未完成の城(2)
愁斗が学校の正門を抜けて少し歩いたところで、笑顔の翔子が待っていた。
「愁斗くん、一緒に帰ろう」
「うん、そうだね」
二人は付き合いはじめて一ヶ月以上の月日が流れるが、一応周りの人たちには秘密になっていて、そのことを知っているのは愁斗と翔子の所属する演劇部の先輩二人と撫子だけである。だが、最近は学校で一番カッコイイと言われている愁斗が翔子と付き合っているという噂が蔓延しはじめて、隠すに隠せない状況になって来ていた。
明日から学校が冬休みを向かえることで、翔子は愁斗と長い時間一緒にいられることを楽しみにしていた。
二人はアーケード街に差し掛かった。もうすぐクリスマスということもあり、そこら中がクリスマスの色に染まり、どこからかクリスマスソングが流れて来る。
「ねえ、愁斗くん?」
翔子は愁斗の顔を覗き込んだ。だが、愁斗は全く気がつかないようで、遠くの何かを見つめていた。
「ねえ、愁斗くん?」
もう一度翔子が呼びかけると、愁斗ははっとした表情をして振り向いた。
「あ、ごめん、なに?」
「なに見てたの?」
「いや、別に、ちょっとぼーっとしてただけだよ」
これは嘘だった。愁斗は遠くを歩いていた少年を見ていた。その少年から愁斗は只ならぬ魔導の力を感じたのだ。
少年の年は愁斗よりも年下で、小学校高学年くらいに見えた。その少年も愁斗に気がついたようで、愁斗と目が合った時に笑った。そして、姿を消した。
愁斗の目に焼きついてしまった少年の笑顔はとても不気味だった。妙に大人びている妖艶な笑い。魔導の力を持ったものは人間ならぬ妖艶な魅力を纏うことが多い。
「愁斗くん?」
「あ、ごめん、またちょっとぼーっとしてた」
あの少年はいったい何者だったのだろうか? それが愁斗の頭を離れない。
物思いに耽っている愁斗の横顔を見て、翔子は少し顔を膨らませた。
「愁斗くん、もしかして私といるの退屈なの?」
「えっ!? そんなことないって、瀬名さんといると心が落ち着くから、何ていうか安心して気を抜いちゃうんだよ」
「ホントかなぁ〜」
疑いの目で翔子は愁斗の顔を覗き込んだ。これに愁斗は弁解を続ける。
「本当だよ、僕は瀬名さんのこと好きだから、世界で一番大切なひとといると安心するんだよ」
好きという愁斗の言葉は翔子にとって一撃必殺を喰らってしまったようなもので、その言葉を言われると嬉しくなって全てを許してしまう。
「こんなところで恥ずかしいからやめてよぉ〜」
そう言いながらも翔子は顔を桜色に染めて満面の笑みを浮かべていた。
翔子は愁斗の制服の袖をぎゅっと摘まんでモジモジしながら彼の顔を見上げた。
「あのね、明日から学校ないでしょ?」
「うん」
「でね、うちの両親も今日から一週間、海外に旅行に出かけちゃって、家に私しかいないんだよね」
「ふ〜ん」
愁斗は気のない返事をした。別に悪気があったわけではないが、翔子には悪い印象を与えてしまった。
「もういいよ、やっぱりいい!」
「何でいきなり怒り出すの?」
愁斗には翔子が突然に怒り出した理由がわからなかった。
不思議な顔をしている愁斗を置き去りにして、翔子は早足でどんどん前に歩いて行ってしまった。だが、翔子の足は何かによって強引に止められてしまった。
翔子の足を止めたのは愁斗の妖糸であった。そのことにすぐに気づいた翔子は無言で怒った顔をしている。
「どうして怒ってるの?」
「こういう時に魔法使うのズルイ」
翔子は愁斗の操る妖糸を魔法と認識している。間違ってはいないが、正確には魔導士と呼ばれる者たちを細分化した中の傀儡師が使う魔導だ。
少し早足で翔子のもとへ行った愁斗は以前、不思議な顔をしている。
「だって、先行っちゃうからさ」
「怒ってたんだから、当たり前でしょ?」
「だから、何で怒ってるのわからないって。もしかして、僕のせい?」
「そうだよ、『ふ〜ん』とか言って気のない返事するから」
相手のものまねをした翔子はすぐにそっぽを向いてしまった。愁斗にしてみれば、何でそんなことで怒っているのか理解できない。
「そんなこと?」
「そんなことじゃないよ」
そういうものなのかと愁斗は強引に理解するしかなかった。
今のままで怒っていたはずの翔子が急に機嫌を直して遠くを指差した。
「あれって部長と麻那先輩じゃない?」
部長とは演劇部の『元』部長のことで、今は引退した中山隼人のことだ。現演劇部の部長は翔子が引き継いだ。翔子は今までの癖で隼人のことを今でも部長と呼んでいる。
愁斗も二人を確認した。
「本当だ、久しぶりに二人を見た。声かけようか?」
「ダメだよ、何か邪魔しちゃいけないオーラ出てるじゃん」
「どこに?」
オーラというと愁斗は魔導士たちなどが発する特別な気のことだと認識しているので、自分にその気が見えないことを不思議に思った。だが、すぐに愁斗は自分の考えが間違っていることに気がついて言葉を訂正した。
「どうして邪魔しちゃいけないの?」
「何かいい雰囲気で、もしかしたらあの二人付き合ってるのかな?」
翔子に首を傾げて顔を覗かれた愁斗も首を傾げた。
「さあ、どうなんだろうね?」
「いや、絶対あの二人付き合ってよ。でも、いつからなんだろう」
断言する翔子であるが根拠は特になく、今見た感じでそう断言した。
もともと翔子は麻那が隼人のことを好きなんじゃないかな、と漠然として思っていたのだが、一〇月に行われた星稜中学の学校祭で演劇部が公演の練習をしている時、翔子は麻那を見ていて、『絶対麻那先輩は部長のことが好きだ』と確信していた。
隼人と麻那の姿が見えなくなったところで愁斗はこう言った。
「気になるなら追いかけて行って直接聞いてみたら?」
「何で愁斗くんってそういうデリカシーのないこと平気で言うかなぁ。デートの邪魔されたら、麻那先輩スゴイキレるよ」
「でもさ、別にデートしてるって決まったわけじゃないし」
「いいの、行きましょう」
とっくに愁斗の妖糸から解放されている翔子は、またさっさと歩き出してしまった。
再び一緒に歩き出した愁斗と翔子。だが、愁斗がすぐに足を止めて後ろを振り返った。翔子もそれにつられて後ろを振り向く。
二人が振り向いた先にいたのは影山彪彦だった。もちろん翔子知らない。
「知り合い?」
「いや、他人だ」
冷たく言い放つ愁斗に彪彦は口元をつり上げて見せた。
「わたくしは愁斗くんとは知り合いですよ、一応」
「僕たちのことを付けていたのか?」
愁斗の横顔を見る翔子は恐怖を感じた。愁斗は時折、冷たく無表情な顔をすることがある。翔子はその愁斗の顔が怖かった。
異様な雰囲気と見た目の彪彦だが、ここを行き交う人々の目を惹くことはない。なぜなら、彪彦は魔導の力で人々の死角に入っているからだ。彪彦の姿が見えているのは愁斗と翔子だけだ。
「付けるなんてとんでもありません。たまたまある人物を追って来たら、あなたの姿を発見しただけです」
「だったら、さっさと行け」
「それがですね、見失ってしまって――」
愁斗は遠くを指差した。
「あっちだ」
先ほど愁斗が見た少年が消えた方向だ。恐らく彪彦の追っている人物はあの少年だろうと愁斗は思った。
彪彦は愁斗の短い言葉を瞬時に理解した。
「情報提供ありがとうございます。では、わたくしは――」
風のように去って行く彪彦の後姿を見ながら翔子は愁斗に尋ねる。
「今の人誰だったの?」
「他人だ」
あまりにも愁斗が冷たく言うので、翔子はそれ以上聞くことができなかった。