-ロスト-
「どうしたんだよ、いったい……」
手を、そして、顔を、見て。
「何なんだよ」
一歩、二歩、下がり。
「冗談だろ」
這い出てくる”それ”を見て。
「保‼」
かける声に、金属色の保は、反応を示さなかった。
ググッと、ドアを開ける手に力が入る。
ゆっくりと、ドアが開く。
時折、人とは思えない音が、ミシッとか、シャリッという、擦れる音が。
保から聞こえてきた。
完全にドアを開け、表に出てきた保は。
『あぁ、来たんだな』
二つか、三つに分かれたような声で、こちらを見た。
鉛色の目で。
『上で、待っている、案内しに来た』
やや、ゆっくりとした動作。
くるりと、背中を向けると、また、扉の中へと戻っていく。
唾を飲み込んで。
後を、ついて、中へと入った。
天井の蛍光灯が、明滅する。
定期的に、ではなく。
保が通ると、消える。
通り過ぎると、点灯する。
その繰り返しだ。
移動の間、保は何もしゃべらない。
こちらからも、話し掛けない。
話をしたところで、きっと、この保は、知っている保じゃない。
エレベーターに乗り、壁の上を目指す。
体にかかる加速度と、重力が、変わっていくのがわかる。
短い時間。
最上階。
シュッと音を立てて開いたエレベータの扉をくぐり。
通路を抜け。
屋外用のハッチを押し開けると、壁の、上に出た。
ゴォォォォォォォォ……
壁の上から、さらに1mほど上へと延びる筒。
その上から、エアシャワーが勢いよく出る音が響いている。
そのシャワー越しに、街の外が見える。
赤茶けた、砂。
赤い空。
遠巻きに起こるキラキラとした砂ぼこり。
地鳴りの原因は、これか。
『こんにちは』
唐突に、その声が聞こえた。
『無事だったようで、何よりです』
抑揚のない、声。
保ではない。
別の。
『少しは、わかってもらえそうですか?』
そう言って、こちらに近付いてくる姿は。
「馬鹿な」
エアシャワーの、向こう側に居た。
黒い、影。
いや、黒い、何かの、もやもやとした、固まり、ガスみたいな。
時折、その黒いものが、キラッ、キラッ、と、光を反射する。
「高密度の、ナノマシン……」
それが、エアシャワーを超えようとして、そこで、バチバチっと、火花が散った。
その余波か、こちらにも電気が走る。
「うっ」
思わず後ずさる。
そうか。
「わかった。昨日からのエラー。お前の仕業か」
エアシャワーを通り抜けた”何か”、それに起因するような、エラー。
「生体ナノマシンに干渉して、テラフォーミングのナノマシンに干渉して」
『干渉した?違います。元に戻した、といってほしい』
黒い影は、通り抜けようとするのをやめ、元の位置に戻る。
『今まで、意図的に偽装されていた、視覚情報をリセットした。空気の濃度も、意図的に水増しされていた部分を調整した。本来の比率に戻るように。その過程で何かがあったのだとしたら、異常に慣れてしまったことが原因』
そんな理屈か。
「そんな理屈が、通るのか」
ここへ来る途中。何人も見た。それは、性別も、年齢も関係なく。
『調整途中で生体ナノマシン間で通信しようとした人は、その調整が間に合わず、動かなくなる。言い方を変えれば、命を落とす。調整途中なのだから、当たり前です』
靄は、淡々という。
『理屈、屁理屈はありません。僕たちはマシンです。マシンにエラーはない』
きらきらと輝く、ナノマシン。
「全て、必要だったから、か」
『必要、不必要。そんな低レベルの話ではありません。しいて言うなら、要求スペックに合わなかったものは、いなくなる。それだけです』
「なら、残った人は一体何なんだ」
『僕たちの、最初の”糧”になります。いいように動いてもらう。例えば、このエアシャワーを解除してもらう。そうすれば、ようやく僕たちは中に入れます。小さな粒ではなく、大きな塊となって』
「そうして……」
『そうして、彼のようになる。真の共存です』
背筋が、ぞくっとした。
ナノマシンの、初期のプログラムは、いったい何だったのだろう。テラフォーミング。環境制御。生体間の通信、生命の維持管理。
そのすべて。
「共存、か……」
呟いて、保を見る。
銀色に光る保は、なるほど、生存という一つの目的においては、成功例かもしれない。
ただ。
意思があるのだとして。
どちらがアドバンテージを取るのか。
そう言った意味での共存競争があるのだとしたら。
「支配、したいのか」
『そんなことに興味はありません。充分に、僕たちの役目を果たすだけです』
カシャリ。
音がして、保が、近寄ってくる。
「残念だが、そんな共存は、望まない!」
そう叫ぶと、近寄ってきた保に、エマージェンシーバッグを投げつける。
『あ』
バッグをはたき落とした一瞬の隙をついて、壁にあったパネルに飛びつき、管理コードを入力。
エアシャワーと、その周囲にデブリよけに発生させる電磁フィールドの強度をMAXに。
『な……』
一瞬、輝きを増したエアシャワーの向こう側で、黒い影にフィールドが襲い掛かる。
激しいスパークの中で、黒い影が、少しずつ、少しずつ、焼き切れていくのが見えた。
『僕を、焼いたところで。何も、変わらない……』
薄くなっていく影が、そう、答えた気がした。
二日後。
病院のベッドの上。
見舞いに来た保の顔色は、肌色に変化していた。
壁のパネルのデータは、担ぎ込まれた時よりは、良いデータを示している。
目は、開かない。
きっと、もう見えないだろうと、診察した医者が言っていた。
同じ状態の人、戻った人。戻れなかった人。戻らない人。
この街で。この何日間かだけで。何百人もの人が、いなくなった。
物理的に。
街の中の景色は、結局、色を無くしたままだ。
販売機、その他端末については、一斉チェックを実施中。
出来事を、中身を知っている人は、おそらくは一握りだろうが、そのうち、TVのニュースで流れるのだろう。
「保さん、検診の時間です」
そう言って、部屋に看護師が入ってきた。
「じゃ、邪魔したな、保」
そう言って、かけていた椅子から立ち上がる。
音を立てて、椅子は、壁の中に収納された。
部屋を出て。
窓の外を見ると、赤い空が一面に広がっている。
時折、キラキラとした光が混じる。
一階に降り、ふと、立ち寄った入り口脇の販売機。
何も考えず、手をかざして出てきたのは、黒く濁った液体。
コップを握ると、その中で泡が激しく踊る。
一息に飲み干したその味は。
完結です。
ロスト、何を無くしたのでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




