未完成の城(10)
行き詰まりを覚えていた調査の情報を得た撫子はマンションを飛び出した。
彪彦から何も情報をもらっていなかった撫子は情報収集に苦労していた。そこへ組織からの電話があり、翔子を帰らせて家を飛び出したのだ。
「にゃ〜もう、忙しぃ〜!」
撫子の向かっている場所は雪夜の家であった。撫子の住むマンションからはそう遠い距離ではないが、走っている撫子には長い道のりだ。全く余裕で息を切らせる様子がないのは撫子が普通の女子中学生ではないからだ。
しばらくして、前方から撫子の知り合いが歩いて来るのが見えた。それは奇妙な体験をして来た麻那と隼人だった。
撫子は急いでいたがいちよう挨拶をする。
「にゃば〜ん! こんちわッスお二人さん」
そのまま撫子が通る過ぎようとすると、麻那の手が素早く動いて撫子の背中を捕らえた。
「待ちなさいよ!」
「うがっ! にゃに? アタシマッハで急いでるんですけどぉ〜!」
「いいから、あたしの話を聞きなさい!」
出遭った途端に怒られて撫子は露骨に嫌な顔をして見せた。
「ぷぅ〜、横暴だぁ〜」
「いいものあげるから手を出しなさい」
「いいもの!」
撫子の目がキラキラと輝いた。
麻那はバッグから二枚のチケットを出して撫子の手のひらに置いた。あのテーマパークのチケットだ。
「はい、大事にしなさいよ」
「爆マジ!? ってこれって隼人センパイとラヴラヴデートするためのじゃにゃいんですかぁ?」
鋭い撫子の私的に異様に麻那は動揺して顔を真っ赤にしながら怒りだした。
「そ、そんなことないわよ! あたしと隼人がデートって、付き合ってもないし、こんな頼りない優男なんて……その、もういいから、黙って受け取りなさいよ!」
「ほ〜い、黙って受け取って置きま〜す」
麻那がチケットをあげた理由は隼人との相談の結果だった。二人は当分の間、テーマパークには行きたくない気分で、あの出来事は二人の中でなかったことにしようと決めたのだ。そこで、誰かにチケットを譲ろうとということになり、たまたま出会った撫子にチケットをあげたのだ。
チケットを偶然にも手に入れた撫子はあるセリフを言ってから急いで逃げた。
「お二人とも、お幸せにぃ〜!」
「違うって!」
麻那の声を背中に浴びながら撫子は走った。
もらった二枚のチケットを見ながら撫子は独り言をしゃべる。撫子は独り言が多く、それは呟くというレベルではなく、普通のしゃべる声の大きさで独り言をしゃべる。
「このチケットどうしよー。これペアチケットでしょ、アタシ一緒に行く恋人いにゃいよ……あっ、翔子にあげて愁斗クンとのラヴラヴデート大作戦に役立ててもーらお」
走り続けていた撫子はようやく雪夜の家に到着した。
雪夜の家は住宅街のどこにでもあるような二階建ての一軒家だった。
家を見回した撫子は何とも言えない感じを家から感じ取った。
「爆魔導波っ!」
普通の人にはわからないが、この家はもの凄い悶々と魔導を辺りに撒き散らしていた。きっとこの辺りは事故などが多いに違いないと撫子は思った。
家の敷地に足を踏み入れただけで撫子の身体に静電気みたいなものが走った。
撫子は魔導士ではないが、魔導を感知する能力に関しては普通の魔導士よりも高い。だが、このように大きな魔導が渦巻く場所では、それが仇となってしまう。撫子は魔導を感知する能力には優れていても、それに対する耐性は感知能力に見合っていないのだ。
玄関のドアにかけた撫子であったが鍵は開いていない。当然と言えば当然だ。
「ここで一発、撫子ちゃんマジック!」
撫子は人間とは思えないほどのジャンプ力で一気に二階の屋根に上った。そして、すぐにベランダに忍び込んだ。
窓は閉まっているが鍵が開いているのが見える。撫子はニヤニヤしながら窓を開けた。
が、窓を開けた瞬間、撫子は後ろに吹き飛ばされそうになった。家の中から外に魔導を含んだ空気が一気に流れたのだ。
家の中に入った撫子は驚愕するとともに、自分の行動が迂闊だったことに気がついた。
入って来た窓がない。それどころか窓越しに見た部屋の中とは全く違う部屋なのだ。
部屋の中は普通の家の中といった感じで、家具などが置いてあり生活観に溢れている。だが、撫子は息苦しさを感じた。
「うげうげぇ〜」
撫子はヨロウロしながら歩き出し、雪夜の部屋を見つけに歩き出した。
どうやら撫子が現在いる場所は居間のようだった。
襖を開けて次の部屋に入った撫子は頭を抱える動作をしてうずくまった。
「烈にゃんじゃこりゃ〜!」
撫子のいる場所はトイレだった。居間の襖を開けてトイレに行くなど普通の家ではありえない。
「トイレに行きたいかにゃぁって気持ちはあったけど、こういう展開は予期せぬ展開だよぉ。と思いつつも少しトイレタイム」
しばらくして水の流れる音が聞こえて撫子がトイレから出て来た。だが、ここはバスルームだった。
もう出す声もなかった。ということもなく、撫子は間を置いて叫んだ。
「にゃーっ!」
怒りを露にしながらも撫子はこういう時のためのマニュアルを思い出した。
撫子は浴槽に水が張ってあるのを確認すると、勢いよく飛び込んだ。
大きな水しぶきを上げて撫子の姿が水の中に沈んだ。次の瞬間、撫子は天井からベッドの上に落っこちた。水の中が別の場所に繋がっていたのだ。
全身ずぶ濡れの撫子は身体をぶるぶるっと震わせて水しぶきを辺りに撒き散らした。
「絶対アタシはこの家におちょくられてる」
ベッドのシーツを剥ぎ取ってタオル代わりにして全身を拭き、撫子はもう一度全身をぶるぶると振るわせた。
どうやらここは寝室のようで、ベッドが二つ並んで置いてある。
部屋にはドアは一つしかない。だが、撫子は迷わず窓を開けて外に出た。
窓は横開きであったはずなのに、なぜか撫子は冷蔵庫の冷蔵室から中から出て来た。
次に撫子は迷うことなく冷蔵庫の野菜室に入った。
撫子は住宅街のど真ん中のマンホールから這い出て来た。
辺りを見回す撫子。ここは普通の住宅街ではなく、おもちゃのブロックで作られた住宅街だった。ブロック一つ一つの大きさも通常では考えられないほど大きい。
「うっそ〜、爆マジ!? もう、いい加減にしてよぉ〜」
撫子は心身ともにどっと疲れてしまって、プラスチックの地面にへたり込んだ。そして、そのまま背中から地面に寝転んだ。
空は青かった。だが、本物の空ではなくて、天井を空色に塗りつぶしたように見える。
「目的の部屋にはいつ辿り着けるんだろうか……しみじみ撫子ちゃんでした」
ここで撫子はある重大なことに気がついた。
「てゆーか、外に出れるの!?」
このまま迷い続けたら、目的の部屋に着けないどころではなく、一生外の世界に出られないかもしれない。
「にゃはは〜、切実な問題だねぇ〜」
撫子は完全に力尽きて目を閉じた。もう、どうでもよくなってしまったのだ。
しばらくして、パトカーの音が聞こえて来て撫子は飛び起きた。
道の先からおもちゃのパトカーを大きくしたような車が走って来る。
「アタシだよね!?」
撫子は逃げた。パトカーはその撫子を追って来る。
偽物のパトカーとはいえ、時速は八〇キロメートルを越えていた。だが、撫子の全速力もそれに負けず劣らずで、パトカーとの距離は広がりも縮みもしなかった。
撫子は電柱によじ登った。次の瞬間、パトカーが電柱に衝突して電柱を揺らした。
「爆マジですか!?」
壊れたパトカーからおもちゃのブロックに付属していそうな警官の人形が二体出て来た。それも普通の人間サイズだ。
警官は拳銃を撫子に向けた。
「まっさかねぇ〜」
まさかではなかった。拳銃が火を噴いたのだ。
さすがの撫子でも銃弾は避けきれず、左肩を銃弾が貫通した。
左肩から血を出しながら撫子は地面に落下し、両手を付きながらどうにか着地した。
空かさず銃弾が撫子に浴びせられる。
アクロバティックな動きで撫子は銃弾を交わしつつ、バク転をしながら塀を越えた。
庭に逃げ込んだ撫子を追って警官がすぐに駆けつけて来る。
「しつこいオトコは嫌われるよぉ〜ん!」
撫子は軽やかに飛び上がり家の屋根に上って、足を止めることなく屋根から屋根へとぴょんぴょん飛び移って行く。
どうやら警官は追って来れないようだ。だが、安心するのはまだ早かった。
撫子の耳がぴくぴくと動き、上空を飛んで来るものを感知して、それが飛んで方向を来る勢いよく振り向いた。
「爆マジですか奥さん!」
おもちゃのヘリコプターが撫子に向かって来ていた。もちろんサイズは本物と変わらない。
重装備のヘリコプターからロケットランチャーが発射された。
シューンと風を切る音を立てながらロケットランチャーが撫子に向かって来る。撫子は叫ぼうと思ったが、そんなことをする暇などなく、急いで地面にダイブして足を止めることなく逃げた。
爆音と爆風が撫子を背中から吹っ飛ばした。
「にゃ〜っ!」
地面に放り出された撫子の背中は少し焦げていた。
撫子は息つく暇もなく立ち上がって逃げた。
ヘリコプターからは機関銃が発射され、地面に穴を開ける。撫子だから避けられるのであって、普通の人間に避けることは不可能だ。
道路を走る撫子の背中からは銃弾が追って来る。
突然、銃声が止んだかと思うと、撫子は別の場所にいた。今までいた世界の境目を抜けたのだ。
地面は発泡スチロールでできていて土色に塗られている。周りには廃墟と化したビルがあり、煙が立ち昇っている場所もある。
巨大な影が撫子を呑み込んだ。それは人型をしているが人の巨人の影ではない。
撫子が後ろを振り向くとそこには巨大ロボットいた。頭頂高約一九メートル――撫子の身長の約一三倍だ。
「爆裂サイテー! もう撫子ちゃんは脳天爆発でいっちょやってみっか!」
ロボットは撫子を踏み潰そうとしたが、撫子はそれよりも素早く動いてロボットの足をよじ登った。
撫子は鋭い爪でロボットの足を引っ掻いた。すると、ロボットの中身が見えたのだが、中身は空っぽであった。まるでプラモデルの内部のようであった。
ロボットは撫子を捕まえようと手を伸ばしてくるが、撫子はロボットの身体中を移動して魔の手から逃れた。だが、ついに撫子は捕まった。
大きなロボットの手に摘まみ上げられた撫子はそのまま地面に放り投げられた。
空中で回転しながら撫子は地面に華麗に着地した。けれども、足が発泡スチロールの地面に埋もれてはまった。
「うっ……抜けない」
足が抜けなくて悶える撫子の頭上に、ソードと思われる巨大なプラスチックの棒が振り下ろされようとしていた。
「にゃーっ!」
足がどうにか抜けて、そのまま撫子は横に転がって逃げた。すると、撫子のいた場所にソードが振り下ろされて、発泡スチロールがへこんだ。
「うん、逃げよう」
撫子は全速力で駆けた。後ろからソードを振り回しながら追って来るロボットになど目もくれずに走る。
この世界の境を撫子は飛び越えた。
気がつくと撫子は子供部屋にいた。どうやらやっと目的の場所に辿り着いたようだ。
この子供部屋にはブロックで作られた町やプラモデルのジオラマセットが置いてあった。それを見た撫子はため息を落とした。
「こんにゃとこで大冒険してたのか……バカらしぃ」
撫子が先ほどまでいた場所は子供のおもちゃの中であったのだ。
机の上に置かれているパソコンに撫子は注目した。
パソコンの前に座った撫子はパソコンの電源を入れようと手を伸ばした先にあるものを見つけた。それは開かれた雑誌に付けられた赤丸印であった。
雑誌を手に取った撫子は印の付けられた記事に注目した。
「にゃるほどねぇ〜」
撫子はポケットに手を突っ込んで麻那からもらったチケットをまじまじと見た。印の付けられた記事に書かれている内容は、撫子が今手に持っているチケットのテーマパークのものだった。
雑誌を置いた撫子は改めてパソコンを起動させた。
まず撫子はデスクトップ画面に何かがないか調べた。するとWebページのショートカットアイコンがあったのでクリックしてみた。すると、先ほどのテーマパークのホームページにアクセスされたではないか。
「にゃ〜んか、気ににゃるにゃ〜」
撫子の鋭い勘がこのテーマパークに何かがあると訴えている。
テーマパークのホームページに一通り目を通した撫子は、他にも何かがないかパソコンの中を調べはじめた。
「にゃ〜んとヒット!」
撫子は日記を見つけた。この中には何か重要は手がかりがある可能性が高い。
日記を開こうとしたのだがパスワードを要求されてしまった。
「うっそ〜、爆マジ!? そんにゃの聞いてにゃいよぉ」
と言いながらも撫子の指は異常な速さで動き、パスワードを入力することなく簡単に日記を開いてしまった。
日記は数年前から書かれているらしく、撫子は最新のものから読んでいくことにした。
撫子の表情が曇る。
日記の内容はネガティブな思考をだらだらと書き綴ったものが多く、読んでいるとだるくて気分が沈んでくる。
「おおっと!」
撫子は元気を取り戻して画面に食いついた。日記の文中に先ほどのテーマパークの名前が出て来たのだ。しかも、興味深い内容が書いてある。
――このテーマパークとボクの作ったテーマパークを融合させてみたいと思う。そうすれば、ボクが常日頃から抱いていた『世界』についての謎が解けるような気がする。
「美少女名探偵撫子ちゃんの頭にビビッとひらめきがキラリ〜ン!」
他の日記を読むのがだるかった撫子は、このテーマパークに的を絞って今後の調査をすることに決めた。
撫子は日記の内容をネットを介してどこかに送り、次にハードディスクをフォーマットした。つまり、パソコンの中に入っていたデータを全部消してしまった。そして、極め付けに本体を分解しはじめて、中身のハードディスクを自慢の爪で壊した。
ひと仕事終えた撫子は腕を天井に向けてめいっぱい伸ばして息を吐いた。
「よし、帰るか」
撫子は椅子から立ち上がり意気揚々とドアを開けて外に出た。
「……あっ」
トイレに出てしまった。
「しまったーっ!」
便器に腰掛けて撫子はどっと肩を落とした。