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正解

「あ、花嫁さん!」

 万梨阿と杏奈と私。三人で流しそうめん屋に出かけた後、教会の前を通ると結婚式が行われていた。

 夏らしく涼しげなウェディングドレスを着た女の人と新郎らしい男の人。腕を組んだりなんかして、お互い笑顔だ。

「末永くお幸せに!」

 なあんて感じで万梨阿は、わあい、と手を振る。

 万梨阿の声が大きいからだろうが、花嫁さんがこちらに気が付き、そんな部外者の私たちにもしっかりと手を振り返してくれる。ご迷惑を、どうもスイマセン。なあんて。

「ねえ。いいもの見た、ね?」

「そう?」

「女の子の永遠の夢だよ。花嫁さん。ねえ!」

「ねえ!」万梨阿と杏奈が目を合わせて笑った。

 私は、私の作る影法師を眺める。道端に寝ころぶ黒い影。足の裏しか踏むことは出来ない。

「いつの時代のお話よ?」アナクロめいたお伽噺に私は苦笑する。

「そんなのきまってるじゃない、ね? ずっとずっと。女の子の、永遠の憧れだよ、ね?」

 わお。そうだったのか。存じませんで。

 てってか、てってか。日陰を選んで歩く。世界には意外と日影が多い。そんなことに下を向いていると気付くのだ。

「ナッちゃんはさ、女の子らしく生きたりしないの?」

「今でも女の子らしいでしょ十二分」

 ほら。私はステップ、ターン、スカートの端と端を摘まんで一礼。

 くすす、と二人が声を揃えて笑う。失礼な。

「まあ、とにかく『末永く幸せに生きる』のですよ。マリアは。だからナッちゃんはマリアに負けないように、頑張って、ね?」

 万梨阿が陰日向を踏みつける。まるで世界は自分のために回っているかのような態度はいっそ羨ましい。そんなこと口に出して言ってなんかあげないけれど。

 花嫁。

 私は先生の横に立つ、ウェディングドレスの私を想像してみた。白色。ブーケ。指輪。神父さん。お米。カラカラお車。

 うん、違うな。

 からから笑う。

 私のためには世界は回らない。知ってたさ。うん、知ってた。

 そういうのじゃあないもんね。

 じゃあ、誰のため? きっと、ねこねこ。

 死にたがりは死にたがりらしく生きましょう。みたいな。

 唯一の自慢。

 私はいつでも自分を殺せる。それだけは他人に誇れる。

 そんなスタンス、じゃ、ダメかな?

 なあんて。


 ※※※


 ストローの袋にポツンと水滴を垂らした。くねくねと愉快にそれは踊り出して、ああ、生きてるみたいだなぁ、と私は思った。

「超能力があるの、私」杏奈が笑った。「今まで黙ってたけどね、うん」

 冷たく苦いコーヒーを口に含んだ途端に彼女が言ったものだから、私はきょとんと彼女の顔を眺めることしかできなかった。

「超能力って?」

「超能力は超能力だよ。みんなが持ってない私だけの能力。それが超能力。エスパー」

「じゃあ何? 父親が画家でそのヌードモデルになって小遣い稼いだりしてるの?」

「なあにそれ?」

「エスパー魔美」

「ああ、あんな風になんでも出来るわけじゃないの、わたしのは」

 彼女はコーヒーフロートのソフトクリーム部分をぺろりと舐めながら言った。悪戯そうに笑う彼女の顔は女の私が見ても殺したくなるほど可愛かった。

「テレパシー? テレキネシス?」

 私は精いっぱいの超能力知識を披露してみる。けれど、どうやら私の知識不足のようで彼女は、えへへ違うよ、と手を横に振った。

「私は『正解』が見えるの」

「正解?」

「うん、『正解』」

 杏奈はその大きな瞳を私に覗かせた。透き通った瞳。光が灯っている。どこまでもどこまでも深く吸い込まれていきそうな、そんな瞳。くり貫いて飾ったらいいきっといいアクセサリーとなる。

「この目がね、『正解』を見せるの私に、ありとあらゆるものの『正解』を。明日傘を持って家を出た方がいいのか。初めて入ったお店でどのケーキが一番おいしいのか。今政府が行うべき最も正しいデフレ対策は何なのか。ナッちゃんが自分の身体のどこにコンプレックスがあるのか。とかね」

「ちなみに最後のやつの『正解』は?」

「お尻にある大き目のホクロ」

 わお、と私はコーヒーを口に含む。ささっとお尻をさする。ピンポン、と正解を示す音が胸に響いた。

「恐ろしい」本気でそう思った。

「便利なことと恐ろしいことは両立するんだよね。厄介なことに」あれだよ、あれ、コンピューターみたいな、さ。と世紀末じみた例え話は私を笑わせはしなかった。

「それでも私も欲しいな、超能力。分けてよ」死にたがりが言う。

「あげられるものなら何だってナッちゃんにあげるよ、わたしは」

 杏奈は言いながら自分の皿に乗っているショートケーキのイチゴを私の皿にのせた。

 ずずず、と私はわざと音を立ててコーヒーをすすってみる。

 私の欲しいものよく分かったね。

 なあんて。

 ハムサンドのハムとチーズの合間に潜んだキュウリを取り除く。邪魔者は排除。社会と同じ。パンとハムとチーズを整え、ぱくり、と口一杯に頬張る。うん、美味しい。必要なものは必要な分だけあればいい。

 この店は少しクーラーが効きすぎている。私は食べかけのハムサンドを空いている皿に投げて杏奈に言う。

「生きるべきか死ぬべきかそれが問題」

「ハムレット?」

「ハムサンドを見て思い出したんだ」

 私が言うと杏奈が、ぷっ、と吹き出した。つまらないダジャレをいうつもりではなかったが優しい彼女がわざわざ笑ったことで、まるで私が意図して洒落を弄したみたいになってしまった。

「その超能力ならそんな答えも分かるの?」

「当然」

「当然? どっち?」

「わたしはあらゆるものの『正解』を見れるって言ったでしょう」

「そうだったね。私のコンプレックスが分かるくらいならハムレットの問いくらい簡単か」

「うん、そうね。簡単簡単。赤子の手だって一ひねり」

 私は窓ガラス越しに外を見る。

 夏もそろそろ終わるらしい。異常に暑かった今年の夏もどうやら年貢の納め時なのだ。つん、と気張って見せてる太陽も、時々、にゃん、と和らいでみせる。

「今年の異常気象もじゃあ予想できたの?」

「うん、『今年の夏を涼しく乗り切る過ごし方』は見えてたよ。ナッちゃんには言わなかっただけで」

「前もって言ってくれれば私も涼しく過ごせたのに」

「友人にカンニングさせない優しさだよ。カンニングで怒られるのはわたしだけで十分だから」

「誰に怒られるの?」

「うーん、神様?」杏奈は首を傾けた。

 流石は聖母マリアの母アンナだ、知らないキリスト教の知識を自己確認。

「神様なら、じゃあ仕方ないね」

「ね、仕方ないでしょ」

 杏奈の前のコーヒーフロートのソフトクリームはすっかり溶けてコーヒーとうまい具合に交わって白い模様をつくっていた。彼女はそれを無遠慮にかき混ぜるものだからコーヒーは汚らしい茶色に変わった。

「弱きものよ、汝の名は女」

「またハムレット?」

「うん、このハムサンド美味しい」私は頷きつつハムサンドの最後の一かけらを口の中に放った。「私が女の子らしく生きるのは『正解』?」

 私が尋ねると杏奈は、くすす、と笑った。

「女の子らしく生きるって。どうやって生きるの? 夫の弟とすぐに再婚すること? 毒杯を仰ぐこと? ドザエモンになること?」

「お花に囲まれながら生きるとか? お菓子に囲まれながら生きるとか? 尼寺に駆け込むとか?」

 花嫁サンに憧れるとか?

「それが『正解』だとしたらナッちゃんはその通りになれるの?」

 あ、馬鹿にしてるな?

「無理かな?」

「どうだろう?」

 あはははは、と笑い声が重なった。コーヒー豆を挽く音が合間に挟まれる。とん、と音がした。心の音。

 しゃららん、と私の鞄の中に入っているピストルの弾倉がひとりでに回るような感覚。弾が仕込まれ、撃鉄が自然に引かれる。引き金さえ引けば人の命を奪えるものを私はすでに持っている。

 楽しければ楽しいほど壊したい。壊れる前にこの手で壊したい。こんな日々を。

 私はそんな女。まるで、そう、弱きもの。

 だから、だから、

 いつかこの手で引き金を引きたい。自分の頭に、狙いをすまして。かん、と気張って。格好つけて。

 死にたがり、らしく、ね。

 バン、と大きな音が、胸の中を強く揺らした。


 ※※※


 あるとき、ねこはどろぼうのねこでした。

 ねこは、どろぼうなんかだいきらいでした。

 どろぼうは、ねこといっしょに、くらい町をねこのように静かに歩きまわりました。どろぼうは、犬のいる家にだけどろぼうに入りました。犬がねこに吠えている間に、どろぼうは金庫をこじあけました。


「お前を世界一の大どろぼうの飼いねこにしてやろう」

 どろぼうはねこによくそう言いました。

 ねこはそんなものには興味がありませんでした。

 例えどろぼうが大どろぼうになったところでねこには到底関係ありそうもありませんでしたから。


 ある日、ねこは犬に噛み殺されてしまいました。

 どろぼうは、盗んだダイヤモンドといっしょにねこをしっかりだいて、夜の町を大きな声で泣きながら歩きました。

 その泣き声は三日三晩小さな町にひびきつづけました。そのあいだだけはその町でどろぼうがおきることはありませんでした。

 そして、どろぼうは家に帰って、小さな庭にねこを埋めました。

 短い言葉を添えて。


 そして、ねこは、もう一度、生きるのです。

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