第一話 卒業式
「......元気よく安全に春休みを過ごしてください」
「一同、起立!礼!着席!」
体育館がドンと揺れる。
「ふぅ〜、やっと校長先生の話終わったぜ」
俺の隣のやつがそうつぶやき、俺の方を向いた。
「なあ、陸。真面目に話聞いてたか?」
「最初の方は聞いてたけど、途中で眠くなってきたわ」
「だよなー。20分話すとか何考えてんだか、リスター使ったらいいのにな」
俺の名前は針原陸。東京にある私立生守高校の一年生だ。
今は、終業式の真っ最中ってことだ。
ちなみに、俺の隣のやつというのは、汐田泰正、俺のクラスメートだ。
汐田は、中学のころからの親友だ。そして、クラスのムードメーカーだ。
彼の周りには、いつも明るい顔をした人がたくさんいる。いわゆるクラスの人気者だ。
それに比べて俺はごく普通の高校生という位置づけになっている。
友達がいないわけではない。クラスから嫌われているわけでもない。
ただ、何をやっても平均止まりであるということだ。
そんな俺にも、なぜかいつも俺に対して笑顔で接してくれる人がいる。それはーー
「ちょっとー、そこの2人! 静かにして! まだ生徒会長の挨拶が残ってるんだから」
後ろから俺らを注意する声が聞こえてきた。どうやら、結構大きな声でしゃべっていたらしい。
俺は声の主に謝ろうと振り返った。そこには、1人の女子生徒が椅子に座っていた。
「すまん、吉原」
「もうっ、次からは気をつけてよね!」
そう、今俺が謝った女子生徒、吉原明美こそが俺に対して優しい人だ。
彼女は俺や汐田と同じ中学からの進学だ。そして、クラスメートだ。
私立生守高校は学力的にはそれほど上の学校ではない。
彼女の学力ならもっと上を目指せただろう。なのに、なぜこの学校を選んだのだろうか?
1年経った今でも、その理由は俺にはわからなかった。汐田はわかっているみたいだが。
急に体育館がざわめき始めた。俺は感じた。1年間で幾度となく感じたこのざわめきを。
そして思った。ああ、これは、あの人が登場するからだと。
「生徒会長の笹原ロム君の挨拶です」
司会進行役の生徒がそれを言った途端、体育館は歓声で満ちあふれた。
「きゃー」「ロム先輩ー」「ロム様ー」「私を見てー」
さっきまでのどんよりとした空気はなんだったんだ!これでは校長先生に失礼ではないか!
と、思いつつも、女子たちがこうなることは当然なのかもしれない。
笹原先輩が壇上に上がる。さっきまで騒いでいた女子たちが急に静まりかえった。
階段を上る時の靴の音がよく響く。そう、女子たちは彼の声を聞きたがっているのだ。
「生徒会長の笹原ロムです」
その瞬間、女子たちの目がハートマークになったような気がした。
ごく普通の、生徒会長だったら当たり前に使うであろう言葉。
しかし、普通と違うのはそれを言ったのが笹原先輩であるということ。
そう、イケメンであり、イケボ使いである笹原先輩が言ったのだ。
それは、一部の男子までもが影響されるほどのかっこよさだった。
また、きゃーきゃーうるさくなってきた。
リスターを使って教室で中継したほうが絶対にいいと思うんだが……
リスターというのは、50年くらい前に開発されたリストバンド型の電子機器で、軽くてとっても便利なものだ。
電話やメールなどができ、その他にも昔あったらしいクレジットカードの役割を果たし、学校の授業もそれを使って受けているところが多い。
でも、なぜかここの学校は校内での使用が禁止されている。
ゲーム機能があるため、勉強の邪魔になると考えたのだろうか?
しかし、最近とても高性能になってきたAIでさえ1つも使用していない。
数年前に起きた暴走事件が原因だからだろうか?
まあいっか。
リスターのない学校生活にも一年で慣れたし。
ちなみに、リスター中毒の人は、人体にリスターが電流によって接続された時の刺激がたまらないらしい。
俺には理解できないが。
おっと、話が逸れてしまった。
さっき壇上に上がったのは笹原ロム生徒会長。
彼は高校2年生だ。
80年くらい前は、大学受験があるからとかで、
大抵の高校では生徒会長は高校2年で引退だったらしい。
だが、西暦2130年である現在、大学はなくなり、学校は高校までとなった。
また、彼は名前からわかる通りハーフだ。
昔の日本では、ハーフは珍しかったらしいが、
国際結婚が一般的となった今では、ハーフというのは珍しくはない。
また、眼の色や髪の色も、色とりどりとなった。
「僕はこの学校で2年間過ごしてきました。その中で僕は......」
笹原先輩がしゃべり始めた。冒頭を聞いただけでも、これは長くなるなと感じた。
だが、体育館には、先ほどの校長先生の話の時のどんより感はなく、
ほとんどの生徒が彼の話に聞き入っていた。その理由は一目瞭然だ。
彼は、ほとんどの生徒の憧れだった。俺もその生徒の1人だ。
ただ、いつもより登場の時の歓声が大きいと思った。
それは、多くの生徒が彼を見るのが久しぶりだからだろう。
彼、笹原先輩はつい最近まで入院していたのだ。
原因は工事現場の近くを散歩していたら、上から鉄骨が落ちてきたそうだ。
現代では、こんな事故はめったにないので現場にいた人は焦っていたらしい。
しかし、彼は、重傷を負うものの、奇跡的に命に別状はなかった。
日頃の行動がいいからだろうか? リスターのおかげか……?
いや、これはただ運が良かっただけだろう。
リスターに未来予測能力とかはないしな。
ちなみに、近くを歩いていた人がこの事故に巻き込まれ亡くなったらしいが、詳しくはわからない。
また、彼が入院している時に彼に届いたお見舞いのメッセージは全校生徒の数を余裕で超えているらしい。
このことは、今では、学校の伝説となっている。
まあ、だから彼は選挙無しに来年も生徒会長を続けることができるのだろう。
「......ご清聴ありがとうございました」
笹原先輩がしゃべり終えると同時に、
彼には校長先生の時にはなかったほどの大きな拍手が送られていた。
ふと、校長先生の方を見てみると、泣いていた。とても悔しそうにしていた。
だろうな。
終業式が終わった後は、クラスで担任の先生からの挨拶とかがあった。
もちろん、みんなはそんな話には耳を傾けず、笹原先輩の話ばかりをしていた。
先生も途中でそれに気づいたようだった。
だが、怒るどころか注意すらせず、ただ一言こう言った。
「笹原ってすごいな......」
ああ。先生も校長先生と同じ状態になったか。
まあ、その後、クラスの女子たちが慰めに入り、機嫌を取り戻したんだが。
ホームルームが終わり、全員解散みたいな感じになったところで俺は汐田と話していた。
「ふう〜、やっと終わったぜー! やっぱり、笹原先輩の話はめっちゃ最高やな」
「お前まで、その話をするのかよ。てか、なんで関西弁混じってんねん」
まさか、汐田まで笹原先輩のファンだったとは。なんで、気づかなかったんだ、俺。
「ところでさ〜、明日暇なら一緒にどっかに行かね?」
俺の関西弁でのツッコミは無視かよ!
「ごめん、明日は妹の高校受験成功祝いに旅行に行くんだよー」
「まじか〜、お前の妹も生守だっけか?」
「ああ、そうだけど?」
なんでこいつが俺の妹の高校がどこかを知ってるんだ?
「てことは、春休み明けからは唯ちゃんの顔を毎日見れるということか?」
「そりゃそうだけど......てか、そんなに軽々しく俺の妹の名前を呼ぶなよ!」
「あれ? 陸ってシスコンだっけ?」
「ちがうわ!」
こいつと話してると疲れるけど、なんか笑顔になるんだよな。
これが、クラスの人気者の力か。羨ましいぜ!
「でも、気をつけろよ」
「え? なんで?」
それは、お前に俺の妹が襲われるかもしれないから気をつけろよってことか?
「だって、その旅行って飛行機で行くつもりなんだろ? 最近、ハイジャックとかのテロが流行っているからさー」
ここ数十年、多くの人間をターゲットにしたテロが日本の各地でたびたび起こっている。
手口、目的は不明。
警察も捜査に全力を上げているらしいのだが、犯人への糸口が一つも見つからないという。
空港なども、警備員の増員や持ち物検査の強化などを徹底的に行っているのだが、
事件はまだまだ治まる気がしない。
しかし、最近は、前よりはひどくなくなってきているような気がする。
噂によれば、どこかの組織が防いでいるらしいが、詳しいところは未だ謎に包まれている。
もし、そんな組織があるのなら俺も入って多くの人の命を守ってみたいぜ。
「確かにそうだな。気をつけてどうかなるという問題ではないと思うけどな」
「それもそうか。んじゃ、楽しんでこいよー!」
「おう、心配してくれてありがとな!」
そうして、俺は汐田と別れた後、明日の準備がまだ終わっていないことに気がつき、
急ぎながらも軽い足取りでスキップしながら家まで帰ったのであった。