第四章 4
第四章 5です
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「え……」
こいつ今なんて言った?俺のことがなんて?好き?何それ?
斬新なドッキリかと思って、ゆ、結衣の方を見たが、彼女は顔ごと逸らして一向にこちらを見ない。
俺はとりあえず何か言わないと、と思い口を開く。
「えっと、だな、その……」
「……」
俺は続きを言おうとしたが、空気が重くなかなか発することができない。もちろん結衣も何も発しない。
まさか、こんな空気になるなんて思いもしてなかった。いや、こんな状況になること自体想定範囲外だ。
俺は考えた。
そして、一つの答えを導き出した。
「ゆ、結衣、ごめん」
「っ……」
俺の謝罪の言葉は結衣の吐息の音とともに風に乗って流れていった。
「俺と付き合っても不幸になるだけだ。だから、ごめん」
俺はできるだけ相手を傷付けずに優しく謝った。
「そ、そんなこと!……ない」
最初は叫びに近い声音だったが、段々と小さくなった声で結衣はそう応えた。俺は首を左右に振る。
「そんなこと、あるんだよ」
また強い風が吹いて、桜の木を揺らし、花びらが空に舞う。綺麗だ。
だが結衣にはそんな余裕はない。
「ないよ……」
先程よりも小さな声が先程よりも大きな衝撃を俺に与えた。
俺は続けて、声のトーンを上げて面白半分の自虐を言った。
「それになんで俺なんだよ、こんなヤツのどこがいいんだ?顔だって全然だろ?もっとかっこいい奴もお前ならイケるだろ?」
できるだけ自然にしようとしたけど、笑いが乾いてるのが自分でも分かってしまう。
「こんな、俺なんかさ────」
「なんで自分をそんなに悪く言えるのよ!」
俺の自虐に結衣は怒り声を上げて、上書きした。
「な、何キレんでんだよ?別に俺なんて────」
「私は!私は、あんたのいい所言えるよ!確かに不良だし、変態だけど!」
「お、おい、それ、悪口じゃ……」
ツッコミを入れずにはいられなくて、つい言ってしまった。
「それでも、優しいし、困ってる時とか助けてくれる!あんたのこと調べてる時にどんどん分かってきたの!あんたが喧嘩してたのは全部人のためでしょ!困ってる人を助けるために自分を犠牲にしてるの!自分の手を汚してきたの!あの時だってそうだよ!あの時だって、私が言うこと聞いてたらあんたにあんな苦労させることもなかったし、それに……それに……」
感情的に声を上げていた結衣の目から涙が零れて、それが続きの言葉を塞いだ。
さっき泣かせた身なのに、どうしてかこの涙だけは嫌な気持ちになった。
「そんな、青空が……私は、好きなの!」
頬を涙で濡らして、それでも負けずに思いっきり気持ちを結衣は叫んだ。
それに俺はしばらくなんと言おうか悩んだ。
「俺は……」
「私は……あんたと一緒に生きたい……」
結衣は俺の顔を真っ直ぐに見つめた。
「っ!」
生きたい、か。
俺の胸に何かがこみ上げてくるのが分かる。その正体が何なのかも何となく分かる。
嬉しいんだな、俺は。
視界に映る結衣の姿が歪んでいく。
何が起きたのか最初は分からなかったが、それが涙のせいだと知るには時間がかかった。
「せ、青空……?」
歪んた結衣の手が俺の頬に触れる。温かかった。
俺はずっと自分一人でなんとかしようとしていた。彩華に助けられ、悠真に助けられてからはそうは思わなかった。
だけど、それは表面上の理解でしかなかったんだ。
俺はまだ一人で生きていかないとと考えていたんだ。
彩華のために。彩華を俺は利用していたんだ。彩華がいなかったら、今の俺はなかったと思う。
悠真がいなかったら、俺は彩華を助けようなんて到底思わなかった。この二人が生きている俺を形作ったんだ。
それでも、だ。それでも、俺は無意識に一人で生きていた。だから、周りには強い自分で居続け、それを見せ続けた。弱い姿も涙も二人の前以外には見せなかった。
それは強さの裏に隠れた弱さの象徴。
俺の弱さは色んなところに出ていた。昔、困ってる人を助けるのだって、きっと自分とその人との姿が重なったから。この人を助ければ、俺も何か助かるのかな、と有り得もしない期待を胸にして。
分からない。分からない。分からない。自分が何なのか分からない。何をしたいのか分からない。人は分からないことが一番怖い。だから、絶対違うはずなのに答えの欄を埋めようとする。地面に這いつくばって手探りでも答えを求めようとする。
「俺は……何がしたいんだよ……」
独り言だった。
まだ結衣の手は俺の頬に触れていた。親指で優しく涙を拭ってくれていた。
「何って?」
結衣は俺に再度問い掛けてきた。俺は自分の考えていたことを応えられるはずのない結衣に訊いた。
「俺は何がしたいか分からなくなったんだよ……」
「なんで、そんな分かりきったこと聞くの?」
結衣は俺の頬から手を離して、ゆっくりと口付けした。俺は抵抗すらせずにそれをあっさりと受けた。いや、抵抗する意味がないと思ったからしなかっただけだ。
結衣の温かい唇を離れた後、赤く腫れた目とそれよりも薄い赤色に染まった顔で結衣は微笑んだ。
「生きたいんだよ?青空は。生きるっていうのは食べて、寝て、話して、書いて、そして、恋、とかするってことじゃないかな。それは当たり前のことだけど、重要なことなんだよ?」
俺はそっと顔を下ろした。
俺がしたいこと、そっか、生きたいんだな。
俺は顔を下ろした時よりもゆっくりと顔を上げた。そして、またゆっくりと口を開いた。
「結衣。ありがとう」
「うん!」
結衣は大きく頷いた。そんな結衣を俺は抱きしめた。無意識だった。愛おしく思ってしまった。
「えっ!?」
結衣は驚きの声を最初は上げたが、すぐにそれを受け止めてくれて俺の背中に腕をまわしてきた。
「結衣、俺と一緒にいてくれ。これからずっと、俺と生きてくれ」
俺は結衣を抱きしめたまま言った。多分、人生初めて人を好きになった。いや、好きかどうかは分からない。不思議な感情だった。
「ダメ」
……はい?ダメ?え?嘘?
結衣を離して顔を見つめた。結衣は少し恥ずかしそうに笑った。
「告白の時はちゃんと好きって言わなきゃ、ダメ」
「あ、ああ、そうだな……」
俺は咳払いを一つしてから、気持ちを伝えた。初めての告白を俺は瞬時に考えた。いや、これしかなかったのだ。
「好きだ、結衣」
「うん、私もだよ、青空、先輩」
俺はそっと結衣の唇に自分の唇を重ねた。
また、強めの風が吹いた。それでもなぜか俺には結衣と俺を包み込む優しい風のように思った。
バイトなどが続いてなかなか書けませんでした。
申し訳ない!




