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こころ

 夏が来た。蝉が鳴く。風が吹く。太陽がつくる影法師。

「それじゃあ先生、さようなら」

 私は、最後に、先生に言う。

 先生は「ええ、」と小さくいって、困ったように笑った。最後の最後まで、私は先生をこうやって困らせるのだった。

「安心してください。私は、いつも、ここにいますから」

「……ありがとうございました、先生」

 私は、ぺこり、と頭を下げた。それは感謝を示すため、涙を隠すため。私の足に猫が頬ずりをしている。

 猫よ、お前も永遠に生きろよ。

 なあんて。

「では、そろそろ」

「ええ、そろそろ」

 私は、この、何度も訪れた先生の家に背中を向けた。もう振り向かない。そういう覚悟。そんなスタンス。

 私はてってかてってか歩き出す。

 世界は、今日も、永遠分の一を、刻んだ。


 ※※※


 死体かな? と思ったらやっぱりそれは死体だった。

 私かな? と思ったら、それは、どうやら私だった。

 荒川と、中川を超える。野良猫がダンス。私も一緒になってタップを刻む。にゃあご、にゃあご。

 私は自分の涙を、もう、決して隠さない。

 一日だけしか咲かない華も千年生きる大木も結局は同じ、同じだから。だからこそ私は、永遠を幾つにも自分なりに切って見せたその中の一個を、いま、気まぐれに、生きてみるだけ生きてみる。

 えい、

 と、鞄から取り出した拳銃を川に投げた。それは音も、飛沫もあげずに、水の中に消えていった。手の中に拳銃の感触は微塵も残ってはいなかった。

 私は世界の色を眺める。

 眩しい世界。今まで見てこなかった世界の色を私は、とん、と指さし確認。

 先生と私は違う景色を空に見るんだ。それでいい。それがいい。

「先生、」

 と私は声を出してみる。無性に叫びたい気持ちが心に湧く。

 恋は罪悪らしい。私はそれを身をもって知った。

 永遠に繰り返す人生の中の今の私がそれを知った。それを私は嬉しく思う。

 私は死ぬのなんか平気なのです。だってそんなの永遠分の一。この心も永遠分の一の心。だからこそ私は、ちゃんと、生きられる。世界の色を見つけられる。

 川は海へと流れる。海。生命の海。時代も、命も、そこに呑まれて、そしてもう一度生きる。私の死体もそこに、えい、と流す。その後は知らんぷり。

 私の泣き声はきっと世界に響くだろう。そして私は短い言葉をこの世界の端っこにちょこんとだけ載せちゃったりして。

 愛してる。

 そんな、そんな、短い言葉。

 私はてってか歩く。とん、とん、とん、太陽の方に向かって。

 街を覆っていた闇が徐々に晴れていく。荒い粒子の作り上げた街並みはその形を取り戻す。私は、それを見ながら、今日も、ひとり、歩くだけ。そんなスタンス。


 そう、そうやって、生きていく。


 ね、先生。


 ※※※


 百万年も死なないねこがいました。

 百万回も死んで、百万回も生きたのです。

 りっぱなとらねこでした。


 百万人の人がそのねこをかわいがり、百万人の人がそのねこが死んだとき泣きました。

 ねこは、一回も泣きませんでした。


 ねこは死ぬのなんか平気だったのです。


 ある時、ねこは気付きました。

 時間がたくさんあっても、ちょっとしかないのも、みんなみんな同じだということに。みんな永遠分の一つに過ぎないのだということに。


 ある時、ねこは永遠分の命を欲しがりました。自分の分と、もう一つ。

 永遠分の一が『永遠』に続けばいいとねこはその時思いました。

 その瞬間にねこは初めて生きました。


 そして、ねこは、もう、けっして生き返ることはなくなるのです。


 でも、ねこは、そんなの、ぜんぜん、平気なのです。

 永遠分の一つを『生きた』から。

参考文献

『こころ』著:夏目漱石 角川文庫

『夏目漱石『こころ』2014年4月 (100分 de 名著)』著:姜尚中 NHK出版

『100万回生きたねこ』著:佐野洋子 講談社

『ハムレット』著:ウィリアムシェイクスピア 岩波文庫

『パンセ』著:ブレーズ・パスカル 岩波文庫

『愛するということ』著:エーリッヒ・フロム

『人類が永遠に続くのではないとしたら』著:加藤典洋 新潮社

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