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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
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未完成の城(9)

 町外れにある巨大な倉庫の中に亜季菜声が響き渡る。

「交渉決裂ね!」

 そう言いながら亜季菜は札束の入ったブリーフケースを閉めた。

 亜季菜はこの場所で翔子に説明した『貿易』をしている最中だった。だが、たった今、決裂した。

 十数人の高級スーツに身を包んだ男たちが目の前にいる二人を睨み付けた。殺伐とした空気が辺りを包み込む。

 睨み付けられた当の本人である亜季菜ともう一人の人物は怖気づく様子はない。このようなことはいつものことだ。亜季菜は横にいる人物とともに数々の修羅場を掻い潜って来ていた。

 亜季菜の横にいる人物は大きな鍔のある黒い帽子を被り、黒いインバネスを纏い、全身は全て闇色に包まれている――ただ一箇所を除いて。

 闇色の中に白い仮面が浮かんでいた。

 異様な雰囲気のする人物であるが、亜季菜の護衛としてその筋では有名な人物だ。

 帰ろうとする亜季菜の背中に一斉に銃が向けられた。これもいつものことだった。

 次の瞬間、閃光が走った。――宙を拳銃を持った男たちの腕が舞った。紫苑の妖糸が放たれたのだ。

 男たちの両足が切り飛ばされ、発狂死した男たちが地面に転がった。辺りは血の海と化した。おぞましい光景だ。

 亜季菜が急に怒り出した。

「スーツに返り血が飛んで来たじゃないの!」

「近くにいるからだ」

 紫苑は空間を切り裂いた。

 裂かれた空間は唸りながら周りの空気を吸い込み、巨大化していった。

 空間にぽっかりと開かれた先の見えない闇の中に何かいる。

 亜季菜の背筋に冷たいものが走り、彼女は耳を強く塞いだ。聞きたくない!

 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。

 腕を伸ばし紫苑が高らかに命じた。

「行け!」

 裂けた空間から〈闇〉が叫びながら飛び出した。

 〈闇〉が唸り声をあげると、地面に散乱していた死体は一滴の血も残さずに〈闇〉に呑み込まれ、〈闇〉は空間の裂け目に還っていった。

 これならばここで殺人があったなど誰も思わないだろう。

「帰るわよ、翔子ちゃんがお待ちよ〜ん」

 亜季菜の態度もここで『何か』あったとは思えない態度だった。だが、彼女は心の中では恐怖していた。いつ聞いても、いつ見ても、あの〈闇〉は慣れるものじゃない。彼女がこの世で一番恐いと思うものはあの〈闇〉であった。

 何度も目の前で紫苑の技を見ている亜季菜であるが、それが何であるかを正確に認識しているわけではない。あんな恐ろしいもののことなど詳しく知りたくもないのだ。

 二人が倉庫を出ると亜季菜専属の運転手であり右腕の高橋宗太が出迎えた。リムジンもちゃんと用意されている。

 素晴らしいタイミングで開かれたドアの中に亜季菜と紫苑は滑り込んだ。

 走り出した車内で紫苑は帽子を取り仮面を外した。これが紫苑から愁斗に戻る瞬間である。

「早くマンションに帰ろう」

「実はもうひとつだけ仕事があるのよね」

「嫌だ」

 愁斗は即答した。だが、愁斗はその権利が自分にないことを知っている。亜季菜には返しきれない恩がある。

 亜季菜は缶ビールを飲みながら気軽な感じで言った。

「次の仕事は簡単だから大丈夫よ」

「何度その『大丈夫』という言葉に騙されたことか……」

 亜季菜は大丈夫と言う言葉を裏返しの意味で使っているのではなく、大丈夫でないことの割合が多いだけのことだ。

 ――だいぶ長い時間を走ったリムジンはビル街に入り、ある巨大ビルの前で停車した。有名な上昇企業のビルだ。

 ビールをまだ飲み続けている亜季菜は完全に酔っ払った口調で命じた。

「ここの社長がターゲット」

 亜季菜はノートパソコンの液晶画面に指をぐりぐりと押し付けた。そこには有名な社長の顔がある。すぐそこにあるビルの社長だ。

 ターゲットを確認した愁斗の指がしなやかな動きを見せた。

 妖糸は開けられたリムジンのドアを抜けて、どんどん途絶えることなく伸びて行く。

 地面を這いながら妖糸は聳え立つビルの中に入って行った。

 妖糸は誰にも気づかれることなくロビーを抜けて、そのまま非常階段を抜けて最上階まで上がった。

 長い廊下を抜けて妖糸は社長室のプレートが取り付けられた扉の前で一度止まった。

 ビルの外に止まるリムジンの車内にいる愁斗の指が再び動かされる。

 ドアの隙間から室内に妖糸が進入する。まず、秘書たちがいる部屋がある。ここには三名の秘書がデスクに座り業務をこなしていた。

 どれも美人揃いの秘書のひとりに妖糸が絡みついた。この瞬間、この秘書は自らの意思で身体を動かすことも、声を出すことも封じられ、傀儡と化した。

 妖糸で操られた秘書が突然立ち上がり、社長のいる部屋のドアをノックした。すると中から社長の声がした。

「入りたまえ」

「失礼します」

 と挨拶をしながら、秘書はドアを静かに開けながら中に入った。

 ドアを閉め終えた秘書はお辞儀もせずにいきなり無表情のまま社長に襲い掛かった。

「な、何をするんだ!」

 社長が大声を上げると残り二人の秘書たちが室内に飛び込んで来た。だが、その時にはすでに社長はか細い手から想像もできない力で秘書によって首を締め上げられてしまっていた。

「ぐぐ……」

 泡を吐いて白目を剥いた社長から力が抜け、首を絞めていた秘書は昏倒した。

 床に倒れる二人を見て、二人の秘書は血相を変えて顔を見合わせた。この瞬間、妖糸が切られた。

 愁斗がゆっくりと告げた。

「終わった」

 ビルの外にいたリムジンがゆっくりと走り出した。焦る必要はない――証拠は何もないのだから。

 亜季菜は新しいビール缶を開けて愁斗に手渡そうとした。

「祝杯よ、飲みなさい」

「いつも言ってますけど、僕は未成年ですから」

「あぁん、連れないわねぇん」

 完全に酔っ払った亜季菜は美しく伸びた脚と腕を愁斗の身体に絡めて来た。

「怒りますよ」

 そう言いながらも愁斗の表情は怒りではなく無表情だった。こちらの方が恐いかもしれない。

「怒った愁斗クンも素敵よぉ〜」

「高橋さん車を止めてください」

 リムジンはすぐに道路の脇に停車した。

「僕、歩いて帰ります」

 亜季菜の身体を振り払って愁斗はリムジンを降りた。すると亜季菜に有無を言わせぬまま高橋によってアクセルが踏まれ、リムジンは走り去ってしまった。

 辺りを見回した愁斗の目に地下鉄の入り口が入った。

 ここから愁斗のマンションまではだいぶ距離がある。電車を使わなければ帰れない距離だ。

 迷わず愁斗は地下鉄を利用することにした。

 地下に下った愁斗は券売機に前に立って、ある重大なことに気がついた。

「財布を持っていなかった」

 以外にズボラな愁斗だった。

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