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貴方の瞳は何を見ているのでしょう




 見上げた夜空は、満月が雲に隠れる所だった。



 着の身着のまま手紙だけを置いて家を出て、フィンバルに隣接するように広がる森へとやってきた。商人や旅人も通る整備された道を外れて、殆ど誰も足を踏み入れない森の更に奥。

 小さいけれど底が見える位に澄んでいる池があるのだ、昔一度だけ此所へ来た。騎士になるため、馬車で二日程離れた王都にある騎士学校へ出発する前日、我が家へ挨拶に来て下さったイスール様に連れて来て頂いた思い出の場所。


 いつもよりしっかりと握られた手が嬉しくも恥ずかしくもあり、ドキドキとうるさい心臓の音がイスール様に聞こえてしまうんではないかと心配しながら手を引かれたのだ。池のほとりから水面に写る空や、風に運ばれてきた花びらが舞うのを二人並んで見た事。

 帰り際に、暫く傍に居てやれないなと私の手の甲に唇を寄せたあの時は驚きと羞恥からか腰を抜かしてしまい、近い距離ながら我が家まで横抱きして下さいましたね。


 きっと、あの時が一番貴方様との色々なものの距離が近かったんでしょう。



  今思い返してもこんなに胸が高鳴るのに、こんなに鮮明に思い出せるのに私の隣に貴方様は居ないんだもの。いいえ、違うの‥‥‥弱い私が逃げたのだ。寄り添っていくと支えていくのだと思って、イスール様の妻と言う場所へ入った癖に、耐えきれずにもう愛されていないのならばとついに私から傍を離れたのだ‥‥。

 


 「っ‥‥イスール、様っごめ‥‥んなさい」



 二人並んで眺めたこの場所に、しゃがみこんで顔を覆って泣く私のなんと愚かな事だろう。

 寄り添って、その日のなんて事はない出来事に笑いあって、暖かで穏やかな家族になりたい。貴方の、イスール様の隣で生きて行きたいと願ったあの日。寄り添う事も、笑いあう事も、家族になる事も全部全部二人の気持ちが向かい合わせでなければ出来ないのに。私だけが思っていたって、それはイスール様には煩わしいだけだもの‥‥‥‥。

 


 


 どうしていたらあの腕に抱き締められたのだろう、どうしたらあの瞳に写してもらえたのだろう。

 途切れ途切れの会話に怯えないでもっと話し掛けたら良かった?例え私を見てくれなくとも昔のように傍に居ても良かったのだろうか、ぐるぐるとそんな事を考えている自分が嫌になる。こうして逃げたのに考えるのはどうしたらイスール様の傍に居られたのだろうという事ばかり、どうしようもなく好きで出逢った時からイスール様しか見えなかった。好きで好きで、お母様に毎日イスール様の事を話して本当にリルスはイスール君が好きなのねと笑われてしまう位、お父様が俺の事も忘れないでくれよと拗ねてしまう程。私の心はイスール様で一杯だ。今も昔も、変わらない。



 「一緒に、居たい、のにっ‥‥」


 

 私はそれすら自分で手離してしまった。

 我儘を言って駄々をこねる私に困った顔をしながらも、仕方ない子だと優しく撫でてくれた手。本を読んでいる背中に寄り掛かればくすりと笑って、庭へ行こうかと構ってくれた。年々、凛々しくなり女性の視線を一身に集める貴方様に、いつ私の事など構わなくなってしまわれるのか不安でした。それでも、遊びに行く私を変わらずしかめた顔で迎えながら相手をしてくれて泣きそうな位嬉しくて。

 


 雲に隠れた月がまた顔を出して池の水面を照らす、キラキラ反射する光にイスール様が見える気がして震える手を伸ばして池の淵に手を掛けたその時だ、好きで好きで堪らなかった声が私の名を半ば叫ぶようにして呼ばれた。



 

 「リルスっっ」




 自分の体に巻き付くこの腕に、何処にも行くなとか細い声音に落ち着きかけていた涙が再び溢れてくる。


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