夢見る都(3)
薔薇の聖堂で二人の魔導士――フロドとメサイは対峙していた。
フロドは姫アリアを奪い返すため、メサイは婚約者アリアを守るため。
二人の間に挟まれたアリアは困惑した。
「お二人とも、お止めになってくださいまし。フロド様、わたくしはメサイ様の妻になると天に定められたのでございます」
「何が天命だ、親が勝手に決めた縁談が天命だと言うのか!?」
「フロド様、わたくしは……」
それ以上言えなかった。アリアにはそれ以上の気持ちを口に出して言うことができなかった。
親同士が決めた縁談。だが、メサイはアリアを心から溺愛していた。
「私はアリアを愛しておるのだ。貴様などにアリアを渡してたまるか!」
「私とてアリアを愛している。そして、アリアも――」
「お止めになって、フロド様!」
アリアの叫びも空しく、フロドはメサイに飛び掛かり相手を押し倒していた
床に背中をついたメサイにフロドは手を上げた。
その時だった!
「止めて!」
聖堂内にアリア悲痛な叫びが響き渡る。アリアの瞳からは涙が頬を伝わり地面に零れ落ちている。
正気に戻ったフロドは、あと一歩のところでメサイに手を振りかざすのを止めた。アリアが涙を流さなければ、必ずやフロドはメサイに手傷を負わせていたに違いない。
「メサイよ、今日のところは引くが、私はアリアをあきらめたわけではない。必ずやアリアを私のものに……」
フロドはマントを翻し、静寂に包まれた聖堂から去って行った。その姿を見るアリアの瞳には先ほどとは違う涙が浮かび、とても儚い表情をしていた。
アリアを見るメサイはとても哀しい表情をしていた。
メサイとて、アリアとフロドの仲は知っていた。しかし、メサイはアリアを愛してしまった。そして、何があろうとも自分の手に入れたい大切なものなのだ。
「わたくしはもう少しここに残りますゆえ、メサイ様はお先にお帰りになられてくださいませ」
このアリアの言葉にメサイは少し躊躇したが、しかたなく承諾した。
「わかった、私は先に帰ろう。だが、遅くならぬように気をつけるのだぞ」
「わかりました」
アリアがうなずくのを見てメサイは去って行った
静かな聖堂に残されたアリアは床に膝をつくと、指を組み神に祈りを捧げた。
「わたくしは、わたくしは、あの方を愛しております。それは罪なのでしょうか?」
神は答えてはくれなかった。
沈黙が辺りを包み込み、時間が過ぎてゆく。
目をつぶり祈り続けるアリアのもとへひとりの女性が歩み寄って来た。
聖堂に響く足音を聴き取ったアリアは、目を開けて顔をその方向に向けた。そこに立っていたのはアリアの侍女であった。
「お帰りが遅いので心配になり、様子を見に来てしまいましたが、どうやらお邪魔だったようでございますね、申し訳ございません」
「いえ、いいのですよ。あなたが謝ることではありませんわ。あなたはわたくしの侍女である前に、大切な友人ですもの」
「温かいお言葉、大変に嬉しゅうございます」
侍女はにっこりと微笑んだ。それを見てアリアも笑みを浮かべるが、どこかぎこちない感じがする。
侍女は聞くべきでないとわかっていても、友人として聞いてしまった。
「悩み事がおありなのですか?」
「ええ、わたくしは深く悩み、その悩みに胸を酷く苦しめられています」
「わたくしは恐らくアリア様の悩みの原因を知っております。ですが、そのことに私めが口を挟んでいいものか……」
「わたくしに意見を言ってくれるのはあなたしかいないわ」
「では、友人として申し上げさせて頂きます。ですが、これはわたくしの個人的な意見ゆえに、聞かれたらすぐに忘れてください」
「…………」
「わたくしはアリア様とフロド様がご一緒になると信じておりました。いいえ、そうなって欲しかったのです。本当はこんなことを申し上げてはいけないのでしょうが、三日後に迫った婚姻式を破談させたいとも思います。――ですが、わたくしにはそんなことはできません」
婚姻式を破談させるなどという話を聞いて、アリアは深く悩んだ。そして、深く考えた末に答えた。
「メサイ様はあなたの考えているほど悪いお方ではないわ。わたくしをとても愛してくださいます」
「……嘘です。アリア様は嘘をついておられます」
「わたくしは嘘などついておりませんわ!」
怒鳴り声が静かな聖堂に響き渡った。これは侍女に言ったのではなく、自分を言い聞かせるものだった。
侍女は全てわかっていた。だからこれ以上はこのことには触れなかった。
「アリア様、帰りましょう」
「わかりました」
二人はそれ以上会話をすることなく、この聖堂を後にして行った。