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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
18/54

夢見る都(18)

 組織の創り出した異世界の中には、天を突く巨塔が立っていた。

「ゲームと言っていたが、RPGのつもりか?」

 古ぼけた塔には蔓が生い茂り、辺りには霧が立ち込めている。亡霊でも出そうな雰囲気である。

 遠くからは何かの鳴き声が聴こえてくる。そして、バイオリンの物悲しい曲がどこからか流れてくる。

 肌寒い風が吹き、世界は淀んでいた。

 紫苑の前には塔へ続く廊下の入り口が大きな口を開けている。その先は見通すことができない。

 廊下の中は薄暗く、蝋燭の淡い光によって長い廊下が照らされていた。

 廊下の先にある硬く閉ざされた扉――その左右には、今にも動き出しそうな甲冑が飾ってある。

 ガタンと何かが動いたような音がした。その音には鋼の響きが混じっていた。

「なるほど『動き出しそう』ではなく、『動く』のか」

 二体の甲冑が手に持ったハルベルトを振り上げて襲い掛かって来た。

 ハルベルトとは長柄の一種で、長さ約三メートル・重さ約三キロ。槍状の頭部に斧のような形をした広い刃が付き、その反対側には小さな鉤状の突起が付いているという複雑な形状をした武器で、これひとつで切る・突く・引っ掛ける・鉤爪で叩くといった四種類の攻撃が可能だ。

 ビュンと風を切り、広い刃が横に振られたのを紫苑は高く飛翔して避けた。だが、二体目の甲冑が紫苑を突こうとする。

 紫苑の身体を突く筈のハルベルトが突如甲冑のグローブから擦り抜けた。妖糸の成した業だ。

 紫苑は地面に優美に着地し、それと同時に奪われたハルベルトの先端が一体目の甲冑を突いた。突かれた甲冑は音を立てて崩れ、ただの甲冑と化して床にパーツごとに四散してしまった。

 操られているハルベルトが二体目の甲冑に襲い掛かる。と思いきや、宙に浮いていたハルベルトは地面に音を立てて落ち、紫苑は高い天井に妖糸を引っ掛けて上空に舞い上がった。

 『一体目』の甲冑が紫苑を掴もうとしたが、大きく空を抱きしめた。上空に紫苑が舞い上がらなければ捕まれていたに違いない。

「生きていたのか……いや、この表現は正しくはないな。核を壊さなくてはいけないようだ」

 音もなく妖糸を伝い下に降りた紫苑は呟いた。

「視えた」

 妖糸がうねうねと動き、二体の甲冑の内側に忍び込み何かを突いた。

 突如動きを止めた甲冑。――そして激しい音を立てながら床に崩れた。

 上を見る紫苑。紫苑は上空を飛ぶ生物に目をやっていた。

 天井には一匹の蝙蝠が飛んでいた。その口には何かを咥えている。

 蝙蝠は銀色に輝く何かを紫苑に向かって落とした。

 落下して来た何かを手で掴み、手を広げてそれが何か紫苑は確認した。

「鍵か」

 紫苑の手のひらの上にある物――それは銀色の鍵だった。

 前方には甲冑が守っていた扉がある。どうやらあの甲冑を倒すことにそこにある扉の鍵が手に入る仕組みになっていたらしい。

 扉の前に立ち、紫苑は鍵穴に先ほど手に入れた銀色の鍵を差し込んだ。鍵はぴったりと合い、鍵の開く音が聴こえた。

 自動ドアのように勝手に開かれたドアの先には大広間があり、上へと続く螺旋階段があった。どうやら塔の内部に入ったようだ。

  大広間の中心には斧を構えた怪物が腰を据えて立っている。

 怪物の全長は約三メートルで、手には身の丈よりの高い斧を持っている。鎧を着ているが顔は牡牛だ。そう、神話に出てくるミノタウロスに似ているかもしれない。

 ミノタウロスとはギリシア神話に出てくる怪物の名で、上半身が牡牛で下半身が人間というのが一般的には通っているが、実際は少し違う。顔は人間であったが潰れていて怪物のようで、目は赤く、巨大な反った歯、頭からは二本の角を生やし、身体は短くて茶色い毛で覆われていると言うのがラビュリントスにいた怪物だ。

 だが、紫苑の目の前にいるのは一般的に知られたミノタウロスのようで、顔はまさに牡牛である。

 この生物が組織の実験により生み出されたことが紫苑にはすぐにわかった。

 魔導の世界では科学よりも早くキメラ生物の実験を行っていた。

 キメラとはギリシア神話のキマイラ――ライオンの頭、ヤギの胴、ヘビの尾を有し、口から火を吐く獣が語源であり、二つ以上の異なる遺伝子型を有する生物体というのが一般的な説明で、突然変異や接ぎ木や肝移植などによって生じる。

 だが、ここで言うキメラとはキマイラのような生物を人工的に創り出すことで、ここにいるミノタウロスもその一種だろう。

 『組織』とは古の魔導士の知識を受け継ぐ者たちが組織したグループで、今は主に魔導と科学の融合を試みている。

 ミノタウロスは雄叫びをあげた。紫苑を見てだいぶ興奮しているようだ。そのような暗示でもかけてあったのだろうか。

「さて、階段は見える場所にあるが、こいつを倒さねば上へは行けぬのか?」

 思案をしている間に敵は目の前まで迫っていた。考えている必要もなかった。次の瞬間にはミノタウロスの首は中を舞っていた。

 だが、紫苑はこう叫んだ。

「まだか!」

 首のないミノタウロスは斧を力強く振りかぶった。

 空気を切りながら襲い掛かって来る斧をジャンプして避けた紫苑は空中から妖糸を放った。

 妖糸は鎧によって弾かれた。

 地面に着地した紫苑はぼやいた。

「まったく困ったものだ、組織の作るものには私の妖糸がことごとく通用しない」

 ミノタウロスは今はなき頭以外の場所は鎧に包まれている。これでは紫苑には歯が立たない。

 紫苑は螺旋階段に向けて疾走した。ミノタウロスは頭がないためか、少し動くのに戸惑っているように見える。

 螺旋階段を上ろうとした紫苑であったが、何かを感じ立ち止まり、何も見えない空を手で叩いた。すると何か硬いものがあることがわかった。

「……壁か」

 そこには見えない壁が立ち塞がっていた。やはりここにいる敵を倒さなければ上には行けないらしい。

 だが、紫苑は妖糸を見えない壁に向かって振るった。すると硝子でも砕けたような音がした。

 上へ行こうとした紫苑であったが、どこからか聞こえるアナウンスを耳にして足を止めた。

《警告します、警告します、ゲームのルールを破った場合、囚われの姫は瞬時に殺されることになります――警告します、警告します――》

「……裏技はなしか」

 紫苑の後ろからは、首のないミノタウロスが斧を振り回しながら走って来ていた。

 妖糸の効かぬ相手をどうやって倒すのか? 敵は首を落とされても死なない怪物だ。

 ここは召喚を使うしかないだろう。だが、今の紫苑には召喚は不可能だった。召喚はいつでも使える万能な魔導ではないのだ。

 頭上に振り下ろされようとしている斧の柄を紫苑は切断した。斧刃が地面に落ちる。これで敵は武器を失ったことになる。

 武器を失ったミノタウロスだが、武器がないわけではない。ミノタウロスの大きな拳は十分相手を殺傷できる武器だ。

 振り子のように大きく振られる左右の拳はまるで鉄球のようで、一撃でも受けたら身体の骨が砕けるだろう。

 敵の攻撃は簡単にかわすことができるが、紫苑の頭には名案が浮かばない。どうやったらこの怪物を倒せるのか?

 妖糸が動き出した。ミノタウロスがいる方向とはまるで違う方向へ妖糸は伸びる。

 ぐんぐん伸びた妖糸はある物を掴んで猛スピードで戻って来た。

 ガツンという音とともにミノタウロスの身体が前につんのめった。ミノタウロスの背中には折れた斧の刃が突き刺さっていた。

 自分の妖糸が効かぬとも、組織の開発した斧ならば組織の開発した鎧を貫けるのではないか――『目には目を刃には刃を』旧約聖書の言葉だ。紫苑の予想は的中した。

 斧は見事に鎧を貫き、内側の怪物を傷つけた。だが、喜ぶのはまだ早い。この怪物は首を落とされても死なない怪物だ。

 ミノタウロスは背中に手を回して自ら斧を抜くと、その斧を紫苑に目掛けて激しく投げつけた。

 斧は紫苑に避けられ地面を砕きながらホップした。

 妖糸が煌き、蛇のようにミノタウロスの身体に巻きつき拘束した。

 身動きが取れずに雄叫びをあげながら暴れ回るミノタウロスは、ついにはバランスを崩して床に大きな音を立てて倒れてしまった。

《ミノタウロスは戦闘不能と見なし、上の階へ行くことを許可します》

 アナウンスの声が終了すると、ミノタウロスは突如地面に開かれた大穴の中へ落ちていってしまった。

 螺旋階段を上りはじめた紫苑であったが、螺旋階段はまさに天まで続いていそうな長さがあり、上へはいつ着くとも知れない。

 階段を轟かせながら何かが転がって来た。巨大な丸岩が上から転がって来る。

《階段を転がって来る岩を、螺旋階段の途中にある壁の隙間に入ってやり過ごしてください。岩を破壊して前に進もうとするとルール違反になります》

「手間のかかることをやらせるものだ」

 人ひとりが入れるくらいの壁の隙間が紫苑の目に入った。岩は目の前まで迫っているのそこに入ってやり過ごすしかない。

 壁の隙間に入った紫苑の横を岩が通り過ぎて行った。

 螺旋階段に戻り再び走り出す紫苑の耳に岩が転がる音が届いた。

「一度ではないのか」

 紫苑は仕方なくと行った感じで壁の隙間に身体を滑り込ませた。

 岩が横を通り過ぎて行くのを確認して、紫苑は全速力で階段を駆け上った。次の岩が可能性は大いにあり得る。次が来る前に上へ行きたい。

 天井が見えて来たところで壁の横から岩が出て来るのが見えた。

 紫苑はこれが最後だと思い壁の隙間を探した。だが、壁の隙間は前方にはなかった。あったのは後ろだ。

 急いで来た道を戻り壁の隙間に入った。岩は紫苑の横を通過したが、紫苑は隙間から出なかった。

 岩が出て来るタイミングに合わせてこの壁の隙間から出口までの距離を走るとなると、それは紫苑の全速力でギリギリの時間で通り抜けることが可能だった。まるでそう設定してあるようだ。

 次の岩が壁の隙間を通過した瞬間に紫苑は全速力で走るとともに、妖糸を出口に伸ばした。

 出口に引っ掛けられた妖糸は、走る紫苑の身体を宙に浮かせて、走る速さの二倍以上のスピードで出口まで運んだ。

 楽々と出口を抜けた紫苑は呟いた。

「念には念をだ。どうやらルールとやらには違反していなかったらしい」

 出口の先は屋上ではなかったようだ。上に続く螺旋階段があり、一階と同じ構造になっている。

 大広間に敵の姿はない。

《部屋の中央にあるサークルに入ってください。終了の合図前にサークルを出るとルール違反になります》

 部屋の中央には直径一メートルの円が描かれていた。

 紫苑がその中に入ると、前方の石畳の床が一枚宙に浮いた。

 三〇センチ四方にカットされた厚さ五センチのブロック状の石が、ぐるぐると回転して紫苑に向かって来た。

 妖糸が煌きブロックを粉砕する。だが、紫苑は背中に打撃を受けて思わずサークル内から出そうになってしまった。

 紫苑が辺りを見回すと、ブロックが四方を取り囲うように自分に向かって飛んで来ている。

 妖糸が躍り飛び、次々にブロックを粉砕していく。そして、紫苑は床を妖糸で砕きはじめた。ブロックが宙に浮く前に破壊するつもりなのだ。

 警告のアナウンスは流れなかった。

 ブロックの破片が地面に散乱し、終了のアナウンスが入った。

《このテストを終了します》

 やはりこの塔で紫苑に課せられることは、全て組織がデータを取るための実験というわけらしい。

 紫苑は螺旋階段を駆け上った。今度は岩が転がって来ることはなかった。その代わりに上からは腐臭を辺りに撒き散らすゾンビ兵たちが下りて来た。

 妖糸が煌き、一瞬にしてゾンビたちは細切れにされた。

 上に行こうとする紫苑の足に切断されたゾンビの腕を掴みかかろうとしたが、紫苑によって蹴飛ばされ螺旋階段の下へと落ちて行った。

 出口は近い。次こそ最上階か?

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