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下賤な空

 燃えるよ、燃える。炎が燃える。

 ぱちぱちと薪が音を立てている。

「ねえ、ナッちゃん。人間は生まれながらにして不幸を運命づけられているんだよ」万梨阿が笑った。「ただし、マリアだけは除いて、ね?」

 自信満々に胸を張る万梨阿。

 私はもうすっかりと秋めいた世界の中で焼き芋の半分を万梨阿に渡す。

「あったかいね」

「うん、あったかあい」

 私は焼き芋を齧った。甘い。やけに甘い。甘ったるい。

 ああ嫌だ。たき火は嫌いだ。火を囲むと人間はとたんに動物ぶる。思わなくてもいい事とか、言わなくていい事とか、なんか本能のままにそれが湧きだし。なんのかんので気持ちを暗くさせる。

「マリアはね、ちょっと特別な能力を持ってるんだよ、ね?」

 ほら、これも言わなくていいこと、でしょ?

「何? 私のお尻のほくろの数を見る超能力?」

「何それ、変なの」万梨阿は、くすす、と笑った。「違うよ。マリアは、ね『末永く幸せに生きる』んだよ」

 何それ、変なの、は私のセリフだっての。

 なあんて。

 幸せ、なんて陳腐な言葉。なあんてさ、私が言ったら負け惜しみにしか聞こえないか。

「くじ引きに絶対当たるとか、そういうやつ?」

「それがマリアの幸せなら、ね?」

 ああ、便利だ。とどこかで思ったことのあるような感想が心のなか浮かんだ。だってそれがあったら、死ぬことが私にとっての『幸せ』だって、すぐに証明できるもの。羨ましい。

 私は焼き芋の周りの焦げ付いた皮をぺりぺりと剥がす。その感触がとても心地いい。私は夢中になって皮をはがす。お芋全体が黄色くなるまで。

「ナッちゃんは幸せ?」

 陳腐な質問。

「さあ、どうだろう。そもそも幸せって何?」

「哲学?」

「哲学」

 万梨阿がうーんと首を捻る。

「セックス、ドラッグ、ロックンロール?」

「逆のがいいね」

「逆?」

「オナニー、バファリン、般若心経?」

「ナッちゃんの半分は優しさで出来てるもんね」

「もう半分は煩悩?」

「ギャーテー、ギャーテー?」

「なんだかとってもロックだねえ」

 私たちは声を揃えて笑った。

 是故空中無色、無受想行識。そんなスタイルで、南無。なあんて。仏も神も知らんけど、ね?

「いずれにせよ。ナッちゃん、今はなんか幸せそうな顔してるよ」

「そうかな?」

「そうですよ、ね?」

「仏顔?」

「まあそんな感じ?」

 みたいな会話。ちゃんちゃら可笑しい。

 幸せは歩いてこない。だからって歩いたりなんてしないのさ。だって、それってとっても惨めじゃない? なんてスタイル。そんなスタンス。

「ね、ドラキュラさんもそう思いますよね、ね?」

 万梨阿がドラキュラさんの方を見て笑う。

「お、おう、ソウダナ」

 昼間からべろんべろんに酔っ払っているドラキュラさんには何を言っても無駄だ。ドラキュラさんの膝元にはもう酒瓶が五本ほど転がっている。白いお肌がもう真っ赤。

 私は庭の落ち葉をたき火に加える。火を見ると心が落ち着く。死んだ葉を火葬してやるのさ。拝火教。ねこがぴょんぴゅん、火の周りを回る。儀式だ、儀式。ツァラトゥストラ。

「先生は焼き芋召し上がりますか」

 私はドラキュラさんの隣でお茶を啜る先生に尋ねた。

 先生は「ええ、いただきます」と優しく頷いた。

「最初ナッちゃんから話を聞いたときはどんな人なんだろうって思ってたけどあってみると案外普通の人なんだね、センセイって、ね?」

「女子高生に自分のことを『先生』って呼ばせる変態オヤジだとでも思ってた?」

「ナッちゃんがナンパした男の人だよ。普通の人じゃあないでしょう?」

「ナンパコパンダ」

「ホント、ここ最近ナッちゃんは随分と変わったと思うよ」

「具体的には?」

「女の子は恋をすると可愛くなる、ってこと?」万梨阿は自慢げに神話をご披露する。

「恋は罪悪だよ」

「毒を食らわば皿までほにゃらら」

 万梨阿はほくほくお芋を頬張る。私も真似してほくほく齧る。甘いお芋。黄色いお芋。お茶を啜る先生。私と万梨阿はくすすと笑って空を見る。

「下賤な空」

 私は愉快愉快と腹を抱える。

「ねえ、先生」私は焼き芋を齧る先生に向き直る。「先生にも私は出会ったころから変わったように映りますか?」

 私は一体どんな答えを期待していたのだろうか。自分でさえ分からない。

「私は」先生が言う。「貴女が変わったとは思いませんよ。私の前の貴女はいつも『貴女』でしたよ」

 ああ、そうか。私はこれが……。

「先生、秋ですよ」

「秋ですね」

「冬が、もうそこまで来ています」

「ええ、」

「私は冬が好きなのですよ」

「そうですか」

「先生、」

「はい」

「たき火に当たりましょう」

「はい」

「もうすっかり寒くなりましたから」

「ドラキュラさんが風邪をひかないように毛布をかけてあげなければ」

「先生、秋の空は高いですよ」

「はい」

「先生……」私の胸が、とくん、と音を立てた。「私の隣にいてください」

 風が吹いた。焔が揺れる。

 今、私の隣を占領する万梨阿が私の顔を見てくすすと声を立てた。

「末永くお幸せに」

 ああ、なんて陳腐な言葉だろう、と私は思って、甘い甘い芋を噛んで、空を眺めた。

 そうやって時計はちくたく進んでく。


 ※※※


 あるとき、ねこはだれのねこでもありませんでした。のらねこだったのです。

 ねこははじめて自分のねこになりました。

 どんなめすねこも、ねこのお嫁さんになりたがりました。

 大きなサカナをプレゼントするねこもいました。上等のねずみを差し出すねこもいました。めずらしいまたたびをおみやげにするねこもいました。

 ねこは言いました。


「おれは、百万回も死んだんだぜ。いまさらおっかしくて!」


 ねこは誰よりも自分が好きだったのです。


 たったいっぴき、ねこに見むきもしない、白い美しいねこがいました。

 ねこは、白いねこのそばにいって「おれは百万回もしんだんだぜ!」と言いました。

 白いねこは「そう」といったきりでした。ねこは少し腹を立てました。

 なにしろ自分がだいすきでしたからね。


 次の日も、次の日も、ねこは白いねこのところへ行って、言いました。

「きみはまだ一回も生きおわっていないんだろ」

 白いねこは「そう」と言ったきりでした。


 ある日、ねこは、白いねこの前で、くるくると三回宙返りをして言いました。

「おれ、サーカスのねこだったこともあるんだぜ」

 白いねこは「そう」と言ったきりでした。

「おれは、百万回も…………」と言いかけて、ねこは「そばにいてもいいかい」と白いねこにたずねました。

 白いねこは「ええ、」と言いました。

 ねこは、白いねこのそばに、いつまでもいました。

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