-パージ-
青い空と、赤い空は、どこが違うんだろう?
最初は、そんなことを思ってしまった。
『今、大気の組成を変更しています。もうじき終わります』
そう。
部屋に居るもう一人。誰だかもわからない、一人。
『じんわりと、体の中からの変更。そして、外側からの変更。この二つが、僕たちの行動です』
何だ、何を言っているんだ。
『対応できなければ、適応できなければ、もちろん体は動かなくなる。適応できたとしても、その体は、今までのものではなくなる。そこで思考の齟齬が生じれば、やはり、適応はできなくなる』
空がさらに、一段と赤くなる。窓から入ってくる光が、オレンジ色を通り越して。
『今、夕方です。今まで見えていた空の色が、青から、赤へと変わった。どちらの空が、本当の色だと思っていましたか?むしろ、今まで見ていたのが空だと、本当に信じていましたか?』
部屋の中なのに、息が苦しい。頭がくらくらする。
『酸素の濃度が変わってきました。少し、苦しそうですね。ポイントポイントで試した結果では、やはり大きなエラーが出ました。なので、徐々に、徐々に、変更しています』
淡々と。
『最初からリセットしてしまっては、その後からやり直す時に手間がかかる。ある程度は残しておく。これが、僕たちの出した結論です。リセットした方が、何も問題ないのは、わかっていることなのですが』
視界が、暗く、暗くなっていく。ぼんやりと、中心から侵食されていく感じだ。
『酸欠ですか。やはり適応にあなたは向かないらしい。もう一人の方は、無事に適応できたようだ』
もう……ひと……り?
『あなたには、もう用はありませんね。もし、生き残ったのなら”壁の上”にでもいらしてください』
そう言い残すと、律義にドアから出ていく”それ”を、追いかけることも、頭を回して行方を確かめることも、できなかった。
ぅぅぅうぅぅぅぅうぅぅぅん…………
頭の中に響くその音で、目を覚ました。
「イててて……」
いつの間に倒れたのか、床に突っ伏していた頭が痛い。
「ここは、どこだ、家、部屋の中……」
頭がはっきりしない。
その間、さっきの音はどんどんと大きく、床の底から響いてくるように、体を揺らす。
建物自体、街自体を揺らす、低周波の音。
「そうだ、空の色」
何とか、窓辺にたどり着くと。
そこには、今までの景色とは、全く違うものが広がっていた。
時計を見る。時刻は、午後10時。
空は、もう暗くなっているはずなのに。
「空が、赤い……」
とても、日が傾いたとは言えないような、赤々とした空が、街全体をにらんでいる。
そして、見下ろせば、そこここに、街灯に照らされ、動かなくなった、人、人、人……
「何だっていうんだ、一体、何なんだ」
やに、喉が渇く景色。
赤く覆われた街、見下ろした街に、昨日まで、いや、今朝あったはずの、緑が、無い。
木々は、草は。
道路沿いにおいてある、プランターの花ですら、モノトーンの、色。
色を無くした、色しかしていない。
「っ……」
目をこする。
最初は、自分の目を疑った。眠り過ぎたか、何かの病気か。
でも。
目を何度こすっても、しばたかせても。
世界の色は、戻ってこない。
地面の振動も、無くならない。
「そうだ、テレビ」
壁に向かって、手を動かす。
いつも通りに点く、筈のテレビは。
何も、動きがなかった。
「停電?いや、電気はついている」
その脇の表示モニターには、いつもと同じように時刻が灯っていた。
そこに手をかざすと、いつも通りの表示。
「……とりあえず、水……」
メニューから選び、再び手をかざすと。
「……っ……‼」
背中の、背骨のあたりから、ぞわぞわっとする感触。
水は、出てきた。希望通り。ボトル入りのものが。
恐る恐る触ると、冷たい。キャップをひねって、一口。
味は、しない。
「当たり前か」
深呼吸をし、再び喉に水を流し込む。幾分かは、落ち着いた気分になれた。
「どうする、保に……」
ハッと思い立ち、ベッドに投げ出していた端末を取り、保をコールする。
10回、20回、30回……
「出ないな……」
もう一度、窓の外を見る。
普段、エアシャワーが出ている壁の上。
シャワーの勢いは変わらず。その向こう側に、何か、黒い点が、見えたような気がした。
「?」
目を凝らしてみても、何も変わらない。
ただ、時折、白いシャワーと、黒い何かが、交互に、ぶつかって、通り抜けているように。
「わからないけど、なんか、まずいだろ」
窓を離れ。
ベッドの下にあるエマージェンシーバッグを持ち。
ドアを開け。
管理オフィスへ。
自転車を走らせる。
いつもよりも、交通量は少ない。
少ないというか、誰もいない。
時間帯なのか、それとも。
道路わきの販売期には、立ち止まった、人、人、人……
いや、正確には、動かなくなった、というべきか。
上を見れば、宙ぶらりんのまま、止まっているモノレール。
カサカサと揺れる、色を無くした木々。
色があるところといえば、街灯のランプ位だ。
普段の所要時間の半分くらいだろうか、角を曲がり、駐輪場に自転車を止めることもせず。
「開けろ」
そう叫びながら、ドアの脇を覗き込む。
応答はない。
「くそっ、誰もいないのか」
と、ドアが、シュッと音を立て、10cmほどの隙間が開いた。
「よかった、誰か……」
声をかけようとして、ハッと息をのむ。
そこから出てきたのは、人の手、だった。
肌色をしていない。
メタリックなカラーの。
「おいおい、冗談は」
よしてくれよ。
その手に、見覚えがあった。
続いて、出てくる顔にも。
久しぶりに続きを書きます。
もう一話。




