第五章 14
第五章 14です
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それから使える全ての時間を俺は勉強に費やした。
そんな中間テストを三日前に控えた昼休みのことだ。
結衣の愛妻弁当を食べ終わり勉強をしていると、結衣が唐突に訊いてくる。
「青空くん、何してるの?勉強?不良なのに?」
プチッと、俺の中で怒りの糸がはち切れる。
「お前、どつくぞ!部活動存続させるために頑張ってるんだよ!」
「なんで?部活存続と青空くんの勉強となんの関係があるの?」
「生徒会長と話して俺が中間テストで一位になれば文芸部は存続されるんだよ」
「そうなの!?」
結衣が驚きを隠せず、椅子から勢いよく立ち上がる。
「すごいね、高坂くん。まさかここまでやるなんてね。なんで?心情の変化?」
「まーそんなところだ」
名無し先輩から目を逸らして俺は勉強を続ける。
「でもさすがに無茶じゃないの?一位なんて」
名無し先輩が最もなことを言う。
「いや、それなら問題ないよ。俺は今までずっと二位をキープしてるから」
「へー……」
「「えっ!!!」」
名無し先輩は肘を付いてしばし考えた後、結衣と一緒に驚きの声を立てる。
「お前ら、まぢで失礼だぞ」
俺は呆れながらも勉強を続ける。
「いやだって、普通じゃありえないでしょ」
「ったく、普通ってなんだよ」
そんな他愛もないいつもの会話をしつつ、数学を解き進める。
「衝撃発言だね。もしかして高坂くんって頭いいの?」
「何を今さら。俺は元より頭はいいよ」
「自分で言っちゃうんだね」
名無し先輩は苦笑いを浮かべたようだが、その顔を俺は見ずに手を動かす。
いくら頭が良かろうとそれを鍛えないと意味は無い。地頭がいいだけではそれこそ宝の持ち腐れというやつだ。
そうしてつかの間の昼休み。
俺は教室に戻って先生が話す言葉を聞き流しながら、勉強し続けた。それを怪奇な目で見るやつも少なくはない。もちろん先生もその一人だ。無理もないだろう。今まで寝腐ってたやつが勉強してたらそんな反応になる。
ただ俺はそいつらの目線よりも、今俺の目の前で俺と同じくらいに勉強してるやつの方が圧倒的に気にはなった。だが、今はそこを向かない。
そうこうして勉強が終わる。俺はいつもなら結衣との待ち合わせの時間になっても机を離れることはなかった。それは昼休みに結衣にその主は伝えてある。
気が付くと外は暗かった。時刻は十九時を少し回ったところか。
集中も切れてきたところで俺は帰ることにした。教室の電気を消し、鍵を掛けて薄暗い廊下を歩いていく。一階まで下りて鍵を返却して下駄箱へ。
靴を履き替えて外に出ると夏前にしては肌寒い風が一つ吹いた。その時人の気配を感じた。校門の辺り。
目を凝らし見てみると、女生徒だろうか。身長は少し高い。
距離を詰めていくとそこにいたのは名無し先輩だった。
「何してんだよ、こんな所で」
俺は自分から声をかける。その声に俯いていた顔を上げて、名無し先輩は言う。
「遅いよ、高坂くん。いつまで勉強してるの」
「仕方ねぇーだろ。部を存続させるためだよ」
「なんで、なんでそこまでするの?」
微かに声のトーンが下がったのは分かった。ただ薄暗い中で名無し先輩の顔はよく見えない。
「なんでって言われてもな、まぁ強いて言うならこの学校で唯一安らげる場所になりつつあるんだよ。ずっと腐った人生送ってきた俺が心の底からいい空間だって思ったんだ。一ヶ月そこらのやつが何言ってんだって話だけどな」
俺は自虐的に笑い、肩を上げた。
「うぅん、そんなことないよ。ありがと、ホントに感謝してる」
名無し先輩の声は少しばかり冷たさを感じた。それは春の空気が関係しているのか、それとも。
「私、忘れ物したからここで。じゃあね、また明日」
名無し先輩はそう言って校舎の方にかけていった。追いかける理由もないので俺はその背中を見送ることしかできなかった。
この時に気付けばよかったんだ。
カバンも持たず校門の前でいつ来るかも分からないやつを待ち続ける。
それは今考えればおかしな事だった。しかし勉強疲れした俺の頭ではそれを考えることはできなかった。
その時の俺はあくびをして校門を出てしまったのだから。
これが後に大きな事実を発覚させる。
その後俺はそんな三日間を過ごして、そしてテスト当日。
俺は朝の仕事の合間にも教科書を広げながら吉田さんが来るのを待っていた。
吉田さんが来てからはすぐにバトンタッチして俺は仕事場を後にした。
マンションに着くと結衣がもう前にいた。
「おはよう、青空くん。テスト大丈夫そう?」
結衣は前日の馬鹿にしたような顔とは真逆の心配した顔を向けてきた。
「あぁ、大丈夫だよ。悪いな、ちょっと待っててくれ」
「わかった、待ってるね」
結衣はいつものようにマンション前でうづくまって待つ。
俺はなるべく待たせないように手短に学校に行く準備をする。
清澄高校の中間テストは二日開催で行われ、数学、国語、英語の三科目の合計とその三科目を合わせてさらに社会、生物物理の五科目の合計で決まる。
社会と物理生物は一切俺は勉強していない。
如月とは三科目の合計で勝負することになっているからだ。それは事前に決めたこと。
だから俺はその三科目しか勉強してない。
俺はコップにお茶を注ぎ一杯だけ飲んでから意志を固めるように玄関のドアを開けた。
特になし




