第五章 4
第五章 4です
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昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
午前中のほとんどの授業を寝て過ごしていたからか、頭と腰がギシギシ痛む。
窓際の一番後ろの席だ。寝るなと言う方が難しいだろ。温かいし、前からは見えにくいしで完璧だ。正しく完全犯罪だ。
眩しく日が照ってる前の席を見ると、如月がカバンから薄いピンクの巾着袋を取り出した。弁当だろうか。
なんだかそんな些細な行動すらもとてつもなく絵になっていた。
ルーブル美術館に飾られた肖像画を思わせる。
目を前から隣の席に移すと、悠真も俺と同様に寝息を立てて爆睡中。
これは起こさないでやろう、と静かに席を立ってから結衣との約束の場所に向かう。
騒がしい廊下を潜り向けて階段を上っていく。二年の教室が並ぶのは三階。
上に行くにつれて空気が変わっていって次第に人気が減る。
そしてとうとう誰もいない屋上前の踊り場に着いた。
懐かしい気はなかった。それもそうだろう。つい最近来たばかりなのだから。
その時のことを思い出して恥ずかしくなる。
することもなく、屋上のドアノブに手を掛けるが、当然開きはしない。
まだ来ないのか。
俺は期待半分不安半分の気持ちで待っていた。
壁にもたれてしばらく経った時だった。
階段を急ぎ足で掛け上る音がした。
俺は来たかと思い、壁から体を離して階段付近まで来た。
ちょうどそのタイミングで結衣の姿が見えた。
「ごめん、遅れた!」
息を切らしながら少し焦っている様子だった。
「別に気にしてねーよ。それで何だ、それ?」
俺は結衣が左手に持っている布に包まれた何かを見た。
ま、なんとなくだが察しはついていた。
「え?あ、これ?そんなのお昼なんだから弁当に決まってるでしょ?」
ですよね~。
「それにしては大きいな。一人で食うのか?太るぞ」
「一人でこんなに大きいの食べないし!太らないし!」
一歩踏み出して、ただ素直に自分の思ったことをそのまま口にした。
それから今度は半歩ほど下がってから言葉を探すように目を逸らしながら言った。
「一人じゃ、その……無理だから、それに、食べてもらおうと思って……作ってきたの……だから……食べて!」
俺の寸前に差し出してきた布内からいい匂いが微かながらにした。
いや、匂いだけがいいのかもしれない、全ては味だ!
ちょっと退きながらも、目線を至近距離にある弁当から結衣の方に向けた。
顔を仄かな朱色に染めて、目を瞑って何かを待っている。
それが何なのかは分かる。
「分かったよ、食べるよ」
それを聞いてか、結衣は弁当を元の位置に戻した。
「ホント?」
「ああ、食べるよ、でもここじゃ埃っぽいしダメだろ。他の場所を探そう」
「うん!」
情操豊かな彼女らしい喜び方だった。
俺は彼女と一緒に階段を下り、部室棟の方に歩いていった。
昔、この高校は千人を超えるマンモス校だったが、今では少子化の影響で衰退。
そのため、廃部に至った部活は数十室になる。
使われていない教室を拝借しようという魂胆だ。
階段を下りて部室棟の四階に俺達は今いる。
「随分と散らかってるんだね」
教室のドアの付き窓から見える教室は色んな備品や椅子、机が無造作に置かれている。
「まぁな、昔は全部部室に使われてたりしてたらしいけど今はそこまで部活が盛んじゃないからな」
俺は隣の結衣にそう説明した。
「なんか時の流れを感じるね」
ぼそっと渋いことを言った結衣に俺はこれまで続けてきたことを踏襲した。
「ばぁさんかよ」
「どこがよ?それに私がお婆さんならそんなのに惚れた青空は熟女好きなのかな」
予想に相反して、素晴らしい切り返しを見せてきた。
「それはないな。やっぱり若い方が絶対いいよ」
「でしょ?熟女はないよ」
コイツ、熟女連発するの恥ずかしくないのか。それに熟女好きに失礼だぞ。
すると一番奥の教室、ちょうど影になっている教室だった。
教室のドアの上のプレートには『文藝部』と昔ながらの行書体で書かれていた。
俺の記憶ではうちの文芸部は確か廃部候補の部活に名乗りを挙げていた気がする。
「ここでいいか」
俺は結衣に確認してから許可を貰ってからドアを開けた。
基本部室棟の教室は鍵が掛かっているのだが、閉めない生徒が多く開きっぱなしがほとんどだ。
ガラガラと開いて、それと同時に優しい風が吹き抜けた。
なんで風が?
俺は内心でそう思いつつ中を確認した。他の教室とは違ってキレイに整理整頓されている。教室の壁という壁に本棚が並び、真ん中当たりに長机が二つ、その周りに椅子が数個等間隔で置かれている。
そして奥の椅子、そこにはいるはずもない、いや、いることなんてほぼないはずの、『人』がいた。
女子生徒だ。本を読んでいるのだろうか。
膝の上に文庫本を広げている。
見かけからは分からないが多分年上の先輩だろうか?
俺は彼女に見とれていた。驚きもしていた。
結衣も同じだろう。
すると、その女子生徒はゆっくりと顔を上げた。
黒い長髪が風に揺れる。目も同じように揺れてるように感じた。心做しかいい匂いが。
その人は大きく目を見開き、大きく口を開いた。
「あなた達……もしかして入部希望者!やっと来たのね!やった!!」
彼女は抑制することもせず、本を優しく机の端に置いてからスキップ混じりに俺達との距離を詰めていった。
これはまた面倒なことに巻き込まれてしまったようだ、と確信しながら俺は優しい桃の匂いを嗅ぎながら頭の中で思った。
遅れて申し訳ないです!




