第一章 1 (改訂版)
第一章 NO.1
第一章 出会い(高坂青空)
1
朝日の眩しい光がカーテンの隙間から差し込んでくるのが、分かった。夢の世界にいる俺を現実に引き戻そうとする。それに反射的に俺は当たり前のように抗う。
俺は右腕で目を光から隠し、もう一度眠ろうとする。しかし、一度目が覚めてしまったからかもう睡魔が激しく襲ってくることはなかった。必然的に俺は目を覆っていた右腕をのけて、ベッドの端で充電器に繋げられたスマホへと手を伸ばした。
時刻は既に八時を大きく過ぎていた。時刻の上に表示されている日付は四月十日。
俺の記憶が間違っていなければ、今日は俺が通う私立清澄高校の始業式兼入学式だったと思う。
まだ俺はベッドに俯せになりながら、ぼけた頭で自分が置かれた状況を考えた。是非、みんなも考えてほしい。
まず、今日四月十日は俺の通う高校の始業式。そして、時刻はもう八時二十五分を表している。通学消費時間は走っても十分程度かかる。始業は八時四十五分。
‥‥遅刻だな。しかも、二年生になるこの日に。
こんな俺の立場になって考えた時、普通なら、時間と日にちが分かった時点で、「遅刻、遅刻~!」と慌てて、トーストをくわえながら登校する‥‥いや、これは普通じゃないな。
ま、どうであれ、こんな遅刻ギリギリの時間に堂々と自室を出て、朝のコーヒーを飲もうと台所でコーヒーメーカーをセットしている奴はかなり珍しいだろう。
俺がなぜこんなに余裕なのかというと、俺は清澄高では“不良”の名目でしられているからかもしれない。別に俺は不良のつもりはないのだが、遅刻と早退を繰り返してたらそう呼ばれるようになった。ま、それが不良なのだが。
コーヒーが完成して、薄暗いリビング兼ダイニングにてローテーブルに置いてあるテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。ちょうど、朝のニュースの天気予報をしていた。どうやら、もうすぐで春一番が吹くらしい。少し飲むには熱いコーヒーをちびちびと飲んでいく。肌寒く感じる体は芯から温かくなっていくのを感じる。
コーヒーは五分と経たずして、飲み干した。立ち上がる時に、一目だけ妹の彩華の部屋のドアを見て洗面所へと向かった。おそらくだが、寝ているに違いない。彩華は俺と血の繋がった妹で、同じ学校の中等部に通っている。ここで疑問を持つ人も少なくないだろうが、なぜ彩華が始業式当日になっても寝ているのかというと、妹は世間一般でいうところの不登校だ。辞書やネットで不登校について検索すると、なんらかの心理的、情緒的、身体的などが要因で学校や会社に行けなくなること、またはその状態、を指していた。それは彩華と全く同じ現状だった。でも、前に比べれば、全然マシである。酷い時は一週間も部屋から出てくることができず、食事すらまともに摂れなかった。そうなってしまった詳しい経緯はまたそれを話していいと思ったときに話すことにしよう。
洗面所の鏡に映った俺の姿に、何か嫌気のようなモノがさした。それは毎回自分を見た時や自分が自分であることを自覚した時におきる。そんなのはたまに感じる思春期特有のあれだ。それが、そんな当たり前のことがたまらなく嫌だった。
自分で自分を紹介するなら、身長170cmで体重62kg。好きなモノは妹で、嫌いなモノは自分、ただそれだけ。もちろん、シスコンの方の好きではないので、注意。
顔を冷水で洗って、タオルで拭き、少し寝癖のついた薄い茶髪を直して洗面所を出る。この髪は別に染めてるのではなく、遺伝によるものだ。
俺は再度自分の部屋に戻って制服に着替えて、カバンとスマホを持って部屋を出る。玄関で靴を履き替えようとして、窓を開けてないことに気付き、自分の部屋とリビング兼ダイニングの窓を開ける。
一通り開けると、彩華の部屋のドアがゆっくりと開いた。そこから、出たきたいろはの寝癖はどこぞのスーパーサイヤ人のようで、頭のてっぺんから一本の長いアホ毛がぴょんと飛び出ている。それは前後左右に動き回っている。アホ毛が動いてるのではなくて、いろは本人が動いているのだ。
いろはが眠そうに右手で目をこすり、左手で大事そうに俺の初給料で買ってあげた人形、正確に説明すると、マジックで書いたような直線の目と口のついた黄色の団子のような横長いぬいぐるみを持っている。そんないろははまだ夢の世界に身が浸っているらしく、声も張りがない、酔っ払いのようだった。
「おにぃちゃ~ん、おはよ~‥どこいくの~?」
「おはよう、いろは、もちろん学校に行くんだよ。いろはも来るか?」
目がうつろで真っ直ぐ立ててないいろはは、なぜか少し涙目になっていた。確かに、冗談で言ったつもりであったのだが、こんな泣かせてしまうことになるとは。
「いや‥‥、ぃや‥だよ‥」
「嘘だぞ、いろは。そんなに泣くなよ」
いろははぬいぐるみに顔を埋めて、泣いていた。俺はそんな可愛い義妹に近づいて頭を優しく撫でた。身長が150cmに満たないいろはの頭はちょうど撫でやすい位置にある。俺は撫でながら、いろはをなだめた。
「‥ほんと?」
ぬいぐるみから顔を上げたいろはの目元は少し赤かった。まだ、目の端にも涙は付いている。
「ああ、ほんとだよ」
俺は優しく微笑んだ。お返しにと言わんばかりにいろはも涙を袖で拭いながら、笑顔を見せてくれた。
「よかった‥」
そして、俺の体にいろはは顔を埋めた。
それからいろはは安心したのか、へなへなと俺を抱く力が弱まってずれ落ちていった。抱えてみると、かすかながら寝息も聞こえてきた。
「寝ちまったのか」
俺は寝てしまったいろはを抱きかかえた。言葉を換えれば、お姫様抱っこだ。もし初めてのお姫様抱っこの相手が俺だともう一人の“彩華”が知ったら、大激怒間違いなしだな、と内心思いつつもとにかく、お姫様の部屋へと向かった。といっても、ほんの三歩ほど進めば目的地だ。いろはは身長と合ってやはり軽かった。確かに胸は小さいが、ここ最近はそれなりに膨らみが出てきた。としても、やっぱり軽かった。その寝顔も作られた人形のような、そんな感じがした。
女の子らしい部屋の壁際にあるベッドにいろはを寝かせて、毛布を掛けた。そして、眠ったいろはに聞こえるか聞こえないくらいの小声で謝った。
「さっきはごめんな、彩華」
それから、俺と同じ髪色の寝癖の被害に遭ってない前髪に触れた。俺は少しだけ微笑みやっぱり妹であって、義妹なんだな、とふと諒解した。
いろはの寝顔に癒やされた俺はいろはの部屋のドアの前で、いろはを起こさないように、でもさっきよりも大きな声で告げた。
「いってきます」
部屋を出て、ドアを閉めようとしたとき、いろはからぼけた言葉が聞こえてきた。
「いって‥‥しゃ‥い‥」
俺は少し笑ってから、ゆっくりとドアを閉めた。
右ポケットからスマホを取り出した。時刻は九時に差し掛かろうとしている。もう、走っても間に合わない。もともと間に合うわけがないけど。
俺はカバンが置きっ放しの玄関へと再度足を運んだ。
玄関でスリッパを脱いで、学校指定のローファーに履き替える。靴箱の鍵かけに掛けてある自宅の鍵を手に取る。
ドアを開けて、鍵を閉める。外に出ると、家の中よりも少し肌寒かった。アパートの階段を下りて、通学路につく。太陽の光は暖かかった。まだ、少し眠気が残っているのが分かる。
そんなボケた頭で俺は自分のこれまでの半生を思い出した。
閲覧ありがとうございます。
久し振りに書いたのですが、やっぱり楽しいです!
シリーズものですので、次も読んでいただけると恐縮です。
少しでも、笑って、少しでも泣いて、少しでも、優しい人になってくれたら、幸いです。