-コンタクト-
何から説明しようか。まずは、俺の置かれた状況からか。
俺は今、画面を見ている。
俺は今、画面を見ている、という状況にしか見えない場所にいる。
閉じ込められた、という言い方ができるかもしれない。それも、的を得ているか。
あれは、きっと、コーヒーを買った時か、違うな。クロックムッシュを買った時か。
あの一瞬。
きっと、あのときに俺の中にバグが入ったんだ。
今、俺の体は、バグに乗っ取られている。そう考えれば、合点がいく。
画面の向こうで、俺が動いている。
何かに触った時、その感触が俺にも伝わっては来るが、何かフィルターを通しているかのような。
凄く、ぼやけた感触でしかない。それも、画面の向こうの出来事だ。
もう、俺が、世界と関わることは、きっとないのだな、と。
そう思ってしまったら、それで終わりなのかな。
「珍しいな、今日はブラックか?」
見慣れた顔があったから、そう声をかけた。
あいつは、誰だったかな。よく話をする。よく見かける、俺の名前も知っている。
ただ、俺はあいつの名前を思い出せない。
あぁ、そうだった。その後、カレーパンを食べて。
クロックムッシュを食べたんだ。なのに、中に入っていたのは、ハムじゃなくてベーコン。
あいつと別れた後、担当に、文句を言いに行ったんだ。
「なぁ、販売機のメニュー、最近いじったか?」
部屋にある端末から、担当者一覧を呼び出し、販売機メニュー担当を探す。
そこに直接コール。
「何ですか突然。保さん、私はメニュー通りに入れてますよ」
「じゃぁ、なんで、俺の頼んだメニューが違っているんだよ」
「今、保さんのログ、見てますけど。保さんからのオーダーは間違ってないです。間違っていないっていうのは、カレーパンの甘口を頼んで、クロックムッシュの中身はベーコンだってことです」
「何だ、それ」
「そのままです。だから、こっちも間違っていないって意味です。切りますよ」
そういうと、映話の画面がブツッと切れた。
俺のオーダーが間違っていないって、俺が考えたことを伝えられてないのにか?
そう思い、俺の手を見る。
そこにあるのは、間違いない、俺の手だ。そうすると。
「バグっているのは、この中の通信端末か」
そういう結論になる。まさか、そこが原因だとは、思わなかった。
今朝の呼び出しや、ニュースの中身から、てっきり機械側のバグだと思っていた。
「こいつは盲点だが……だからって、どうやってメンテするんだ。一人一人、作りが違うものを、無理やり共通化しているっていうのに」
そう。個性的なものだ。それに、明確に、機械が入っているわけじゃない。
誰かが、後から埋め込んだものではない。生まれた時から、すでに体の中に備わっているものを。
それを、機械の方で、誰でも使えるように、認識しているだけのことだ。
俺はとりあえず、端末脇のコネクターに自分の手を通す。コネクターは自動で形を変え、俺の手を飲み込んだ。
「通信チェック。異常なし。情報解析、伝達、異常なし。あとは……」
片手が使えないので、確認は音声認識だ。画面上には、検査結果が次々と表示される。空いている手で、それをスクロールさせる。
その中に、一つ、警告色で塗られた項目があった。
「生体ナノマシンユニット?」
その項目だけ、色が違う。
「これは、まずいな、一番ベースの部分じゃないか」
まずい、というのは、誰にでも可能性がある、という意味だ。
今、この街に住んでいる人間は、誰もが、生体ナノマシンユニットが入っている。
産まれた時からだ。生まれた時には、すでに、体の一部になっている。
そして、そのユニットが、成長するにしたがって、機能を増やしていく。
日常の買い物、セキュリティの管理、家のモニターの電源を入れるまで。すべてが、生体ナノマシンユニットが絡んでくる。
手の平にある通信端末部から、壁のセンサーに情報を伝達する。脳髄から情報を届けているのは、このユニットだ。
通信端末すら、誰かがプログラムしたわけでもないのに、いつの間にか、使えるようになる。
それだけじゃない。
体の中の、健康維持、管理。その他のことまで、一手に引き受けている。
俺たちの血液から、骨の中まで。筋肉に神経だって。どこにだって、このユニットは入っている。
怪我をしたときに、後遺症が残りにくくなったのも、治りが早くなったのも。このユニットのおかげだ。
俺たちの体の外のことだってそうだ。
今行われている、テラフォーミング計画だって、生体ナノマシンユニットを使っている。
無機ユニットよりも、はるかに安全性が高いといって、採用されたはずだ……それが……
「今朝のノイズ。それに乗って、外から入ってきたバグが、俺たちのユニットに干渉して……」
言葉にできたのは、そこまでだった。
感覚で言うと、後ろに、思いっきり引っ張られたような。
自分の視界が、急に狭くなって。見ているものが、ぐっと、遠くなって。
画面の向こう。手を、握ったり、開いたりして確認している。
もう片方の手は、固定されていた端子からするりと抜け、ぶらぶらと下がっていた。
誰だ。何なんだ、これは。
俺はここにいるのに、俺を動かせない。
なら、俺を動かしているのは、誰なんだ。
『バグか』
声が、聞こえた。
誰の声だ、俺の、違う、俺はしゃべってない。
『君の、声だ』
俺の?俺の体が、しゃべっている。そんな馬鹿な。
『ようやく、テラフォーミングが完了する。これは、最後の仕上げ。後から来る種をまくための。除草作業だ』
壁の端末に、近づいて手をかざす。
『状況終了。合流する』
体から、一歳の力を抜かれる感覚。
画面が、遠ざかっていって。暗くなって。
あぁ、もう一度、辛口が食べたかったな……
今日は視点が変わります。
次か、次の次で何とか。




