未完成の城(14)
翔子と別れてすぐに久美と麻衣子は不思議な現象に襲われた。
「あ――」
麻衣子が叫ぼうと思った時には彼女の身体は別の場所に飛ばされ、久美の身体も空間に溶け込むようにどこかに飛ばされた。
二人が飛ばされた場所は沙織によって新しく生まれ変わったネバーランドだった。
ベンチでクレープを頬張る沙織の前に久美と麻衣子は強制的に呼び出された。沙織の横には雪夜もいる。
「はじめまして、僕の名前は芳賀雪夜です」
「久美ちゃん麻衣子ちゃん沙織の国へようこそぉ!」
麻衣子は沙織が見つかったことよりも、自分が現在置かれている状況を確認した。
「遊園地?」
久美は沙織に少し怒った様子で詰め寄った。
「あんた、こんなところで何してんのよ、私たちと遊ぶ約束してたのに!」
「久美ちゃん怒らないでよぉ〜、だからここで遊ぼう」
『ここ』と言われて久美は改めて辺りを見回した。
「どこよ、ここ?」
この質問には雪夜が答えた。
「ここはね久美さん、子供の楽園ネバーランドだよ。ボクが基礎を創り出して沙織さんが可愛らしく造り変えてくれたんだ。ここにいれば歳を取らずに子供のままいられる」
「そんなバカな話あるわけないじゃない!」
怒った口調で久美は大声を出したが、麻衣子はずーっと辺りを行き交う者たちに目を奪われていた。動物のようだがきぐるみだと思われる。だが、異様としか言いようがない光景だった。
「普通の遊園地にしては不気味ですね」
沙織は麻衣子のところに小走りで駆け寄った。
「そうかなぁ〜、可愛いと思うけど? ほら、あそこにいるピンクのうさぎとかとってもキュートでしょ?」
雪夜の顔つきが急に変わった。
「誰かが侵入したのか……。沙織ちゃんにお二人さん、ボクは少し出かけて来ますから、どうぞこの世界を楽しんでいてください」
雪夜の姿が突如消えた。それを目の当たりにした久美と麻衣子は目を丸くした。
「なに今の!?」
「私たちも突然この場所に来ましたけど……」
麻衣子何か答えを求めるように沙織を見つめた。
「え〜とねぇ、見たまんまだよ。雪夜くんは魔法使いなの、それで沙織も魔法使い見習いって感じかなぁ〜?」
こんなことを言われても信じられるはずがない。だが、久美と麻衣子はここに連れて来られ、雪夜も目の前で姿を消した。体験してしまっては信じるしかなかった。
麻衣子は考え込んで黙ってしまい、久美は沙織に詰め寄った。
「魔法使いってどういうことよ、そんなこと信じられるわけないでしょ?」
「久美ちゃん夢ないねぇ〜、だって雪夜くんが消えるの見たでしょ?」
「そ、それは……。麻衣子パス!」
久美は何も言えなくなって後は麻衣子に任せた。
「可笑しなことが起こっているのは確かなようです。私たち以外、普通の人間がいませんし、あの雪夜くんが消えたのも事実ですし、私たちも突然ここに連れて来られました」
「麻衣子ちゃん物分りEーっ!」
沙織ははしゃいで嬉しそうな顔をしている。だが、久美は納得がいかない。
「でも、そんなのありえないわ。いいわ、千歩譲ってあったとして、だからここはどこなの? 日本なの? じゃあ他の星とかそういうオチ?」
少し久美はヤケクソだった。
「もぉ、久美ちゃん物分り悪いなぁ〜、だからここはネバーランドだよ、結構有名でしょネバーランドって?」
「知ってるけど、歳を取らないなんてありえないわ」
歳を取るか取らないかは長い時間をかけなければわからない。目に見えないことはどうしても信じにくい。
「久美ちゃんも麻衣子ちゃんも早く遊ぼうよぉ〜」
沙織は久美腕を引っ張って麻衣子のもとへ行った。だが、久美は強引に引きずられて機嫌が悪そうな顔をして、麻衣子の表情もあまり乗り気ではない。
沙織はこんなに楽しい世界なのに何で二人がそんな顔をしているのかわからなかった。
「ねぇ、二人とも具合悪いの? 医務室もちゃんとあるんだよ、あとねお腹空いてるなら何でも食べ物あるんだよ、お菓子もジュースもいっぱい、い〜っぱいあるよ。沙織が今食べてるクレープもスゴイおいしいよ、食べに行く?」
難しい顔をしながら麻衣子は沙織を見つめた。
「いつもと変わらな沙織だけど、何かが違うような気がする」
「私もそう思うわ」
急に不安な顔をする沙織。まさかそんなことを言われると思ってみなかった。
「沙織はいつもの沙織だよ!」
それでも麻衣子は難しい顔をしていた。
「じゃあ、なぜ私たちとの約束を破ったんですか? 待ち合わせした場所に来ませんでしたよね、私たち心配したんですよ」
「私たちね、あんたのこと心配してケータイにも自宅に電話したのよ。その後、いろんなところを捜し歩いてたら、いきなりここに連れて来られて、どういうつもり?」
なぜ二人に攻められなくてはいけなんだろう。自分は二人を楽しませようとしただけなに、どうして?
沙織は怒った久美と哀しい顔をしている麻衣子に見つめられ後ろに足を引いた。
「沙織は三人でここで遊んだら楽しいなと思っただけだよぉ、だから三人で遊ぼうよ」
泣きそうな顔をしている沙織に久美は追い討ちをかけた。
「私が怒ってるの見てわかるでしょ? 心配してた相手に呑気に遊ぼうって言われて、はいそうですかって言える性格してないのよ」
「久美さん、そんな言い方したら沙織さんがかわいそうじゃないですか。ごめんなさい沙織さん、私たち本当に沙織さんのこと心配してから、だから久美さんも怒ってるんだと思う。久美さんって素直じゃないから」
「私が素直じゃないってどういうことよ!」
沙織は今さっきの仕返しとして久美に言ってやった。
「久美ちゃん二年後には麻那センパイみたいになるよ絶対」
そう言って沙織はあっかんべーをした。それを見た久美は余計に腹を立てて怒った。
「もういい、勝手にしなさい!」
怒鳴った久美は走って行ってしまった。
「久美さん!」
「久美ちゃん待ってよぉ!」
二人はすぐに久美の後を追った。
少し走ったところで久美は足を急に止めて振り返って大声を出した。
「止まりなさい!」
身体をビクっとさせながら沙織と麻衣子は足を止めた。
久美は自分でもなぜ怒っているのかわからないほど怒っていた。
「怒りたくって怒ってるんじゃないのよ、ただ、心配かけてゴメンって沙織が言ってくれたらそれで気が済んだのよ」
「ごめんねぇ、久美ちゃん。約束破る気なんてなかったんだよぉ、でも、ここが楽しくて時間の感覚がなくなっちゃだけなの」
永遠に子供のままでいられる世界は肉体に時間を忘れさせる世界だった。そのため沙織には本当に時間の感覚がなかった。
麻衣子は沙織の手を引いて久美の前まで行った。
「久美さんも沙織さんにごめんなさいって言いましょうね」
「ごめん。沙織が相手だとさ、強く言っちゃうのよね。別に嫌いってわけじゃないのよ、ただ、心配なのよ沙織は」
「そんな心配しなくても平気だよぉ」
二人は仲直りをしたようなので麻衣子はにこやかに笑った。
「はい、一件落着」
だが、久美はちょっとだけ気にかかることがあった。
「あのさ、麻衣子も私に謝ってよ」
「どうして?」
「だって、素直じゃないって……」
素直じゃないのは自分でもわかっていたが、直接そう言われると恥ずかしいので久美は麻衣子に発言を撤回して欲しかったのだ。だが、麻衣子は悪戯っぽく笑ってこう言った。
「素直じゃないのは本当だから謝らないよ。これを機会に久美には素直な性格になって欲しいかな」
「私のどこが素直じゃないって言うのよ、例を挙げてみなさいよ!」
こう言った後にすぐ久美は後悔した。麻衣子ならばすぐに例を挙げて来ると思ったからだ。予想は的中した。
「そうやって怒るのは本当の気持ちをカモフラージュするためでしょ?」
「…………」
的を射た答えに久美は何も言い返せなかった。そこに沙織が空かさず傷に塩を塗りこむようなまねをする。
「黙ったってことは認めてるのと同じだよぉ〜」
「違うわよ!」
こうやって怒って見せるのが認めているいい証拠だった。
顔を見合わせて笑いを堪える二人を見て久美は恥ずかしくなって話題を変えた。
「もう、ほら沙織遊びたいんでしょ、行くわよ遊びに。麻衣子も付き合って、ほら!」
今のも笑いそうな二人の腕を久美が掴んだ瞬間、二人は大笑いしはじめた。
「久美ちゃんおもいろ〜い、あはは」
「……くっ……久美って結構単純」
麻衣子は笑いを堪えるのが精一杯だった。
「もう、笑いたいなら笑えばいいでしょ?」
「もぉダメ、あはは、今日の久美最高。本当の気持ちを隠そうとしてるのに、それがバレバレなのがおもしろいね」
久美は笑われることをあきらめて、何かが自分の中で吹っ切れた。
「はいはい、これから素直になるように努力しますから、今のうちに存分に笑っておきなさいよ。じゃ、とりあえず、あれ乗りに行くわよ」
さっさと歩き出した久美の後ろを二人はクスクス笑いながらついて行った。