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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
未完成の城
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未完成の城(4)

 野々宮沙織は珍しく一人で学校から帰っていた。いつもは仲のよい早見麻衣子と宮下久美といることが多い。

「ひさびさにひとりぃ〜、寂しいなぁ」

 小さな影がとぼとぼと歩いて行く。

 沙織は翔子の部活の後輩で、部活内では撫子に次いでテンションが高い。だが、彼女がテンションを高くすることをできるのは、周りに友達がいればこそだった。今の沙織はテンションが低い。

 他人の輝きをもらって自分を輝かせることしか沙織にはできなかった。

 ひとりで帰っていると特にすることがない。けれど、沙織は家に帰っても特にすることがなかった。

 沙織の両親は共働きで仕事から帰って来るのはいつも夜遅くだった。というより、帰って来ないことの方が当たり前だった。

 家に帰っても特にすることがない沙織は家に帰るのが嫌だった。そのためいつもは仲のいい二人の友達とできる限り一緒にいる。

 肩を落としながら歩く沙織は人の大勢いる場所に行こうと考えた。だが、今日は人のいない静かな場所に行きたい気分だった。

 家に帰ればひとりになれるだろう。しかし、沙織は家でなく、ふと横を立ち寄った公園に入った。

 家はひとりになれるが、外と完全に隔離されたような感覚を沙織は受けてしまう。人がいなくても外にさえいれば、誰かと繋がっているような気分になり、家にいるよりはましな気分に沙織はなれた。

 寒空の下の公園は静かだった。

 沙織は風に揺られていたブランコに座って空を見上げた。そして、いろいろなことを考えた。特に両親のことを考える。

「……嫌い」

 その言葉は両親に対するものだ。沙織は両親のことを悪く思っていた。

 沙織の両親は仲が悪く互いの不倫を認め合っている。だが、別れる気は今のところないらしい。そのため沙織の両親は家に帰って来ないで、不倫相手の家などに泊まり込んでいた。

 どこからか猫の鳴き声が聞こえて来た。

 沙織が足元を見ると、こげ茶色の仔猫が沙織の足に擦り寄っていた。

 仔猫は可愛らしい声で鳴きながら顔を沙織の足に擦り付けている。何かをねだっているのだろうか?

 泣き続ける仔猫を見ていた沙織はバッグの中から今朝コンビニで買ったチキンサンドの残りを取り出した。

「猫ってチキンサンド食べるのかなぁ?」

 沙織はチキンの部分を千切って仔猫に分け与えてみた。すると仔猫はチキンにかぶり付き、首のスナップを利かせながら口の中にチキンを放り込んでいった。

 仔猫は鳴くのを止めて走り去ってしまった。

 沙織は少しショックを受けた。自分に懐いたのかと思ったら、猫はエサをもらったら走り去ってしまったのだから。

 どうしても沙織は仔猫を追いかけずにはいられなかった。

 仔猫だけに視線を向けて走っていた沙織はいつの間にか道路まで出ていて、仔猫が急にアスファルトの地面から持ち上げられた。

 沙織は仔猫が持ち上げれるのに視線を合わせて、そのまま仔猫を抱き上げた少年の顔を見た。

 自分よりも年上の男の子だと沙織は思い、相手の少年も自分よりも年下だと思ったが、沙織がこの辺りでは有名な星稜の制服を着ていたので自分よりも年上なのだと確認できた。

「これ君の猫?」

「ううん」

 少年はそう聞くと仔猫を地面に下ろしてやった。すると仔猫は走り去ってしまった。

 走り去る仔猫を見て沙織は少し寂しい気分になった。

「あ、行っちゃった」

「逃がしちゃダメだった?」

「ううん、別に……あっ!?」

 沙織は少年が腕に怪我を負っているのに気が付いた。

「腕から血出てるけど大丈夫なの?」

「あ、これ、ちょっと動物に噛まれただけだから平気じゃないかな?」

 どう見てもちょっととは言いがたい怪我だった。遠くから見れば模様にも見えないこともないが、血が服にだいぶ染み込んでいる。

「大丈夫じゃないよぉ、動物に噛まれんでしょ〜、バイキンとかウジャウジャで化膿して……うぅ〜寒気」

 自分で言っておいて、沙織は全身に寒気を感じてぶるぶるっと振るえた。

「じゃ、ボクは行くね」

「あ、その怪我本当に大丈夫なの? 病院とかちゃんと行ってね」

「血は止めたから病院には行かないよ」

 少年は歩き出し、すぐに足を止めて振り向いた。

「ひとつ、聞いていいかな? どうして公園にひとりでいたの?」

「見られてたの?」

「ボクと同じ感じがしたから、ちょっと目に留まっただけだけど」

 少年は沙織から自分と同じ満たされない孤独を感じ取っていた。人といると楽しく、人の傍にいたいと常に思っているが、人の輪に入っている時にふと我に返った時に感じる孤独。その孤独の理由はわからないが、少年は常にその孤独に付きまとわれていた。

 自分と同じ感じのした沙織に少年は惹かれた。

「ちょっと君とおしゃべりとかしていいかな?」

「沙織とおしゃべり?」

「沙織って言うんだ。ボクの名前は影山雪夜、君よりは年下だから呼び捨てでも別に構わないよ」

 この少年は芳賀雪夜だった。影山彪彦との戦いの後、この場所をたまたま通りかかったのだ。

「沙織よりも年下なの!? てっきり上かと思ってた。え〜と、沙織は野々宮沙織、中学一年生で十二歳」

「なんだ、年は同じか。ボクも十二歳、小六だけどね。ブランコに座ってしゃべろうか?」

「うん」

 うなずきながらも沙織は雪夜に不信感を抱いていた。不信感というよりも不思議な感じという表現の方が正しいかもしれない。それは魔導の力を持つものの魅力だ。

 ブランコに座った二人は別に漕ぐわけでもない。ただ、ベンチの代わりとして座っているだけだ。

 雪夜は自分の話をすることにした。それは相手に心を開かせるためだ。

「じゃあ、ボクの家庭環境の話でもしようかな。ボクさ、ここ数年父親の顔見てないし、母親は一ヶ月まえに見た……かな? とにかく、あんまり親と関わりがないんだよ」

 沙織は雪夜の話に少し興味を惹かれた。自分の家庭と似ていたからだ。

 雪夜は相手が自分の話しを聞き入っていることを確認して話を続けた。

「それでね、別に親が家にいないわけじゃないんだ。家にいても互いに顔を合わせない。互いのことに無関心で、どうでもいいと思ってる。食事はいつも部屋の前に時間になると置いてあったり、時にはお金が置いてある時もあるかな」

 ゆっくりと息を地面に吐いた雪夜は沙織を見つめた。

「大人ってみんなあんな感じなのかな?」

 その瞳は黒く見ていると吸い込まれてしまいそうな瞳だった。

 雪夜は黙り込み、その間に沙織は考え事をした。自分の両親について考えた。だが、それは考えるのも嫌で一言で片付けられた。

「嫌い、沙織は沙織のパパとママが嫌い。あんな大人になんかなりたくない」

 雪夜は妖艶な笑みを浮かべた。沙織の今の言葉を彼は聞きたかったのかもしれない。

 ――大人になんかなりたくない。

 今の言葉を雪夜は心に深く刻んだ。自分と同じ考えを持つ者の言葉として――。

「沙織さんは大人になりたくないの? 大人は大人で楽しいと思うけど?」

 思ってもないことを言って相手の言葉を確かめる。

「沙織は大人になりたくない。子供のままの方が楽しいこと、いっぱい、いっぱいあるもん」

「その願い叶えてあげようか?」

「どういうこと?」

「ずっと永遠に子供のままにしてあげようかって意味」

 雪夜はいったい何をしようとしているのか?

 困惑する沙織。困惑するのには理由がある。冗談ではなく本当に雪夜が願いを叶えてくれそうだったからだ。それは雪夜の妖しい魅力だった。

 子供のままでいられるなら……。

「できるの、そんなこと?」

「できるよ、実はボク魔法使いなんだ」

 普通の人がこんなことを言ったら冗談にしか聞こえなかっただろうが、雪夜に言われると納得するしかない。

「魔法使いなんだぁ、そんな感じするかも……」

「じゃあ、こんなのはどうかな?」

 雪夜は地面に落ちていた小石を拾い上げて、近くに軽く放りながら高らかに声をあげた。

「トゥーンマジック!」

 すると、地面に落ちた小石がダンスをし始めた。

 小石は回転したり、ジャンプしたり、確かに踊っている。

 目を丸くして沙織は小石のダンスを見入った。言葉で魔法使いを信じるのと、実際に魔法を見て信じるのではまた違う。

「すっご〜い! カッコイイよ雪夜くん!」

 興味津々で笑顔を浮かべる沙織は雪夜の顔を目を輝かせて見つめた。見つめられた雪夜は少し照れ笑いを浮かべる。

「これは、簡単魔法だよ」

「あのぉ、私にもできるかなぁ?」

 雪夜の使った魔導は確かに簡単なものではあるが、魔導を使うには類まれなるセンスが必要で誰にでも仕えるわけではない。

 だが、雪夜はこう言った。

「きっと、できるよ沙織さんにも」

 これは嘘ではない。雪夜は沙織から微弱な魔導を感じていた。

 沙織は潜在的には魔導の力を持っている。ただ、それに本人が気づかずに使いこなせてだけなのだ。雪夜はそれに気がついた。

 自分で知らないうちに魔導の力を持ってしまっている者は、大抵は魔導の力に気づくことなく一生を終える。特に自分で力に気がつく者は稀にしかいない。ほとんどの場合は誰かに教えられてはじめて知ることになる。

 魔法が使えると聞いて沙織は嬉しくなった。

「ホント! 沙織にも魔法使えるの? ウレシイなぁ〜、じゃあ、沙織も魔法少女の仲間入りってこと?」

「魔法少女?」

「悪い奴らをやっつける正義の魔法少女だよぉ〜」

 沙織は魔導を使えるということがあまりよくわかっていない。

 雪夜はどうとでもとれる笑みを浮かべた。何を考えているのかわからない笑みだ。

「おもしろいねそれ。うんいいと思うよ、悪い大人を懲らしめるっていうのもいいと思うけど、どうかな?」

「悪い大人?」

「ボクの両親とか、沙織さんの両親とかね」

 また、笑みを浮かべる雪夜。とても純粋な笑みだが、その笑みは何が純粋なのか?

 純粋な悪、純粋な正義。それは人の価値観で決まることで、多くの人は正義が正しくて、悪が間違いだと主張する。だが、本当はどちらが正しいというわけではなく、主張が違うだけ、理念が違うだけ、考えていることが違うだけのこと。

 微笑んでいる雪夜は沙織にこう言った。

「じゃあ、まずは沙織さんをボクの世界に案内しよう、そこにいれば永遠に子供でいられる」

「そんな世界あるの?」

「今すぐにでも行けるけど、行くかい?」

「行きたい!」

「じゃあ、ボクの手を掴んで目をつぶってくれるかな? ボクがいいて言うまで開けちゃ駄目だよ」

 沙織は差し出され手を掴んだ。それは新世界へ自分を導いてくれる手。

 目をつぶった沙織は自分が溶けていくような感覚に陥った。そして――。

「いいよ、目を開けて」

 目を開ける沙織。

 新世界への扉は開かれた。

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