二人の真実 二つの真実 [琴美サイド]
「お嬢様ー 夏姫お嬢様」
私としたことが、寝過ごしてしまった。体内タイマーも朝の八時にセットしたのに、起きたのが夜の八時。小学生でもこんな爆睡はしないのに・・・ こんな身体になってまで、寝坊する私が恨めしい。
ちなみに他のメイドに今日の仕事のことを訊いたら、私の今日の仕事は全てキャンセル。しかも、お嬢様直々の命令で。
「お嬢様ー どこにいらっしゃるのですかー?」
そして、私はお嬢様を探している。部屋にも食堂にもどこにもいない。門も閉まっているから、外に出て行った可能性はないだろう。
「お嬢様・・・ 一体、どこに行ったのでしょう・・・」
館からの灯りが照らす中庭で私は立ち止まり、お嬢様の行方を考える。
「琴美」
後ろからお嬢様の声が聞こえた。振り返ると、お嬢様が立っていた。
「お嬢様!」
何だかすごく寂しかった。お嬢様がいなくなってしまった。もう会えないかと思った。そんな感情が沸々と湧き上がって来る。涙は流せないけど、私の目頭は、凄く熱くなったように感じた。
「お嬢様!」
私はお嬢様に抱きつき、何度もお嬢様と呼んでいた。
「琴美・・・ごめんね」
そう言って、お嬢様は私を見つめて謝る。
「私・・・ダイエットなんかしてないんだ。そもそも、食事なんかできないんだ」
お嬢様は抱きつく私の手を軽く退けて、服を脱ぎだす。
「お嬢様!?」
私にはお嬢様のやっていることは、全くわからなかった。何故、庭で服を脱ぎだすのか・・・ その行動の理由が全く見当たらなかった。
「この身体・・・見てわかるよね?」
月の光に照らされた彼女の身体。それは、人間の身体とは言えない身体だった。
「サイ・・・ボーグ?」
手首や脚部など服から露出する部分を除けば、継ぎ目だらけ。腹部にはハッチもある。私とそんなに変わらない彼女の身体。
「ごめんなさいね。今まで黙っていて・・・」
申し訳なさそうにお嬢様は謝る。
「あなたが赴任してくる2ヶ月前。私はサイボーグになる手術を受けたの。理由は、現代医療では直せない不治の病にかかってしまったから。だから、父さんは私の脳みそを機械の身体に移したの。でも、そんな私は精神的に不安定。1ヶ月のリハビリと精神治療で、ある程度は回復した。でも、周りが生身の人間ばかりで、それが私の目には嫌に思えていた。今はそんなに思わなくなったんだけどね。そんな中、琴美が来てくれた。琴美はサイボーグでありながらも、健気に私に尽くしてくれた。そして、生きていることの大切さや人間として生きることの素晴らしさを教えてくれた。自分を犠牲にしてまでも・・・ だから、私はあなたにこの身体を伝えれなくて・・・ ごめんなさい」
顔を俯け、涙声で話すお嬢様。
「身体が変わっても、お嬢様はお嬢様ですよ」
そう言って、優しくお嬢様に抱きつき、彼女を慰める。
「私は、あなたのメイドでよかったです」
すると、お嬢様は私の胸に顔を思いっきりくっつけ、黙り込んだ。生身の身体だったら、涙を思いっきり流していただろう。私は彼女を両腕で包みながら、彼女を慰めた。
「あと、もう一つ琴美に言いたいことがあるの」
お嬢様の心の中の涙が止むと、彼女は脱いだ服を着込む。
「コレ、何かわかる?」
彼女はポケットの中からある物を取り出す。ポケットに入っていたのは一つの補助記憶端子。
「琴美。ちょっと首筋を出して」
「あ・・・はい」
私は腰まで伸びる髪のうなじ部分を開く。うなじ部分には端子の接続部分が露出している。
「ちょっと我慢しててね」
そう言って、彼女は私の首筋に持っていた補助記憶端子を差し込む。
「補助記憶端子接続完了。データヲ読ミ込ミマス」
いつものロボットのようなアナウンスが口から自動的に出る。
「!!?」
すると、私の視界にいろいろな映像が出てくる。とても懐かしい映像。この映像は・・・
「これは、あなたの記憶を保存したものよ」
データの読み込みが終わった時に、お嬢様は言う。
「琴美がその身体になった時、人間の頃の記憶と機械としての身体とのギャップで、重度のストレス障害が起きた。それの悪化を防ぐために、あなたの記憶の一部を取り除いたの。それと、ある程度感情も制御した。精神的に安定したら、また戻す。それが、あなたの治療法だったの」
彼女のくれたデータには、生身の頃の記憶が詰まっていた。とても懐かしく、恋しく、寂しい思い出。
「荒療治でごめんなさいね。コトちゃん」
彼女の言った言葉に私の記憶が反応する。
「お嬢・・・様」
「ううん。お嬢様は止めよ。昔みたいに「なっちゃん」って呼んでよ」
私は泣きたい気持ちで一杯だった。お嬢様が幼稚園の時に、公園でいつも遊んだなっちゃんだったなんて・・・ ああ・・・神様はどうして・・・こんなに優しく、そして残酷なんだろう・・・
「なっちゃん」
私の発声装置は涙声で濁った声になる。でも、そんなの関係ない。人間らしい涙声になるなら、一向に構わない。
そして、私となっちゃんは夜の中庭で抱き合っていた。






