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第1話 シャフトナー 火星で

 ハンス・シャフトナーはフォボスを見上げた。NASAのマリーナ基地からヘラス市へ火星バギーで帰る途中だった。赤い砂を巻き上げて風が吹き付ける。風が止んで空に見えたごつごつしたフォボスが、今日はやけに大きく目に映った。

 あのフォボスの彼方、遠くアステロイド帯には、今も銀色の小さな宇宙船がひっそりと潜んでいるのだろう。全てはそこから始まったのだ。そこで、あの少年を拾ってから、ハンスの生活は一変したのだった。

 当時は13歳のあどけない少年だった。年齢よりもずっと幼い印象だった。彼の種族の特徴なのだろう。なにしろ長命の種族なのだから。

 ライル・フォンベルト。

 自分の唯一の、そして生涯の友の遺伝子を受け継いだ子供。ライルと出会えたのは、まさしく運命の采配だった。彼は神を信じる性質ではなかったが、この時ばかりは、宇宙の神に感謝を捧げたものだった。


 なぜかライルは、ルクセンブルクの日立研究所から、アメリカの軍の大学であるカリフォルニアのアカデミーの講師となって移籍していった。それを機に、ハンスは、この火星のヘラス市へと移住してきた。ヘラス市唯一の大学マーズカレッジから、地質学教授としての誘いが寄せらていたからだ。火星の地質を以前から組織的に研究したいと思っていたので、好機であった。

 もうライルはきちんと地球で生活できる。だから、これ以上、自分がかかわらない方がいいと判断した。ライルはハンス個人が独占できる者でもないし、してはならない存在だった。彼は、宇宙の賢者バリヌール人なのだから。


 今日は、マリーナ基地で久々にライルに再会した。今回、ライルの所属する訓練科の特別実習訓練で火星に来ているのだ。

 基地の会議室で待っていると、ライルが入ってきた。真っすぐハンスの前に来て、握手を求める。


「一年振りじゃな。ライル。君が訓練科に入ったと聞いて、驚いたよ」

「いえ、一年と四か月十五日振りです」


 律儀に訂正してくるところは相変わらずだが、ハンスは内心驚きを隠せなかった。他の者だったら、機械のように無表情だと言うかもしれないが、ハンスから見たらとても人間らしくなっていた。紫色の目が、ハンスに逢えて嬉しいと告げている。彼は感動を覚えた。

 ライルは握手した手でハンスの手首や腕を触り、目をじっと見つめてくる。ややあって安堵したように微笑んだ。 驚くべき変化だった。ライルが微笑んだのだ。


「数値に異常はありません。健康が確認できて良かった。年相応の老化は見られますが、血管はまだ五十代の柔軟さがあります」

「ありがとう。自信がもてるよ。まだまだ研究したい事があるからな。今日も、アレス基地から地質仲間が来ることになっている」

「タルシス地域のオリンパス・モンスの考察ですね。僕も同席させてください」

「おお、それはありがたいね」

 

 さっそく携えてきた資料を広げながら、ハンスはさりげなく訊いてみた。


「いったい、どうしてアカデミーなんかに移ったんじゃね? 君は暴力は嫌いだったろうに」

「ええ、今でも暴力は嫌いです。僕にはとうてい受け入れられないことです。その忌まわしい暴力である戦争を終わらせるために、アカデミーの訓練科に入ったのです」


 どうやって? と詳しく訊く前に、ドイツの地質学者がやってきた。

 それから2時間ほど、実りある地質学の考察が行われた。その地質学者はこの後月へ向かうと言ってマーズポートへと向かった。


 マリーナ基地のゲートでは、ライルのLICチーム仲間というチャーリィ・オーエンと近藤勇が待っていた。ハンスは笑顔で握手しながら、彼らがライルの表情を豊かにしてくれたのだなと得心する。


「良い友達ができたな。ライル」

「はい。シャフトナー博士。また、お会いできますね? どうぞ、お元気でいてください」


 18歳のライルは、ハンスには楽しそうに見えた。

 初めて出会った頃は、あの子はまるでロボットか人形のようだったものだ。その頃のことを思い出したハンスは、ふっと微笑んだ。

 友を永遠に失って以来、殺伐と冷え切ってしまった心に人間らしい温みを蘇らせてくれたライル。私の可愛い子供。幸せになってもらいたい。

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