鋼鉄肢体――SIKI――
夜。
荒野。
砂。岩。風。金属音。怒声。銃声。閃光。駆動。銃声。銃声。悲鳴。銃声。血。怒声。悲鳴。悲鳴。悲鳴。駆動。岩。煙。光。悲鳴。光。炎。爆音。赤。銃。悲鳴。灰。駆動。血。赤銅。赤。機械音。血。灰。閃光。煙。赤。悲鳴。赤。光。硝煙。赤。血。赤。銃。赤。恐怖。赤。悲鳴。赤。煙。赤。風。赤。光。赤。空。赤。地。人。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤――――
色彩死期の屍葬送。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
彼は夜の荒野を走っていた。
何処もかしこも極彩色の狂乱演舞。大地は銀と赤に埋まり、空は灰と赤銅に塗れる。もはや死ぬことさえも死んでしまったのではないかと思うほど。いや、まで死んではいない。死ぬことに恐怖している。恐怖がまだ死んでいないことを証明している。
「はあっ……はあっ……っ……はあっ……!」
走る。走る。走る。
走っている間は死なないとでもいう様に。走っていれば撃たれないとでもいう様に。手に持つ銃が重い。身に纏った強化外甲が煩わしい。息が苦しい。喉が熱い。肉が痛い。
恐い。
その苦しみと熱さと痛さと恐怖がある間は、まだ生きている証拠。
――馬鹿野郎イチイチ狙い定めてんじゃねーよ! こんだけいりゃあ数撃たなくても当たるってーの!
――とにかく撃て撃て走れ走れ撃て走れ!
声を張り上げる者は人。肉の身体を持ち、血を燃やし、肢体に鞭打ち、荒野を駆け、火炎を潜り、灰と赤銅色の硝煙を払い、雄叫びを挙げ、銃声を上げる。しかしその叫び声、さも弱気犬のごとき遠吠えか?
それに対する物は無機。動く無機。無機の身体を持ち、黒いヘドロの液体を燃やして、眼に光りを宿し、砲撃に火を灯し、生命を蹂躙する無機。
機械。
其の様は実に意匠豊富、多種多様。既存の虫、動物に似た者から、鎚、螺旋刃、回転刃、さらには砲台を腕のように生やし歩く物、翼も無く空を飛ぶ物、針山のように砲台を生やしたもの、触手のように刃をうねらせるもの、ただただ巨大な自走要塞のような物。そんなものが、全高一mの物もあれば、大きな物で60mを超える物もいる。その様は閑寂、冷徹、無機の物成りて冷たき物。しかしてその口から放たれる吐息は遍く灼熱の弾丸で地を焼き砕き、蠢く人どもを薙ぎ払う。其は堅牢にして巨大なり。其は迅速にして超重なり。其は静寂にして壊塵なり。如何なる術も
蚊の如し。その叫声、我が感に触れず。
「っ……はあっ……はあっ…………くそっ!」
撃って走る。撃って走る。撃って走る。立ち止まってしまえば楽になれるのだろうか。地獄に生きるのと天国に死ぬ。果たしてどちらが幸福か。
――ああああくそ! まるで減りやしない! 弾を集中しろ!
――ランチャー来るぞ! 障壁準備!
――弾が足りない! もっと上げろ!
その戦いの辿り着く先は歴然か知らぬ。人が撃つ、たった秒速700〜1000mで跳ぶ50gにも満たない弾丸が、どうして一tを優に超える鉄塊を砕けようか。否、砕く事はおろか、その存在に気付かせる事さえできはしない。そんな機械どもが、その数千。対し、人は二個大隊三個中隊。大隊一個約千百五十。中隊一個約百五十。その数合わせ約二千八百五十。
戦闘開始から一時間。人の残存総員は三割を切り、もはや全滅は間近であった。
「くそ! こんなっ……ところで……!」
――ああ、くそ! くそ! くそ! ズルいだろ畜生!
――この屑鉄が……!
――援軍は来ないのか!?
――嫌だ、死にたくない!
――喚く暇があるなら撃つか退いてろ!
五月蠅い!
彼はそれらの声を無視し、ただ走り撃つ。
辺りをひしめく音は機械が発する駆動音。先まで聞こえていた、更に先までは怒声だった悲鳴はもはや空前の灯か。墓場にて屍を埋め尽くすは銃の音。無機質なSE、過重に訴える足音。機械の音。残り少なくまだ音を出す人々はしかしもはや成す術もなく、無駄と知りながら銃声を鳴らす。強化外甲など気休めにさえならず、裸でいるのと同然に機械の爪に引き裂かれる。
「こんなところで、死んで、たまる……っ!?」
しかし、もはや、この先は決まっている。追い詰められ、蹂躙されるまでも無く、ただ一薙ぎで終わる結末。
彼は近くで起こった爆風に吹き飛ばされた。とっさに受け身を取り立ち上がる。が、目の前には既に機械がいた。誰が設計したのか、子供じみた奇妙なフォルム。その機械の腕が、今まさに振りかぶられようとする。
「あ、……くそぉ……!」
だから、もう、ここで終わった。地を這う虫けらに、足を踏み下ろすが如く。このシーンはその結末で決まり、そして終わるのだった。
役者が、それだけであるならば。
「――――っ!?」
突然、眼の前の機械がカンカンカンとおもちゃの様に三度揺れたかと思うと、それは盛大に爆散した。モロに巻き込まれるが、強化外甲ならこんな爆発くらいは防ぐ。彼はゴロゴロと転がりながら立ち上がった。
だが再び吹き飛ばされた。
降下する全長10m余りの塊。それは敵の真っただ中に落ち、今までの爆撃が嘘のように吹き飛んだ。炸裂する力。同心円状に蒸発した空気の波が拡大する。
「…………っ!!? なっ――」
それを見た人間が疑問符を出す暇も無く続いて放たれる鉄塊、次いで光、音、火。先まで人間達に群がっていた機械の鉄屑どもは瞬く間にその肢体を霧散させた。一の光で百の光。先まで上げていた人間の怒声を、叫びを、悲鳴を、コレでもかとばかりに破壊へと変える。
人間達は空を見上げた。
アレは何だ。コレは誰によるものだ。いやそもそも人なのか? 否、WhoやWhatは問題じゃない。問題は「Which」。アレは敵か? 味方か? 助かったのかそうじゃないのか?
そして、人間達が歓声を上げるべきか更なる悲鳴を上げるべきか迷ってた、その時。爆炎の奏者は、その問いに応えるように荒野の地上へと降り立った。
それは無機。動く無機。機械。だが、其は人に対する物にあらず。冷たく堅牢な無機の機械を暖かく熱のある有機の肉の身に纏い、赤いヘドロをその心に燃やし、荒野を蹂躙しつ駆け、火炎も、硝煙も、銃声も、光も、機械も、全てを焼き砕き薙ぎ払い尽くすモノ。それは人の容、人の大きさをとりつつもはやその様、人とは言えず、もはやその様、機械に等し。ただの人にはあまりにも巨体な機械を背負い、幾度の戦場を超えるその姿は、まるで破壊の使徒か、機械の悪魔か。
「あ、アレは……あの肢体は……」
彼のモノこそ荒野を駆ける戦機の英雄。機械を纏て駆け抜ける装甲演舞。今生の敵を噛み砕く鉄の処女。人類に残された最後の弾丸。
其の機械に覆われた冷たき四肢と、それでもなお力強く脈動する血と肉と魂を持つそのモノ達を、人々は畏怖と、希望を持ってこう呼んだ。
『こちらチャンネル3。33・134戦域の残存人間に勧告。これよりこの戦域は「アイマン」部隊所属、当機「SIKI―A63」が掌握、管轄する。残存人間は速やかに撤退すべし。当機が撤退を援護する。我が血、我が肉、我が魂を持って、人類の勝利を創り上げようぞ。後は任せてください』
機械の四肢を持つモノ。鋼鉄肢体。俗に、
「肢機――SIKI――」
……と。
鋼鉄肢体――SIKI――
その勧告を終え、A63が離陸する。中空域から辺りをざっと見る。陣形が崩れ、人間が疎らに散らばっている。機械の速さはピンキリだが、地上の速い機械で言えば最高時速160㎞、空域で言えばマッハで飛ぶものなどザラにいる。逃げるだけの撤退はすぐ追いつかれる。だが、これ以上、人間を死なせるつもりはない。ならば陽動。こちらに眼を向けさせ、速やかにコレを殲滅する。
簡易催眠を開始。脳のセイフティーが次々とアンロックされ、野戦用神経回路及び心理回路をRUN。そこに戦術ロジックを乗せ、無意識と自我の境目を無くしていく。冷たい機械が熱を帯び、頭は冷たくクリアになる。この機械と肉は全て、戦いの為の武器となる。
戦闘開始――。
A63が両手に銃を構え敵陣に突っ込んだ。それを察知した機械が砲撃を始める。しかし当たらない。地面を走る歩兵級の機械が弾丸やら鎖射撃やら飛空拳やらの攻撃を音速で躱し、人間の方に飛んでいく攻撃は撃ち落とす。弾丸を放ちながら突進してくる空の機械である飛行級は長刀で飛び抜け様に斬り落とす。急速発進、急速停止、急旋回、滞空、再び急発進から円を描かず角軌道。全角から掛かるGをものともせず、トンボか指揮者のように優雅ながらも荒々しく鋭利に空を舞う。
だが避けているだけでは埒が明かない。A63は手に持つ砲より上空から劣化ウラン徹甲弾をばら撒いた。一秒五百発の回転で弾丸が降り注ぐ狙いなどない。花に水でもやるかのように、無造作に機械を炎で濡らしていく。A63は弾丸を惜しげも無く放射する。機械は穴開きになり爆発し、それが起点となって付近の機械に誘爆する。炎上する飛行級がミサイルのように敵陣地へ自爆点。その連鎖爆発がばら撒かれた弾の数だけ引き起こされる。
SIKIに弾切れ及び兵装不足は無い。SIKIにはそのSIKI足り得る強大なエネルギーを供給する核があり、これはエネルギーを質量に変換する事が可能だ。その変換効率は誤差小数点単位0秒で70%という驚異的な数字を持ち、これにより弾切れの場合は新たな弾丸を創りだし、また異なる兵装の構築、肉体の自己治癒すら可能とする。加え、この核はSIKIの行動による余剰エネルギー、自然エネルギー、そして質量を約80%でエネルギーに変換できるため、あまりにも過剰な運動――それもSIKIにとっての過剰な運動――を連続的にしない限り、エネルギーが切れる事などまずあり得ない。故に、
SIKIに不足の二文字はありえない。もしソレがあるとするならば、それはSIKIが堕ちる時だろう。
だが、その破壊数は敵総量の一割にも満たない。機械の力はそれ単体でも強大だが、それ以上に恐ろしいのはその数。投げ売りなのか大量生産製なのか、何時の間にか囲まれている数の暴力だ。このくらいではやはり埒が明かない。そう確認し、戦術形態を単体射撃ではなく面制圧に移項。多少大雑把になりこちらの被弾被害も増えるだろうが、言ってられない。これ以上の被害が出ない内に、打撃を与えねば。
と、A63は眼の端に飛来する物体を捉えた。両足のスラスターをキックし緊急旋回。回転する天地の中、その物体を把握する。それは光線。物体ではなかった。射撃級の光線だ。姿勢を整えずに兎に角移動。見ると、先までいた場所には機械による弾幕が……というより、もはや空域は其処ら辺に弾幕はおろか光線による光幕すら出来上がりつつあった。早くも射撃級がSIKIに向かって本格的に攻撃を始めたという事か。それ自体は良い事だ。人間から眼を逸らさせたという事だから。
しかし、このまま空を飛んでいると網にかかる。このまま制空権を圧迫されたまま地上との連携攻撃は不味い。それに流れ弾が人間の方にいかないとは限らない。ならば目標を射撃級に特定。速やかにコレを殲滅する。
細かい派生を抜きにすると、機械は大別して五種類に分けられる。地上部隊である歩兵級。飛行部隊である飛行級。射撃部隊である射撃級。巨大機械である要塞級。その他に位置し、低性能を持つ鉄屑級。
空を駆けるSIKIにとって、その中で特に警戒すべきは射撃級だ。アレらは陣地の後方から集団で攻撃する習性があり、支援射撃に長けている。だけでなく、奴の砲撃は物質だけではなく光を放つ。つまりは光線。文字通りの光速兵器。時速30万キロを優に行くその光りは、視認と共に蒸気となる。
故に、まずは射撃級の群れを壊す。取る路は低空飛行。空の網より地上の機械の網がまだ容易いうえに効率的だ。群れまで歩兵級を薙ぎ払いつつ進み、その後一気に射撃級を皆撃ち砕く。
その破壊力と速さがSIKIにはある。
電光弾の弾丸に電力をチャージ。その間にも誘導ミサイルが飛来する。戦して撃ち落とそうとするが、当たらない。自動誘導だけでなく自動回避機能でも積んでるのか。ランダムな弾幕の中追尾してくるミサイルは厄介だが、一々かまってられない。チャージの間逃げつつ、無理なモノは接近で斬り捨てる。やがてチャージ完了。それと同時に光波帯域囮放出。ミサイルがデコイに釣られて誘爆する。そのまま何処ぞのB級映画よろしく爆炎を背景にしながら敵前線の後ろ目掛けて電光弾を放った。それは地面に当たるまでも無く雑多にいた機械に当たっておもちゃのような金属音を立てる。その途端、それを合図にしたように、その弾丸から強烈な光と電流が迸った。SIKIでさえも一瞬眼が眩むような光と、機械の回線を焼き切る電流が辺りを舐め回す。それと同時に、ソレに気付いた機械が足を止め、その光の方角へと進路を変える。
数少ない機械への情報として、その一つには「機械は人工物、特に強い熱化学物に引かれる」という情報がある。この戦域にいる機械もそれと同じように、光が発せられた場所へと動く。それはまるで、光に集まる虫のようだ。しかし、いかんせん、集まりが悪い。恐らく、A63が此処に来る前に戦っていた人間達が電光弾を使いすぎたのだろう。あまり喰いすぎると飽きるように、過度の使用は効力を薄める。
しかし、それはA63も予知している。元よりこれはただの足止め。そのうちに穴をこじ開ける。
A63はランチャーで歩兵級を吹き飛ばしつつ、未だ跳ね回る電撃が消えない内に赤銅色の噴煙の中に突っ込んだ。視界不良。しかし、その他の聴・嗅・熱・線・磁・波の感覚で相手の位置を捉える。スラスターをキックして高速落下。瞬間最大15G。化学反応を運動エネルギーに変え位置エネルギーと共に速さに圧迫される程の速さで地面に立ち尽くす眼の前の歩兵級をぶん殴った。接触の衝撃波と共に潰された歩兵級が爆発する。
その爆炎の中A63は気道に入る熱を飲み込み、殴った後すぐさま超電圧振動大剣(Eバスターブレード)を抜刀。燃やした毬栗よろしく炎尾を引いて爆炎から弾け飛ぶ。大剣を盾のように構え地表1mを音速飛行。地面に密集する歩兵級に突っ込み、大剣で機械をぶった斬りスタイリッシュな密林狩りを行う。腕を振りかぶって斬るのではない。それはA63の全高を超える大剣を構え、弾丸さながらにそのまま突っ込む剣銃。更にその弾丸は相手の追撃を躱して蛇のようにうねるうねる。音速340m/sの壁を超えさらに加速する速さで機械の密集地を駆け抜ける。
しかし、眼の前に壁が現れた。比喩ではなく、それは全高60mを超える、大小様々な甲殻で覆われた、足を六本生やして自走する機械の壁。要塞級だ。要塞級はその身に取り付けられた火器を手当たり次第どころか手にくっつけたまま数に任せて火を噴かせた。A63は速度を緩めず突進する。
躱しきれない。
だが押し通る。
ならばコチラは大剣を壁にして、金属音の雨音のなすがまま突っ走る。そしてその進攻は雨雲を越え、一閃、要塞級の足を一本持っていく。体勢を崩した要塞級は足踏みをする。
が、倒れない。だが元から剣一太刀で倒れるなどとは思ってない。要塞級はただ馬鹿に火薬を詰め込み膨らませただけだが、単純にタフさを上げるだけならそれは正解だ。36㎜や100㎏にも満たない火薬で吹き飛ばせる物ではない。
ならば――
その向こうに射撃級の群れが見えた。目標確認。奴ら諸共吹っ飛ばす。射撃級が狙いを定める前にA63は地面に対して垂直軌道。
今ある兵装の六割の武器を使用して銃謳無塵の行進曲。両肩からランチャーをアンマウントして左右の腕に持ち、さらに両腕機械から生える二組のサブアーマーの内一組に親子爆弾(SADARM)を、もう一組に機関成形炸薬弾砲(HEAT)を持ち、両足両付随の多重多連装ミサイル十二基を、背中から放出される小型衛星兵器を構え、花火が如くオールレンジでぶち込んだ。ありったけの火薬が機械自身の火薬と混雑してまるでドミノゲームみたいに連鎖爆発を引き起こし、止めに要塞級が大きさそのまま爆散、射撃級諸共まとめて百を超える機械どもを薙ぎ払う。
大体、戦闘開始からここまで約十秒。
その十秒で、敵総量の二割を破壊した。
「凄い……」
だけでなく、そこにはある種の恐怖があるだろう。本人は気付かずとも。人の容、人の大きさを持ちながらも肉体を機械で包んだその姿は機械と変わらず、そしてそれがあの荒野の機械たちを蹂躙していく。それはある種、恐怖を更なる恐怖で押さえつけるのと似なくはない。
およそ、「ただの人間にはその戦いを見ているだけしかできなかった」、という事さえできなかった。
見えもしなかった。
ただ、爆発音で機械が大量に飛んだ事は解った。
そのくらい、SIKIは化け物じみていた。
一秒間に千の弾丸が行きかう中を約三十秒間生き残り、一撃で上半身を吹っ飛ばすような鉄塊を全て避け、身を焦がす爆炎の中を敢えて突っ切り、弾丸発射の一プロセスから呼吸タイミングに至るまでありとあらゆるミスを無くし、生身一つ身一つで底の見えない水深3000mの深海を潜る。そんな事を、アレは何百回とやってのけるのだ。
『こちらチャンネル3。指揮官へ伝達。そちらの撤退状況を報告すべし』
無線に音が流れる。
『こちら指揮官。撤退は八割完了。ただ、負傷者が多く、再び追尾されれば逃げ切れられない可能性がある。引き続き援護を頼む。申し訳ない』
彼は我に返った。
そうだ、自分もここで機械との戦いに見惚れている場合ではない。早く撤退班に合流しなければ。
『報告把握。了解した。安心しろとは言わないが、任せろ。貴殿らは可能な限り戦域から離脱すべし。「アイマン部隊」の本営もコチラへ向かっている。それまではどうにか持ち堪え』
持ち堪えてください、とでもいうつもりだったのだろうか。
その言葉は先に続かなかった。
先ずは閃光、次いで畳みかける爆音、突風、電流、大火、振動――。音と光と熱と磁の脈動信号が空間を揺るがし、言葉を乗せる大気はそれに呑み込まれた。
『――――――――ッ!!』
A63は咄嗟に回避運動をとった。しかし余波を躱しきれず、大気の乱流に呑まれる。天地が回転する中、とにかくこの場から離脱。距離を取ってすぐさま姿勢制御。次いで状況把握。確認。
空を横に切り裂く線が、地平線を越え出来上がっている。
射撃級の光線などとは比べ物にならない、超高出力収束光線。
「…………あ、あれは……!」
眼前。
巨大な、長いものが浮いている。まるで刺の生えた蛇か、神話に語られる竜の物か、それともガキに木でも突き刺された腐った野グソ。それが目測で約全長70m超、全高40m超の巨体で飛んでいる。あれは、大別して三種類に分けられる要塞級の、そのうちの一つ。地上の要塞級をグラディアと称するのなら、さも大きく重々しく、しかし優々と空を行くあの機械は……
『ドラグーン』
呼称、飛空要塞。横長に伸ばしたパンに所構わず爪楊枝をブッ刺したらこうなると思われる、砲撃の竜。
増やせばいいってもんじゃない。
『(ザザッ)――こちら指揮官! どうしたっ!?』
『こちらch3。ドラグーンが現れた』
『なっ……』
指揮官は声を失った。無理もない。
地上要塞級が自走要塞というのなら飛空要塞は何処ぞの天空城だ。冷静に考えれば、巨大兵器というモノはただのデカい的以外の何ものでもない。馬鹿にエネルギーを食う割には索敵されやすい為落とされやすく、また攻撃力があったとしてもすぐに見つかるため対象に避けて通られると意味が無い。常識的に考えて、非効率勝つオバーキルが発生する大型な爆弾よりも、小型な爆弾を連投するほうが効果的なのだ。
無論、常識の範囲なら。
アレに常識など通用しない。そも、その常識は「巨大」と言っても常識内の巨大である。「核爆弾一個と手榴弾一万個の違い」とはワケが違うのだ。あの巨大兵器は己以外の物体を全てゴミに変える。空域から放たれるオールレンジ攻撃によるその制圧力は言わずもがな、遠距離から成る光線は半径1000㎞先の標的すら撃ち落とす。それはつまり、撤退した人間達を蒸発させる事などワケもないという事だ。
『…………』
それにしても、飛行要塞級か。普段、アレ等巨大群は拠点基地など人類が密集する地域に現れる物だ。その圧倒的な制圧力は、そのような場所にこそ力を発揮する。決して、このような敗残兵の地へなど赴く戦力ではない。まあ尤も、機械に習性を当てはめるなどそも間違いか。いや……もしや、「SIKIがおびき寄せた」か? 機械の習性は、人が作ったものに反応する。つまりSIKIもまた例外などではなく、むしろその無塵の力を秘めた兵器は何よりも機械をおびき寄せるのだ。これは皮肉か、それともたった一つの冴えたやり方か……。
まあいずれにせよ、
『クソッ! 冗談じゃない! どうすれば……我々はどうすればいいのだ!?』
このままでは全滅は必須。どうすればいいだろう。
『撃ち落とす』
それをSIKIは、撃ち落とすという。
『…………そんな事が……』
可能なのか?
『可能。時間が惜しい。作戦を続行します』
無線を一方的にアウト。
A63は推進剤を一気に燃やし、ドラグーンに向かって加速した。
電力チャージ開始。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!
その竜の激哮が空を割り地を砕く。
比喩ではない。
『こちらch3! 全残存人間に伝達! 障壁展開! 攻撃に備えるべし!』
ドラグーンの身体から弾丸が発射される。それはドラグーンの身体と等比に拡がり、まるで身体が針状に膨れ上がるかのようだ。
キ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!
金属を断ち切るかのよう金切り音が響く。それは断片的な音が連続化した音だ。弾丸があまりに多すぎて、銃声が連続しているのだ。
「ぐうぅっ!!」
恐い恐い恐い。
拠点型多重障壁。身の丈をすっぽり包むほどの大きさの壁をただ単純に何重にも組み込んだという物だ。馬鹿にデカいため動き回りながら使えないが、防御力だけは抜きんでている防御兵器。避けられない、というか動けない重砲撃にはこれで耐えうるのが基本であり、彼もまたそうした。
では、空を飛ぶA63はどうするのだろう、と彼は見た。
その弾幕の中を、A63は飛行していた。
今の空は火と光と金属の海だ。縦横無尽、秒速15000mを超える死が飛び交う。その海を、A63は泳いでいる。A63は背中の両足兵装庫から多重壁型衛生兵器を展開しつつ、弾丸の海を突っ切る。
その姿は……何と美しいのだろう。
それは死と生。破壊と創造。死の充満する空、次の一瞬にも金属の雨に砕かれるかもしれない空を、しかしそれでも生きてやると、その灰と赤銅色の空を飛び続けるその姿の、何と生命に満ち溢れた事か。
生きる事が尊いのであれば、貴さが美しいのであれば、それはきっと、最高に美しい。
A63は弾丸の空を飛ぶ。
勝負は一瞬。短期決戦。一撃必殺の攻撃を叩きこむ。
その為に電力を溜める。「アレ」は馬鹿に電気を喰らうから。
ドラグーンの放射は出鱈目な様で弾幕とはそういうモノだ。しかしそれ以上に、1000㎞の遠距離射撃は伊達じゃない。その実、味方への誤射は絶対にしないと言われている。それを逆手にとってA63は敵機械の上空を飛ぶ。無論、他の機械は以前多く残っている。それらがさらなる弾幕を作る。地と空の合ばさみ。精確以前に、機械の射撃は組織的だ。徐々に針路選択が減っていく。常に針路選択が複数ある針路に飛ばなければならない。唯一つになったら終わり。それを選ばされて待つは破壊。追い込まれたネズミのように、弾幕に囲まれ、ミンチとなろう。
そして、そのような緊迫した構成はやがて崩れ去る。
突然、目の前から飛行級が飛んできた。其れも複数。
自殺固体。特攻だ。
この狭い弾幕の中、図体の大きい特攻飛行。それだけではない。奴等はワザと弾幕に突っ込み、自身の身体を爆散させた。爆発に巻き込まれる。リフレクターで防御。爆発による機械の破片を防ぎ、炎に呑まれる前に離脱する。
が、それは罠だった。
その先で弾幕に囲まれた。
逃げられない。
電力チャージを確認する。80%完了。「アレ」が使える満了チャージまで後5秒。だが相手は待ってくれない。3秒あったら弾幕に包まれ鋼鉄ミンチの出来上がりだ。
なら、あの弾幕を突破するしかない。どうやって?
弾幕はすでに壁と化していた。いくらSIKIと言っても、壁をすり抜ける機能など持ってない。なまじ抜けられたとしても、飛行機関は死ぬだろう。そのまま地面に落ちるのみ。だが……このままここにいてもそれは同じ。なら、進むしかない。弾幕の隙間を狙って神憑り的な速度とタイミングで突破する。やるしかない。SIKIならそれができる。
その決意は無駄であった。
ドラグーンが咆哮する。
A63がその口元を見る。
光が……
『構成書き換え(フィジカル・リライター)!!!』
A63の宣言と共に肉体を覆う機械を流動化、隙間なく身体を包み込んで再度硬質化する。SIKIの肉体には万能肉体素子と言うものが用いられている。それと並行してSIKIの核を用いる事により、肉体の構成成分を書き換える事が可能なのだ。それにより、A63は指一本動かせなくなるほどの超高密度の硬質化。一切の隙間を無くし一体の彫像と化す。
「動きが止まった? まさか……あれを止めるつもりなのか……っ!?」
ソレを見た彼が叫んだ。
そのまさかである。
避ける暇などない。ただでさえ避けきれない弾幕だというのに、それを駆け抜けるのに神経を使いつつ文字通り光の速さで侵攻する光学兵器など避けられるはずもない。
それに……
A63は電磁聴覚でチラと後ろを見た。感覚を増強する。その感覚の先には、撤退した人間が集まっていた。奴はA63諸共人間達を薙ぎ払うつもりだ。
そうはさせない。
『全域に最重要命令っ!! 粉塵障壁を展開! シールド用意! 全防壁を使っても構わない! 全力で防御すべし! ドラグーンより光線来るぞッ!!!』
A63はありったけのアンブレラを宙に飛ばした。それと同時に身体から粉塵障壁を展開する。これは金属の破片を展開する物だ。光線は光学兵器。故に空気に混ぜ物を入れる事によって威力が大幅に落ちる。加え、多重層の広域アンブレラ、さらには身体の超硬化。これ以上望めない、とは言えないが現段階の兵装で出来る最善の防御。無傷とは言わないが、これなら如何に飛空要塞級の光線と言えど何とか耐えられる
わけが無かった。
一瞬光線がアンブレラを中心に花開いたかと思うと、次の瞬間にアンブレラは蒸発、クラウドを熱風で吹き飛ばし「質量でもあるのではないか」と思うくらいの超高密度の光がA63を吹き飛ばした。
閃光、無音、次いで轟音。音速を超える光線は我が身を爆ぜさせた後、ようやくその音を撒き散らす。地上500mの上空からから放たれた光線は唸り声をあげ進撃し、大気を狂わせ、地を飛ばし、周囲の存在を根こそぎ液体と蒸気に変えた。
それ程の、破壊。それ程の、光の奔流。
それでも、SIKIは落ちない。
左半身が蒸発し。残りの身体さえ崩れかけようとも。
それが人類の希望なれば。
『……チェック』
<確認。把握被害状況故、開始機構反応確認>
不具合修正者用の簡易言語がA63の網膜を流れていく。
<%部損r9px左hp#AL?k兵sカpp全?率{□□□/30?0;?□/チ□0?y?0}残?活動@0――,1x01@――――――――>
<…………不確認反応。不可確認。推定損傷率特大。予測強制停止未六十秒。不可推奨越
現戦闘続行>
『…………』
『――ダ――……カ――』
無線に電波音声が流れる。が、先の光学攻撃により一時的に電波障害が起こった模様。
『こ―ら指揮―。応――よ!』
『…………こちらCH3、生きている。電波障害が起こっている模様。無線の高出力への
切り替えを推奨する。…………そちらの状況は?』。
『負傷――重軽含―七割増。しか―死―者は0―。奇―だ!』
『……奇跡じゃない。奇跡なんかじゃ生きられない。純然たる行動の結果だ』
そうA63は言った。
さて……、とA63は「アレ」を確認する。奇跡というならコッチが奇跡だ。蒸発してしまわないでよかった。もうこれを再構築する余力はないし、出来たとしてもその機能は複雑で、完璧に複製する自信がないから。
A63は電力チャージを確認する。満了。100%フルチャージ。時が来た。そしてA63は、悠然と「アレ」を構えた。
それは「貫くもの」を冠する雷の槍。勝利をもたらす死神の一撃。
HEHV200GW電磁滑空砲(hyper-extra-high voltage 200ギガワットレールガン)――『ギガ・ブリューナク』。
自身の全長を優に超えるその砲を、A63は右手だけで構える。重い。銃身の先が定まらない。右足だけの推進では姿勢が安定しない。加え、その右足の飛行機関は十秒ともたない。
だが撃ち抜く。
一瞬だけでいい。その一瞬で全てを決める。全ての感覚を動員。二度撃ちは無い。この一撃で全てを決める。
ドラグーンはただそれを見つめる。如何に飛空要塞と言えど、先の光線は全力射撃だったらしい、再行動には十数秒の時間がかかる。
だが、無論、ドラグーンにはその他の兵装も備わっている。かつ、地上の機械は未だ残存。地上の機械が弾幕を張る。ドラグーンが全砲の火を噴かせる。着弾まで一秒とかからない。左のみのスラスターでは回避不能。
だが問題ない。間に合った。
A63がその引き金を引いた。
一般的な拳銃の弾丸の重さは7~15gでありその速さは170~400m/s。これを運動エネルギーに換算すると公式「1/2×質量(㎏)×速さ(m/s)^2」により最大値1200J。一般的な戦車の砲弾に至っては重さ20㎏で速さ1500mを超えそのエネルギーは約22500000J。これは30㎝の鉄板を優に貫通するエネルギーである。そして一般的なレールガンは質量15㎏の弾丸を速度2,5㎞/sの速さで撃ち出すことを可能にし、これを運動エネルギーに換算すると46875000Jとなる。その威力は単純計算して先の戦車砲の二倍強だ。
なお、その際のレールガンを使用する為に必要な電力は単純計算で、
加速に用いる砲身が5mとした場合の弾丸が速度2500m/sに加速する為に必要な時間……公式「加速度(a)=(t秒後の速度(v)ー初速度(v_0))/t」&「加速距離(d)=v_0t+at^2/2」をまとめた「t=2d/v」によって250分の1秒。
砲身の電導効率を一律10%とした場合の電力……公式「電力(P)=仕事量(J)/時間(t)」によって117187500000W、つまり約110GWとなる。
要するに、レールガンの弾丸の威力を上げる為には弾丸の質量は勿論、その速度を上げる為に「電力」「電導効率」「加速に用いる砲身の距離」を上げればいいわけだ。
そして無論「一般的」などでは断じてないSIKIとそのレールガン「ギガ・ブリューナク」は何れの数値も重々しく軽やかに凌駕する。
その弾丸速度は一秒を待たず音速360m/sを超えさらに加速し1000m……2000……3000……5000…………一万。まだ上がる。
飛空要塞級は撃たれた事さえ気づかなかったかもしれない。音の概念など後方の彼方にすっ飛ばし、口から尻まで貫通してもまだ伸びる。空に描かれる一条の光。ドラグーンの眼の光が消え、機能停止。浮遊ユニットの火が消え、堕ちていく。
その被害は甚大だろう。何せ、アレは空飛ぶ火薬庫なのだ。地上にいる機械どもは一溜りもあるまい。加え、もうすぐアイマン部隊も到着する。感覚機能が劣化し誤差が酷いが、最大でもかかって十秒という所だろう。恐らく、飛空要塞が堕ちるところも見ているはずだ。あの部隊は強い。この戦場の機械などすぐに平らげてしまうだろう。
だから、もうここは大丈夫だ。だから、少しだけ休ませてもらおう。少し疲れた。これくらいは許されてもいいはずだ。だから、今だけは、少しだけ……
そう思い、ソレを見届け、A63は地上機械及びドラグーンの無数の弾丸に撃ち抜かれ、地に堕ちて行った…………。
その後の事を簡潔に語ろう。
結果を言うと、今回のこの作戦における戦いは辛くも人間の勝利に終わった。尤も、これで勝利というのはガキのソレだが。
残りの機械たちは飛空要塞級の撃墜による爆発で大半が消滅。それでも残った機械はすぐに駆け付けたアイマン部隊によって壊滅させられた。因みにいうと、アイマン部隊は人間とSIKIの混合舞台であり、恐らく数ある部隊の中でも平均、総合、個人においてもトップを誇る。無論、SIKI以外の人間もただの人間ではない。
で、A63もちゃんと生きていた。ぶっちゃけた話、SIKIは身体が吹っ飛んでも生き残る事が可能で、脳さえ残っていれば何とかなる事が可能で、加えSIKIの頭部は緊急の場合の為に核シェルターが備わっているので、死なないだけであればそれなりに大丈夫だったりする。無論、その状態になれば文字通り手も足も出なくなる。そして、機械は撃ち捨てられた機械や資源、あるいは人間までもを持ち去る事が知られている。その為、それに備え、機械に捕獲されて実験……何て事をされない為に自爆機能もあったりあったり。
ともかくも、アイマン部隊の連中はボロボロになったA63を見て笑いながら、まるで我が子の様に優しく抱きかかえ、撤収していった。
とにもかくにも、こうして彼らの長一日は終わったのであった。
「…………」
彼……先程から時折セリフを発していた彼は、鉄屑だらけになった荒野を見つめていた。
思い出す。
夜なのに、光で一杯だったあの空。灰と、焦げ黒と、赤銅の雲で覆われたあの空。そんな、様々な音が響き渡り消えていく、あの空を飛んでいた、あの人の姿を。
それは人の容、人の大きさをとりつつもはやその様はもはや人とは言えず、もはやその様、機械に等し。ただの人にはあまりにも巨体な機械を背負い、幾度の戦場を超えるその姿は、まるで破壊の使徒か、機械の悪魔か。
しかしどうして、その冷たく硬きながらも火の光を反射して立つアイアンスティールの何と凛々しき事か。その姿はまるで慈悲なる救世主か、はたまた機械の翼を持つ天使であろうか。それはまさに、聖母の情愛と無垢の破壊を重ね合わせた至鋼の剣。
あれが、SIKI。人類最後の弾丸。
お空の彼方から宇宙人……って人じゃないし生物かさえも良く解らないが、アイツ等が攻めてきてもう三十年。早いものだ。あまりに早くてエンジンが焼き切れそうだ。
始まりは、突如飛来した謎の巨大隕石。そこから奴らは生まれたと公式発表ではなっているが、果たしてどうだか。奴等の侵攻速度は早く、その戦力は巨大にして堅牢。一年と経たずに人類国家は崩壊した。
奴等の目的は判らない。また何モノかさえも解らない。便宜上、砲台や火器を使うといったあからさまな見た目から「機械」と称しているが、その実、機械と言って如何なものか。報告によればその身体は脈動を打っている事が解っているし、植物や肉を喰らっている場面も発見され、また組織的な動きをしている。どちらかというと、金属の生命体と言った方が良いのかもしれない。それとも、SFよろしく珪素型生命体か。とは言うもの、実際、その身体を構成する物質など解らない。更にはその活動目的も不明。出身地不明。人間を襲う理由不明。そもそも人間を人間として認識しているかも不明。「~~級」という型番だって便宜上で、実際にはそんな単純に分けられないし、新しく発見される機械だって少ない。実際のところ、アレらについて全く解っちゃいないのだ。解っている事と言えば、奴らは「ファクトリー」と呼ばれる巣を持ち、そこで数が増えるという事。見た目機械っぽいという事。そして人間を殺すという事。せいぜいがその程度。
しかし、人類はそのままでは終わらなかった。数年後、敵に対して世界規模で戦う組織が結成した。そして戦いが始まって数十年、遂に人類は創り上げた。奴らに匹敵し、あるいはそれを超え得る力を持つモノ。それが鋼鉄肢体……「SIKI」。
ソレは絶大な力を秘めていた。それは当然だ。何せ、人類を破滅へと向かわせる、奴等の核を人間に打ち込んでいたから。その力は凄まじく、まるで体の中に原子炉でも組み込んだかのようなモノだった。もしくはそれ以上なのかもしれない。とにかく、その力は圧倒的だった。原理は解らない。だが、それは追い詰められた人間には十分な理由だった。
勿論、良い事ばかりではなかった。物事には常にリスクが伴う。これ程の力であればなおさらだ。機械の核との適合率は1%もない。0,1%もない。0,0000001%もない。というか、正確な手段が解らない。
核とは名ばかりのもので、実際には心臓のような塊ではない。それは菌が地中に埋まる蝉にその身を生やすように、人の細胞構成を入れ替える。そして一度組み替えられれば、その細胞は自立活動を始め、統括中枢ユニットである脳から離れない限り、エネルギーを与え続ければ増殖し活動し最良の状態を維持する。SIKIが脳さえ残っていれば生き残れるというのはそういうワケだ。そして、そのような一連の動作は核の方が勝手にやる。つまり自動的。人がやる事と言えば、何処でもいいから人体に核を埋めて、ハイ、終わり。故に%もクソもない。方法も成功する理由も解らないから%化する意味が無い。朝起きた
ら異世界にいたとかそんなレベル。
その尽くが拒絶反応を起こした。あるものは肢体が爆発した。あるものは溶けた。あるものは腐った。あるものは発酵した。あるものは狂った。あるものは時間が止まった。あるものは不明な鉱物(と思われるもの)になった。あるものは意識を乗っ取られたと言われているが、機械に意思はないモノとして否定されている。最大で死ぬか最低で人間的に死んだ。自殺教徒ならどちらも最高だった。というか、ワケの解らぬウイルスを組み込むようなものなのだ。当然の結果だった。普通に人体実験だった。
それはまさにパンドラの箱だったのであろう。無数の絶望とともに得られるたった一つの希望。
割に合わないどころではない。だが、人にはそれ以外の道は無かったのだ。光りを求めるのなら、例え迷い蛾となれども闇ゆく道をただ歩む。例え、その先に待つのが煉獄の炎だったとしても。
そんな結果で生み出されたのが鋼鉄肢体。有機の身体に無機の機械を持つモノ、SIKI。現存で十体もいない。彼、彼女らは今日もまた、危険地区へと駆り出される。その事に、どのような思いを抱いているのか。
無論、反乱因子が無いわけではない。憎く思う事もあるだろう。無理やり人体実験されることも多いと聞く。情報封鎖はあるけれでも、そう言う話はやはり聞こえる。しかし、自ら率先して戦いに赴くモノもまた少なくない。この作戦を勝利に導いたSIKIは、その方だろう。しかし、だからこそやはり問わずにはいられない。
何故、戦うのか。
幾度の戦場を超えども、そこに見ゆるは果てしなき荒野。草木は一片も見当たらず、あるのはせいぜい燃えカスのみ。辺りに転がっている岩々でさえも焼け焦げ、地面には月面クレーターのように穴凹が開いている。空は何時も通りの曇天模様。いや、空は煙により灰色に見えるだけで、これでは曇りとさえ言えないか。いずれにせよ灰色の空は何か低く見え、しかしただ広く無駄に綺麗な荒野は地平線までも見渡せそうで、まるでやけに天上の低い長ったらしい通路を延々と歩かされているような気にさせる。そんな路は、行けども行けども屍ばかり。そんなに苦労してまで進んで、その路の先に何があるというのか。そうまでして、何故その先に進もうとういうのか。
この世界に、何が。この世界に、誰が。
在るというのだ? 居るというのだ?
何故進むというのだ。何故そこまでして戦うのか。何故そこまでして生きようとするのか。何故ここにいるのか。何故その先に行こうとするのか。
彼があの子に尋ねたら――驚くほど普通に会話してくれた。門前払いされるかと思ったが、SIKIの精神を安定させるため、会話は重要なモノらしい――、あの子は少し迷って、困ったように笑った。
――それは、私がこの世界に生まれたからです
間に合わせの、ただの人間用の凡庸生体素子に身体を変えたその子は、彼女はそう言った。
まだあどけない、子供の顔で。
SIKI誕生の研究で分かっている数少ない事の一つには、大人よりも子供の方が適合率が高いという事だった。科学者や生物学者は、一応、核が構成成分を書き換えるという特性上、成長しきった大人よりも、まだ未発達な安易に適応されやすい、としている。事実、SIKIは子供ばかりだという。それは図らずも、これからの時代を生き抜く者たちを指し示しているかのようだった。
「…………」
彼は荒野を見つめる。
「機械を身に纏い戦うそれは、生けど機械、死せど機械。もしかしたらあの子たちは、墓に身を包みながら戦ってるのかもしれない」
鋼鉄死体、と誰かが言ってたのを思い出す。
「戦って死ねというのか」
一体、どうしてそこまで……。
「でも、あの子は笑っていた」
きっと、自分たちが笑っている間は決して負けやしないという風に。死ぬときに笑っていれば人生勝ちなのなら、墓穴に片足どころか全身浸った自分達が笑っている間は、きっと人類は負けないというように。慈母の情愛と無垢の破壊を込めて。勝利の女神のように。
ならば、あの子たちの生き方に泣くのは、それはあんまりというモノだろう。笑いには、笑いで返さなければ。
だから、今だけは笑おう。
あの子が去った方角を見て、そう、微笑みながら思う。
「『何のために生まれて、何をして生きるのか。解らないまま終わる、そんなのは嫌だ』」
だから、生きてくれと願う。言える立場じゃないけれども、しかしだからこそ。そして、彼、彼女らに、何時か、安らかに眠れる時が来ますように。
何時かこの、果てしない喧噪に満ちた機械の宴を終わらせて。
どうか、何時か、安らかな眠りを……。
――名前、ですか?
『はい。A63ってSIKIの名前ですよね? そうじゃなくて、貴女自身の名前を教えていただければ……あっ、いえ、他意は無いですよっ? ただ……せめて、命の恩人の名前くらいは、知りたいと思いまして……』
――……ええ、いいですよ。私の、名前は…………。
「おい! 何してる! 撤収するぞ! 元気があるなら負傷者の運びを手伝へ!」
部隊のメンバーにそう言われた。咄嗟に返事をする。
「あ、ハッ! 了解しました!」
彼は駆けだそうとし、しかし、足を止めた。
光が……
「……朝だ」
空と大地を割る、一条の光。そこから生まれる、球体の光。
荒野に太陽が上っていた。捨てられた鉄屑に、影が出来る。人間の残骸が光を帯びる。熱気に帯びた地上が光子の波を揺らめかせ、一時の虹の海を浮創りだす。それは、かつて過去の詩人が呼んだ彼の風景を彷彿とさせる、兵どもの夢の跡。無常の光景。そしてそんな光景を、彼は、美しいと思った。
「……末期だな、俺も」
苦笑いをし、顔を引き締め、敬礼をした。そして、今度こそ振り返って走り出す。
きっと、今日もまたあの子は空を飛ぶだろう。そして、この瞬間にも別のSIKI達は飛んでいるだろう。そして明日も、その明日も、きっと。それが終わる時は、人類の敗北か、それとも勝利か、それともまた別の話か……。少なくとも、人類が勝利を勝ち取るために、自分ももっと頑張ろう。読書感想文みたいな感想だけど。でもせめて、あの子達だけに任せっきりにしないように。戦おう、死ぬまで。
そして、今日もまた何処かで戦いが始まる。
勿論、今この瞬間にも、何処かで。
何かの為に生まれて、何の為に逝きるのか。
ソレはまだ解らないし、解らないまま終わるのかもしれないけど。
それでも、戦う。何時か来るその時まで。
そうやって、
戦って、
戦って、
戦って、
何時か……………………
――それは幾度も予想されうる未来であると語られ、しかし決してよくあるサイエンスファンタジーの域を出ないと思われていた時代の話。ありえないと馬鹿にされ、ありえないと馬鹿にしたくなった時代の話。地球温暖化で地球滅亡(笑)とか言ってた頃が懐かしい、焼夷弾によって大地を焼き尽くされつつあった時代の話。
――何時か来るであろう人類滅亡への、ほんの一ページにも満たない、無人の機械が走り回り、夜に口笛が吹き渡った、銃声と荒野の時代の話。
――西暦二〇三一年十二月(一応の公式年月)。空の向こうから「ソレ等」が地球に降下。
――同年同月。四十八時間以内に全人口の四割が消失。
――そこから約五ヶ月後。ようやく組織的レベルでの反撃を開始。
――そこから更に約八年後。「ソレ等」に対して世界規模で戦う組織、地球軍、EARTHERの結成。地球軍は各地の組織及び地球統一と共に、「ソレ等」外星敵性存在を「HALABOR――ハラボル――」と呼称する事を発表。
――そして現在、西暦二〇六九年。全ての始まり、後に「大火祭」だとか「乱鋼騒ぎ」だとか「フルメタルパニック」だとか呼ばれる「あの日」から三十数年。今現在の世界人口、5億にも届かず。敵の素性、人類を見つけては殺す事以外、ほぼ不明。何時戦いが終わるのか、割と不明。この戦いの勝算、全く不明。明日の天気、多分、煙。
――銃声響く、鋼野を駆けて。
――機械の宴、行進中……
鋼鉄肢体――SIKI――……終
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