ひめのおふとん
ひめは、ネコです。
白くて長いふわふわの毛なみに、すきとおるような水色の目をしています。
とってもきれいなネコですが、にんげんにいわせると、『ざっしゅ』なのだそうです。
ひめのおかあさんネコは三毛で、おなじ日にあかちゃんを4ひき生みました。
4ひきのきょうだいたちは、みんなちがう見かけをしていました。
オスが2ひき、黒いネコと、白いからだに黒のぶちのネコ。
メスが2ひき、おかあさんネコそっくりの三毛ネコと、白いネコ。
おかあさんネコの名まえは『ミィ』でした。
ミィは、あるおうちのかいネコでした。
あかちゃんが生まれるとき、かいぬしのおじいさんとおばあさんはしんぱいして、ひとばんじゅうミィにつきそいました。
それから、生まれてきたあかちゃんに、いっぴきずつ名まえをつけてくれました。
「このこは、黒いから『クロ』。
このこは、ぶちまゆ毛が公家さんみたいだから『マロ』。
このこは、ミィそっくりだから、ミィもどきの『モド』。
このこは、ペルシャネコみたいだから、おひめさまの『ひめ』。
ああ、かわいいなぁ。ぶじに生まれてよかったなぁ」
そうして、ひめは、ひめになりました。
ひめにとっては、じぶんが『ざっしゅ』かどうかなんて、どうでもいいことでした。
だいじなことは、ちゃんとべつにあったからです。
おいしいごはんと、あたたかいねどこ。
ときおりなでてくれるやさしい手。
しなやかにジャンプできるじぶんのからだと、すてきに長くてふんわりしているシッポが、ひめのじまんなのです。
◇
おかあさんネコと4ひきのあかちゃんネコは、おじいさんのおうちで、なかよくくらしました。
けれど生まれてから1年がたったとき、クロとマロは出ていきました。
おとなになったので、たびに出たのです。
「オスネコだから、しかたないね…」
そうつぶやくおじいさんのせなかは、ちょっとだけさみしそうでした。
それでひめたちは、よる、おじいさんのベッドで、いっしょにねてあげることにしました。
モドがおじいさんのむねの上に、ひめがおじいさんのあしの上に、ミィがベッドの下に。
「おもい、おもい」
といいながら、おじいさんはわらっていました。
ひめたちも、とてもいいきぶんでした。
それから、まいにちそうやってねることにしました。
おふとんはやわらかいし、おじいさんはあたたかいし、ベッドってとってもいいものだな、とひめはおもいました。
「おふとんが毛だらけになっちゃうわねぇ」
おばあさんはこまりがおでしたが、
「まあ、そうじすればいいだろう」
と、おじいさんがにこにこしていたので、ゆるしてあげました。
おばあさんは、はれた日にはよく、おふとんをほしてくれました。
ひめたちは、そのおふとんにのっかってベランダでひなたぼっこするのが大すきだったのですが、おばあさんに見つかるとおこられるので、かくれてこっそりやっていました。
おじいさんは見て見ぬふりをしてくれました。
ほしているおふとんからは、おひさまと、ひめたちとおじいさんのにおいがしました。
◇
ひめが10さいになったとき、おじいさんがびょうきになりました。
「ちょっと、しゅじゅつすることになったよ」
あるよる、おじいさんがベッドでひめたちにいいました。
「あしたからいっしょにねられないけど、しばらくしんぼうしておくれ」
おじいさんのことばはひめたちにはわかりませんでしたが、なんだかさみしそうだったので、モドはおじいさんのはなをなめました。ひめは、おじいさんのかおのちかくにいってねました。ミィはベッドの下から、「にゃあ」とないてあげました。
つぎの日から、おじいさんがおうちにいません。
ミーミーなきながらおじいさんをさがすひめたちを見て、おばあさんが、
「おじいさんは今、びょういんににゅういんしているのよ」
とせつめいしてくれましたが、ひめたちには、やっぱりよくわかりませんでした。
おじいさんのおふとんはたたまれておし入れにかたづけられ、ベッドにはカバーがかけられていました。
いつもとちがうようすにひめたちはこうぎの声を上げましたが、
「ごめんね。でもダメよ」
といって、おばあさんはカバーをどけてはくれませんでした。
おじいさんがいないと、ばんごはんのとき、おさしみのきれはしをもらうこともありません。
ちょうかんをよむおじいさんのまえで、しんぶんしの上にゴロンところがって、じゃますることもできません。
せっかくネズミをつかまえてきても、おばあさんはひめいを上げるだけで、おじいさんみたいにほめてくれはしないのです。
おじいさんがいないだけではなく、ふだんはおうちにいるおばあさんまで、まいにちどこかに出かけてしまうので、ひめたちはおもしろくありませんでした。
「おじいさんのおみまいに行っているのよ」
おばあさんも、なんだかすこしつかれているようでした。
しょうがないので、よる、ひめたちは、おじいさんのベッドのカバーの上にのってねました。
さむかったので、3びきでくっつきあいました。
おじいさんがいないとものたりないな、と、ひめはおもいました。
しばらくして、おじいさんがおうちにかえってきました。
おばあさんはとってもうれしそうです。
そのよるは、ひめたちも、おさしみをまるまるひときれずつ、もらえました。
「おまえたちがいなくて、さみしかったよ。ふとんがかるすぎて、どうにもねむれなかった」
おじいさんはベッドの上でひめたちにかこまれながら、そうささやきました。
ひさしぶりにおじいさんといっしょにねむれるのがうれしかったので、ひめは、
「にゃあ」
と、へんじをしてあげました。
◇
それから、おじいさんはときどき、にゅういんするようになりました。
おじいさんがいないときは、ベッドのおふとんはかたづけられて、カバーだけです。
おふとんがあるときは、おじいさんはすぐにかえってきます。
おじいさんがいるときはいっしょにねむり、いないときは3びきだけでねむりました。
おじいさんがいないときのおばあさんは、しんぱいでちょっぴりおこりっぽくなっているので、ひめたちがおばあさんのベッドに行くことはありませんでした。
なんどめかにおじいさんがにゅういんしているとき、あさおきると、おかあさんネコのミィがいなくなっていました。よるのあいだに、じぶんでどこかに行ってしまったようでした。おばあさんがいっしょうけんめいにさがしてくれましたが、ミィはけっきょく見つかりませんでした。
「あのこも、だいぶ年をとっていたからねぇ…」
おばあさんはためいきをついて、ひめとモドをやさしくなでてあげました。
「おじいさんには、たいいんするまでないしょだよ」
おばあさんの目には、ひかるしずくがありました。
その日からひめたちは、2ひきでよりそってねむりました。
しばらくしておうちにかえってきたおじいさんは、おばあさんのはなしをきくと、
「そうか……」
とひとことだけ、ぽつりとこぼしました。
よる、ベッドの上でおじいさんは、少しないていたようでした。
ひめとモドはだまってねむっているふりをしてあげました。
◇
ひめは、18さいになりました。
からだはすっかり年をとり、じまんのジャンプはもうできなくなっていました。
でもまだまだひめのシッポはふさふさで、ながくなってきたおひるねのときでも、名まえをよばれるとしなやかに左右にうごきます。
ひめはあいかわらずきれいなネコでした。
けれど、おなじ日にうまれたモドは、せんじつ、うごかなくなってしまいました。
おじいさんとおばあさんはひとばんないて、それからモドをうめてあげました。
「ミィとちがって、さいごまでみとれたから、まだよかったですね」
おばあさんがいうと、
「ミィとモドがむこうでまってくれているとおもうと、そんなにこわくないな」
と、おじいさんがほほえみました。
おじいさんとおばあさんのはなしは、あいかわらずひめにはよくわかりませんでしたが、よるベッドにいるのがおじいさんとひめだけになってしまったのは、ちょっとつまらないな、とおもいました。
◇
モドがいなくなってからそうとおくないある日、おじいさんはまたにゅういんすることになりました。そしてそのまま、かえってきませんでした。
おばあさんはたくさんなきました。
ないてないて、目がとけるんじゃないか、とおもうほどでした。
いろんなひとがやってきては、またさっていきました。
おじいさんのおふとんはかたづけられ、ベッドにはカバーがかけられたままでした。
ひめはベッドのカバーの上でまちました。
まいばん、いっぴきだけでまるまってねむりました。
おばあさんが、
「ひめ、いっしょにねましょうか?」
とさそっても、よるになるとひめは、おじいさんのベッドに行きました。
おばあさんはひめのために、おじいさんのベッドの上に、小さなねどこをつくってあげました。
おじいさんのおふとんとはちがうけど、ひめは一日のほとんどをそこでねむってすごすようになりました。
1年がすぎました。
おばあさんはおじいさんののこしたものを、少しずつかたづけはじめました。
それでもどうしてもすてられないものがありました。
おじいさんのメガネ。しゃしん。ふく。
おばあさんはそこで、ひめのところへいきました。
「ひめ。これを、つかってちょうだい」
おばあさんは、おじいさんのおきにいりだったふくを、ひめのねどこにしいてくれました。
「これが、きょうからひめのおふとんよ」
ああ、なつかしい。これは、おじいさんのにおいだ。
ひめはそうおもってうれしくなり、
「にゃあ」
と、ひとこえ、なきました。
読んでくださってありがとうございました。
ほぼ実話です。
ひめは今でものんびり暮らしています。