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傀儡師紫苑  作者: 秋月瑛
夢見る都
12/54

夢見る都(12)

 翔子はホールに戻る道すがら、ケータイで撫子に麗慈を見つけたことを告げて、麗慈とともにホールに戻って来た。

 舞台の上では撫子を含めて全員が集まっている。愁斗を除いては。

 麻那もすでに泣き止んで普段どおりの表情をしている。この場に残ったメンバーで懸命に声をかけて宥めた結果だった。

 練習を開始せずに少しの間だけ愁斗を待ってみたが、やはり来る気配はない。

 撫子はわざとらしくぐるっと辺りを見回した。

「愁斗クン来ないねぇ〜。もしかして交通事故とかに遭って、入院してたりしてね」

 すぐに翔子が怒ったように言葉を返す。

「嫌なこと言わないでよ」

 昨日の練習からもわかるが、メサイ役の須藤拓郎が抜けた穴は、麗慈が入ることにより頭数だけは揃うが、二人目が抜けるとどうにもならなかった。愁斗が抜けた分、麻那と久美にミスが目立ってしまった。

 麻那のことや他のことでいろいろと演劇部内に不和が起きたが、今はどうにか解決することができた。後は人数的な問題だ。

 今、練習を開始してもうまくいかないことは隼人にもわかっていた。

「誰か愁斗くんに連絡つく人いませんか?」

 隼人は麻那に睨み付けられてしまった。

「いたらとっくに連絡してるわよ」

 麻那はすでに愁斗の家に電話をかけていた。今朝早く職員室に行って愁斗宅の電話番号を聞いて電話をかけたのだが、留守番電話にしか繋がらなかったのだ。

 撫子が手を大きく上げて発言した。

「はぁ〜い、これを機に部活の連絡網ちゃんと作っておいた方がいいと思いま〜す。ケータイの番号はわかるけど、みんにゃの自宅の番号知らにゃいもん。それにケータイ持ってにゃい人いるしぃ」

 この意見に隼人は賛成した。

「そう言えば連絡網ってなかったね。みんなちゃんと練習来てたから、そこで連絡できたからね」

 先ほどから、なぜか黙り込んで下を向いていた翔子が小さく手を上げた。

「あ、あの、私が愁斗くんのケータイに電話してみましょうか?」

 翔子の言葉に一同はビックリした。愁斗はケータイを持っていないと本人が言っていたのだ。その愁斗のケータイ番号をなぜ翔子が知っているのか!?

「爆抜け駆けって感じの翔子ちゃ〜ん!?」

 素っ頓狂な声を上げて飛び跳ねるオバーリアクションの撫子。愁斗ファンのひとりである沙織も声をあげる。

「何で翔子センパイが愁斗センパイの番号知ってるんですかぁ〜!? 沙織が聞いても、持ってないって言い張ってましたよぉ」

「そ、そうなんだ……私が聞いたら、すぐに教えてくれたけど……」

 ここにいる大半の人は愁斗にケータイの番号を聞いている。だが、誰も教えてもらっていなかった。――持ってないとウソまでつかれて、それなのになぜ翔子だけ?

 翔子は痛い視線を浴びながら、ポケットからケータイを出して愁斗に電話をかけた。

「――あの、愁斗くん?」

《ああ、瀬名さん。どうしたの?》

「ど、どうしたのじゃなくって、愁斗くんこそ何で部活来ないの?」

《ちょっと、いろいろあってね。今日は病院に寄った後に練習に出られると思うよじゃあ病院内に入るから電話切るよ》

「あ、うん」

 ケータイをポケットにしまった翔子の次の言葉に一同が耳を傾ける。

「病院に寄ってから、練習に来るそうです」

 と言われても、誰も納得しない。なぜ部活を休んだのか? なぜ病院なのかがわからない。

 今の説明では不十分だと麻那が腕組みをしながら翔子を見つめる。

「他に何か聞かなかったの?」

「え〜と、病院内に入るからって言って電話切られちゃいました」

 ――今の説明で仕方なく一同は納得した。愁斗が練習に来ると聞けただけでもよかったと思うしかない。

 隼人が手を叩いて大きな声を出した。

「さあみんな、練習するよ」

 愁斗が来るとわかったのでメサイ役以外の配役は元通りに戻され練習が開始された。

 昨日と違ってミスはひとつもなかった。

 麗慈は撫子が徹夜で仕立てた衣装に身を包み、セリフも完璧に覚えている。それに合わせて照明も音響も息がぴったりだ。昨日のことは全て嘘だったみたいだ。

 後は愁斗が来れば完璧だ。

 その愁斗も練習が開始されてだいぶ経った頃に姿を現した。

「遅れてすいませんでした」

 愁斗の声で練習が一時中断された。

 愁斗に駆け寄る部員たち。その表情は暗い。皆、撫子の悪い冗談が本当になってしまったと思った。

 翔子が愁斗の腕の怪我見て聞く。

「どうしたの……その怪我?」

「ああ、これは車に轢かれてね。死ぬかと思ったよ」

 冗談が現実になった瞬間だった。愁斗の左腕には包帯が巻かれ、その腕は首の後ろに回した布で、胸前あたりで固定されていたどう見ても腕を折った怪我人の格好だった。

 部員たちの顔が落胆の色に変わる。これで公演は中止だと誰も思った。

 一番公演の中止を嫌がっていた麻那が呟いた。

「公演は中止ね。怪我じゃしょうがないわよね」

「僕なら平気です。フロド役をやらせてください。僕の怪我のせいで公演が中止になったら嫌ですから」

 ――だが、怪我をしたままできる役ではない。フロドは劇中、舞台の上を動き回り、メサイと取っ組み合いをするシーンもある。

 隼人は大きく息を吐いた。

「さあ、練習するよ」

「爆裂うっそぉ〜! 部長、爆マジで言ってるんですかぁ!?」

「本人がやりたいって言ってるんだから。でも、愁斗くん、無理しないようにね」

「はい、わかりました」

 愁斗はうなずき、練習は再開された。

 練習は思っていたより順調に進んだ。愁斗のフロドは隼人のフロドとは別の魅力を持っている。そして、麗慈のメサイも愁斗が相手だと何か違った。

 フロドとメサイの迫力を凄い。二人の間にある想いが激しくぶつかり合っているのがよくわかる。その二人に挟まれた翔子は麗慈のある言葉が脳裏に甦った。

 ――俺はあいつが憎い。それが演技に出ているのかもしれない。

 問題の取っ組み合いのシーンも愁斗は片腕だけでどうにか乗り切り、怪我をしてることを見ている人々に忘れさせた。

 そして、三日はすぐに過ぎ去っていった――。

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