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Treasure Stories   作者: 高坂青空
第一章
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第一章 2

第一章 No.2です


  2

俺には妹の彩華と親父、そして母親がいた。

しかし、母親は俺が中学三年の時、彩華が中学一年の時に交通事故で死んだ。聞いた話だと、誰かをかばってトラックに轢かれたと後々知った。

それから、俺たちの何かが変わった。親父はより仕事に勤しむ日々が続いた。休みの日も酒で酔い潰れるだけだった。そんな最中、俺が高校に進学する三ヶ月前に彩華を連れて二人暮らしを始めた。 

親父と一緒に暮らすのは、息が詰まりそうになるから。もちろん野球は辞めた。その野球をやっていた時間はずっとバイトをした。


そんな生活ももう一年と数ヶ月経とうとしている。それから俺は、いや、俺達は親父とは一度も会っていない。これからも会う予定はない。今、どうしているのかも知る由がない。


過去を思い出していると、川の流れる音が聴こえてきた。どうやら、河川敷に出たようだった。冷たくよい風が頬を強く叩き、それを日差しがいい分に持っていく。これが、自然の力か。


そんな自然の恵みをじわじわと歩きながら受けていると、うちの高校と同じ紺色のブレザーの男子生徒の後ろ姿が見えた。

この時間に俺と同じく堂々と登校しているのは、俺の知る中では一人しかいない。まだ、確信は持てないがあれは悠真だと思う。


柊 悠真。

俺の唯一の親友と言える存在だ。

だが、その悠真とは相当の距離がある。到底、追いつこうとは思わないほどの距離。分りやすく言うと、両目の視力が0.6の奴が見ると、かなりぼやけるレベルの距離だ。‥‥分かりにくいな。とりあえず、かなりの距離があるのだ。


そう思い、先程と歩く速さを変えずに歩みを進めていると、どうやら悠真が俺の気配に気付いたようで振り返った。右腕を大きく振っているのが見えた。俺は歩くスピードを僅かに上げた。まだ、手を振るだけなら別にいいが、あいつはそれだけではとどまらないことは分かっている。それを遮ろうとしたが、時、既に遅し。


とてつもない大きな声が前方から俺の鼓膜を震わせた。

「おーーい!!あおぞら!!」

あいつ、案の定俺の間違った名前を呼びやがった。

悠真との距離はもう30メートル程度。最後の方では、俺は助走をつけ始めていた。そして、弱めの跳び蹴りを食らわす。ま、跳んでるのだから跳び蹴りに強さの調整はできない。悠真の脇腹に俺のカチカチのローファーの底が直撃する。

「ぐへぇ!」

蛙の鳴き声のようなモノを漏らした。


やばい、少しやり過ぎたか。地面に額をつけながら、悠真は右手で蹴られた脇腹を押さえている。

「何すんだよ‥あおぞら‥」

痛みに耐える声が聞えた。

「いや、すまん。やり過ぎた」

「やり過ぎたのレベルじゃねーだろ‥これは‥‥」

まだ、痛みの引かない悠真は現在進行形で苦しんでいる。

「心配しなくても、後遺症が残るほどではなかったからよ」

「それでも、痛いもんは痛ーんだよ!大体こんなの食らって平気なのはな。プロレスラーか俺くらいだぞ!普通の人にやったら骨の二、三本は逝くぞ!」

立ち上がった悠真は全力で、跳び蹴りの危険性について熱弁してくれている。


「大丈夫だよ、悠真。こんなデンジャラスな攻撃はお前以外にはしないよ」

「そういう問題じゃねーんだよ!」

「まあまあ、落ち着けよ」

俺はそう言って悠真の両肩に手を置いて、悠真の怒りを鎮めた。

「まず俺の言い分も聞いて欲しいんだ」

「何だよ?」

患部をさすりながら聞く姿勢を見せる悠真。どうやらちゃんと聞いてくれる気になったようだ。やっぱり、悠真の切り替えの早さは流石だな。


「全ての始まりはお前が俺の名前を間違えるからだろ?」

「間違えた?いつ間違えたんだよ?」

「跳び蹴りする五秒ほど前だ」

「んー??」

腕を組み、首を捻った悠真は真剣に考え始めた。そして、その後の第一声に驚愕。

「やっぱり、記憶にねーな」

とりあえず、ポケットに入れていた右手で患部を強めに突いた。

「いって!」

「お前、本気で分かってないんじゃないだろうな?俺の名前は?」

真剣なトーンで訊くことにした。

「え?高坂‥」

「おう」

相づちを入れて、次の単語を待つ。重要なのは次だ。

「あおぞら、だよな?」

「あちゃー……」

俺はそんな声を漏らして、額に手を当てた。

「ちげーよ!ひらがな一文字たりとも、合ってねーよ!」

「嘘だろ!?」

「ほんとだっての!俺ともう一年以上の関係だろ?」

「そーだけどさー」

悠真の声を上書きして、俺が言う。

「その期間の中で、このやり取り今日ので243回目だぞ!?」

俺は全力のツッコミを入れる。なんで、回数なんて覚えてるんだよ……

「あれ、そうだっけか?てかよく覚えてんな」

「俺もびっくりだよ……」

今度、少しばかり自分についてでも考えるか。

「で、ほんとの名前は?」

「はぁ。青空(せいや)だ。高坂青空だ」

俺は呆れ疲れて声の張りがなくなっていた。

「おっけ!もう覚えたよ!」

そう言って、悠真は右手でグッジョブを作って見せた。

「それ聞いたのも、これで同じく243回目だよ‥」

「そっか、そっか。いいことじゃんか」

「はぁ、もういいや、行こうぜ」

俺は大きな溜息を一つついてから、一足先に通学路に戻る。それから、悠真が後ろから追いついてきた

そうして、俺達は歩きながら他愛もない会話をした。昨日の話、強いては春休みの話。もちろん。男同士だから、下ネタだって言う。それが普段の俺たちだ。


普段俺はこいつのことを『悠真』と呼んでいる。

悠真との出会いは、中学三年の終わり頃だった。悠真は俺と同じ境遇にいた。

悠真の母親は、こいつが中学に上がる前に死んだらしい。そこから、俺と同じようにグレる日々だったと聞いた。

俺も俺で喧嘩する日々が続いていた時、偶然にも悠真に出会った。そして、なんだかんだで互いを殴り合った。その出来事が俺を立ち直らせてくれたと、今でも覚えている。

悠真と出会えたから、俺は変われた。だから、本気で悠真には感謝しても仕切れない。


そんなことを考えていると、清澄高前にある少し急な坂道が現れた。


みんな、ここを登って登校する。

その坂道の植樹帯には桜の木がきれいに並んで、まるで清澄の新入生の入学を祝うように満開の桜の花びらを散らしている。


この桜木は三十年くらい前に何人かの生徒によって埋められたモノらしい。たしか、そんなことを俺が入学した時に校長が言っていた気がする。特に埋めた理由とかは知らない。

俺たちは桜並木を登りきって、校門を抜ける。いつも、この時間には閉まっているはずの校門が開いているのは閉め忘れだろうか。


校門を抜けると、大きな校舎が右側にあり、左側にはグラウンドがある。

グラウンドは野球場で例えると、東京ドーム約二個分、校内全域は約五個分あると入学説明会の時に配布されたパンフレットに記されていた。

正直に言うと、東京ドームの大きさが分からない。ただ、そう思っただけだったが、一年経っても行ってない場所はかなり多い。それくらいに広い。昔は中高生合わせて生徒五千人を超える超マンモス校だったらしいが、今ではある程度までに落ち着いた。


そんな高校の校門を抜け、しばらく歩くと高校生用の昇降口が姿を現す。更に、奥に行けば中学生用の昇降口がある。

高校生用の昇降口の隣には、学校掲示板が建っている。そこで、始業式にはいつもクラスを確認することになっている。

普通の日なら、ここで学校のニュースなどがよく掲載されている。俺たちは学校掲示板前で歩みを止めて、自分のクラスを確認する。


二年五組。

当然と言えば当然だ。この清澄高では、二年から文系志望者と理系志望者でクラスが分かれる。理系クラスは五組の一クラスのみ。

俺は強制的に理系に行かされたから、クラスを見なくとも五組だと言うことは分かる。

だから俺は隣にいる悠真の名前を今探している。

悠真ははっきりと言ってしまうと、バカだ。理系に行くことはまずない。と、言うことで、一組から順に探していく。どうやら、一組にはないらしい。

続いて、二組、三組と探していくが、ない。じゃ、四組かと思い目をやるが‥‥‥ない。


え?何こいつ?まさか留年したの?嘘?確かにこいつバカだけどさ、落ちちゃうのかよ。進級すらできないの。

そう、現実を分かってしまうと悠真を見る目もかなり変わってしまう。可哀想なモノを見る目で見ると、当の悠真は、

「お!俺も五組だ!また、同じクラスだな、あおぞら!」

「‥‥‥‥え?」

俺はしばし、思考が停止に陥った。

「お~い、あおぞらく~ん」

目の前の視界に悠真の手が上下しているのが、なんとなく分かり現実に戻った。

「え‥‥お前なんで理系クラスになってんの?お前、バカじゃん?」

心からの疑問を率直に伝えた。すると、悠真は咎めるような目を向けてきた。

「失礼だな!確かにバカだけどさ」

認めるのかよ。すると、悠真は真剣なトーンで話し始めた。

「俺さ、将来は親父の後を継ぎたいんだよ。だから、俺は理系に行く!それだけじゃだめか?」

少しの照れを隠すようにはにかんだ笑顔を俺に向けてきた。

俺は少し悠真をすごいと思ってしまった。

「頑張れよ、悠真。充分な理由だよ」

「だろ?」

いつもの悠真のこれぞとばかりのドヤ顔を見せてきた。俺は少し悪いと思いつつ話を変えた。これ以上、この話をしてしまうのは、本当に失礼で、本当に酷いことだと理解してるから。自分のことのように胸中がズシズシと痛くなる。


「あ、あぁ。それじゃ、行くか」

そう言って俺達は二年用の下駄箱へと歩みを戻した。昇降口のドアに貼られた下駄箱表を見て、自分の下駄箱にローファーを入れ、スリッパに履き替えた。


この高校は上靴ではなく、スリッパ形式らしい。理由は知らん。

てか、なんだかんだで、俺、知らないこと多すぎる気がする。

靴を履き替えてから、二年の教室が並ぶ三階へと向かう。


三階に着くと、五組の教室は一番奥の方にある。今、気付いたがここに来るまでに誰にも会っていない。おそらくだが、みんな体育館にて始業式をしているのだろう。それは今も継続中である。

静かな廊下に俺たちの歩くスリッパの音だけが反響していた。ここまで、静かな廊下を歩くのはかなり久し振りな気がする。この間、俺と悠真に会話はなかった。周りが静かだと、つい喋らなくなる。


五組の教室の前に着き、後ろの扉を開けようとするが開かなかった。鍵がかかっているらしい。さすがに、閉めてるよな。

「閉まってるな」

「まぢかよ、どうする、あおぞら」

「前も確認して、開いてなかったら荷物だけ置いてぶらつこうぜ」

俺はそう告げてあまり期待はせずに、前の扉へと向かった。


そして、前の扉に手を掛けると、後ろとは相反してすんなりと動いた。

「お?開いた」

口から自然と漏れた。

俺が開けた瞬間、強い風が吹き抜けた。どうやら、どこかの窓を閉めていなかったらしい。その風に目を反射的に瞑ってしまった。次に目を開けると、白いカーテンが翻るのが見えた。

刹那、俺が視界に捉えたのは、カーテンのすぐ近く、詳しく言うと、窓際の列の後ろから二番目に座っていた一人の女子生徒。


彼女は、綺麗な長い黒髪を風に踊らし、右手でそれを押さえている。左手には文庫本を持っている。だが、その本も風に吹かれ、ページをめくられていた。


それよりもなんだろうか、この感じ。昔にも感じたことのある不思議な気持ち。すこし、彩華とも似ている感じ。

その彼女と目が合った。その目は何か、俺を探っているようだったが、その時の俺は、ただ体に恐怖の意だけが俺を埋め尽くした。そしてすぐに脳から、いや体から命令の聲が聞えた。

“そいつと関わるな”、と。


どうか次回もお願いします

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