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死体かな?

 死体かな? と思ったらやっぱり死体だった。

 私かな? と思ったけどやっぱりそれは私ではなかった。

 くさかった、臭いじゃなくて。空気と言うか、都会の全てが、ね。街の暗さをはっきりと切り取る街灯。靴底に潰された煙草。道端には飲み物と避妊具の自販機が一台と一台、ぼんやり佇む。私は死体を覗いた瞳で、自販機に貼られた「極薄」というステッカーをなぞり、それから、とん、とジャンプして、てってかてってか歩き出す。

 薄汚れた猫が私の前を通って、んみゃあ、と鳴いた。お返しにと私は、にゃあご、と鳴き返し暗い夜道に足跡を残す。

 上がり目下がり目ぐるっと回ってにゃんこの目。なあんて。はい、ぴょんと一跳び。みたいな、さ。そんな感じで歩く私。

 闇夜は嫌いじゃないのです。嫌いなのは闇しか似合わないこの街の夜。嫌い、嫌い、嫌い、なあんて百回言っても言い足りないくらい嫌ぁい。

 都会の夜空は黒くない。汚い灰色。黒に成り切れない黒もどき。人の汚い部分をくるくる丸めてふわりと飛ばしたそんなお空。見上げる価値なんて多分ないけど、私は何故だか時々、こうやって都会の空を見上げてみる。好きな子に意地悪したくなっちゃう心持ち? 違うか。

 汚い、なあ。

 呟く。

 汚れきった私の世界、私の心。今日も、腐りきってぼろぼろ落ちる。

 ああ、と私はため息。真っ暗夜空の帰り道、そこで私は出所の分からない性的な興奮を覚えてしまった。何だか身体がむずむずと疼いた。心が汚れた分だけ、身体も汚れたがっている。もう、今すぐ自分の身体を撫で回したい衝動に駆られる。

 早く帰らねば、お早く、ね。

 橋を渡る。荒川を超え中川を超える。川上の方から流れてくる風が私を横から吹き付ける。何台もの車が私の横を通り抜ける。明るいライトが私を照らしては過ぎていく。排気ガスが降りかかる。汚さに汚さの上塗り。いっそこのまま川に飛び込んで東京湾まで流れて行ってしまいたい。流れて行ってそのまま静かに冷たくなって丸まっていたい。そう思った。

 しゃらららん、なあんて音が鳴った。シリンダーの回る音。時々ひとりでに奴は回り出すのだ。ああ、怖い怖い。

 鞄の中から私は拳銃を取り出す。そしてそれを自分の頭に突き付けてみる。突きつけてみろとこいつが言うから。私の心も言うから。

 撃鉄を引き起こす。引き金に指をかける。

 死にたいな。ああ、死にたいなぁ。

 私は川に反射する月を眺めながら、思った。

 先ほど見た死体の姿がまだ瞳の奥に残っている。両目にくっきりと刻まれている。ばらばらにされて袋の中に、まるで生ごみのように入れられた、身体。私をぎょろりと見つめていた、あの目。血に染まる。血が溢れて。こぽこぽと。腐りかけの血液。あん、いっそ美しい。

 何かに包まれる感覚。私を私として認める何か私を超えているそんな心に浮かぶ淀んだ感情。

 この心に浮かんだ感情の正体が一体何なのか分からないまま、私は自分の身体をゆっくりと撫でまわす。頬。胸。腰。尻。心。

 身体と心、私と私。撫でる。

 はあ、と息を漏らす。

 世界に混ざって消える、私の意思。

 絶望が死に至る病だったらどんなにいいだろうか。なあんて。

 永遠分の一回だけ。

 引き金を引く。

 どん、と心が震えた。

 ん、と息が漏れる。

 かちん、と撃鉄が下りるが、弾の入っていない拳銃は、悲しく震えるだけだった。

 私の身体を巡る血液に興奮の成分がどっと流れ込む。身体が死にたくなるほど熱くなる。ぽっぽと火照る。いわば発情。

 ああ、ああ、あははは。

 死を尊ぶ。そんなスタンス? プライド? 信念? みたいな。

 そっと、鞄の中にそれをしまった。私は息を深く吸って、そしてまた夜の道を歩き出す。

 月夜。月光と死体と野良猫だけが転がった街。

 汚い世界の中を、汚い心で、汚い身体で歩いて私は今日も死にたがりを続ける。

 そう、そうやって、生きていく。


※※※


 百万年も死なないねこがいました。

 百万回も死んで、百万回も生きたのです。

 りっぱなとらねこでした。


 百万人の人がそのねこをかわいがり、百万人の人がそのねこが死んだとき泣きました。

 ねこは、一回も泣きませんでした。


 ねこは死ぬのなんか平気だったのです。


※※※


 私はその人を常に先生と呼んでいた。私にとってその人は私の生涯唯一の先生であり続ける。今日も明日も、ずっと、ずっと。この先私が何人の『先生』に会おうとも。私の先生は先生だけだ。

 先生はまるで世間に名の知られたような人間ではなかった。『先生』と呼ばれる、例えば政治家だとか教師だとか小説家だとか医者だとか、そう言った職業についているわけでもなければ、この近代合理主義の時代に合って世間から記憶されるほどのことを為したわけでも決してなかった。

 それでも私はあの人のことを思い浮かべる度に「先生」と叫びたくなる。よそよそしい頭文字を使う気には決してなれない。

 ずっとずっと先生は私だけの先生だ。

 なあんて。

大学一年生の時に書いた作品ですので、可能な限り一気に投稿していきたいと思います。

よろしくお願いします。


参考文系として、もちろん漱石の「こころ」があります。ほぼそのまま引用している個所もあります。悪しからず。

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