第二章 4
第二章 4です
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俺と蛍原は教頭に見つかった後、職員室の隣のいつもは会議室として使われている教室に連れていかれた。
中は長机が数個きれいに整列していて、その周りに生徒用の椅子が一定の間隔で並べられている。
時間はもう三時になろうとしている。
「君ね、黙ってるだけじゃ先生たちは何にもできないんだよ」
「……」
俺は奥の椅子に座って、机二個分ある幅の対面側の椅子に教頭と蛍原が座っている。教頭は蛍原に事情を聞こうとしているが、当の本人は黙りを決め込んでいる。涙は既に止まっていて虚ろな目線を机に向けたままでいる。
「だから、俺が泣かせちまったって言ってんだろ。それでいいじゃねーか」
いくら彼女に聞いても何も発しない。なら、もう俺が言う。正直、こんな所で無駄な時間を過ごしたくはないのだ。
「お前は黙ってろ!今はこの娘に訊いてるんだ!」
「だから、蛍原は何も言いたくないんだろ!だったら、俺が代わりに事情を説明してやるって言ってんだよ!」
ついつい、声を荒らげてしまう。イライラが溜まっていたのか一気に吐き出してしまった。
そう言い終わった時だった。
会議室のドアがガラガラと軽い音をたてて開いた。そこに立っていたのは、翔子先生だった。
「どうしたんですか?教頭先生。そんな大声を出して、廊下まで聞えてますよって、高坂、なんで?」
「ああ、東條先生。実は────」
教頭は立ち上がり、翔子先生のいるドアの方に行った。そのまま二人は廊下に出た。おそらく俺たちの現状を説明しているのだろう。
ドアが完全に閉まったのを確認して、俺は小声で蛍原に話しかけた。
「お前、なんでそんなに黙りこんでるんだよ?」
「……」
一向に彼女は言葉を発しようとしない。
「お前が俺に泣かされたって言えばいいだけだろ?なんで言わないんだよ?」
「……そんなの言えないよ……」
屋上の踊り場で聞いた覇気のある彼女の声とは思えないほどに力がなかった。
「なんで?」
「……悪いのは私だから……」
「どこがだよ?どう考えても俺が悪いだろ」
「……だって────」
彼女のその後の言葉を聞くことはできなかった。
ドアの開く音がちょうどそれを邪魔をした。
そこからは翔子先生と教頭、そしてもう一人。生物を教えている年をとった先生が入ってきた。短髪でそのほとんどが白髪。腰も曲がっていて、身長が低く見える、そんな人だ。なんで、あんたが、と少し不思議に思った。俺はその人をじーさん、と呼んでいる。
教頭と生物のじーさんはそのまま立ちっぱなしで、翔子先生だけが蛍原の隣に座った。
「ね?私には話せない?」
「……」
優しく翔子先生は蛍原に尋ねた。だが、まだ喋ろうとしない。
「仕方ないわね。高坂、それと先生たちも退出してもらってもいいですか?」
「分かりました。ほら、行くぞ、高坂」
教頭が催促してくる。俺は大して急ごうともせず、自分のペースでいた。今思えば俺のカバンは屋上前の踊り場に置きっぱなしだ。財布とスマホは持ってるから盗られて困るような物は特にない。
教頭とじーさんが先に出て、俺が蛍原と翔子先生の前を通りかかった時、小声で蛍原の声が聞こえた。
「ごめん……」
俺にはそう聞こえた。多分、翔子先生も聞こえたのかその後、俺の方を見つめてきた。ただ、状況を察したのか翔子先生は何も問い詰めなかった。
俺はあえて目を合わせずにそのまま会議室を後にした。ドアを閉めると、前には教頭とじーさんが話し合っていた。
俺はしばし待って、教頭が口にした。
「高坂、今日はもう帰れ」
「いいのかよ?」
「構わない。行け」
「じゃ、言葉に甘えさせてもらうよ」
そう残して俺は昇降口に行こうとする。
だが、その前に置いてきたカバンを取りに行こうと昇降口前の階段を上り、屋上の踊り場に着いた。やっぱりカバンはそこにあり、開けられた形跡はなかった。カバンを肩に掛けて帰ろうとして、後ろを振り向く。
「うっわ!」
びっくりした。なんだこのじーさん、マジで怖―よ。振り向くと、そこにはさっきまで教頭と話していたじーさんが立っていた。腰は相変わらず曲がっている。全く先生感が感じられなかった。
「なんだ、あんたか。何の用だよ?」
「高坂、あの生徒を泣かしたと言うのは本当なのか?」
じーさんは単刀直入に訊いてきた。その質問に不意を突かれ反応が遅れてしまった。
「……あ、ああ。だから、なんだよ?」
「いや、それだけ聞きたかっただけだよ」
「そうかよ。じゃー、俺は行くな」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「言われなくても、そうするよ」
俺はじーさんの横を通り抜けて、階段を下りた。階段一列を下りた後、上にいるじーさんの声がぼんやりと耳に届いた。
「やっぱり、親子だな……」
「え?」
顔を上げて、上を見上げるとじーさんはもうそこにはいなかった。
間もなくして、ガチャと重く扉の開く鉄の音が聞こえた。屋上に行ったのか。そう言えばじーさんって屋上が閉鎖される前もよく屋上に出没してたな。うらやましいなと思いつつ、この後バイトのことと彩華のことを考えて、長くはいられないな。
話はまたいつか聞くかと思い、帰ることにした。階段を下り、昇降口で靴を履き替えて帰ろうとする。春にはなったが、まだ少し肌寒い。
野球部の声が耳に届く。流れでグラウンドを見るが、野球部のメンツかなり少ないな。サッカー部が野球部のグラウンドに進出してきてるやがる。野球をやってた者からしたら少し悲しくなる。
残忍な現実に目を逸らして俺は帰路につく。校門を抜けると、桜木はまだ満開の状態でそこに立ち並んでいた。
昨日と同じく立ち止まって、桜を見上げた。何かこの桜には力があるのかなと、俺は思った。
バイトのことを思い出して、早めに花見を引き上げて再び帰路につく。
足を一歩前に踏み入れた瞬刻。
「待って!」
前にも、と言っても数時間前に聞いた叫び声が鼓膜を震わせた。
見返ると蛍原結衣が桜の花びらに散られるように儚く立ち尽くしていたが、だけど、そこに彼女は確実に依然としてそこに存在していた。
桜は満開で春はまだ始まったばかりだ。
次から第三章で結衣について書こうと思ってるんですが、本当に難しいです!
でも、頑張ります!




