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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
16/54

夢見る都(16)

 手を繋ぎながら翔子と愁斗は楽屋の戸締まりをして行ったそして、最後の楽屋の戸締まりをして、これから星稜祭の会場に行こうとしたその時、翔子が急に愁斗と手を離した

「やっぱりダメ。愁斗くんと普段並んで歩いてるだけで痛い視線浴びるのに、手繋いでるとこ見られたら絶対暗殺されちゃうよ」

「おもしろいこというね」

「おもしろくないよ、マジで言ってるんだよ」

 愁斗は少し考えた後、微笑んだ。

「じゃあ僕がいつでも瀬名さんのこと守ってあげるから」

「えっ!?」

「どんな時でも僕は瀬名さんのことを守る」

「……うん」

 二人は星稜祭の会場へ歩き出した。

 星稜祭の会場は星稜大学付属・高等部の教室内と校庭が基本で、翔子たちは教室の会場に向かった。

 ホールは中等部と高等部を繋いでいるのですぐに行くことができる。

 廊下は行き交う人々でごった返し、時折食べ物の匂いが空気に運ばれて来る。

「愁斗くん、お昼どうしようか?」

 時計は十二時を過ぎている。昼食を摂るにはちょうどいい時間帯だった。

「瀬名さんは何か食べたいものある?」

「三組の友達にクレープ食べに来てって言われてるけど、クレープはお昼ご飯にはならないよね」

「あっ、ほら」

 愁斗の指差す方向にはヤキソバと飲み物を売り歩いている人がいた。

「あれでいいと思うんだけど、翔子ちゃんはどう?」

「うん、お昼はヤキソバにしよう」

 愁斗がヤキソバ売りを呼び止めて注文をした。

「ヤキソバ二つと、翔子ちゃんは何飲む?」

「私はウーロン茶でいいよ」

「じゃあ、ヤキソバとウーロン茶を二つずつ」

 ヤキソバ売りは二人いて、ひとりがヤキソバを持ち、もうひとりが飲み物の入ったクーラーボックスを担いでいる。そのふたりはさきほどから交互に翔子の顔をちらちら見ている。

 ヤキソバ売りだけではなかった。先ほどから生徒たちにこそこそ見られている。

 ヤキソバと飲み物を受け取った愁斗がお金を払い終えると、翔子は愁斗の腕を引っ張って大急ぎで歩きはじめた。

「どうしたの瀬名さん」

「やっぱり楽屋で食べよう、それがいいよ、うん」

 翔子は愁斗の腕を強く掴んで、そのまま楽屋まで早足で戻った。

 楽屋の中に入り、翔子は一息つく。

「はぁ、やっぱりみんなに見られた。中には殺気出てるひともいたよぉ」

「ごめん、僕のせいだよね」

「ううん、別にそうじゃないんだけど。明日になったら変な噂が学校中に蔓延してそうで恐い」

 愁斗のカッコよさは隣の高等部にも知られているほどで、愁斗が女子生徒と二人で何かをしていると、愁斗のファンでなくとも誰もがついつい見てしまう。誰もが愁斗のすることに興味を持ってつい見てしまうのだ。

 困った顔をしながら愁斗はヤキソバと飲み物を翔子に渡して適当な場所に座った。

「二人で生徒のいるところ歩けないね」

「うん」

 翔子は少し不安になった。学校内に二人でいるところを見られると変な噂が立ち、下手をするとイジメに遭うかもしれないと翔子は思った。愁斗は自分のことを守ると言ってくれたけど、イジメに遭ったらきっと黙っていると思う。

 ヤキソバの入れ物に掛かっている輪ゴムを外し、憂鬱そうなため息をつく翔子は、そのまま愁斗の顔を見上げた。

「せっかくの星稜祭なのにね」

「じゃあ、今度の休日デートしようか?」

「えっ、ホントに!?」

 割り箸をパチンと割り、憂鬱そうな顔をしていた翔子の顔が一気に華やいだ。それを見て愁斗がニッコリと微笑む。

「よかった、元気になってくれて」

「本気で言ったの? 撫子っぽく言うと爆マジで!」

「思いつきで言ったから、どこに行くとか決めてないけどね」

「だったら愁斗くんの家に行きたい」

 やや間があった。ヤキソバを無言で食べる愁斗の表情が一瞬曇ったように翔子には見えた。

「僕のうちに……か」

「ダ、ダメならいいよ、うん」

 本当は愁斗の家や愁斗の部屋を見てみたいという気持ちが翔子にはあったが、撫子の例が急に頭に浮かんで自宅訪問の夢はあきらめた。家庭には家庭の事情がいろいろあって家に人を呼びたくない場合もあるに違いない。

 少し考え込んだ様子の愁斗が口を開いた。

「いいよ、大丈夫だと思う」

「本当に大丈夫なの、家族の人に迷惑とかじゃないよね?」

 『家族』という言葉を聞いた瞬間、少しだが愁斗は翔子から目線を外した。一瞬だったためと何気ない行動なので翔子は気づいていない。

「大丈夫だよ、でも実はさ……」

 翔子はもう一度撫子のことを思い出してしまった。『実はさ……』の後に何が来るのか少しドキドキする。

「実はね、僕さ、ひとり……いや、二人暮らしなんだよね」

 少し引っかかる言い方だった。父や母のどちらか一方と二人で暮らしているのならば、その名が出るだろう。だが、愁斗は『二人』という濁した言い方をした。

 翔子は聞いていいべきか困ってしまった。二人暮らしと聞いた翔子の頭の中では、二人暮し=同棲=恋人という変換が行われていた

「あ、あのさ、二人暮らしって、その、いい、言わないで、聞いちゃいけないような気がするから」

「別に聞かれたらマズイにはマズイかもしれないけど、瀬名さんには知ってもらってた方がいいかな」

「私に知ってもらった方がいいこと?」

「僕さ、母と父がいないんだ」

 翔子はショックを受けた。何で自分の周りには家庭事情に問題がある人多いのだろうかと。麗慈は両親が離婚したらしく、撫子は独り暮らしをしていた。

 愁斗の話は続く。

「母は僕が小さい頃に死んだ。父は数年前にどこかに消えてしまった。それで今は姉と住んでるんだけど、その姉に瀬名さんを会わせたくないんだよね」

 話を聞き終えた翔子は、愁斗の両親のことにはあえて触れず、姉のことについて尋ねてみた。

「どんなお姉さんなの? やっぱり愁斗くんのお姉さんだから、すっごい美人なんだろうね」

「たしかに美人だと思うけど、僕とは似てないし、歳も十歳以上離れてるんだ。性格は少し麻那先輩に似てるかも……」

 失笑を浮かべる愁斗になおも翔子は聞き続けた。

「麻那先輩に似てるって、キツイこと言うとか、人に当り散らすとか?」

「両方合ってるね。あと、自己中心的で我が侭で人を人だと思ってないとか、自分が世界のトップで、自分が命令すれば誰でも言うことを聞くと思ってる」

 翔子の中で自分が会ってきた最低な人々の性格が統合され、あからさまに嫌な顔をしてしまってつい口が滑ってしまった。

「その人サイテーな人間だね。……あっ、ごめん愁斗くんのお姉さんだった」

「いいよ、たしかに最低な人間だから」

「愁斗くんとお姉さんって、もしかして仲悪い?」

「別に、この世界で一番いい姉だよ。僕はあのひとのこと好きだよ」

 さっきと言ってることがまるで違う。それにもう一つ、翔子には引っかかる愁斗のある言い方があったがそのことには触れないことにした。

 ヤキソバを食べ終わり、ウーロン茶を飲み干した翔子はお腹を擦った。

「まだ、ちょっと足りない感じ。デザート食べたいな」

 翔子は急に立ち上がり楽屋を出て行こうとしている。

「私、クレープ買って来るね。愁斗くんのも適当に買って来る」

 バタンとドアが閉められた。

 楽屋を出た翔子は食後の運動というわけではないが、走ってクレープを買いに向かっていた。愁斗のもとへ早く戻りたいのだ。

 クレープを売っている二年三組はグラウンドに店がある。飲食関係の店のほとんどが外にある。

 この学校は外靴のまま校内に入ることができるので、靴を履き替える手間もなく生徒は外と校内の出入りが楽にできる。

 翔子は外に向かう途中の廊下である人物を発見した。

「……須藤くん?」

 この時まですっかり忘れていた。翔子は公演前にも行方不明になっているはずの須藤を見ていた。

 須藤は行方不明ということになっているが、そのことはまだ生徒の一部にしか知らされていない。

 クレープのことなど忘れて翔子は須藤を追った。

「きゃっ!」

 須藤のことばかりに気を取られていた翔子は何者かにぶつかってしまった。

 また絡まれるのではないかと冷や冷やしながら翔子が顔を上げると、そこにいたのは森下先生であった。

「瀬名、前見て歩きなさい!」

「ごめんなさい、急いでたので」

「以後気をつけるようになさい」

「……そうだ、先生、須藤くん見ました」

「ああ、彼ね、そのことなら知ってるわ。今日突然学校に来たらしくって、担任の先生が直接須藤と話したらしいわ。でも……」

 森下先生は今日に曇った表情をして口を止めた。

「あの、どうしたんですか?」

「実はね、ここだけの話なんだけど、様子が少し可笑しかったらしいのよね。話を聞いても虚ろな目をして首を動かして答えるだけ。それで須藤のことはひとまず解放して、その担任の山本先生が自宅に連絡したらしんだけど、電話に出た母親は『ありがとうございました』ってひとこと言って電話切っちゃったらしいのよね。それでね――」

「ごめんなさい、急ぐんで」

 この後も森下先生の話はだいぶ続きそうだったので、翔子は森下先生に頭を下げて再び須藤のことを追いかけた。

 須藤の姿はない。見失ってしまった。

 近くに封鎖されている階段があった。今日は学校の二階までを使い、三階から上は立ち入り禁止になっている。

 翔子は周りを確認して急いで上の階に駆け上がった須藤が上にいるとは限らないが、もしかしたらという気持ちが翔子に階段を上らせたのだ。

 三階まで上ったところで翔子は上の階を見上げた。

 須藤がいた。須藤が翔子のことを踊り場から見下ろしている。その瞳は虚ろだ。

「須藤くん、あ、待って!」

 須藤は翔子に背を向けて階段を上って行ってしまった。翔子は急いで追いかける。

 四階に辿り着き、翔子はまた上の階を見た。やはり須藤が自分のことを見ている。追いかけて来いということなのか?

 四階の上は屋上である。普段は鍵がかかっているはずで誰も入れない。

 ドアを開け閉めする音が翔子の耳に届いた。

 屋上に続くドアの前に立った翔子。この先に須藤がいるのは間違いない。

 いろいろな不安を思いつつ、翔子はドアを開けた。

 屋上は少し風が吹いている。そして、コンクリートの上に立つ二人の人物。翔子を抜かして二人だ。

「撫子!?」

 翔子が見た二人組、それは須藤と撫子だった。

「ごめん翔子」

 いきなり謝りだす撫子。その表情はいつもの撫子とは違った。

 翔子はすぐに撫子たちのもとに駆け寄った。

「何で、どうして、撫子がいるの? 須藤くんと……わからない、どうしていきなり謝るの?」

「ごめん翔子、翔子のことは本当に親友だと思ってた。でもね、ごっこ遊びも今日でお終いなんだ」

 翔子は気づかなかったかもしれないが、撫子は『にゃんだ』とは言わずに『なんだ』と言った。『な』を『にゃ』といつものように言わなかった。

「どうしたの撫子、何かいつもと違う。わからないけど、いつもと違うよ」

「だから『ごっこ遊び』は終わりなの。そう、須藤クンにももう用ないね」

 こう撫子が言い終わったとたんに、須藤の身体がまるで糸を切られた人形のようにバタンと地面に崩れ落ちた。

「どうしたの須藤くん!?」

 突然のことに驚く翔子であったが、撫子は驚く素振りも見せずに静かに言った。

「もうとっくに死んでたから、今からじゃどうにもならないよ」

「死んでた? そんなはずないよ、さっきまで歩いてたもん」

 翔子は須藤の首に触れた。肌が冷たく脈がない。

「えっ!? 何で、何でなの!?」

 取り乱しはじめた翔子。須藤は撫子の言うとおり死んでいた。だが、なぜ須藤は先ほどまで動いていたのか?

「翔子、須藤くんのことはほっといてアタシの話聞いて」

「ほっとくってどうして? 死んでるんだよ、誰か呼ばなきゃ!」

「いいからアタシの話聞いて!」

 撫子が怒鳴ったことにより翔子は撫子の言葉に耳を傾けた。

「アタシね、さっきも言ったけど翔子のこと親友だと思ってるし、大好きだったよ。でもね、そんな友人を裏切らなきゃいけないんだ」

「裏切るって、どうして?」

「もう、ひとりの方の命令でさ……。この学校に転校して来たのもあることをするためだったし、演劇部に入ったのもそうだった。でもね、演劇楽しかったし、翔子と友達になったのも楽しかったから、うれしかったよ翔子と友達になれて」

「わからないよ撫子の言ってること!」

 撫子の瞳が少し潤んでいることに翔子は気づいた。それにもうひとつ、撫子の瞳がいつもと違う。いつもは茶色い瞳をしているのに、今は人間の瞳じゃない。

 撫子の瞳はまるで猫の瞳のようだった。

「あ、それからアタシ、実は人間じゃないんだ」

「だから、さっきから何言ってるの!」

「ちゃんとした両親もいないし、ずっと研究所で育ったんだ。はじめてできた友達が翔子でね、友達ってこういうものなんだって思った。アタシさ、猫のDNAを埋め込まれた人間なんだよね……だから普通の人間とは言えないんだよ」

 撫子が猫のDNAを埋め込まれた人間。撫子が言うと冗談としか思えないが、彼女は普段決して見せることのない真剣な表情をしていた。

「わかんない、わかんない、わかんない! 言ってことわかんないって。私は撫子が猫だろうが宇宙人だろうが別にかまわない、ずっと親友だよ!」

「だから、ごめん裏切らなきゃいけない……ごめん翔子。友人裏切るなんて、まるであの劇でアタシが演じた役回りと同じになっちゃたね」

 撫子の腕が素早く動くの確認したところで、翔子の意識はプツリと切れた。

 地面に倒れる翔子の姿を見下ろしながら、撫子は何度も繰り返しある言葉を繰り返していた。

「ごめん、ごめん、ごめん……」

 撫子の涙が翔子の制服を濡らした。

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