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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
17/54

夢見る都(17)

 楽屋で愁斗が翔子帰りを待っていると、突然ドアが開かれた。

 部屋の中に入って来たのは翔子ではなかった。猫のきぐるみを着た誰かだ。

 警戒心を抱く愁斗にきぐるみを着た何者かは、一通の手紙を手渡した。そして、何も言わず部屋を後にして行った。

 手紙の内容を見た愁斗の表情が険しくなる。

「なるほど、人質か……」

 鋭く尖った氷のような声。

「恐らく、これが私とあいつとの最終決戦だな」

 すぐに外に出れば手紙を渡しに来た奴に追いつくかもしれない。だが愁斗はそれをしなかった。きぐるみの人物を捕まえて話を聞いても無駄なことはわかっている。

「本人ではなかった――傀儡だった」

 愁斗はこの部屋に置いてあった自分のバッグを開けようとした。このバッグにはご丁寧にも南京錠が付けてある。

 南京錠を外し、バッグを開けた愁斗は、その中からあるモノを取り出した。

 紫苑は町外れにある、いつかの廃工場に来ていた。

 工場の入り口には制服姿のある人物が立っていた。そこで紫苑を出迎えたのは撫子だった。

「早かったね。何時間もここで待たされたらどーしよーかと思ってたところだよぉ」

 いつもどおりの明るい撫子に、紫苑は冷たい声で言った。

「やはり、貴様も組織の人間だったか」

 この言葉に撫子はため息を洩らしながらうなずいた。

「やっぱりバレてたかぁ。でもどうしてわかったの?」

「魔導の匂いがした」

 紫苑の口調が冷たいのに対して、撫子はわざとらしく驚いて言った。

「さっすがは古の血を引く魔導士だねぇ。でもさぁ、じゃあどうしてアタシを殺さにゃかったの?」

「貴様は私を観察し組織に報告をしていただけで、組織の直接的な動きはなかった。あいつが現れてからも同様。私は貴様らの様子を窺っていた。それに貴様は翔子の大切なひとだった――」

 そして、紫苑は断言した。

「だが、今ならば殺せる」

 鋼の響きを聞いてしまった撫子は、これ以上ないため息をついて肩を落とした。紫苑は何があろうと自分を生かしてはくれないだろうと撫子は悟ったのだ。

「やっぱり、アタシ殺されちゃうんだぁ〜。はぁ、仕方にゃいね……翔子のこと裏切っちゃったし」

 紫苑の手が動いた。

「……死して償え」

「ちょっと待った、タイムタイム。このゲームにはあいつの決めたルールがあるから、アタシと戦う前にちゃんと聞いて」

 地面に力を失った糸が落ち、紫苑は動きを止めた。

「じゃあ話しま〜す。これはあいつのゲームで、この建物の中に入ったら外に出れにゃくて、え〜とそんでもって、無理やり出ようとした時点で囚われの姫が殺されちゃうし、アナタが死んでも姫は殺される。それから、この中はこれを機に組織が野外で実験した異世界とかいうとこに直結してるの」

「なるほど、組織は異世界を創り出せる力を手に入れたのか」

「さあ、アタシはよく知らにゃいけど、そうにゃんじゃにゃいの。でね、アタシを倒して中に入ると、中では組織の実験サンプルやらいろんにゃのがいるらしいの。で、最後はあいつを倒して囚われの姫を救出すればゲームクリアだってさ。わかったぁ?」

「組織は私たちを使って実験をするつもりか。おもしろい、最高のデータ組織にくれてやろう」

「はぁ、じゃあアタシと勝負だね……爆裂憂鬱ぅ」

 うつむく撫子に容赦ない紫苑の妖糸が繰り出される。シュッという音が撫子の耳元で聴こえた。撫子が後少し妖糸に気がつくのが遅れていたら、殺られていた。

「反則だよ、卑怯者! 不意打ちにゃんて聞いてにゃいよぉ〜」

 シュッとまた空気を切る音が聴こえた。撫子は辛うじて妖糸を避けた。

「実践に反則はない。目を離していると首が飛ぶぞ」

「か弱いプリティ撫子ちゃんに暴力を振るうにゃんて、男として爆裂サイテー!」

 速攻を決める撫子に紫苑の妖糸が襲い掛かる。だが、その妖糸は撫子の特別な爪によっていとも簡単に切断されてしまった。

 撫子の鋭い爪が紫苑に振り下ろされた。

 茶色いぼろ布が少しさかれたが紫苑は無傷だ。そして、紫苑は撫子の攻撃と同時に自らも攻撃を仕掛けていた。

 妖糸が撫子が着る制服の胸部を切り裂いた。

「爆エッチだぞ! これ着てにゃかったら胸が見えてた……じゃなくって、切り裂かれてたよぉ〜!」

 裂かれた撫子の制服の下から黒いスーツが覗いていた。

「このスーツは組織が開発した、うあっ!」

 妖糸が撫子の横を掠めた。

「卑怯者! アタシが説明してるんだから攻撃しにゃいでよ」

「そんな説明いらん。私の目的は貴様を葬ることだけだ」

「そんにゃこと言わにゃいで、説明聞いてちょ〜だいよ。アタシ緊張すると口が止まらにゃくにゃるんだよぉ〜」

 撫子はしゃべりながら紫苑の妖糸を軽やかな身のこなしで避けていた。

「あのね、このスーツは伸縮自在で爆裂丈夫にゃんだよ。その妖糸も完璧じゃにゃいけど防げるって聞かされた」

「戦いに集中しないと首が飛ぶぞ」

 妖糸が撫子の首を掠り一筋の血が滲み出る。首を飛ばすまではいかなかったが、やられた本人は冷たい汗をかいていた。

「爆裂死ぬかと思ったぁ〜」

 撫子はほぼ全身に特殊スーツを着ている。肌を露出している部分は首から上と手首から先のみだ。つまり紫苑はそこを狙えばいい。

 煌く妖糸が乾いた地面を抉った。砕け散った地面の塊が砂埃とともに周囲に散乱し、細かい破片が撫子を襲う。

 思わず撫子は腕を顔の前にやり、一瞬だが目をつぶってしまった。紫苑の目的はまさにそれだった。

 目をつぶった一瞬の隙を愁斗は見逃さなかった。

 唸る妖糸が撫子の首を狙う。だが、撫子はすぐにそれに気が付き、アクロバティックなバク転を二度三度として後ろに下がった。

「マジで殺す気!?」

 真剣な勝負で相手に『マジで殺す気!?』と聞く者はそうはいないだろう。

 撫子は焦っていた。自分では紫苑に勝てないことを知っているのだ。だからおしゃべりをすることによって自分を落ち着かせ、それとともに紫苑の気を少しでも散らせようとしていた。

「プリティーボンバーでちょ〜爆裂カワイイ撫子サマを殺したら、動物愛護団体に屠られるぞぉ〜!」

 紫苑は撫子の言葉など耳に入っていないようで、独り言を呟いた。

「魔導力が高まったようだ――これで使える」

 妖糸が煌きを放ち、宙に奇怪な魔方陣が描かれた。紫苑は召喚をする気だ。

 駿足の撫子が地面を蹴り上げ高くジャンプした。そして、何と宙に描かれた魔方陣を自慢の爪で切り裂いてしまったではないか!?

「爆焦ったぁ〜、召喚にゃんてされたら爆マジで殺されるよ」

 紫苑は腕を下ろし戦闘態勢を崩していた。魔方陣を破られたのはこれがはじめてだったのだ。

「まさか魔方陣が切り裂かれるとは……。なるほど、召喚を行う前に魔方陣を無効とすれば、召喚は破られるわけか、いい勉強になった」

「家庭教師が必要ににゃったら撫子先生を呼んでねん」

 呆然と立ち尽くしていた紫苑の右腕に鋭い爪が一撃を喰らわした。

 切り裂かれた腕には猫に引っ掻かれたような――それよりも大きな傷ができていた。

「クリティカルヒット! 撫子ちゃん会心の一撃で爆ハッピー」

 抉られてしまった紫苑の右腕は重症であった。それに紫苑は左腕も怪我をしている。今までは右手で操る妖糸で『無理やり』左腕を動かしていたが、その余裕もなくなった。

 酷使する紫苑の右手が動いた。

 煌く妖糸が空間を裂いた。そう、紫苑は〈闇〉を呼ぶつもりなのだ。

 空間の傷が唸り、蛇がシュウシュウと鳴くように空気を吸い込む。そして、大きな裂け目ができあがった。

 〈闇〉が慟哭する。耳を覆いたくなるほどに苦しく、何かが救いを求めている。

「行け!」

 命じられた〈闇〉は泣きながら撫子に襲い掛かった。

「にゃ〜ん! にゃにするのエッチ、巻きつかにゃいで!」

 〈闇〉は撫子の身体を舐め回すように絡みつき、腕を拘束し、脚を拘束し、這うようにして胴を拘束した。

「ヤダヤダヤダよぉ〜! こんにゃのに呑み込まれるにゃんて、『爆美人女子中学生撫子ちゃん、愛に死す(最終回)』って感じぃ!」

 〈闇〉に身体を包まれ、顔だけが残った撫子の表情が急に真剣になった。

「翔子のことよろしくね。絶対救ってあげるんだよ……さらばにゃ〜ん」

 悲しそうな声を最後に撫子は完全に〈闇〉に呑み込まれ、裂けた空間に引きずられようとしていた。

「待て!」

 紫苑が叫び、妖糸が激しく煌いた。

 〈闇〉の塊が剥げ落ち中から撫子が現れた。だが、撫子の身体の大部分はまだ〈闇〉に包まれている。

 〈闇〉激しく叫んだ。この時、信じられぬことが起きた。

 撫子の身体を覆っていた〈闇〉が自らの意思で剥がれ落ち、愁斗に向かって触手を伸ばしたのだ。

 唸る〈闇〉は愁斗の左腕に絡みついた。

「傀儡師が〈闇〉に喰われては冗談にもならん」

 紫苑は開かれている空間の裂け目を妖糸によって縫合した。無理やり〈扉〉を閉めることによって、新たな〈闇〉が出て来るのを防いだ。

 次はこの世に残った〈闇〉の処理だ。

「この魔導は自信がないが、やるしかあるまい」

 妖糸が煌き空間を裂いた。〈闇〉を再び呼ぶのか――否。

 空間の傷がフルートのような音を発し、外に柔らかな光と空気を吹き出した。

 光色の裂け目から笑い声が聴こえる。賛美歌が聴こえる。詩が聴こえる。息吹が聴こえる。どれも輝きに満ちている。

 〈光〉が微笑んだ。次の瞬間〈審判〉が下された。

 純粋すぎる〈光〉が〈闇〉を優しく包み込み浄化させた。そして、〈光〉は歌を歌いながら還っていった。

「どうやら成功したようだな。私が〈光〉を呼び出し、浄化されずに済んだのは神の奇跡というやつか」

 〈光〉を呼び出すことは紫苑にとって一か八かの賭けだった。もしかしたら、〈闇〉に近い紫苑自信が〈光〉に浄化されることもあり得たのだ。

 横たわり気を失っている撫子を見ようともせず、紫苑は廃工場の中へ入って行った。

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