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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
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未完成の城(9)

 ネバーランドのアトラクションを満喫して、ご満悦な野々宮沙織は次のアトラクションを指差した。

「次はあれ乗ろうよぉ」

「ジェットコースターね。僕さ、実はちょっと苦手なんだよね」

 苦笑いを浮かべている雪夜の腕を強引に引っ張って、沙織は乗り場に走って行く。

 ジェットコースター乗り場には人がいなかった。無人でジェットコースターは動いている。

 二人が待っているとジェットコースターが走って来た。やはり誰も乗っていない。この世界にあるアトラクションは人がいなくても動き続けているのだ。

 二人が乗り込むとジェットコースターが走りはじめた。

 加速していくジェットコースター。その先には二回転ループが待っている。それもループを回っている最中にジェットコースター自体も横に回転するというものだ。

「きゃーっ! おもしろ〜い!」

「…………」

 はしゃぐ沙織に対して雪夜の表情は優れない。

 ジェットコースターは上へ下へを繰り返して、そろそろ乗り場が見えて来た。

「雪夜くん大丈夫ぅ?」

「……まあまあ平気」

 ジェットコースターが止まると同時に雪夜の気分の悪さは悪化した。

「……気持ち悪い」

「わあ、顔真っ青だよぉ!」

「乗り物酔いしやすい体質でさ」

 沙織の肩を借りながら雪夜はジェットコースターを降りて、そのまま近場にあったベンチまで行った。

 ベンチに座りながら雪夜がうつむいていると沙織が声をあげた。

「麗慈センパイ!?」

 沙織の声に反応して雪夜は顔をあげた。

「やあ、麗慈、何か用?」

「この中で組織の奴に遭っちまった」

 二人が話しているのを横で見ながら、沙織は驚かずにいられなかった。

「うっそ、二人とも知り合いなの? どうして麗慈センパイがここにいるの?」

 驚く沙織に麗慈は外面の優しい笑みを浮かべて答えた。

「久しぶり沙織ちゃん」

 沙織はまさかここで麗慈に出会うと思ってもみなかったし、雪夜も沙織と麗慈が知り合いだったとは思ってもみなかった。

「沙織さんと麗慈って知り合いなの?」

「沙織と麗慈センパイは同じ学校の同じ部活だったんだよぉ。麗慈センパイがうちの学校転校して来て、一週間もしないうちに突然また転校しちゃったの。部活の打ち上げも来ないでいきなり転校でビックリしちゃったよぉ」

「俺さ、みんなに挨拶とかして転校すんの恥ずかしかったからさ、黙って転校しちゃんだよなぁ。あの時はホントごめんごめん」

 これは嘘である。沙織が転校という言葉を使ったのでそれに合わせたに過ぎない。

 星稜中学の学校祭である星稜祭の演劇部による公演の後、翔子を人質に取った麗慈は愁斗との決戦で敗北し、姿を暗ませてしまったのだ。転校というのは組織の隠ぺい工作であり、そのようになっていたことを麗慈は沙織の言葉で今知った。

 麗慈は沙織の顔をちらっと見てから雪夜に話しかけた。

「少し込み入った話があるんだけどさ」

 と言って今度は沙織の方を向いて言った。

「二人っきりで話したいことあるから、沙織ちゃんはここで少し待っててくんない?」

「うん、いいよ」

 雪夜は立ち上がり、麗慈とともに沙織の姿が見えるが声が聞こえない程度の場所に移動した。

 麗慈は少し怒っているようだった。

「何で組織のヤロウがここにいんだよ」

「あの人が麗慈の言っていた組織の人だったんだでもさ、ボクは君から組織に追われてるとしか聞いてないし、組織がどんな組織なのかも知らなかった。ボクは君のプライベートには基本的に関わっていない。だから、あの人が組織の人間だなんて判断ができないと思うけど?」

 雪夜は麗慈から『組織に追われてるから匿って欲しい』としか聞いておらず、組織のついての知識は全くなかった。今日、彪彦からスカウトされた時に魔導に関する組織らしいことを知ったくらいだ。

「判断がどうこうなんつーのは関係ねえよ、何でいたのかを聞いてんだよ俺は!」

「ボクのことをスカウトに来たから、逃げるのに戸惑って仕方ないから一時的にここに封じ込めさせてもらっただっけだよ」

 麗慈の表情が変わった。彪彦と戦っていた時と同じ表情だ。

「ククク……おもしろくなって来た。だが、組織がおまえの能力に興味を持ったってことは俺の身も危ないな」

「だったら、早く逃げれば?」

「ククッ、そうもいかない。俺は紫苑って奴と決着をつけるためにあいつの近くで身を潜めてたんだ。組織から逃げるのはあいつと決着をつけた後だ」

「そんなライバルみたいのがいるんだ。あっちの世界で戦うのが不都合なら、この世界を使ってもいいよ」

「ククク……最初からそのつもりだ」

「まあ、がんばって」

 雪夜は麗慈のやることに興味がないというわけでもないが、どちらかと言ったらどうでもいいのだ。麗慈に協力はするが、ほとんど傍観しているに過ぎない。

 麗慈の表情がもとに戻った。

「ところで、何であいつがこの世界にいるんだよ?」

 親指で麗慈は空をぼーっと見ている沙織を指した。

「沙織さんはボクの世界のお姫様に迎えようと思ったんだ」

「あいつに惚れたのかよ?」

「さあ? ひとを好きになるって感情がボクにはわからない。でも、彼女の何かに惹かれた」

「そういうの惚れたっていうんじゃねえか? まあ、俺もそういう感情を持ち合わせてねえからわかんねえけどな」

 組織の中で問題児として扱われて来た麗慈は、持っている感情の多くが欠落しているか壊れていて、組織の手に負えないことが多く、牢獄の中に長い間、閉じ込められていたのだ。

 麗慈の手が煌き、空間を切った。

「じゃ、俺はいったんあっちの世界に戻るな」

「そう、じゃあね」

 軽く手を振る雪夜に見送られ、麗慈は裂けた空間の中に飛び込んでいった。そして、空間の裂け目はすぐに閉じられた。

 雪夜がベンチに戻ると沙織がビックリした顔をしていた。

「そんな顔してどうしたの?」

「今、麗慈センパイ消えたよね!? もしかして、麗慈センパイも魔法使いだったの?」

「そうだよ」

「すっご〜い! そうだ、沙織に魔法の使い方教えてよ、沙織にもできるって雪夜くん言ったよね?」

「魔法少女になりたいんだっけ?」

 沙織は公園で雪夜に魔法少女になりたいようなことを言っていた。沙織に魔導の才能があることを雪夜は感じたが、才能があってもすぐに使えるとは限らない。

 瞳を輝かせて沙織は雪夜を見つめた。

「ねえ、どうやるの? 早く教えてよぉ〜!」

「う〜ん、魔法は自分の得意な種類の魔法というのがあるらしくって、例えばボクの場合は石を踊らせてみたり、こういう世界を創ったりするのが得意なんだ。沙織さんがどんな魔法が得意なのかがわからないから、う〜ん、どうしようかな?」

 雪夜の場合は努力も何もしないである日突然魔導が使えるようになったので、人にどう教えたらいいのかわからない。

「沙織も早く魔法使いになりたいよぉ〜!」

「待って、どうしたらいいか考えているから……」

「早く早くぅ〜」

 沙織は魔法を早く使えるようになりたくて小さい子供のように駄々をこねる。それに雪夜は困ってしまう。

「え〜と、そうだなぁ、そうだ、いい考えが浮かんだよ」

「えっ、なになにぃ?」

「まずは、ボクの力を借して沙織さんにこの世界に足りないものを補ってもらおう」

「どういうことぉ?」

「まずはボクの手を取って」

 雪夜は沙織に手を差し伸べた。その手を沙織はぎゅっと握り締めた。

「次は目をつぶって」

「うん」

 沙織は目をぎゅっと閉じた。

「最後はこのネバーランドを好きなように造り変えるんだ」

「どうやって?」

「想像するんだよ。こうだったらいいのになぁ〜って感じでね。できるだけ具体的に想像するんだよ」

「うん」

 想像は得意だった。沙織は小さい頃から一人遊びばっかりしていて、物語や世界を創造して遊ぶのが好きだった。

 雪夜の目の前で世界が変わっていく。

 アトラクションの形が可愛らしく変形し、テーマパーク全体がパステル調の明るい雰囲気になり、木々や花々が道の脇に生えはじめた。そして、最後に雪夜が足りないと心の奥底で感じていたものが現れた。

 乗り物に乗る者たちのはしゃぎ声が聞こえ、親子連れやカップルが道を歩いている。世界が華やいだ。しかし、それは全部人間ではなく可愛らしい動物たちだった。

 雪夜はこの世界に虚しさを感じていた。だが、その問題は沙織によって解決されたように思える。

 ゆっくりと目を開ける沙織。

「うわぁ〜、すごい、すご〜い! みんな楽しそうでいい感じだよねぇ?」

「うん、楽しい世界に生まれ変わったよ」

 雪夜は沙織に向かって微笑んだ。それは自然に出た笑みだった。

 この世界は沙織の力によって生まれ変わった。だが、ただひとつ変わらなかったものがある。

 雪夜は遠くに聳え立つ城を眺めて呟いた。

「……やっぱり、あれだけはそのままか」

「どうしたのぉ雪夜くん?」

「いや、別に」

 あの城は雪夜自身を象徴しているものなのだ。あれだけは雪夜にしか創ることができない城なのだ。雪夜が完成させようと思わなければ、いつまでもあの城は『未完成の城』なのだ。

 雪夜はベンチに座りながら往来する動物たちを眺めた。みんな楽しそうだ。きっと、これが沙織の心なのだろう。だが、どうして沙織はこんな世界を創ったのか?

 沙織の心を通して雪夜は自分の心を見ようとしたが、あまりよく見えなかった。だが、自分自身の心を直接見るよりは見えたような気がした。

「雪夜くんはどうしてこんな世界を創ったのぉ?」

「さあ? どうしてだろうね。ボクもそれが知りたいよ」

 何となく創り出したこの世界。きっと何となくでも意味はちゃんとあるのだろうが、雪夜にはそれがわからなかった。そして、それを知りたかった。

「雪夜くんって何かしたいことがあるの? そうだ、雪夜くんの夢って何、教えて教えてよぉ!」

「夢? そんなの考えたことないな。いや、待って、この世界とあっちの世界をごちゃまぜにしたいっていうのはあるけど、それって夢……かなぁ?」

「それおもしろいよ、やろうよ、世界中をぜ〜んぶテーマパークみたいにするの」

 別におもしろうそうだから雪夜はそれをしようと思ったのではない。向こうの世界を滅茶苦茶にしたかっただけだ。だが、雪夜は本当にそんなことがしたいのか、自分でもよくわからなかった。

 雪夜にはすでに二つの世界を混ぜる計画を進めていた。

「実はね、このテーマパークとあっちの世界に新しくできるテーマパークをごちゃ混ぜにしようと思っているんだ」

「そんなことできるの?」

「まあね。クリスマス・イヴに開園するテーマパークがあるの知っている?」

「うん、ジゴロウランドのことだよね?」

「そうそう、そことここを混ぜるんだよ」

 クリスマス・イヴに開園するジゴロウランド。麻那が森下先生もらったチケットもそのテーマパークのチケットだった。

 沙織は興味津々で本当に楽しそうな顔をしている。

「早くごちゃ混ぜにしちゃおうよ!」

「まだだよ、まだ開園してないから、開園と同時に混ぜるんだ。それがうまくいったら、徐々に世界全体を造り変えていく」

「ねえ、沙織もいろいろ造り変えたいよぉ」

「うん、二人で世界を変えよう」

 そう言いながらも雪夜は自分に世界全体を変えられるだけの力があるのかわからなかった。このネバーランドの基盤を創り上げたのは雪夜の力だ。だが、もともとある世界を造り変えることが可能なのか?

 そもそも世界というものは何によって創られているのか?

 このネバーランドは雪夜の想像によって創造された世界だ。では、人間たちが住んでいるあの世界は……?

 雪夜には疑問に思うことがあった。自分の創り上げたこのネバーランドは現実なのか幻なのか?

 何をもって現実というのか幻というのか?

 雪夜のとってこのネバーランドと向こうの世界を混ぜるというのは、答えを見出すための計画でもあるのだ。雪夜は世界の真理に近づこうとしていた。

 物思いに耽っている雪夜に沙織は何度も声をかけていた。

「雪夜くん、雪夜くんってばぁ、聞いてるぅ?」

「あっ、なに? ごめん、少し考え事してた」

「友達呼んでいいかなぁ? この世界に沙織のお友達も呼びたいの」

 友達という言葉を聴いた雪夜は少し寂しい気分になった。今はこの世界で二人っきりで遊んでいたが、向こうの世界には沙織の友達がいる。

「いいよ、沙織さんの友達なら歓迎するよ。何人でも何百人でも連れて来ていいよ。でもね、大人は駄目だよ――この世界に住む資格があるのは子供だけさ」

「うん、わかった。仲のいい久美ちゃんと麻衣子ちゃんを呼びたいんだ」

「ふ〜ん、どんな子たちなの?」

 沙織は笑顔で二人の友達の話をはじめた。

「小学生の時から三人いつも一緒に遊んでたの。星稜中学に入学するのも、麻衣子ちゃんが星稜受験したいっていうから、沙織と久美ちゃんで猛勉強したりしたんだよ。久美ちゃんはね、結構口がキツイんだけど、本当はすごく優しいの。麻衣子ちゃんはしっかり者で頭がスゴクいんだよ。でねでね、二人ともスゴクカワイイんだよぉ」

 楽しそうに友達の話をする沙織。それを温かい眼差し見つめる雪夜。

「ボクもその二人と仲良くなれるかな?」

「うん、沙織とお友達になれたんだから、久美ちゃんと麻衣子ちゃんともお友達になれるよ!」

「そうだといいね」

 雪夜は自身がなかった。沙織には自分と同じものを感じたからこそ仲良くなれたが、沙織の友達だからといって友達になれるかというとそれは別の話だ。

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