に力が込められた。

 愁斗が何をしようとしているのかを察した翔子は静かに言った。

「その子のこと殺さないよね」

 こう翔子に言われなければ愁斗は殺していたに違いない。

 雪夜の首に巻きついていた妖糸が地面に落ちた。

 ため息をついた雪夜は微笑んだ。

「ボクは帰ろうと思う場所がない。けど、沙織さんは違うようだ」

 何を感じ取ったのか沙織は雪夜を見つめた。

「どういうこと、沙織は帰りたくないよぉ。ねえみんなもこの世界で住もうよ!」

 久美と麻衣子は沙織のもとに駆け寄って、沙織の腕を掴んだ。

「帰るわよ」

「帰りましょう沙織さん」

「ヤダよ、沙織帰りたくない!」

 沙織は二人の腕を振り払って雪夜の手を掴んだ。しかし、その手は雪夜のよって振り払われた。

「どうしてなの雪夜くん!?」

「どうしてかな、ボクにもわからないよ。でもさ……」

 雪夜は魔力のこもった瞳で沙織を見つめた。すると、沙織の身体から力が抜けていき地面にゆっくりと倒れ込んだ。

 近くで見ていた久美が叫んだ。

「何した!?」

「大丈夫だよ、ちょっと眠ってもらっただけだから」

 静かに言った雪夜は背を向けて手をかざした。すると、雪夜の前に闇色の扉が現れた。そして、彼は背を向けながら言った。

「なんだかどうでもよくなっちゃたよ。沙織さんを連れて帰るといい……ボクはもっと深い世界で誰にも邪魔されずに暮らすことするよ」

 闇の中へ雪夜の身体が溶けて行った。

 雪夜が消えたことにより世界が溶けていく。

 愁斗の手が煌きを放ち、自分たちの世界の扉を開けた。

「早く出よう、世界が消える」

 愁斗は気を失っている沙織の身体を抱きかかえて空間にできた裂け目の中に飛び込んだ。それに続いて全員が裂け目の中に飛び込んだ。

 気がつくとそこはもとの世界のテーマパーク内だった。全ては何もなかったようになってしまった。

 彪彦は最後の仕上げとして、沙織と久美と麻衣子――この三人組の記憶を催眠術で封じた。これで事件のことは全て忘れてしまった。これで本当に三人には何もなかったことになった。

 催眠術をかけられた時に同時に気を失った久美と麻衣子、それにまだ気絶したままの沙織を彪彦と撫子に任せて、愁斗と翔子は歩き出した。

「瀬名さん、デートどうしようか?」

「もう、デートって気分じゃなくなっちゃった」

「そうだね、じゃあ帰ろうか」

「うん」

 全ては終わってしまった。だから二人は何事もなかったように互いの手をしっかりと握り締めて帰路に着いた。

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