第五章 9
久しぶりです
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数学Bが終わり、終学活をそそくさと終えると俺は直帰した。
今日は夕方からの仕事はなく、のんびりと過ごせる日だった。と、言っても月曜の七限を終えて家に帰ったらもう五時を回っているから、差ほど意味もない。
ポケットから家の鍵を取り出してドアを開ける。
一応何か飛来物が飛んでこないかの注意を心に構えて俺はドアを開ける。
だが、それも意味をなさず何も飛んではこなかった。
ふぅ、一安心。飛来物が飛んでくるなんてのは彩華と一緒に住んで早くも二年近くになるがここ数ヶ月の話になる。
なぜ?
結論────
嫉妬か!?
確かに帰りは高一よりも遅くなった。仕事の重さが変わったからな。
なんだよ、あの可愛い妹め。照れるやんけ。
と、ここまで妄想激しい自分でも気持ちが悪いな。
ドアを完全に閉めて、鍵をかける。
ローファーを脱ぎ揃えて、一旦自室に向かい制服から部屋着へと着替える。
そして、すぐに台所へ向かい夕飯を作る。
どうやら、彩華はまだ食事を終わらせていないらしい。
さて、今日は何を作るかな。炊飯器を覗き込むとフルにご飯が炊かれていた。昨日の夜、炊いたやつか。
あまり料理ネタ自体は少ないが、俺にはスマホという現代の料理本がある。
時代の進歩、進化を感じるな。
とりあえず、無難にカレーにするか。
カレーは案外作るのは楽なのだ。
もしかしたら俺の思い込みかもしれんが。
煮てる時間を有意義に使えるからな。仕事もその間にできるし。
※良い子はマネしないでね
もちろん大丈夫だ。ちゃんと台所で仕事してるから。見てるよ。
火の用心、大切です。
ある程度具材等々準備し終えて、煮込み始めると暇になる。
そう、この時間を俺は有意義に使う。
タイマーを掛けてから資料を持ってくるついでに彩華の安否確認と。
彩華の部屋の前まで行くとノックを三回ほど。
「おい、彩華。寝てるのか?」
「なに~?おにーちゃーん」
間延びのしたくぐもった声。いつもよりも感じ的には機嫌の良い声音だった。
「いやただの安否確認だ。飯、もう少し掛かるから今のうちにシャワー浴びとけよ」
「お風呂入れないのー?」
「どっちでもいいぞ。入りたいか?」
「んー今日はいいや~」
「分かった、じゃ早めに入れよ」
「少ししたら行くね~」
これがリアル妹との会話。どちらかと言えば夫婦の会話だな。
こんな日によって変わるのが俺達の面白いところだ。ぜひ、ご覧あれ。
っとアホなこと言ってないで俺は台所に戻る。
カレーは三十分煮込むのがベストと、とあるサイトのとある料理人が言っている。
俺は信じる。ネットの情報を当てにするなと最近はよく言われるが、これくらいは信じないと人間不信になってしまう。
俺が台所で資料と請求書を見合わせながら、書類を書いていると彩華が部屋から出てきた。
寝癖の付いた感じからして昼寝してやがったな、こいつ。
「今日、カレーなの?」
「そうだ」
「おにーちゃん、なにしてんの?」
「ん?会社の書類を仕上げてんの」
「うはぁー、見事に社畜だね。サービス残業?」
俺の手元を見ながら彩華が苦い顔をした。
「んなわけないだろ?その分の給料は貰ってる」
「もしかしておにーちゃんって、結構な待遇なの?」
「そうなのかもな」
俺は軽く笑って応える。
実際、本当にそうなのかもしれない。
時給とは別に、俺は給料を貰っている。一応、このような書類も任される身だからそれくらいの待遇はやると親方に言われたのだ。
「さすが、おにーちゃん。社会をも手駒にするんだね」
「手駒って、言葉悪すぎだろ」
「はは、それ以外に言葉みつからないもーん」
と、らんらん気分で彩華は脱衣所へとスキップしていった。
なんであいつあんなに機嫌がいいんだ?
不思議に思いつつ視線を脱衣所の方から書類に戻した。
この書類は本当は料理の暇つぶしにするようなものではない重要物だ。
お金の循環に大きく関わり、売り上げを左右する。
だが、大丈夫だ。俺は間違えない。計算には自信がある。数学は嫌いだけど。
請求書の売り上げと昨年の売り上げを計測して、更に予測演算でこの後の売り上げ予想。
俺の仕事はこれくらいだ。と言ってもこれができるのは親方他、社員のほんの二、三人だ。
その二、三人もミスをするから、仕方なく俺にその仕事が回ってきて一回やってみたら完璧。その後はずっと俺に任せられている。
だから、その分の給料は別ってわけだ。
カレーが煮込み始めて半分の時間が過ぎ、俺は仕事を終えた。
四月は仕事が大幅に増え始める。あとは自室でやるとしよう。と言っても残りは全部の売り上げを足していくだけだ。
俺は一度書類を部屋に返してから、カレーを軽くかき混ぜてからリビングのテレビをつける。時刻はもうすぐ十八時というところ。
テレビでは夕方のニュースが放映されている。
花粉が前年の三倍らしい。おいおい、段々増えてってるな。止めてくれよ、木。花粉ってなかなかにきついんだからな。
俺はそう内心で思いつつ、台所に戻る。
残り五分というところで隠し味っと。
チョコレートを一欠片。これがあるとないとでは大きく違う。
よし、あとはかき混ぜるだけ。それで完成だ。
タイマーがなると同時にピンク色のもふもふパーカーを着た彩華も脱衣所から出てきた。
髪はまだ濡れている。
「おいおい、髪くらい乾かせよ」
「えーめんどくさーい」
「たっく、女の子なんだから少しくらいは髪を労れよ」
「めんどくさいよ~」
と、だらーっとソファーにもたれ掛かる。
仕方なく俺は火を消して俺は顔を火照らしている彩華に近づく。
彩華の頭にタオルを被せて拭く。
「いたっ!いたいよ!」
「我慢しなさい、たっくあんたわ!」
親子の真似事が始まった。よくある事なので特に気にしないでください。
ある程度水気を取ってから、ドライヤーを持ってくる。
「ほら頭上げろよ、乾かすから」
「はい」
軽くドライヤーの温度が上がるまで待ってから前髪から乾かしていく。
「はぁ~きちもぃ~」
彩華はいつにも増して間延びのある声を出していた。
なんか、こいつ似てきたよな~ホントに。
ちゃんと整えたらめちゃくちゃ綺麗な髪の毛をしている。茶髪は綺麗に映え、艷やかだ。
乾かし終えると俺は彩華に夕食にしようと推める。
彩華は即座に台所に足を運び、皿にご飯を盛って鍋にあるカレーを軽くかき混ぜてからのせていく。
「美味しそう~」
「それは良かった」
俺はそれを感想と受け取って感謝を述べる。俺も皿を取り出してご飯を盛る。
リビングのソファーで二人並んで食事した。もうすぐゴールデンタイム。何見るかな~、
とワクワクしながら彩華はテレビのリモコンをいじっている。
彩華は番組を決めてから、カレーに口をつける。
「ん~うま~い」
俺は幸せそうに食べる彩華を横目にカレーに口をつけた。
「おにーちゃん、成長したよね。昔作ってくれた時はリバースしかけたのに」
「そこまでは酷くなかっただろ」
俺は自分の酷評に少し落ち込みつつ平常を保つ。
「いや、ホントに酷かったからね!」
「それは失礼したね!」
「あの人がここまで美味しいものが作れるなんて思いもしなかったよ、時間の流れって深いよね~」
「どこのお母さんだよ」
「ホントだよね~、どんどんお母さんに似てきちゃうよね、私」
彩華の声音は急に大人しい、お淑やかなものになった。
「自分でも分かってるんだな」
「そりゃ~分かるよ~」
彩華はそう深く笑うとまたカレーをパクリ。
「そう言うけどおにーちゃんも似てるからね、このカレーお母さんのカレーと同じ味だもん」
「母さんには敵わないよ」
俺は下を向いて、静かにカレーを食べた。
「おにーちゃんも負けてないよ」
彩華はからかうような笑みを浮かべる。
俺はその笑みが心に響いた。ティッシュを一枚取って彩華の口につけた。
「んっーー、なにー?」
「カレー付いてたからな」
ホントは付いてなんかいなかった。ただ、あの屈託のない笑顔が俺の心を蝕んだから。見るに見れなかった。
カレーを食べ終えると、俺達はしばらくぼんやりとテレビを見ていた。
そして、気付くと彩華は俺の肩にもたれて小さな寝息を立てて眠っていた。
こいつ、ホントに成長したな。
俺は何故だか分からない変な気持ちを抱えていた。
罪悪感にも似たこの感情を俺は好きになることはないだろう。
長く期間が空きました




