第五章 2
第五章 2です
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家に一旦帰った俺達は、いや、正確には俺だけが制服に着替えた。結衣は制服を着ていたため別に着替える必要はない。
結衣には悪いが、含蓄を含んだ言い訳で外に待たせている。
その理由はもし彩華とばったり会ってしまったら、人間不信の彩華のことだ。何が起こるかは分からない。悠真の時は大丈夫だったが、留意することに越したことはない。だが、彩華は寝ているのか俺が家に滞在していた時間、彩華が顔を出すことはなかった。
外に出ると、結衣の姿が見えなかったが少し歩いていくと彼女の姿を階段の縁で見つけた。
「悪い、待たせた」
「いいよ、行こ」
マンションの階段に座っていたままの結衣が吐いた息は、今年の異常な寒波のせいか白く染まって空に舞う。
立ち上がろうとする結衣に俺は手を延ばす。
少しの動揺を見せたがすぐにそれを隠し、微かに笑った。
俺の手を取った彼女の手は冷たくなっていた。自責の念で心を埋め尽くされる。
前までの俺なら絶対なかった感情だった。
それからはしばらく二人、歩いている間には無言の時間と雰囲気が流れた。
景色は変わっていっているのに、なぜか無関心。当たり前だ。そう、当たり前だからだ。産まれて十六年間ずっと見てきた変化だからだ。
……と、まぁ、カッコつけた言い方はここまでとして、本当はただ付き合いたての結衣と話すことがないからだ。
隣を違う歩幅で歩く結衣に目をやる。
冬服に身を包んだ彼女の姿は新鮮さがあった。本人もそうだろう。まだ高校の制服を着てそう間もない。
心做しか、彼女も会話を探しているように見える。
さて、何を喋ろう。
………………ない。
やばい、俺ここまで話題を振れないコミュ障だったか?
いや、そんなはずは……悠真とも会話が切れることがない。じゃー、なんで……
……あ、俺アイツとの会話八割がた下ネタじゃーん!と気付いた時には自分のその発見能力の遅さに自虐の笑いが零れる。
「あのさ、ここって?」
後悔に打ちひしがれてした俺に結衣は指を指した。正確に言えば、俺の向こう側だ。俺も指を指された方向に目を向けた。
「展望台?」
そこには石垣の階段と看板が建てられていた。そこに書かれたことを俺は読んだだけだ。
「ちょっと行ってみない?」
結衣が首を傾げて、提案した。時間にも余裕があるし、別に断る理由もない。
「そうだな」
と、言って階段を二人で上る。
上りきると、八方が柵に囲まれている広場が姿を現した。
その右側の柵の前には休憩できるスペースがある。
木造作りの長机と長椅子が設置されている、その少し奥には大きくそびえる桜木が立っている。枝垂れ桜だろうか?寒波にも負けず、綺麗に咲き誇っている。
「キレイだね」
結衣の独り言だろうか、ポツリと落ちたように聞こえた。
反射的に結衣に目を向けた俺は彼女の異変に気付いた。
彼女の目から雫が頬を伝ってこぼれ落ちているのだ。だが、けったいなことに俺は大して驚きはしなかった。
目を桜の方に戻して、見なかったことにした。
「俺は一度ここに来てる」
沈黙を嫌ってか俺は重く閉ざしていた口を開いた。
結衣は顔だけをこちらに向けて、話の続きを聞こうとしていた。顔をできるだけ合わせずにいた。
昨日はよく喋ると思っていたのだが、今日の結衣は雰囲気そのものがまるで違う。
「俺が喧嘩に明け暮れる少し前だ。正しく言えば俺の母親が死んだ次の日だよ」
悠真と翔子先生にだけにしか言ってないことを俺は結衣に教えた。特別な理由はない。ただ言いたくなっただけだ。悠真達の時もそうだった。
「その時は冬で特に寒い日だった。だけど、その時の俺は感覚が狂ってたのか大して実感はなかった。母親が死んだことも含めて」
「お母さん、失くしたから喧嘩に走ったの?」
結衣は真っ直ぐに俺の顔を見る。俺も彼女と目が合った。
「いや違うな。ずっとボッーとその日はここのベンチに座ってこの街を見ていた。昼からずっとだ。感覚がなくても生物学上腹は減るし、眠たくなる。だから俺は家に帰った。今の家じゃない方だ」
俺は歩いていってその時と同じ位置に座った。休憩スペースのベンチの左端。
「お前も座れよ」
結衣を誘って隣に座らせることを勧めた。
「それからどうしたの?」
結衣はスカートに皺がつかないように延ばしてから丁寧に座った。
そして、俺は話の続きをした。
「家に帰って俺は恐怖に似た感情を感じたよ。親父は母さんが死んでも普段通り仕事に行き、休日はただ酒とパチンコに出掛けるだけ。妹の方は感情を無くして、イジメを機に引きこもっていった」
膝の上で握っていた拳が痛かった。思い出したくもない過去。
「それでも、俺は妹だけは守ってやろうと思った。だけど……あの時の俺にはそんな資格も権利もなかった。そして、自分に自信を無くしてそれは呪縛になって俺を喧嘩の道へ向けたんだ」
「だけど、一人の友人の出会いで俺は変わったよ。妹を救おうとする情操がまた蘇ってきた。多分、その時に結衣に会ったんだと思う」
「そうだね」
結衣は昔を思い出すよう、視線を一点に見つめた。
「それから俺は彩華と二人暮らしを始めたんだ。でも、何か足りない気分だった。それを教えてくれたのは、結衣、お前だった。だから……ありがとな」
俺は隣に座っていた結衣を抱きしめた。恋愛感情は一切含まない、そう感謝の気持ち一択だけ。
「っ……」
結衣は咄嗟のことで吐息に似た声を漏らした。だけど、すぐに結衣は俺の背中に手を回した。
この時の俺はまだ知らなかったんだ。
結衣に救ってもらったのに、結衣のことを俺は何も知らなかった。
ホントに自虐的だ。ホントに愚かだ。
あの涙の理由を知るのは、この時から数ヶ月後のことだ。
なかなかに投稿する時間も無いのですが、ちょくちょくは投稿できるように頑張ります。




