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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
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未完成の城(18)

 愁斗は翔子の前に腕を出して、そのまま自分の後ろに翔子を導いた。

「ごめん瀬名さん、やっぱりこうなった」

「こうなったってどういうこと?」

 この世界の異様さはわかった。だが、翔子には何が起きているのかわからなかった。

「デートは断るべきだった。僕らは自ら麗慈の罠に飛び込んでしまった」

 この世界に迷い込んだ人々は、この世界にこもっている魔導に魅了されてしまっている。だが、魔導に耐性のある愁斗と造り変えられた躰を持つ翔子は異変に気づくことができた。

 ピエロは嗤った。

「クククク……恋人を連れて来るなんてバカなヤロウだな」

 愁斗と翔子の前に現れたのは麗慈であった。濃いピエロの化粧に下にある顔は確かに麗慈の顔だった。

 麗慈の手が煌き、愁斗の手も煌いた。

 空中で交じり合った光はゆらりゆらりと地面に落ちた。

「ククク……外したか」

「瀬名さんを狙ったな?」

 今の麗慈の一撃は愁斗を狙ったように見せかけて、その後ろから顔を覗かせている翔子を狙ったものだった。

 恐怖を覚えた翔子は愁斗の服をぎゅっと掴んで震えた。

「愁斗くん……」

「大丈夫だよ、瀬名さんは僕が守る」

「ククッ、ベタベタな熱い仲だな……クククククククク」

 愁斗は氷の瞳で麗慈を見つめた。

「この世界は何だ? 組織が創り出した世界なのか?」

「いいや、俺は組織から追いかけ回されてる身だからな。この世界を創ったのは芳賀雪夜っていう小六のガキだ」

 この話を聞いた愁斗の眉がピクリと動いた。

「個人が創り出したのか!? まさか、そんなことがあり得るはずがない。それは神と同等の力を手に入れるに等しいことだぞ!」

 その時、愁斗は思い出した――いつか出逢った少年のことを。

 その少年は組織の一員である影山彪彦に追われていた。世界を創り出す力を持つ少年を組織が見逃すはずがない。

「ククク……だから雪夜も組織から追われるハメになったがな、一人目の刺客は捕まえてカゴの中だ」

 カゴというのは牢屋の比喩だと愁斗や翔子は思ったが、彪彦は本当に鳥かごの中に入れられている。

 愁斗は驚いていた。雪夜を追っていた組織の人間とは恐らく彪彦のことだろう。だが、あの男が捕まるとは思っても見なかった。

「それはあの影山彪彦という男のことか?」

「そーだ、あいつだ。雪夜にブリキの人形に変えられちまった」

 愁斗が彪彦に出会った時、愁斗は彪彦から底知れぬ魔導力を感じた。もし、戦ったら自分でも勝てるかわからない相手がやられた。そのことが愁斗に大きな衝撃を与えた。

 だが、その衝撃が愁斗は冷たいほどに冷静にさせた。

「質問がある。この世界を創ったのは芳賀雪夜と言う人物だと言ったな?」

「ああ、あいつが創った」

「では、私の知り合いの力を混じっているのはなぜだ?」

 愁斗がこの世界から感じた魔導力はひとつではなかった。そこには沙織の力も混じっていたのだ。

「クククク……よく気づいたな。この世界の基盤を創り出したのは雪夜だが、そこに手を加えたのはおまえらもよく知ってる沙織って女だよ」

 愁斗は表情を崩さなかったが、翔子は心底驚いた。

「どういうこと? 沙織ちゃんがいるって……」

 そういえば翔子は久美と麻衣子から沙織と連絡がつかないと聞いていた。だが、どうして沙織がここにいるのかがわからない。

「ククク……雪夜に気に入られて連れて来られた。そう言えば沙織の友達二人もこの世界を満喫してるぜ」

 翔子は愁斗の背中を引っ張った。

「愁斗くん、三人をこの世界から出してあげて」

「わかっている、だが、今はこいつの相手が先だ」

「さっさとヤリ合おうぜ、クククク……」

「瀬名さんは遠くで隠れていて」

 愁斗が腕を伸ばした方向に翔子が走り、その背中を麗慈が狙おうとした。

「あの時はヤッてやらなかったが、ククッ、愁斗の前じゃ話は別だ!」

 麗慈の手から針と化した妖糸が放たれた。

「彼女に手を出すな!」

 愁斗の手から放たれた妖糸は麗慈の放った妖糸を切り裂いた。

「ククク……逃げられちまったか。まあ、最初からあんなメスには興味はねえ。俺がヤリたいのはおまえだ紫苑!」

 幾本もの妖糸が蛇のように動きながら愁斗に襲い掛かった。

「貴様は私には勝てない!」

 襲い来る幾本もの妖糸を愁斗は一本の妖糸で華麗に切り裂き、すぐに空間を切り裂いた。〈闇〉が来る!

 空間にできた闇色の傷が悲鳴のような音を立てながら空気を吸い込み大きくなっていく。

 闇色の奥に潜む〈闇〉は慟哭した。苦痛が空気を伝わって世界に満ちる。

 だが、愁斗や麗慈の周りを行き交う人々や動物たちは、笑みを浮かべながら何事もないようにテーマパークを満喫している。この世界は狂っていた。

「クククク……」

 嗤った麗慈は愁斗と同じことをした。

 空間に二つ目の闇色の傷ができた。〈闇〉と〈闇〉が互いを喰らい合うのか!?

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。

 愁斗の腕が前に伸びた。

「行け!」

 裂けた空間から〈闇〉が叫びながら飛び出した。それは麗慈に襲い掛かった。

「ククク……同じ手が何度も通用するか! 喰らってやれ!」

 放たれた二つの〈闇〉は互いに泣き叫んだ。そして、ぶつかった。

 轟々と交じり合う〈闇〉と〈闇〉は巨大な渦を造り上げ、中から激しい呻き声が聴こえて来た。

 愁斗は冷ややかな目をして〈闇〉を見つめた。

「麗慈、貴様は〈闇〉が何であるかを知らない。〈闇〉の恐ろしさを身をもって知るがいい!」

 唸り声をあげていた〈闇〉が突如、麗慈に襲い掛かったではないか!?

「真物を知れ!」

 愁斗がそう叫んだのと同時に〈闇〉は麗慈の身体に絡みついた。

 黒い触手のようになった〈闇〉は麗慈の腕を掴み、脚を掴み、胴を掴んだ。

「放せーっ!」

 口を開けたその中に闇色の触手が入り込んだ。〈闇〉が麗慈の体内を侵食しはじめた。

「クククククククク……ククク……」

 麗慈は口に入った〈闇〉を喰いちぎった。

「ヤラれてたまるか……ククク……ククク……」

 〈闇〉の侵食が途中で止まった。次の瞬間、麗慈の身体を包み込んでいた〈闇〉が辺りに撒き散らされはじめた。

 〈闇〉が麗慈から離れた〈闇〉は周りにいた人々や動物たちを喰らいはじめた。

「麗慈、何をした!」

「クククク……〈闇〉を支配した。〈闇〉は強い者には絶対の服従をすることを知った」

 〈闇〉に身体を包まれた麗慈は悟りを得たのだ。

 喰われはじめた者たちは、それでも笑っていた。自分たちの身に何が起きているのかわかっていないのだ。何が起ころうともテーマパークを楽しんでいるのだ。

 周りの者たちを十分に喰らった〈闇〉は裂けた空間の内へ還っていった。

「クククク……〈闇〉には決して自分の弱さを見せてはいけないようだ。絶対者は自分であると〈闇〉に知らしめることが〈闇〉を操るコツだな、そうだな紫苑?」

「貴様は真理に近づいた。だが、〈闇〉が何であるかを知らない以上は私には勝てない。奴らは支配するだけでは駄目なのだ」

「あれが何だって構わねえよ、俺の力になりゃあそれでいい、ククク……」

「貴様はいつまでも真物にはなれんな」

 愁斗の手から妖糸が放たれた。麗慈がそれを余裕の表情で避けると、妖糸は鞭のようにしなって地面を砕き、その反動で再び麗慈に襲い掛かった。

 麗慈の肩から紅い血が滲んだ。

「妖糸を放つスピードが上がってやがる」

 そう言ったのもつかの間に、再び愁斗の手から妖糸が放たれた。空かさず麗慈も妖糸を放った。

 光が交差し、互いに放った妖糸を避け合った。だが、そのことにより、近くにいた人々や動物たちが切り裂かれてしまった。

 愁斗も麗慈も顔色一つ変えない。二人とも自分に関係ないものがいくら死のうが構わないのだ。

 二人が妖糸を放ち、それを避け合うことによって、周りの者たちが次々と殺され、辺りには身体のパーツや綿が散乱していった。

 目を覆うような光景が辺りに広がった。その中で二人は戦い続ける。

「ククッ、クククク……いい眺めだ。血に餓える俺には最高の眺めだ」

「貴様は狂っている」

「おまえも人のこと言えねえだろ?」

「そうだ」

 愁斗は疾走した。麗慈の周りを素早く回り、網を作り上げた。

 網が急速に縮み中心にいた麗慈を捕らえようとした。だが、麗慈は高く飛び上がり、そこから妖糸を放った。

 針と化した妖糸が愁斗の太ももを貫いた。愁斗の表情は変わらなかった。決して痛みがないわけではない。敵と戦っている最中は痛みを忘れなければならないのだ。

 愁斗は空に奇怪な魔方陣を瞬時に描いた。召喚を行う気だ。

 奇怪な紋様が空に描かれ、〈それ〉が呻き声をあげた。

 愁斗の作った網は網ではなく、これを呼び出すための『巣』であった。

 〈それ〉は汚らしい嗚咽を漏らし、この世に巨大な蜘蛛の怪物を生み出した。

 大蜘蛛は麗慈に向かって糸を吐き出した。

 宙に網のように広がった蜘蛛の糸を麗慈は切ろうとした。しかし、放った妖糸は蜘蛛の巣を切ることができず、へばり付いてしまった。

「クソッ!」

 ベトベトした蜘蛛の巣は麗慈の身体に巻きつき、彼の動きを完全に封じた。妖糸を放つ左手も動かせない状態だった。

 愁斗は巨大蜘蛛に強い念を送った。召喚したものは召喚者が魔導力によって支配しなければならい。支配できぬ場合は召喚されたものが自らの意思で動くことになる。

 愁斗は命じた。

「喰らってやるがいい」

 大蜘蛛は麗慈の左腕に喰らいついた。肉が剥ぎ取られ、血が大量に流れ出る。

「クククク……うまそうに喰ってやがる」

 大蜘蛛は咀嚼を終えて肉を呑み込むと、もう一度、麗慈に喰らい付こうとした。

「食事は終わりだ!」

 自由を奪われていた麗慈の身体が強引に動かされ、大蜘蛛の身体に一筋の光が走った。

 奇声を発した大蜘蛛は真っ二つに割れた。

「クククククククク……」

 麗慈は喰われた腕から血がこれ以上出ないように妖糸で縛って止血した。

 〈それ〉が呻き声をあげた。愁斗はすでに二つ目の召喚をしていた。これにはさすがの麗慈も苦笑を浮かべた。

 〈それ〉の呻き声に合わせて何かか遠吠えをあげ、四つ足の獣がこの世に迷い込んだ。

 魔方陣の中か現れたのは漆黒の毛を持ち三つの頭を持つ巨大な狼であった。

 狼は喉を鳴らしながら歩き回ると、辺りに散乱していた肉片を喰らった。

 愁斗は辺りに散らばっていた人肉をエサに召喚を行ったのだ。

「地獄の番犬は気性が荒いのでな、心して戦うがいい!」

 三つの頭が同時に咆哮をあげた。その声自体に魔導がこもっている。

 咆哮を聴いてしまった麗慈の身体を痺れが襲った。だが、麗慈は並みの人間ではない。

 涎を垂らしながら狼は麗慈の襲い掛かった。

 麗慈も妖糸を放とうとしたが、腕が痺れてワンテンポ遅れた。それでも頭の一つに付いた目を切り裂いてやった。

 咆哮をあげながら激怒する狼は麗慈の身体に喰らい付こうとした。だが、麗慈は素早くジャンプして狼の頭の上に乗った。

「ククク、死ね!」

 麗慈の手が煌き狼の頭が一つ大きな音を立てて地面に落ちた。

 妖糸が放たれた。それを放ったのは同じく狼の身体の上にいた愁斗であった。

 麗慈の右腕が宙を舞った。そして、何かが叫んだ。

「ぐあぁっ!」

 痛みに悶える麗慈に〈闇〉が襲い掛かっていた。叫び声をあげたのは麗慈一人ではなかったのだ。

「……恐怖」

 愁斗が小さく呟いた瞬間、麗慈の身体は全て〈闇〉に呑み込まれた。

 〈闇〉が苦しそうに泣き叫びながら闇色の裂け目に還っていった。

「これで終わりだ」

 以前、麗慈は〈闇〉に呑まれて連れて行かれたことがあった。その時は、妖糸を使って空間を切り裂いて帰還した。だが、今呑み込まれた麗慈は妖糸を放てる右腕を失っていた。

 狼の身体から地面に降り立った愁斗は、地面に転がる狼の頭をもとの位置に縫合してやった。

 咆哮をあげた狼は地面に転がった麗慈の腕を喰らいながら、愁斗の手を煩わせることなく自ら還っていった。

 戦いを終えた愁斗は一息ついて安らかな顔つきに戻った。

「瀬名さん!」

 大声で呼んだ。だが、翔子の姿はどこにも見当たらなかった。

 翔子が消えた!?

 愁斗は辺りを隈なく探したが見つけることはできなかった。そこでケータイで翔子に電話をかけようとしたが、この世界のせいであろう、ケータイのディスプレイには圏外の文字が表示されていた。

 さすがの愁斗の顔にも動揺と焦りが走った。

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