最期の仕事
ふと思いついたので書いてみました。短いですが、これがすべてです。
雰囲気は少し暗いと思います。
ジャンルもよくわからないです。ファンタジー…が一番近いけど違う気がする。
「どいて」
初めて聞く、細く小さな声。
それは何よりも小さく、何よりも大きく響いた。
少年は、一回り小さい女の子に圧倒された。
絶対に通さない という彼の決意を打ち砕くには十分だった。
十分すぎた
彼女の、これほどまっすぐな瞳を見たことなど、いまだかつてなかった
彼には、それを否定することなどできなかった。
知らなかった。
自分がいつのまにか‘感情’を手にしていたことを
だが、彼女は知っていた。
知っていたから、利用したのだ
そして、それが如何に残酷な行為だということさえも。
彼女は黙って少年の隣を通り過ぎた。彼のほほで、光がきれいに反射するのを横目に。それが彼女の最後の余所見。
その小さな体に詰めるだけの覚悟をもって、夜の街へと走り去る。
平和だったはずの繁華街が、再び戦場へと姿を変えた
何も罪を持たず、何も知らない人々が、彼女を赤で染めていく。
断末魔が響きわたり、悲鳴が悲鳴を呼び、絶叫が街中にこだました
その体には大きすぎる包丁をもって彼女はひたすらに進む
目指すは、中心にそびえたつシンボル。
全身を赤に染めた彼女には、一切迷いがない。命の大切さは、彼女が一番よく知っているというのに。
一つ一つ確実に迅速に奪いながら、心の中で静かにカウントする。
今、352。
まだだ。まだ、足らない。
ほほを伝うものを理解するのに、数分は必要だった。
知らなかった。
自分が、これほど弱いということを。
教えられた目標に向けてただ刃を振るう。その目標は、すぐ止まる時もあれば、少しだけ動くこともある。
でも、それだけだった。表情も、声も、何の意味を持たない。何も感じない。ただそれが喋ると周りの音が聞こえづらくなる。だからもう一度刃をふるう。すごく単純。
その単純な行為に感情など必要がなかった。
それが、彼のすべてだった。
いつからだろう。
余計なことを想いはじめたのは。
自分から離れてようやく気付く。
彼女の価値を。
そして、自分が切って捨ててきたものの尊さを。
けど、これはすでに行われた事実。いくら悔やんでも泣き叫んでも何も変わらない。
今、そんなことをしている時間はない。
そうだ。
まだ離れただけだ。まだ、失ってなどいない。
自分の罪など、自分の行いなど、もう自分の命ですら償えない。
ならばせめて。
守るためにこの命を使おう。
数多の命を奪ってきた罪を、この命で、一つの命を守るために。
自分に、この幸せを教えてくれた、最初で最後のお礼とともに。