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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
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未完成の城(15)

 明日開園のテーマパークではアトラクションの最終整備やパレードの練習などが余念なく行われていた。

 彪彦はそのテーマパーク内を堂々と歩き回っていた。彼の姿は人々の死角に入ってしまっているので普通の人間には見ることができないのだ。

「撫子さんの調査でもやはりここが怪しいと出ましたが、さて……」

 彪彦は辺りを見回した。一般客の姿がない以外は普通のテーマパークだ。

 立ち止まった彪彦は思考を巡らせた。

 世界を三次元で現すことはできないが、解り易く例えるならば、こことあの世界は同じラインにあると言える。

「距離や時間という概念は無用の長物――遠いようで近くにある。ここが入り易そうですね」

 伸ばされた彪彦の手の先から肘までが消失した。いや、正確には消えた部分は別の世界に入ったのだ。

 空間の境目に彪彦の身体が入っていく。傍から見たら人間が消失していくようにしか見えない。

 雪夜の創り出した世界に彪彦の指先が突如現れ、あっちの世界で消えた順にこちらの世界に身体が出て来る。

「前に来た時とは随分と雰囲気が変わりましたが、様相は同じようですね」

 前に彪彦が来た時とは違ってこの世界が華やいでいる。動物たちがテーマパーク内を歩き回り活気に満ち溢れて、外面的には変わっている。だが、彪彦は内面的変化は何もないと感じ取った。

「……拒絶と空虚ですね」

 拒絶と空虚が世界から感じられる。外面的に変わっていても何かが足りない。この世界の外面的なものは沙織によって創られたが、内面的なものは雪夜が最初に創り出したままの世界だ。

 このテーマパークを散策しながら雪夜の意図を探ろうとしたが、創り上げた動機は恐らく彪彦の感じ取ったものだろうが、その使用目的までがわからない。きっと、雪夜自身も何に使用するのかわからずにこの世界を創り上げたに違いない。

 テーマパーク内に設置された小さなお店で食べ物や飲み物を配っている。無料で配っているようなので店とは言えないかもしれない。

 彪彦も動物たちが並んでいる列に並んで飲み物を注文しようとした。

「いらっしゃいませ」

 と動物の店員が日本語をしゃべる。きぐるみのようにも見えるがデフォルメされた『本物』のようだ。

「それをお一つ頂けますか?」

 彪彦は適当な飲み物を注文して受け取ると近くにあったベンチに腰を掛けた。

「一休みでもして、あちらからやって来てもらうのを待ちますかね」

 彪彦は手に持ったジュースに刺さったストローを自分の肩に止まっている鴉に向けた。鴉は上手にくちばしでストローを挟みジュースを飲みはじめた。

「なかなかおいしいですね」

 ジュースを飲みながらしばらく待っていると、あちらから現れた。

「おはようございます、影山さんでしたよね?」

「そうです影山彪彦です」

 空になったコップを鴉に喰わせて彪彦はベンチから立ち上がった。

 すでに彪彦の手には鉤爪が装着されている。

「残念なことにこの世界の破壊とあなたの処分命令が正式に組織から下されました」

「処分ってどんなですか?」

「捕らえることが第一、無理な場合は殺してしまっても止むを得ないそうです」

「このボクの世界でボクに挑む気とは、勇気ありますね」

「ここが雪夜さんの世界だとしても、全ての法則があなたの自由にはなりません」

 鉤爪の口が大きく開かれた。そして、闇色をした口の中に風が轟々と吸い込まれはじめた。彪彦は全てを鴉に喰らわすつもりだった。

 周りにした動物たちが鴉に喰らわれる中、雪夜は足を踏ん張らせるが、その身体は徐々に鴉の口の中に吸い込まれて行こうとしている。

 雪夜は近くいた動物の身体を掴んで叫んだ。

「トゥーンマジック!」

 巨大化させられた動物はクマの形をしている。その巨大さは全長二〇メートルを超えた。

 鉤爪が吸い込む出力を上げる。

 巨大なクマに比べて明らかに小さな鉤爪が勝っている。巨大なクマの身体が吸い込まれていくではないか!?

 鉤爪が巨大なクマに吸い付いているような形となった。やはり、大きさが違い過ぎて吸い込むことができないのか。いや、少し時間がかかっているに過ぎなかった。

 鉤爪が吸い込もうとするたびに巨大なクマがぶるぶると振動し、やがて少しずつ巨大なクマが明らかに大きさの違う鉤爪の中に喰われていった。

「少し喰らい過ぎましたね」

 有りとあらゆるものを喰らうことのできる鉤爪だが、その要領は有限でも無限でもない。喰らえる量は変化し続けるのだ。

 彪彦が辺りを見回すと雪夜の姿はすでになく、動物たちは何事もなかったように行き交っている。

「彼がどこにいるかわかりませんね」

 強い魔導力を持った者を見つけるのには、その強い魔導力を感知すればいいのだが、それなりの魔導士などになると魔導力を隠すことができる。だが、雪夜の場合は自分の魔導力を隠す術を知らない。では、なぜ彪彦に感知できないのか?

 この世界を創り上げたのは雪夜であり、この世界には雪夜の魔導力が充満していてどこからでも雪夜の魔導力が感じられてしまうのだ。

 ずれたサングラスを直す彪彦の視線に、巨大化された玩具の戦車が飛び込んで来た。

 轟音とともに戦車から砲弾が発射された。

 彪彦の口の端がつり上がった。

 凄い速さで飛んで来た砲弾は開かれた鉤爪の中に吸い込まれるようにして飛び込んだ。衝撃で彪彦の身体が地面を擦り動きながら後退する。

「こんなこともできるのですよ」

 轟音が鳴り響いた。砲弾が鉤爪の内から撃ち返されたのだ。

 砲弾は見事に戦車を大破させた。

 人間サイズの玩具の兵隊数体が一列に並んで銃を構えた。次の瞬間、玩具の銃が火を吹いた。

 向かって来る銃弾を避けるために彪彦は鉤爪を瞬時に黒い翼に変化させて天高く舞い上がった。

 彪彦の手首に生えるように付いている翼は上空で鉤爪に再び戻された。

 約三〇〇メートルから落下する彪彦は風に煽られながら、照準を合わせるようにして鉤爪を兵隊たちに向けた。

 高らかに彪彦は命じた。

「お行きなさい!」

 鉤爪の内から闇色の何かが撃ち放たれた。それは〈闇〉だった。

 悲痛な叫び声をあげて〈闇〉は兵士たちを喰らった。

 彪彦は地面に軽やかに着地して〈闇〉が兵士たちを喰らい終わるの待った

 頃合いを見計らって彪彦が鉤爪の口を開くと、〈闇〉はその中に還っていった。そして、〈闇〉は鴉の内で消化された。

 鴉に喰われたものは普通ならば消化されてしまう。だが、消化せずに保管しとくことも可能だった。

 今、彪彦が扱った〈闇〉は昨日の麗慈との戦闘で喰らった〈闇〉を保管して置いたものだ。

 辺りを静寂が包み込んだ。

「近くにいるのはわかっているのですが、いったいどこに?」

 バギー乗り場から一台のバギーカーが勢いよく柵を越えて歩道に飛び出して来た。それに乗っているのは雪夜だった。

「逃がしませんよ!」

 バギーカー程度のスピードであれば彪彦の走りで追いつけぬはずがない。だが、彪彦があと少しでバギーカーに追いつくという時に相手がスピードを上げた。バギーカーはトゥーンマジックがかけてある特別製だったのだ。

 バギーカーが通る道は動物たちが避けてくれるのだが、彪彦の場合は避けてくれない。已む無く彪彦は鉤爪で動物たちを切り裂いて先を急ぐ。

 バギーカーはドラフト走行でうまく急カーブを曲がり逃げる。彪彦の走る速度は時速八〇キロメートルを越えている。それなのにバギーカーとはいい勝負だ。

 雪夜はバギーカーで逃げながら時間稼ぎをしていた。自分では彪彦に敵わない。となるとあの男が帰って来るのを待つしかない。

 猛スピードで走るバギーカーがメリーゴーランドの横を通った時に、メリーゴーランドの馬に乗っていた沙織が雪夜に嬉しそうに手を振った。

「あっ、雪夜くん!」

 一瞬であったが雪夜も手を振って返した。その後ろを走る彪彦は不思議そうな顔をした。

「部外者が三人もいたのですか……」

 女子三人組はひとまず保留として彪彦はバギーカーを追った。

 雪夜はバギーカーをテーマパーク内にある湖の横を走らせた。

 前方に客船の乗り場が見えて来た。

 雪夜はアクセルを強く踏んだ。加速するバギーカー。客船が汽笛をあげて動き出した。

 橋げたの上にバギーカーが乗り上げた。その橋の先は湖で、そのまた先には動き出した客船がある。

 ガタガタと橋を走るバギーカーが揺れる。そして、バギーカーは途切れた橋からジャンプした。

 いくら加速していたとはいえ、船と同じ高さから飛んだのでは船には届かない。

 勢いでどうにか船の近くまで行くことができたが、バギーカーが落下をはじめてしまった。それと同時に雪夜はバギーカーから全力で船に向かってジャンプした。

 船に手を伸ばす雪夜。あと、少し――。

 ガシッと船の縁を雪夜は両手で掴んだ。身体が宙ぶらりんになる。

「くっ……くそっ!」

 雪夜は手と腕に力を込めてどうにか客船の中に乗り込み、木でできた床の上に転がり込んだ。もし、手を離して水の中に落ちていたら、船の後ろのモーターに巻き込まれていたかもしれない。

 雪夜は立ち上がって遠くの橋を見た。そこには彪彦が立っていて鉤爪を装着した腕を上げて何かをしようとしていた。

「まさか、追ってくるのか?」

 そのまさかだった。

 遠くにいる彪彦は腕に装着されていた鉤爪を黒い翼に変えて飛翔した。先ほど彪彦が同じ方法で空を飛んだのを雪夜は見ていなかった。雪夜はバギー乗り場でバギーカーを調達していたのだ。

「空も飛べるのか!?」

 着実に船に追いついて来る彪彦から逃げるために雪夜は甲板に走った。

 甲板には動物たちが数体いる。それ全てに雪夜はトゥーンマジックをかけた。

「トゥーンマジック!」

 動物たちに外的変化はないが雪夜の護衛と化している。

 黒衣を纏った彪彦が空から舞い降りて来た。その姿はそれ自体が巨大な鴉のように見える。

 甲板に軽やかに降り立った彪彦に動物たちが襲い掛かる。

 彪彦は襲い掛かって来る動物たちを揺れるようにかわし、瞬時に変化させた鉤爪で切り裂いた。切り裂かれた動物の中身は綿だった。

 動物たちが全て倒されてしまい、逃げ場も失った雪夜は両手を上げて見せた。

「ボクは負けを認めるよ。ボクって戦闘が苦手で、ボクの能力をどう使って相手と戦っていいのかわからないんだよね」

「なるほど、良い心がけですが――」

 彪彦は鉤爪を横に振り回して後ろにいた敵を攻撃した。

「危ねえっ!」

 声をあげながら麗慈は間一髪で後ろにジャンプした。

「ククク……気配を消してたつもりだったんだがな」

「麗慈くんはまだまだですね。気配が消しきれていませんでしたよ」

 戦いは二対一となった。

「ククッ、雪夜はそこで指をくわえて見物してな」

「言われなくてもわかっているさ、ボクは戦闘タイプじゃないからね」

 雪夜は彪彦から視線を外さないようにしながら後退した。

 戦線離脱したように思えても、いつまた襲い掛かって来るかわからないうちは、彪彦は雪夜から注意を逸らせない。

 戦力から言えば彪彦にとって雪夜よりも麗慈の方が厄介だった。雪夜は自分でも言っているとおり戦闘タイプではない。だが、麗慈はまさに戦闘タイプだ。

 麗慈の手が煌いた。妖糸が針のように彪彦に襲い掛かる。

「あなたの攻撃など簡単にかわすことができますよ」

 妖糸は鉤爪によって弾かれ、彪彦は速攻を決めた。

 だが、雪夜はそのチャンスを見逃さなかった。

 一瞬の彪彦の隙をついて雪夜が飛びかかった。いったい雪夜は何をしようとしているのか?

 雪夜は彪彦の鉤爪を掴んで高らかに声をあげた。

「トゥーンマジック!」

 なんと雪夜は鉤爪にトゥーンマジックをかけたではないか!?

 いったい、鉤爪にトゥーンマジックをかけるとどんな反応が起こるのであろうか?

 反応はすぐに出た。鉤爪はブリキの鴉の人形となって地面に音を立てながら落ちた。そして、彪彦もゆっくりと地面に崩れ落ちたではないか?

「わたくしとしたことが大きな失態をしてしまいましたね。まさか正体を見破られようとは……」

 この声はブリキとなった鴉から発せられていた。

 ブリキになった鴉を見て麗慈が嗤った。

「クククク……これがこいつの本体ってわけか、俺も知らなかったぜ」

 そう、鴉が彪彦本人であったのだ。彪彦だと思われていた人間は腹話術の人形に過ぎなかったのだ。

 ブリキの人形にされた彪彦は魔導力が少しは残っているようで、動いて逃げようとしたが麗慈の妖糸で縛り上げられてしまった。

「逃げようとしても無駄だ、ククク……」

 雪夜はブリキの鴉を指で弾いてブリキの音を響かせた。

「トゥーンマジックは生き物にかけると玩具になっちゃうんだよ。でも、彼を玩具に変えるのにはだいぶ力を消費してしまった……みたい……」

 雪夜は地面に膝をついた。

「ボクはちょっと休むから……彪彦さんのことは麗慈に任せたから、じゃ」

 甲板の上に寝転んだ雪夜は眠りに落ちた。

「――だとよ、おまえの処理は俺に一任されたわけだ、ククッ」

「まあ、それは大変なことですね。可能性としては殺されるのが確率として一番高いでしょうか?」

 他人事のようにしゃべる彪彦に対して、雪夜は弄ったらしく首を横にゆっくりと振った。

「いいや、殺しちまったらそれでお終いだろうが。おまえはこのままの姿で鳥かごの中で一生暮らすんだ。ククク……まるで昔の俺のようだ」

「それはそれは何と慈悲深い寛大な処置ですね」

 圧倒的に不利な状況であっても彪彦はわざとらしく言葉を吐いて麗慈をおちょくった。

「クククククククク……」

 可愛らしい動物が行き交う中でそこだけが異様な雰囲気に見えた。

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