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俺は君だけしか見ていない

 一瞬かち合った視線に、息が止まった。





 騎士隊の世話係として新しく雇われたサラ嬢を抱き止めたまさにその時を見られた、よりにもよって彼女に。




 素早く身を翻した彼女にサラ嬢は気付いていないのか、躓いちゃいましたごめんなさいと未だ俺の隊服の袖口を握り締めて離さない。悪いと思うのならその手を早く離せと思うが、女性には優しく紳士であれと厳しく叩き込まれた手前、振り払う事も些か躊躇ってしまう。




 「怪我が無くて何よりだサラ嬢。では、俺は執務に戻るがこの仮眠室の掃除は君の仕事ではないだろう?」


 「あっ違うんです‥‥その、私が勝手に、綺麗に掃除しようと思って。騎士の皆さんに聞いたら、使う人は決まっているし掃除も大丈夫だって言われたんですけど、気になって‥‥‥‥」


 「俺しか使わないから掃除は俺がするんだ、今後はこの部屋は触れなくとも良い。気を使わせて悪かったな」


 「い、いいえ!私、イスール隊長の役に立ちたくてっなのに私の方が気を使わせてしまって‥‥‥‥全然駄目ですね、でも、どうしても、お側に居たくて‥‥」




 潤む瞳のなんと、醜い事か。

 あざとくも未だ手は私の袖口を握り締めたまま、上目使いに見上げるこの娘に一体何人の男が惑わされてきたのだろう。込み上げてくる嫌悪感を押さえつけどうにか耐える。


 何故この娘が雇われたのか頭が痛くなりそうだ。

 そもそも騎士隊の世話係の募集などしていなかった筈だ。自分の身の回りの事など自分で出来る、掃除だろうが洗濯だろうが炊事だろうがやれる事は自分でと騎士隊の決まり事の一つに書かれているのだ。

 例え出来なくとも食堂であれば詰所の隣に有る、掃除や洗濯は先輩から指導する事になっていて問題ない。それが今になって何故世話係など迎えたのか、重要な書類も有るため執務室へは入室するなと言っても掃除をだの食事をだのと強引に入ってくる、掃除も洗濯もほとんどの騎士は自分で済ますし食堂にはきちんと必要な人数がいるし、慣れていないサラ嬢はむしろ余計な仕事を増やす始末だ。挙げ句に事ある毎にこうして俺に好意を隠さず上目使いに傍に居たい、力になりたいなどとのたまうような者など不必要だと言うのに。



  そもそも俺には愛しい妻がいるのだ。そんな俺に色目を使う事自体が腹立たしい、切って捨ててやりたい。踵を返して帰ってしまったであろうあの小さな背中を追い掛けたいが、先月の賊の一掃での事後処理が山のようにあり中々忙しく、ここ最近は詰所に寝泊まりする事も珍しくない。幼い頃から大事にしてきてやっと手にした大事な妻、結婚をし四年も経つが可愛くて仕方がない。彼女、リルスの前では未だ俺は恥ずかしくなり目も合わせられない始末。我ながら情けなさ過ぎる事も分かっている。




 「‥‥では執務に戻る、サラ嬢も仕事に戻れ」


 「っイスール様、私っ!」


 「二度は言わん、自分の仕事に戻れ」




  溜め息をつき仮眠室を後にする。

 背後でまだ何か言っているが、俺には関係ない。終わりの見えない書類で埋め尽くされた自分の執務室へ戻るのだ、多少は休まねば効率が悪いと仮眠しようと思っていたのにとんだ災難だ。


 



 深く椅子へ腰掛けて淹れた珈琲を一口。いまいち冴えない頭で考えるのは、彼女の事だ。


 初めて会ったのは彼女が五歳の時だった。父親の手に引かれ我が家にやってきた彼女は、初めて来た場所で不安なのかぎゅっと胸の前に置いた手を握り締めていた。互いに自己紹介をして、彼女が「よろしくお願い致しましゅ」と噛んでしまい俺や両親、彼女の父親が可愛らしいとくすりと笑えば顔を真っ赤にさせて父親の背に隠れていた。

 大丈夫だから隠れないでいいんだよと頭を撫でられ、恐る恐るまた父親の横に並ぶ彼女は本当に愛らしくて胸が高鳴ったのを覚えている。


 それから我が家に度々やってくる彼女。元々そこまで表情や感情表現は多くない極めて可愛くない子供だと自分でも分かっていた、両親はそれでも可愛い可愛いと構ってくれたので不便もなかった。けれど、彼女に会う時はいつも怖がられやしないかとか俺と居てもつまらなくないかとか気にするあまりしかめっ面になってしまいそれをまた気にして悪循環、両親はそんな俺をにやにやしながら見ていたが。

 それでも俺の傍で本を読んでくるくると表情を変える姿や、たまには読んで欲しいとねだってくる時にもじもじする姿はたまらなく可愛くて。庭へと連れ出せば、時折俺を見つめて顔を赤くして。彼女の柔らかそうなピンクブラウンの髪が風に靡いては光に輝く姿はさながら妖精の様でだらしなくも表情を崩してしまうが仕方ない。


 いつだって目を奪われてしまう彼女に、俺は気恥ずかしくて面と向かってその瞳を見つめられないのだ。結婚しても、俺だけのものになったのだと思うと余計に可愛く見えてかえって見つめられないまま触れられないままだ。つい、態度も必要以上に触れてしまえば嫌がられても離せないとそっけなくなり、会話もそれでそっけなくしてしまう。これでは幼少時より酷い、なんと情けないと母にはいつもいつも呆れられている。そんな事を考えて、また一口珈琲を流し込み、今日は彼女の待つ我が家へ帰るべく仕事を再開した。






 どうにか一段落ついたのが日が完全に落ちた後だ。

 一昨日から家に帰る暇もなく書類と向き合い彼女とは会えずじまい。挙げ句、昼間は他の女を抱き締めているように見えた事だろう。

 今日こそは今日こそはあの瞳を見つめて抱き締めたいと帰路につき、何故か明かりの灯っていない我が家に入れば彼女は何処にも居なかった。



 「さようなら」の文字に呆然と立ち竦んで上手く息が出来ない。



 リルス、君は俺から離れて一体何処へ‥‥‥。

 

 


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